Episode_20.28 懐かしき人々


 ヨームの追及をはぐらかそうとするユーリーだが結局は、


「まぁいい、夕飯の時に聞いてやる」


 ということで、しばしの猶予を得ただけだった。その後直ぐにヨーム村長は一旦自宅の敷地内の物置に入ると丁度いい木剣二振りと丸盾を一つ持って戻ってきた。


「こうして稽古を付けるのは……三年振りか……こっちは老いる一方だ、今回は盾も使わせてもらおう」


 そう言うヨームは木剣一本をユーリーに手渡してきた。それを受け取ったユーリーは身に着けていた革鎧をおもむろに脱ぎ始めた。身体に合わない出来合いの革鎧はこの場合邪魔にしかならないと直感したのだ。


 因みに今のユーリーが出来合いの革鎧を身に着けていたのには理由があった。ウェスタ侯爵領哨戒騎士団仕様の軽装板金鎧は度重なる激戦を受け、補修でどうにかなる・・・・・・限界を超えて破損していたのだ。更に、この数年で少し背が伸びたユーリーの体格にも合わなくなっていたので、この際思い切って新調することにしたのだ。そのため、鎧は新品の「型取り」のために山の王国直営店に預けてあった。また、魔剣「蒼牙」も柄の具合が怪しくなってきたので同様に修理に出している。そのため、今のユーリーが身に着けている装備で、本来の物は真銀ミスリル製の仕掛け盾が付いた籠手のみであった。


「まぁ、考える事は一緒か……」


 革鎧を脱ぎ、仕掛け盾を展開したユーリーに対して、同じく普段着のままのヨーム村長は納得したように言う。そして、二人は少し離れた間合いでお互いの剣を正面に立てて礼の姿勢を取った。その瞬間、ユーリーには相対するヨームの加齢によって下がった肩が大きくなったように感じた。肩だけでは無い、身体全体が一回り大きくなった気がした・・・・のだ。


(なんだ……来る、のか!)


 礼の姿勢が解かれるや否や、一気に間合いを詰めたのはヨーム村長の方であった。二歩の歩数で飛ぶように間合いを詰めたヨームは一気に真正面から木剣を突き込んで来た。風を捲く音すら切り裂き、切っ先の一点がユーリーに迫る。


(疾い!)


 だが、この瞬間、ユーリーの目はヨームの足の運びを見ていた。左、右と地面を蹴った足は最後に左足を踏ん張る格好で右手の剣を突き出した。それは刺突の定石の逆手である。つまり、後方に溜めた右足を一歩踏み込み、次の攻撃につなげるための、目晦ましフェイントの突きだった。


 後ろに下がった相手に対して必殺の追撃を行う攻撃の組み立てを見切ったユーリーは、敢えて一歩踏み出すと、木剣の剣先で突きを払い、盾を突き出す。そして、


――ゴンッ


 両者の盾が激しく激突する音が響く。次の瞬間、ユーリーはヨームの足を大外から刈るように足を払ったが、ヨームはまるでバネ仕掛けを足に仕込んだかのようにユーリーの足払いを後方に飛び去りながら躱した。


「なるほど、今のは見切るか……」


 飛び退すさったヨームは体勢を入れ替えると盾を前に出す格好になる。その瞬間に雰囲気が変わった。これまでの少しお人好しな、皆に慕われるヨーム村長ではない。ましてや村の若者に自衛のための訓練を付ける元哨戒騎士ですらなかった。そこに居るのは、嘗てリムルベート十傑と謳われた剣士であった。定まらない国情に、止むを得ず剣を振るい、野で山で敵を斬って、斬って、斬りまくった男の剣気が剥き出しとなった。


 相手の変容にユーリーの背を汗が伝う。幾多の強敵を相手にしてきたユーリーだが目の前の老人に勝てないと思った。だが、自分は稽古とはいえ勝負の場に立っている。ここで止めるわけにもいかなかった。そんなユーリーは敢えて自ら間合いを詰めた。盾を前面に出す相手に対し、真正面から打ち掛かる。ユーリーの木剣はヨームが構えた盾の上辺をまるで削り取るように打ち据えた。だが、ヨームはビクともせずにその攻撃を受け止める。ユーリーの手にはまるで巌を撃ち続けるような痺れが走った。


