Episode_21.02 国外勢力介入


 王弟派の重鎮であるアンディー・モッズ太守からの内応の使者カドゥン、彼が携えた書状は王子派内に大きな衝撃を与えるものだった。


 ――昨年、コルサス国王即位を強行した王弟ライアードは、今年の三月に四都市連合と密約を結ぶに至った。その内容は形勢不利に傾き始めた内戦を速やかに終結させるために、四都市連合から軍事力の提供を受けることだ。その見返りとして王弟ライアードと宰相ロルドールは、王都コルベートから東に離れた都市ターポの港の租借、及び民衆派による自治を認めたはずのトリムの港の租借を許した――


 その一文はレイモンド王子を始めとする首脳陣に衝撃を与えるものだった。というのも、昨年十一月の突然の即位劇の後、王都コルベートの中心、白珠城パルアディスの内情が全く分からなくなっていたのだ。内部で大きな組織変更があり、王子派が配していた密偵役の役人達が閑職へ追いやられたか、又は粛清されたことが原因だと推測された。辛うじて知り得たことは、今年の三月末に四都市連合の大規模な商船団が前例を廃して王都コルベートの港に直接乗り付けた、ということだった。


「そのような愚行……我が叔父と思い、敵ながら節度ある人物と思っていたが……何と言う暴挙!」


 レイモンド王子の激昂は凄まじかった。コルサス王国を二分する内戦を戦い続けてきた王子にとって「外国の勢力を内戦に引き込む」ことは決して選択してはならない禁断の策であった。堅く心を戒めたその考えは崇高な理念であったが、若い王子にとっては自ずと「相手も同じ風に考えているはず」という甘えにも似た考えがあったのだ。そこを裏切られたことにレイモンドは激しく憤った。


「それだけ王弟派が行き詰まっている、という裏返しですな」

「だが、我らは敵がエトシアに迫った時も国外に助けなどは求めなかったぞ!」

「それは、我らの取った選択。王弟ライアードは別の選択をしたという事です。愚かしくも……効果的な。恐らくロルドールの発案でしょう」


 筆頭家老のジキルは、流石に老臣らしく落ち着いた物言いだった。


「それで、レイモンド様、タバンの太守アンディーは何と?」


 その場の話し合いに出席した中では最もレイモンドと付き合いの長い騎士アーヴィルが王子の怒りを他へらせるような問いを発した。この時点では親書はレイモンドの手に在った。


 ――四百年の歴史を持つ西方鎮守府たるコルサス王国の神聖なる領土が他国の手に渡る。戦に負けて切り取られるならばいざ知らず、奸臣ロルドールの企みにより自ら進んで他国の者に切り渡すなど、モッズ家の当主として見過ごすわけには参りません。よって、王弟王子に分かれて長年争う内戦の憎悪はひとまず忘れ、より正しきレイモンド王子に助勢致したいと決意しました――


 親書の内容はこう続いていた。そこまで読み上げて、レイモンドは書状を半ば投げるようにしてジキルに渡した。


「……罠か?」

「……最初に疑うべきはその点でしょうな」

「確かに」


 レイモンドの言葉にジキルが続き、アーヴィルが同意する。その場に居た面々はしばしその書状を回し読みに読み込んでいた。しばらくの沈黙がトトマの街の南の城砦一室に流れる。


「この書状によると、タバンの街を警備する第二騎士団が近く配置換えでタリフへ移ると有ります。八月の予定と書いておりますな」

「その後、タバンの警備防衛に当たるのは四都市連合の傭兵部隊か……タバンの住民は大変だろう」

「その配置替えの間隙を突いて軍を進ませタバンを攻めよ、というのがアンディーの意図のようだな」


 ジキル、アーヴィル、レイモンドの順でそう言葉を発すると、やはり室内は重い沈黙に包まれた。今はまだ五月である。敵方の防衛線力の編制変更は八月であるため、まだ時間はあった。


