Episode_20.26 故郷へ


アーシラ歴497年6月下旬


 初夏の風がテバ河を上流目掛けて駆け上る。河川運搬船の帆は、その風を満帆に捉えて緩い流れを切って進む。ユーリーとリリアは船上の人であった。目的地はウェスタ城、ウェスタ侯爵領の本拠地だ。そこにいる養父メオンに、ユーリーはどうしても話をしておくことがあった。そして、その後はリリアとの約束通り、故郷の樫の木村を訪れる予定をしている。


 現在のユーリーとリリアは、王都のウェスタ侯爵家の食客待遇となっていた。普段はサハン男爵の屋敷に居るが、用事が有ればウェスタ侯爵家の邸宅に呼ばれるという身分だ。尤も用事が無くても、週に数日は顔を出してデイルやヨシンを相手に稽古に励んでいるユーリーである。彼には哨戒騎士団に正式な哨戒騎士として復帰する道もあったが、それはユーリー自身が断っていた。彼の考えをよく聞き知っていたアルヴァンは残念そうだったが、それを無理強いで止めることは無かった。


 一方、第三軍の一員として王都に凱旋した傭兵団は報酬並びに追加報酬を受け取ると、その後は解散していた。一部は第一騎士団旗下に臨時で設けられた傭兵部隊に残る事になり、例えば精霊術師の女と弓使いの男はその部隊に残った。なんでも一か所に腰を落ち着けたいという事だそうだ。一方、中核となった四つの傭兵団はリムルベートを去る事にしていた。


「四都市連合の仕事はしないが、コルサスかベート、またはオーチェンカスク辺りでは仕事が有るだろうな」


 というのは「オークの舌」のジェイコブと「骸中隊」のトッドだ。彼等は東に向かうということだった。また「黄金の剣」の一団は本気でインカス遺跡群で一山当てる気らしく、オーカスの街へ向かうということだ。一方、「暁旅団」を率いるブルガルトは一度最西方の隣国オーバリオンの様子を見に行く、ということだった。


「どうも、四都市連合が絡んできな臭い……商売になるか分からんが、気になってな」


 という事だった。長年傭兵として過ごしたブルガルトの勘が何かを察知したのかもしれない。


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 船上を撫でる河風に身を任せつつ、これまでの出来事を思い出していたユーリーは、不意に脇腹辺りを小突かれて現実に意識を引き戻された。革鎧・・越しにトントンと小突いて来たのはリリアだった。


「ねぇ、何考えてたの?」


 そう言うリリアはプックリと形の良い唇を少し尖らせて上目使いにユーリーを見る。恋人が時折見せる幼い表情に、ユーリーは未だにドキッとする気持ちを押えつつ、


「ああ、色々とね……」


 と答えた。


「ふぅん……私も色々考えてたの」

「へぇ、どんな?」


 リリアの言葉を聞き返すユーリー。それに答える彼女は少し頬を赤らめると、思い切ったように言う。


「ねえ、ユーリー。私も赤ちゃん欲しい!」


 リリアがそう言う気持ちになるのも自然なことだろう。ユーリーも最近は同じことを考えることが多かった。というのも、彼等の身近に立て続けに起こった新しい命の誕生は若い二人には鮮烈な出来事だったのだ。


 アルヴァンとノヴァの間に生まれた男の子は、アルヴァンが尊敬して止まない祖父の名をそのまま受け継ぎ「ガーランド」と名付けられた。そうして親友達より一足先に父親となったアルヴァンだが、産まれたばかりの息子を早速溺愛し始めているということだ。産後の肥立ちも順調で、既に産褥を離れたノヴァが呆れてたしなめるほど、幼い息子にのめり込んで・・・・・・いるらしい


 また、デイルとハンザの間に生まれた第二子の長男はブレーザと名付けられ、これまた母子ともに順調だということだった。長女パルサの三歳の誕生日に生まれたブレーザを「ぶれーじゃは、おとうと、おとうとってなに?」と聞くパルサだが、ブレーザの側にピッタリとくっつき離れないという。仲の良い姉弟になりそうだった。


