Episode_21.06 再会、そして共闘へ
予言めいた聖女の言葉は偶然なのか必然なのか。それは誰にも分からない事だが、翌日の夕暮れ過ぎ、トトマの街に二人の旅人が到着していた。馬に乗った二人連れの男女、ユーリーとリリアである。二人は、ゴーマス隊商を中心とする規模の大きな隊商の一団と共にトトマへやって来たのだ。
「随分と……雰囲気が暗いわね」
「ああ、仕方ないよ」
隊商を率いたゴーマス達と門の所で別れた二人は、街の西門から続く大通りを行きながら言葉を交わす。リリアの指摘通り、この年の初めに訪れた時よりもトトマの雰囲気は沈んだものになっていた。通りは宵の口であるにもかかわらず、活気が無い。その一方で、大通りの脇には着の身着のままで逃げてきたような人々が幾つかの集団を作っていた。その光景は丁度ユーリーがヨシンと二人で初めてトトマを訪れたときの様子に似るものだった。
トトマの街がそのような様子になっている事を、ユーリーとリリアは途中で立ち寄ったデルフィルの街で、スカース・アントから聞いていた。因みにスカースと面談した二人は、その場でリーズやロンを始めとしたオーカスの冒険者五人組みと再会していた。スカースの客として滞在していた彼等は、紅一点のリーズを巡って少し微妙な雰囲気を醸していたが、その事に深く触れるつもりの無いユーリーとリリアである。ただ、
「あの金細工の心臓を手に入れてから、どうも誰かに後を付けられているというか……ちょっと厭な感じがするのよね」
「それで、話し合ったんだけど、売り払ってしまうことにしたんだ」
というリーズとロンの言葉が気になった。彼等はそれをオーカスの魔術具店で売ろうとしたのだが、より金を持っていそうなアント商会陸商部門頭取のスカースに直接売りに来たという事だった。
「私としては魔術具の売買は専門外なので、今鑑定士の手配をしているところだ」
というスカースは、魁偉な顔を少し赤らめるとリーズの方をチラチラと見ていたものだった。
そんな様子のスカースだが、ユーリーがレイモンド王子の招聘を受けてコルサスへ向かうと知ると、シッカリと現状を教えてくれた。その上で、
「行きがけ駄賃という訳ではないが、ゴーマスの隊商の護衛を兼ねてくれないか?」
と頼まれる事となった。そんな経緯で、二人はデルフィルからトトマの間をゴーマス隊商達の護衛として過ごしてきたのだ。今回の大規模隊商では王弟派の襲撃は起こらなかったが、二週間前にデルフィルを出発した隊商は悲惨な目に遭っていたということだ。そのため、隊商主達は普段よりも多く護衛を雇っていた。
「宿を取る? それとも、先に城砦を訪ねる?」
「そうだね、先に城砦を訪ねよう……そっちの厩舎を使わせてもらった方が安上がりだ」
「そうね、じゃあそうしましょう」
そんな会話の二人は、大通りの交差を南に折れるとそのままレイモンド王子の待つ城砦へ向かった。
****************************************
「ユーリー! 本当に来てくれるとは」
レイモンド王子は開口一番、親友の名を呼ぶと部屋に通されたユーリーに駆け寄るようにして肩を抱いた。
「やめてよ、レイ。そんな大げさな」
「いや、ありがとう……ありがとう」
金髪碧眼の堂々とした体躯の王子と友情を確かめ合う抱擁を済ませたユーリーは、そう言いながら身体を離すが、レイモンドは少し目を赤らめて噛締めるように言った。この場所はレイモンド王子の執務室である。彼等の他にはユーリーに同行しているリリアと、騎士アーヴィルのみであった。そのため、レイモンドは王子の姿から青年レイに戻ったように感情を表に出したのだろう。
「ユリーシス様、また一段と逞しく凛々しくなられて……マーティス様の御尊顔を垣間見るようで、このアーヴィル――」
「アーヴィルさん、そのユリーシスとか言う呼び方は止めてください。僕はユーリーです」
「いや、しかし……」
騎士アーヴィルは、今はコルサス王国のレイモンド王子に仕えているが、元々は二十一年前に滅亡した北の小国リーザリオンの騎士である。滅亡する祖国から彼ともう一人の女騎士が当時産まれたばかりのユーリーとリシアを西方辺境国へ逃がしたのだ。そのため彼にとっては、黒髪の青年騎士はユーリーではなく、ユリーシス・エムル・リンザドール、つまり滅亡したリーザリオン王家の末裔である。
「アーヴィル、お前はリシアにも同じことを言われていたではないか」
「はぁ、確かにそうですが、しかし」
「懲りないな」
レイモンド王子がからかうような声を掛けると、アーヴィルは返事に詰まった。彼としてはユーリーがユリーシスであるように、リシアはリスティアナなのだろう。一方、姉の名前を聞いたユーリーは、レイモンドに尋ねた。
「姉さんは? トトマに居るの?」
「ああ、救護院の仕事を引き受けて貰っている。助かっているよ」
「そうか……」
「明日一緒に行こう」
「そうだね」
「夕食の準備をさせる。それまでの時間で少し状況を説明したい」
