Episode_20.29 リーザリオンと北西の正塔


「ユーリー……その問いに至った経緯を教えて貰おうか。その理由によっては、如何にお前であっても、問いには答えられぬぞ」


 驚きの表情から一変し、メオン老師の視線は鋭くユーリーを捉えた。そして、吐き出される言葉も何処か警戒するような険を帯びる。そんな養父の対応にユーリーは一瞬自分の発した質問に後悔したが、ここで引っ込む訳にはいかなかった。


 ユーリー自身はあまり意識したことが無いが、それでも生みの親の片割れという使徒ジュルームが消息を絶った現場付近に在る、正確には在るはず・・という塔についての問いなのだ。そして、その塔を含めた一帯を治めていたリーザリオンという小国は、自分の祖父であるマーティスと、母であるエルアナが居た国だという事だった。全てが別々の場所で、別々の口から語られた断片の撚り合わせである。だが、目の前の老魔術師はそれらを全て一つの繋がりとして知り得る可能性のある人物なのだ。だから、ユーリーは厳しい視線を跳ね除けるようにして答えた。


「僕の産まれた国、リーザリオンに在ったという北西の正塔。その存在は魔術師アンナ……魔術結社エグメルの一員として活動する彼女に聞きました。彼女と僕の伯父であるアズールは行動を共にしている。彼等はエグメルが『大崩壊』の再来を期している判断し、それを防ごうとしている。そんな彼等は、姿を消した北西の正塔について知りたがっている……だけど僕は別の理由で知りたい」


 そこで言葉を区切るユーリー、対するメオンはその続きを待つように黙っている。


「僕とリシア。双子で産まれた僕達を、その生みの親だという使徒ジュルームと母エルアナは、そしてマーティスと言う人は一体どんな気持ちで西方辺境に逃がしたのか? 一人の騎士の人生を大きく狂わせ、その半生を後悔と贖罪の意識で埋めるほどの理由があったのか? そして、隠されていた理由を知らず知らずに手繰るように知り得た僕は、これからどうすればいいのか? 僕は知りたい!」


 強い言葉がユーリーの口を吐いて出た。対するメオンは目の前の我が子・・・の向こうに、親友の幻を見た気がした。


(いつも茫洋としておるくせに、いざという時は我を通し思い通りに事を進める……全く、見覚える機会など無かったはずなのに、どうしてこうも似ておるのか……)


 メオンは心の中で幻影のマーティスに愚痴のような言葉を投げ付ける。しかし、幻影の親友はそれに答えず、いつものニヤッとした笑顔を見せるだけだった。


「……わかった。話そう」


 メオンはそう答えると、椅子から立ち上がり戸棚の酒瓶を取り上げる。そして、同じく取り出した杯に強い火酒を注ぐと一口煽ってユーリーに渡した。


「多少長くなるからそのつもりでな」


 杯を受け取ったユーリーは無言で頷いていた。


****************************************


「儂がお前の祖父であるマーティスと知り合ったのは七十年近く昔の話だ。最初は流れの傭兵か宿無しの冒険者だと思った。その時既にレオノールを始めとした数人の仲間を連れていた奴は、リーザリオンの王子という身分を隠しておった。じゃが、儂は最初から怪しんでいたよ。何と言っても魔術の練達が常軌を逸した水準じゃった。今の儂でも、当時のマーティスには敵わんよ……色々と経緯はあったが、儂はそんなマーティスに無理矢理誘われるようにして、激しい戦乱を迎えていたオーチェンカスクとベートの国境地帯で傭兵稼業を始めたんじゃ」


 メオンの語る話は相当昔の話であった。当時ベート国の魔術ギルドに所属していた爵家の三男であるメオンは「成績優秀なれど素行性情に問題有り」としてギルドを放逐されていた。そこでマーティスやレオノールと出会ったのだ。その後紆余曲折はありつつも、彼等は「銀嶺傭兵団」を名乗り、主に戦争の陰で虐げられ艱難辛苦かんなんしんくの底に沈んだ民衆を助けるための活動を始めた。


 当時の中原地方西部は、主にオーチェンカスクとベート国の闘争に、魔術結社エグメル、暗殺者集団ザクア、新興宗教勢力アフラ宣教隊、更には南方の「無明衆むみょう」といった勢力が入り乱れての動乱状況だった。そんな状況下で勢力を拡大した「銀嶺傭兵団」は数個の都市国家を治める規模になったが、そこで大きな裏切りに遭い壊滅の憂き目を見た。


「リサという女性はな……それは美しい女性じゃった……それに魔術の才にも恵まれておった」


 過ぎ去った日々を思い出すメオンは杯の酒をそこで空ける。


「レオノールもマーティスに気が有った。隠しておったがな……だが、マーティスは古エルフのレオノールと長寿であるが定命の奴自身では、何れレオノールを孤独の底に追いやる別れが来る、と言ってな……リサを選んだ。ゴルザ渓谷の裏切りの少し前じゃ」


 空になった杯に火酒を注ぎ足しながら、メオンは続ける。


「そしてゴルザ渓谷の裏切りの後、お前も知るようにルーカやフリタはリムルベートへ流れた。一方儂は、しばらくベートに戻って冒険者の真似事をしておった。それから十年後かのう……荒んだ生活を送っていた儂の所に来たのじゃ……」

「来た?」

「召喚じゃ……普段通り酒場で酔い潰れておった儂は、目が覚めると見知らぬ場所に居った」

「もしかして、そこが?」

「そう。そこが北西の正塔。儂を強制召喚したのは『塔の番人』エクサルという老魔女じゃった」


 そこからメオンが語ったのは「北西の正塔」での研鑽の日々だった。同じような魔術師が二人ほど塔に居り、彼等やエクサルに追いつこうと、メオンは懸命に魔術の研鑽に励んだという。恐らく、彼の人生に二番目に訪れた濃密で充実した時間だったのだろう。