「ガーランドもブレーザも……パルサも可愛かったからな。それにフリタさんとルーカさんのところのシャルも可愛かった……」

「ねぇ……赤ちゃん」


 こればかりは天の配剤と言うしかない。そのことを分かっていながら、リリアはわざと甘えて駄々をこねるように言う。一方のユーリーは流石に周囲の視線が気になって来た。というのも、河川運搬船を操る船員達がチラチラと彼等二人を窺うような視線を送って来たからだ。視線には幾らか鬱陶しそうな色が混じっている。


「わかったから。僕も欲しいよ」

「絶対よ!」


 運搬船の帆を満たす河風は、まるで二人の話を無視するように、一定の勢いで吹き続けていた。


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 その後、ウェスタの河川港に上陸したユーリーとリリアは、真っ直ぐにウェスタ城を目指した。ユーリーにはとても懐かしい街並み、リリアには目新しい街を進む二人の会話は自然と弾んだ。


「昔ね、この辺りでアーヴが誘拐されてね」

「あなたも一緒に誘拐されたんでしょ」

「そうそう、後ろから麻袋に放り込まれて……まったく間抜けな話だったよ」


 そう言いながら大通りを進む二人である。


「あれがヨシンの折れ丸を鍛え直した店だけど……流行ってるな」

「元々はデイルさんの剣だったんでしょ」

「そうそう、誘拐犯が潜んだ港に切りこんできて、相手が雇った暗殺者とやり合って折れたんだって。僕は船の中に居たから見てないけど」

「へぇ、デイルさんと戦って剣を折るなんて、怖い暗殺者ね」

「なんでも、魔術も使う剣士だったらしい……ちょっと見てみたかったな」


(魔術を使う暗殺者の剣士? ……まさかね……)


 リリアが咄嗟に思い浮かべた人物は、彼女が「ムエレおじさん」と呼ぶ養父ジムの元相棒「割れ声のムエレ」だ。丁度ジムが先輩で、ムエレが後輩に当たる。若い頃の二人が織りなした様々な紆余曲折は当時産まれたばかりの赤子だったリリアを巻き込み、今の彼女を形作っている。しかし、二人が別々に知っている事実は、直ぐに結びつくこと無い別々の話だった。


 思い出話を織り交ぜながら街を歩く二人。少年兵だったころのユーリーは、ウェスタの城下町を途轍もなく巨大な街だと感じていた。確かに内陸に在りながら陸路と河川の交易で栄えるウェスタの街は丁度コルサス王国の港街ディンスと同じくらいの規模感である。しかし、成長した今、再び歩くウェスタの街は昔よりも随分と小さくなった気がしていた。


 やがて二人はウェスタ城の城門前に達すると、開け放たれたままの城門を潜り中へ入る。周囲の情景が一段と懐かしい感覚でユーリーを包んだ。そして、二人は城に続く道の脇に建つウェスタ侯爵領兵団の建物の前で立番をしていた兵士に身分と要件を明かした。やがて、二人は建物の中へ案内された。


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「うわっ! 本当にユーリーなんだな。こう言ってはなんだが、立派になった」


 そう言って二人を出迎えたのは、当時一介の行政官であったセドリーだ。但し今は出世し、ウェスタの北に広がる開拓村の管理を一手に引き受けているらしい。オークによる襲撃で壊滅した小滝村を三年で復興させた手腕が評価されての抜擢だった。そして、近々王都の邸宅の屋敷家老を任されるという事だった。


「もっとも、ドラウドとドラストの兄弟が居る以上、いつまで経っても下っ端には違いないけどな」


 という口の悪さは健在だった。そんなセドリーに要件 ――養父メオンとの面会―― を告げたユーリーだったが、ここで思わぬ肩すかしを食う羽目になった。


「あの元気な爺さん……失礼、メオン様なら、樫の木村に帰っているぞ。『働き過ぎだから休暇を取るんじゃ』ってことだ」


 元々樫の木村まで足を伸ばすつもりだった二人は、その後直ぐにウェスタの街を出発するか、一晩泊まって翌朝にするかで少し迷った。そこに哨戒騎士団副長のパーシャが現れ、懐かしい昔話や近況報告に時間を費やしたため、結局この日は一晩ウェスタの街に宿を取ることになった。