 しかし、ユーリーもこれまで安寧な日々を過ごした訳ではない。寧ろ安寧とは程遠い戦いばかりの年月だ、そんな彼の攻撃には仕掛けがあった。三度強烈に盾の上辺を打ち据えた斬撃は四度目にその丸い円周に剣の腹を滑らせる。そして滑り込むように内側を滑った剣はヨームの胸の高さで止まると凄まじい突きとなってその胸を襲う。


「いやぁっ!」


 自然と気合いがユーリーの口を吐く。だが、ユーリーの剣先は空を切るばかり。そこにヨームの身体は無かった。ユーリーが突き出した右腕を、その右側に身体を滑り込ませたヨームは一気の力で突き飛ばした。


「っくぅ!」


 ユーリーは身体の踏ん張りも空しく地面を転がる。対してヨームは、最早同じ人間の眼光とは思えない視線で起き上がるユーリーを睨みつけ、ゆっくりと口角を上げた。


「生意気に、遣うようになったな!」


 しかし、声を掛けられてもユーリーには応じることが出来ない。地面を転がった拍子に口を切ったらしく、血の混じった唾液が垂れた。対してヨームは構わずに続ける。


「お前に一つ大切な事を教えよう。敵を前に手を抜くな! 剣を抜いての殺し合いにくだらぬ・・・・矜持など持ち込むな! お前には未だ別の手段があるだろう!」

「くっ……」


 ヨームが大音声に言う言葉の意味はユーリーにも分かっている。だが、魔術それを使うと自分が負けたような気がするのだ。理屈では無い、少年の頃から壁のように立ちはだかり、圧倒的に強かったヨームに対して、自分の剣技を問い掛けたいという気持ちが強かった。しかし、その相手は別の真剣さでユーリーに向かっていた。それは、この若く、自分の最後の教え子と心に決めた青年を、この後長く続く戦いの人生で少しでも生き永らえさせるための師としての愛情でもあった。


「それが分からぬうちは、何れ敗れて死ぬことになる! 死ねば愛する者など護れぬぞ!」


 叫ぶように言うヨームは再び一気に間合いを詰めた。その手の木剣は刺突ではなく大上段に構えた斬撃だ。まるで周囲の空気が揺らぎ、木剣が本物の剣に見える程の剣気を纏っている。


(ふざけるな、僕は死なない! そして護る!)


 対するユーリーは、ヨームの言葉に感情を爆発させた。脳天目掛けて振り下ろされる斬撃を腰だめの姿勢から振り上げた木剣が迎え撃つ。


 ――ドンッ!


 二振りの剣はおよそ木剣が鳴らすような音では無い振動を伴う衝撃を発すると、夫々の表面を抉り飛ばしながらガッチリと噛み合う。ユーリーはその一撃に魔力衝マナインパクトを纏わせていた。だが、ヨームの木剣は渦巻く魔力を切り裂くようにして、その奥のユーリーの剣を捉えたのだ。尋常な仕業ではない。真銀ミスリルの剣ならいざ知らず、只の木剣が魔力マナ斬った・・・のだ。


 一瞬双方は力比べの様相を呈する。だが、それは瞬時に終わると、剣をかみ合わせた態勢からヨームは前蹴りを、そしてユーリーは左手で再び魔力衝マナインパクトを発動した。再び衝撃音が起こる。そして、低い軌道で宙を舞ったのはヨームの身体だった。


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 その夜の晩餐はささやかながら、賑やかなものだった。特にシャルを連れて参加したルーカとフリタの夫妻は擦り傷だらけのヨーム村長とユーリーの姿に驚き、そして久し振りに会ったユーリーの成長に驚き、更に彼が可愛らしい女性を連れている事に三度驚いた。その後は、フリタがユーリーとリリアを大いに冷かした。それに対してリリアはまんざらでも無い風だが、ユーリーは赤面しっ放しであった。ルーカとフリタの夫妻から見ればいつまで経っても可愛いユーリー少年・・・・・・なのだから仕方のないことであろう。また、途中から参加した木こりの頭領ロスペは、ユーリーからコルサスの現況を聞き、歳の離れた弟ベロスが健在であることを知ると感慨深げだった。


 ユーリーは、リムルベート王国を離れてからコルサスで過ごした日々、それにリムルベートに戻ってからの日々について掻い摘んで話を披露した。掻い摘んだといっても、その内容はコルサス王国のレイモンド王子と好誼を通じたり、その後インヴァル半島で竜を従え戦場に舞い降りたり、果てはインカス遺跡群内で下位魔神と思しき存在と戦ったり、と夫々が一つの冒険譚のような話だった。


 常人がすれば「法螺話」の類と取られ兼ねない内容だが、話を聞く者は全員が昔からユーリーを知る者だ。法螺話ではなく、事実として受け止めた。


「まあ、あのマーティスの孫なんだから……そうであってもおかしくないわね」

「それだけ色々と経験していれば、あれだけ強くなるのも道理だな」

「如何に強くても、途中で便りの一つも書かないとは、人間的な成長がイマイチだ……まったく」

「お爺ちゃん、その話は勘弁してよ」


 そんな会話が弾む楽しい晩餐は深夜過ぎまで続くことお開きとなる。その間、リリアは散々酒を勧められ、結果としてテーブルに突っ伏して寝入ってしまうほどだった。結局酔い潰れたリリアをユーリーが背負ってメオンと二人で自宅へ戻ることとなった。


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 ユーリーは昔自分が使っていたベッドにリリアの身体を横たえると、濡らした手拭いで顔から首、そして胸の浅いところを拭いてやると、その上から毛布を掛けた。そして、自分は居間の方の長椅子で眠ろうとしたが、ふと半地下へと続く階段の奥から灯りが漏れていることに気が付いた。


(あれ、お爺ちゃん……寝たと思ったけど……あ、そうだった)


 そこでユーリーは養父に質問するつもりだった事を思い出した。それは、カルアニス島でアンナとアズールから託された質問 ――北西の正塔の行方―― であった。そんなユーリーは、そっと階段を降りると半地下の書斎へ続く扉を押し開いた。


「なんじゃ? 寝ないのか? 疲れているじゃろうに」


 その時メオン老師は、机に向かい書物を読んでいた。それは、ユーリーがインカス遺跡群で手に入れた魔術書だった。何か曰くがありそうだが、ユーリーには難し過ぎて理解不能なものだったので、そのため養父に預けることにした物だ。


「その魔術書、何が書いてあったの?」

「始めの数頁しか見ておらんが、随分と難解で風変りなものを手に入れたな……生命魔術という、今は治癒や止血程度にしか残っていない系統の魔術書じゃ……大崩壊の後、神蹟術に取って代わられた分野じゃな」

「そうなんだ……」


 メオンの言葉に、ユーリーは魔術書と同時に手に入れた金細工の「心臓」を思い出した。その心臓を象った物体をユーリーは戦利品としてリーズ達に渡していた。そのためユーリーの手元には無いが、生命魔術という分野と心臓を象った黄金の物体が妙に合致していると思う。


 一方、ユーリーの問いに答えたメオンだが、彼はユーリーの声の調子から何か別の事を考えていることを察していた。


「そんな事を聞きに来たわけではあるまい……何か有ったのか?」


 その問い掛けにユーリーは目的を思い出した。


「いや……実は、お爺ちゃんに一つ聞きたい事があって」

「聞きたい事……なんじゃ?」


 本を閉じたメオンはユーリーと向き合う。そんな養父にユーリーは意を決して或る言葉を口にした。


「正塔の……北西の正塔と呼ばれる塔について教えて欲しい」

「……なんじゃと……」


 ユーリーの口から出た問いに、メオンは驚いた表情となった。

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