「エクサルが言うには、優れた古代ローディルス期の魔術技術を現代の優れた魔術師に伝授する、というのが『塔の番人』の役目ということだった。そして、数年塔に籠って魔術の研鑽を積んだところで、ふと外に出る機会が訪れた……驚いたものじゃ。自分が居た塔が大陸の遥か北西に位置しており、しかもその場所を治める王がマーティスだったのじゃから……」

「そう……なんだ」


 ユーリーはメオンの口振りから既に察していた。メオンはリサという女性、ユーリーの祖母に当たる女性に好意を持っていたのだろう。どれほどの好意だったかは分からないが、塔の外に出た彼は、そこで仲睦まじく過ごしているマーティスとリサ、そして二人の子供達を見たのだろう。その時のメオンの心情は、ユーリーには推測することが出来なかった。


「その後、儂は塔に戻って研鑽の日々に没頭した。後から聞いた話では、エクサルという老魔女はマーティスの伯母に当たる人物で、リーザリオンの王族であった。王族の中でも特に優れた者が『塔の番人』に成る習わしなのだそうじゃ。そして、儂が塔に再び籠ってしばらくして産まれたマーティスとリサの三番目の子がエルアナじゃ。そのエルアナがエクサルの跡取りに成ることが決まった頃、儂は光導の杖を与えられ、外界に戻ることになった……特段の別れは告げなかったよ。その時既にリサは死んでおった……マーティスがリサの死を儂に伝えなかった意図は……今となっては知る術もないのう」


 再び杯を煽り、メオンは続ける。どことなく後悔の空気が漂っている。


「リムルベートに移った儂は、まぁお前も知るように魔術アカデミーの副学長などをやってみたりもしたが、結局この樫の木村に流れ着いた。そして、あの冬の夜……リーザリオンの騎士に抱かれたお前を引き取る事になった」


 その騎士はアーヴィル・ウッド。冬の天山山脈を越え、リーザリオンからリムルベートの北辺にやって来た騎士だ。


「儂は戸惑った。『王命により、賢者メオンを訪ねて来た』と言ったあの騎士は、赤子のお前を儂に預けると、そのまま吹雪の森へ消えて行ったのじゃ……」


 メオンは瞑目すると当時の事を思い出しているのだろう。


「リーザリオンに何事かが起きたと思い、儂は直ぐに相移転で北西の塔に跳んだ。じゃが、そこで見たのは地上の構造物がすっかりなくなった『北西の正塔』と、散々に打ち壊されたリーザリオンの街々だった。儂はマーティスを探したが、不思議な事に遺骸は見つからなかった。じゃが、残留する魔力の濃度から破滅的な戦いが有ったことは分かった」

「それで、北西の正塔の行方は?」

「正直に言うと分からん。破壊することなど不可能なほど強固な護りが掛かった塔だ。だが、別の手段……例えば行先無しの相移転・・・・・・・・で亜次元に存在を切り離すことは可能だろう……途方もない所業じゃが儂の推測は恐らく正しい。それほど塔の番人エクサルは強大な魔術師じゃった」

「亜次元……では塔はもうこの次元に戻ることは?」


 思わず問い返すユーリーに、メオンはゆっくり首を横に振る。


「塔を求める『エグメル』は恐ろしい連中だ……何等かの方法で強制的な召喚を試みるかもしれぬ」

「そんなことが出来るの?」

「亜次元に跳んだ『塔』とこの世界を結び付ける魔力的痕跡が有れば、理論的には可能じゃ……もっとも、雲を掴むような……」


 そう言い掛けてメオンの言葉は途切れた。何か嫌な感覚を覚えたのだ。思い出せそうで思い出せない「何か」を忘れているような気がする。物事の記憶を呼び起こす事が面倒になり、難しく感じていた。加齢のせいといえば簡単だが、メオンは無意識にその考え否定するように脇に追いやった。そして、


(……考え過ぎかのう。あのエクサルの事じゃ、塔を亜次元に跳ばす前に魔力的な痕跡は綺麗に断ち切っておるじゃろう)


 と自ら結論をつけ、途切れた言葉の続きを口にする。


「とにかく、お前が問うた『北西の正塔』は既にこの世界には存在しない。それよりも、その塔と強く結びついたリーザリオンの王族であるお前自身が、エグメルの連中に目を付けられないように気を付けるのじゃ……双子の姉というリシアにも、その事を充分に言って聞かせよ。良いな」


 その夜の会話はそれでお終いとなった。そして、翌日から二日間樫の木村に滞在したユーリーとリリアは、顔馴染みの面々との別れを惜しみつつも王都リムルベートへの帰路に就いていた。出発に際してはメオン老師が、


「もうしばらくすれば、あの面倒な御仁・・・・・が暇を持て余して遣いの者を送って来るじゃろう……全く面倒な事じゃが、その内、御仁の用事で王都を訪れた時にはまた顔を合わせるやもしれぬな」


 と、やや面倒くさそうに話していたものだった。


****************************************


「ユーリーの育った場所が見れて良かったわ」

「そう? 何にも無い場所だったでしょ、退屈だったんじゃない?」


 瑞々しい新緑に包まれた森の中の帰り道、二頭の馬で並んで街道を進む二人のうち、リリアはそう言うとユーリーに笑い掛けた。一方のユーリーは、自分の故郷をそう評価する。しかし、リリアは首を振ると、


「そんな事ないわ、あなたが居れば何処だって同じように良い場所よ」


 と、極上の笑顔を向けてくるのだった。

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