 因みに、副団長パーシャはユーリーが美しい女性を連れていることを相当に冷やかした。そして、


「そうか、それで養父殿に報告するために帰って来たんだな。いや、目出度い」


 と、あながち間違いとまでは言えない風に勝手に理解して、夕食をご馳走してくれたということだ。その間、ユーリーは延々と自身の昔話をパーシャの口から披露され、恋人の前で随分と赤面したということだ。ユーリーにとっては身の置き場の無い時間だったが、リリアにとっては面白い話だっただろう。パーシャという男の面倒見の良さは副団長になってからも益々健在であった。


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 翌朝、ウェスタの街を出発したユーリーとリリアは馬上の旅を続けるとトデン村、桐の木村を通過し、途中に野宿を挟みつつも翌日の昼には懐かしい樫の木村へ到着していた。


 村に到着したユーリーは昔と変わらない光景を期待していたが、やはり月日の流れは北辺の開拓村にも変化を起こしていた。以前は村と外を分ける土壁が南の川から北の丘まで伸びており、その外側はしばらく畑が続く地形だった。しかし今は、森の西側が大きく切り拓かれ、畑はその場所まで続いている。一方、土壁の外だった場所にも、今は民家が建てられ、村の中と外を隔てるのは簡単な木の柵となっている。そして、南の川を渡った先は森であったが、今は簡単な橋が掛けられ、その先にも民家が点在していた。一目で村の人口が増加したことが窺える状態だった。


「随分と賑やかになったんだな」

「そうなんだ」


 村へ続く道の両脇が麦畑に変わる場所でユーリーとリリアは馬を降りると手綱を引いて徒歩で木柵に造られた門へ近づく。その時、門の内側から子供の集団が駆け出してきた。ワーと続く歓声と共に飛び出してきたのは十人程の子供達だ。皆五歳から十歳くらいに見える。


「元気が良いのね、ユーリーもあんな感じだったの? ヨシンさんとマーシャさんと」

「そうだね……でも子供も増えたみたいだ」


 そんな会話を交わす二人を、子供の集団は遠巻きにしながら見ている。村の外からやって来る人間が珍しいのだろう。すると、一人の女の子が集団から進み出てきた。細い糸のような金髪を持った容姿は子供ながらに整っている。そして、短く切られた髪の間から飛び出た少し尖った耳がエルフの血を引いている事を主張していた。


「おじちゃん、おねーちゃん、何しに来たの?」


 おじちゃん、と呼ばれたユーリーは軽く衝撃を受けたが、気を取り直すとその女の子に返事をした。何となく、その容貌と耳の形で彼女が誰か察したのだ。


「君はシャルちゃん?」

「なんで知ってるの? おじちゃん、人攫い?」

「えっ……お、お兄ちゃん・・・・・はね、お父さんとお母さんの知り合いだよ」


 横で聞いていたリリアが噴き出しそうになる。一方女の子は、少し疑うような目でユーリーを見ている。


「えー、本当?」

「本当だよ。僕の名前はユーリー、君のお父さんはルーカで、お母さんはフリタでしょ?」

「うん……あ、ユーリーって聞いたことある!」


 ようやく少し警戒心を解いた風になった女の子に、ユーリーは優しく話し掛ける。


「じゃぁシャルちゃん、お兄ちゃん・・・・・を村長さんの所に案内してくれるかな?」

「うん、いいよ!」


 シャルは、そう言うと友達を振り返って、


「ちょっと、ユーリーおじちゃんを村長さんのところにつれていくから」


 と言って、ピューっと自分だけ先に走って行ってしまった。ユーリーは、隣で笑いを堪えているリリアを少しだけ恨めしそうに見ると、シャルの後を追って村へ入って行くのだった。

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