「取り敢えず、使者のカドゥンは領内に留め置き、話の裏付けを取るのが先決だろう」

「如何にも、仰る通りですな」

「そのように、間者の手配を頼む……あと、西方面軍のマルフルには軍勢をディンスへ集めるように伝達するのだ」

「わかりました」


 その日の話し合いはそのような結論となった。レイモンドの指示により、王弟派領内の兵の動きを探るように潜んだ間者達に指示が伝わる。そして、ディンスからトトマに掛けての一帯を守るマルフル率いる西方面軍は忠実に戦力をディンスに集結し始めた。王子派勢力は、情報の裏取りと攻撃準備の両方に取り掛かることとなった。


****************************************


 その後、レイモンド王子の元に届いた数々の情報は、タバン太守アンディー・モッズの書状の内容を裏付けるものばかりであった。


 ターポ、及びトリムの街では、早速進駐してきた四都市連合の傭兵達が地元の住民と軋轢を大きくしているということだった。ターポは二年前の凶作の時点から四都市連合の商人達が幅を利かせていた。そこに有象無象の傭兵達が大手を振って雪崩れ込んできた状況に、住民達の不満は大きかった。特に四都市連合との交流が増える事によって自らの利益を奪われる格好となった地元の商人達や、荒くれた傭兵達の流入によって治安が悪化したことに対する住民達の不満は大きいようだった。


 ターポはそのような状況で不満を溜め込むが、まだ「暴発する」という事態では無かった。しかし、先んじて自治を獲得していたトリムの反応はそれよりも激しいものだった。トリムを実効支配する民衆派の勢力は、その後ろ盾として中原を中心に信者数を増やしているアフラ教会がある。そのアフラ教会は中原の雄、ロ・アーシラの国教と呼んでも過言ではない宗教勢力だ。つまり、トリムの民衆派の背後にはロ・アーシラが居ることになる。そんな街に、中原の雄とリムル海東部の覇権争いをする四都市連合の勢力がやって来たのだ、表向きはトリム港の租借を受けたという名目で港の支配権を握ろうとする四都市連合と、ロ・アーシラに対する玄関口である港を守ろうとする民衆派は直ぐに交戦状態に陥った。


 トリムの街の情勢不安定化は、一部住民の流民化と言う形で王子派領に影響した。十人から百人の規模の流民たちが森を抜け、山道を辿りリムン砦に保護を求めてきたのだった。リムンを守る東方面軍の将軍シモンは、直ちにこの状況をトトマに居るレイモンド王子に報告した。その報告を聞いたレイモンドは、当然の如く大いに怒ったという事だった。


 以上がコルサス王国の東側の情勢であるが、その一方王都コルベートの情勢も次第に明らかとなって来た。昨年の即位戴冠以来全く情勢が分からなかった白珠城の内情だが、六月になると霧が晴れたように見通すことができるようになっていた。


 そして分かった事は、コルサス国王を僭称したライアードの威光を存分に傘に着る宰相ロルドールの、独裁ともいうべき政治の実態だった。タバン、タリフ、スガンといった主要都市の太守は近く実権を取り上げられ、中央から派遣される行政官がそれ等の都市の管理を行うということが王命で決められていたのだ。


 ――戦時統制――


 という名目であるが、実質的には前王ジュリアンドから続く中央集権体制の確立を「戦時」を口実に一気に進める動きだった。そんな政治の動きは、タバン太守アンディー・モッズをして王子派への寝返りに踏み切らせた、と誰もが疑わない情勢でもあった。


 また、タバンを守っていた第二騎士団の配置転換も事実であるということだった。彼等は東部の都市へ配置換えと成ることが決まっていた。それは、トリムでにわか・・・に始まった民衆派と四都市連合の争いについて、


「租借の約束を果たせ」


 と四都市連合から詰め寄られたことが理由だという。


 以上のような情報を集め、それ等を検討した結果、アンディーの書状は「偽りが無い」と判断された。そして、レイモンド王子は西方面軍と民兵団にタバンへの進攻を命じるに至った。それは七月初めのことであった。

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