レイモンドの言葉で立ち話を終えた彼等は、室内に置かれた長方形のテーブルへ移動する。そして、レイモンドとアーヴィルが交互になってユーリーとリリアに現状を伝えるのだった。
****************************************
(思っていた以上に悪い状況だな)
それが、現状を教えられたユーリーの感想だった。執務室に配膳された夕食は相変わらず質素なものだが、誰も殆ど口を付けていなかった。食べながら話せるほど簡単な内容ではなかったのだ。
「タバン内応の罠は、恐らく此方の兵力を南に集中させる意図が有ったのでしょう」
「マルフルとオシアさんは大丈夫なの?」
「ああ、オシアは重傷だったが今は持ち直している。それにマルフルは無傷だ……しかし、西方面軍の主力は損害を回復させるまでディンスの街から動かすことが出来ない」
「そのため、海岸線から街道に掛けての巡回警備は各街の衛兵団と遊撃兵団、それに新たに加わったコモンズ連隊が担っている状況です」
レイモンドとアーヴィルが話す内容は、領内での部隊の配置についてだった。ディンス攻略後に増えた部隊なども大まかに説明されていた。それに対してユーリーが質問した。
「襲撃が始まって約三か月ですが、その間実際に敵と交戦した部隊は?」
「それが……無いのだ。皆懸命に任務に当たっているが、これまで一度として襲撃を防げたことはない」
「報せを受けて近くの部隊が駆け付けても、常に『撤退した後』という状況です」
その答えにユーリーは首を傾げた。
(これは……王子派内に間者が居るのか? ……しかし、実際の戦闘に一度も遭遇しないというのは……どういう事だ?)
間者が内部に居ることは間違いないだろうと思うユーリーだが、一度も交戦状況に至っていないというのは理解が出来なかった。巡回に当たっている部隊には遊撃兵団がある。彼等は騎兵だけで構成された機動力の高い部隊を備えている。しかし、それでも襲撃の現場には間に合わず、いつも敵は撤退した後だというのだ。
王弟派が襲撃の際にその周囲に対して余程入念に斥候を配していない限り、小規模で機動力に優れる王子派の巡回監視部隊、特に遊撃兵団の騎兵隊の接近を察知するのは難しい気がしたのだ。しかも、襲撃前の準備として広範囲に斥候を配するほどの時間を掛ければ元々警戒している村人に察知される可能性がある。だからユーリーは敵が斥候を充分に配して迎撃を察知しているのではなく、
「リリア、接近する部隊を察知する場合って、どれ位までなら分かる?」
「距離ってこと?」
「そう、例えば……察知してから撤退を始めるまでの時間を考えたら、五キロくらいかな。その距離って精霊術で分かる距離なの?」
「五キロかぁ……私なら注意していれば分かるけど……」
ユーリーの問いにリリアは考え込む。彼女自身は精霊王、
「ごめんなさい、多分難しい距離だと思うけど……良く分からないわ」
「そうか……でも、周辺に偵察を出していない以上、風や地の精霊を使ってこちらの部隊の接近を察知しているんだろう。だから、到着前に撤退出来る……」
リリアの申し訳なさそうな返事に首を振りながら、ユーリーはそう言う。知らない事と出来ない事は同じではない。自分の知らない方法で、自分が出来ないと思う事を可能にする方法が存在する可能性は低く無いとユーリーは考えた。そんなユーリーは幾つかの推測を頭の中で組み立てるが――
「レイモンド王子にご報告!」
「おい、待て。来客中だ!」
「火急の用件だ、そっちこそ引っ込んでろ!」
その時、執務室の外が
「王子! レム村にカチコミです!」
しかし、立ち番の騎士に止められた兵士は乱暴な言葉で扉の外からそう叫んだ。
「よい、通せ!」
兵士の叫ぶ内容に、殆ど反射的に応じたレイモンドの指示で、伝令の兵は執務室内に飛び込むように駆け入った。その兵士は、ユーリーも良く見知った人物だった。元はダーリアの街のヤクザ者である。そして、今は更生して王子派の遊撃兵団で小隊長を務めるアデールの子分である男だ。
「レム村から報せあり! 海からの襲撃でさぁ」
性根は更生したが口調はヤクザ者のそれである。
「対応はどうなっている?」
「親分の第一小隊と第二小隊、それにダレスの旦那たちが向かってます!」
そこでユーリーが立ち上がる。彼は一度だけ隣のリリアを見て頷き合った後、レイモンドとアーヴィルへ視線を向けると毅然として言った。
「色々確かめたい事がある。ちょっと、行ってくる!」
そんなユーリーに、少し間の抜けた兵士の声が掛かる。
「ありゃ? ユーリーの兄貴じゃねぇか?」
「元気そうで何より。レムはトトマの南西の漁村だったよね?」
「へ、へい」
ユーリーはその兵士に場所を確認した後、レイモンド王子やアーヴィルの返事を待たずに椅子を蹴るようにして執務室を飛び出した。彼の後を追うのは、背後を守るように寄り添うリリアであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます