Episode_20.27 愛するための覚悟


 懐かしの我が家、と言えば大袈裟だが、地上一階に半地下を持つ石造りの小さな家は懐かしいユーリーの家でもある。しばらくは住む者のいなかった家だが、今はその住人を嘗てのように迎え入れ、ヒッソリと佇んでいた。


 シャル嬢の案内でヨーム村長宅を訪れたユーリーとリリアだが、ヨームはあいにく留守だったため、近くの村人に言付けを頼み、先に自宅に戻っていた。


 そして、懐かしい家に着いたユーリーとリリアは直ぐに家の中に通され、入って直ぐの部屋でテーブルを挟んでメオン老師と対面していた。久しぶりに見た養父は老けたのだろうが、ユーリーには余り変化が感じられなかった。随分昔から、同じような風貌のままなのだ。ただ、少しだけ身体が萎んだように見えた。


「元気だった? お爺ちゃん」

「ふん、元気じゃ。心配いらん……ただ、友人を見習い、少しは手紙を書くことを覚えよ」

「ご、ごめん……」

「しかも、便りだと思えば、人に用事だけ押し付けおって……」

「いや、あの……」

「まぁ、忙しかったであろうことは聞いておる。それにしてもじゃな、忙しい合間を縫って筆を執るが故に伝わる心というものが――」


 この親子の対面は、のっけから説教であった。しかも、


「大体リリアさんや」

「は、はい!」

「一緒に居るなら、ちょっとは気を利かせて促すものじゃろ」

「も、申し訳ありません」


 この老魔術師にかかれば、息子の伴侶もこの扱いである。きっちりと説教はリリアにまで飛び火していた。


「ちょっと、リリアは関係ないでしょ?」

「なんじゃと、関係ないのか? じゃぁなんで連れてきたんじゃ?」

「い、いや、そう言う関係ない、って意味じゃなくて……」

「なら、どんな関係があるんじゃ、言ってみい」


 本当は、もっとしっかりと自分から切り出したかったユーリーだが、やはりこの偏屈な養父の手にかかれば会話の主導権を握るなど、夢のまた夢である。仕方なく、ユーリーは目的の一つを口に出した。


「実は僕、リリアと一緒になろうと思う……」

「ふむ……」


 その言葉を聞いた瞬間、メオンの口元が緩み掛けた。しかし、ついつい本当の気持ちを押し隠してしまう偏屈者のさが故に、緩み掛けた口元は再び苦虫を噛み潰したように「へ」の字になる。


「住むところをどうする? 収入や仕事はどうする? どうやって生活していくつもりじゃ? ……などと月並みな事は訊かん。お前の事じゃ、どうにでもやって行くじゃろう」

「じゃぁ認めてくれるの?」

「認めるもなにも、お前の人生じゃ」

「やっ――」

「但し!」


 ユーリーは、養父メオンの言葉に喝采を上げかけるが、鋭い声で制止された。


「但し、その人生はお前のものであると同時に、リリアさんのものにもなるんじゃ」


 そう言うメオンは、睨むわけではないが、鋭い視線を目の前の二人へ向けると、問いかけるように話す。


「お前達の未来は平板な時ばかりではないじゃろう。無事に過ごすことが難しい時が訪れるかもしれぬ。そんな苦難を乗り越えたとしても、純粋な人間同士と違い、異種族の血が混じっている者同士だ。寿命が同程度とは限らない。片割れを失った後の人生が耐え難いほど長い可能性もある」


 その言葉に二人とも心臓を掴まれたような気持ちになった。実際、考えて当然の話であるはずなのに、今まで考えもしなかったことだった。確かにリリアはエルフ、それも永遠の命と称される古エルフの血が混ざった女性だ。一方のユーリーは「使徒」という得体の知れない種族の血が半分流れている。老いて死を迎えるという事すら、残された方に長い苦痛を与える可能性があった。


「しかし、恋や愛は盲目というからのう……永遠に近い命を持った古エルフの姫でも、その事実から目を背けて、人間の傭兵に恋い焦がれることがある。そして、いにしえの人間の血を引き、寿命が他人の倍ほどある傭兵、いやどこぞの王・・・・・でも、自分よりも寿命の短い人間の女を妻に娶る……」


 一方、メオンは遠くを見るような目でそう語る。


「お互いの人生を一つにり合わせる覚悟があるのならば、その先に訪れる出来事も分かっておくべきじゃ。そして、その時が訪れた時、後悔して欲しくない。その後悔はそれまでの人生さえも否定するようなものになるじゃろうかならな」

「……」

「……」

「儂はその先に有る不幸を怖れる気持ちが強くて、伴侶を得たいという気持ちを持ち得なかった。じゃが、今にして思えば、愛する者を一途に求める向こう見ずさも、また人生の真理の一つじゃろう……儂から言えるのはそれだけじゃ」


 メオンの語る内容は確かに人生の一つの側面を捉えた言葉であった。しかし、とユーリーは思う。


(愛してしまったものを自分の意志で手放すなんて、出来る訳がないじゃないか……そんな事をすれば、お爺ちゃんの言う「後悔」を自分の手で作ることになってしまう)


「……分かったよお爺ちゃん。だけど僕は後悔しない。先の事を怖れて、既にあるものを手放すことは出来ないよ……そんな事をすれば、その時からずっと『後悔』する人生になってしまう。そうだろ? リリア」

「うん。私もそう思う。喩えこの先に何が起こっても、絶対に後悔しないと誓うわ」


(……まったく、マーティスとリサが言った事と同じな事を言いおって)


 ユーリーとリリアの強い意志が籠った言葉を聞きつつ、メオンが思い出すのは昔あった光景だった。彼は同じことを言い。そして彼の友は同じように断言した。その後の二人の人生をつぶさに知るわけではないメオンだが、その結実が目の前のユーリーなのだから、


(血は争えない……ということか)


 という思いだった。そんな老魔術師は、今、目の前に居る二人に意識を向け、嘗て言えなかった言葉を言う。いつの間にかその表情は穏やかな慈しみに溢れていた。


「わかった……ならばこのメオン・ストラスに最早語る言葉はない。その上で、ユーリー、そうまで言うからにはリリアさん、いや、リリアを必ず幸せにするんじゃ、よいな」

「はい」

「そして、リリア。くれぐれも、ユーリーをよろしく頼む。愛想が尽きかけたときは、どうかこのメオンに免じて一度は堪えてくれ」

「そんな……そんなことは無いです……お、お父様」


 すると、珍しく老魔術師の顔に笑みが生じた。ユーリーも余り見たことが無いほどの笑顔だった。


「ははは、これで養父役はお役御免と思ったが、こんなに可愛い娘ができるとはな。人生分からぬものだ。ははは――」


 古びた老魔術師の家に暖かな笑い声が響いた。


****************************************


 一時、厳しい言葉を投げ掛けたメオンだが、息子と新しく娘になった少女の覚悟を確かめた後は、表情を和らげていた。そして、旅姿を解いた二人を前に、これまでの話を色々と聞くのだった。その様子は、以前のようにユーリーが取った行動についてあれこれと指摘をするものではない。ただ、土産話を楽しむように聴くだけだった。また、ユーリーも以前ほど、何をどうすればよかったか? という問いは発しなかった。


 そうやって、団らんの時が過ぎるのかと思いきや、老魔術師の家に来訪者があった。他の誰でも無い、村長のヨームだ。


「ユーリー! 帰って来たたと聞いて……あ、邪魔して済まない」

「いや、構わんよ。そうじゃ、折角じゃからお主の家で夕食をご馳走して貰うかの」

「良いですなぁ、じゃぁそうしましょうか」


 時刻は未だ午後の中程だった。そのため、ユーリーを始めとした客を招いて振る舞う料理を準備する時間の余裕はあった。


「そうだな、以前のようにルーカとフリタも呼ぶとするか……で料理は近所に頼めばいいな」

「あ、私手伝いますよ」

「えっと、このお嬢さんは?」

「儂の娘じゃ」

「……冗談でしょ?」


 手伝いを名乗り出たリリアに、ヨーム村長の疑問は当然なのだが、それに答えるメオンは少し冗談めかしていた。その冗談を真に受ける訳ではないが、ヨームは思わずリリアとメオンの顔を見比べる。どちらかというと醜男に分類されるメオンと、若く美しい女性では、似ている所など有るはずは無かった。そのため、ヨームはハッとした風になる。


「全く似ておらん……ああ! もしかしてユーリーの?」

「まぁ……そう言う事です」

「リリアといいます」


 ユーリーの照れたような声と、リリアの自己紹介が続いた。その後、ヨーム村長は少し遠慮したが、リリアの申し出を受け入れると次いで、


「準備が出来るまではどうせ暇なんだろ、お前さえよければ、どれだけ強くなったか見てやる」


 とユーリーを稽古に誘ってきた。一方のユーリーは、メオンとの話の途中だったので、両者の顔を見比べるが、


「はっはっは、若いなヨーム。ユーリー、そう言うのも悪く無いじゃろ。行って来い。話の続きは夕食時でもいいじゃろ」


 という事になった。


****************************************


 以前は村の西口の直ぐ近くに在ったため、西の広場と呼ばれていたヨーム村長宅の前の広場は、今や中央広場と呼ばれる場所になっていた。


 道々聞いたヨーム村長の話では、樫の木村の人口は今や千五百に達する勢いだという。全て、小滝村の事件後の復興木材の需要から始まり、次いで王都の謀反事件でも同様の需要が生じたお蔭だった。木材を切り出す木こりの人手不足から、多くの者が林業に従事するため移り住み、その家族も引っ越してきたため人口が増えたのだ。そのため、今は食糧となる穀物を産する耕作地の開墾が急務ということで、この日の午前はヨーム村長も周辺の森の地形を確かめる作業に駆り出されていたという事だった。


「ロスペらと相談して、乱伐にならないようにするのがなぁ……意外と難しくて」

「でも、木材の需要だけでは、少し将来が心配ですね」

「お、お前もそう思うか? 流石メオン老師の息子だな……実は私もそう思っていて――」


 という会話になるところにも、少年ユーリーの成長を見て取ったヨームであった。その後村長宅に引き返した格好となったユーリーとリリアは、少し待たされることになった。そして、


「いや、待たせたな……じゃぁリリアさん、手伝いよろしく」


 近所の家に食べ物の準備を頼んで来たヨームはリリアにそう言うと自宅の方を指差した。ヨームの家には何人かの村の女房が出入りしている。


「じゃぁね、ユーリー、また後で」

「うん、頑張ってね」


 そんな言葉を交わしていそいそとヨームの自宅へ入って行くリリアとそれを見送るユーリー。二人を少し離れて見ていたヨームはニヤついた声でユーリーに話し掛けた。


「男前だとは思っていたが、中々の別嬪さんじゃないか。何処で捕まえて来たんだ?」

「え、まぁ……いいじゃないですか。それより、稽古。お願いします」

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