Episode_20.24 忙しい夜の幕開け


 翌日、月は改まり五月となったこの日、王都リムルベートのウェスタ侯爵邸宅では、午後から戦勝祝いの祝宴が開かれていた。そこには山の王国義勇軍として参加したポンペイオ王子の姿や、第三軍として従軍したウーブル侯爵家の面々、それに傭兵団の主要な面子が勢揃いしている。更に第一軍、第二軍の主要な騎士達も招待されており、それとは別に、祝いを述べるために訪れた他の爵家の主や名代も数多く詰め掛けている。それらの参加者は同伴者を連れることが許されているため、多くの者が夫人を連れて参加していた。そのため祝宴は参加者四百人に届く規模となってしまい、流石に邸宅の食堂には収まらないため、邸宅前の広場に戦陣のような幕屋が張られ、祝宴の会場とされた。


 ウェスタ侯爵家の王都邸宅は、王城の第三城郭の正門である北門の更に先にある小高い丘の上にある。有事の際には王城の出城として機能するように考えられた配置だ。その敷地は広いが、元々華美を好まない現大伯老のガーランドの考えに従い、その邸宅の建物は非常に質素で必要十分な機能しか有していない。その一方、有事の際に兵を展開することを想定された邸宅前の広場は軽く千人以上を収容できる広さがあった。先の第二王子ルーカルトが引き起こした謀反事件の際には、王都の住民を数千人収容し保護した実績がある。


 その広場に張られた幕屋は、邸宅とその先に見える王城を背にした上座に地位が最も高い山の王国の若き王子ポンペイオが座り、その左側にはウーブル侯爵バーナンド、主催者の侯爵ブラハリー、そして、従軍した第二軍の爵家、騎士の面々が続く。一方右側の列には、来賓である伯爵や子爵、それに高位の行政官が同伴者を伴って座っていた。そんな上席の並びはポンペイオ王子を頂点にした「ハ」の字の形であった。一方、下座の面々は縦に並べられた長テーブルに着いている。長テーブルの上座に近い方には、アルヴァンやバーナス、第一騎士団の大隊長などが座り、その他の者達は思い思いの場所に座っている状態だ。


 そんな状態で正午過ぎから始められた祝宴は、最初主催者である侯爵ブラハリーの挨拶で始まった。ブラハリーは先の戦いを後方から支えた来賓の爵家や行政官に謝意を述べると、父親で、元侯爵、現宮中大伯老のガーランド・ウェスタからの祝辞を代読し、乾杯した。そして、下座の者達に酒や料理が行き渡り飲み食いが始まったところで再び立ち上がると、今度は戦いで功績のあった者の名を挙げていく。


 ブラハリーは先ず始めにポンペイオ王子と山の王国義勇軍の活躍を褒め讃えた。国外からの自主的な参戦でありながら、戦局を動かす活躍 ――アドルムの城壁突破―― の足掛かりとなった活躍、そして、本陣を襲った食人鬼オーガーを咄嗟の機転で固定弩バリスタによって屠った活躍は誇張無しに第一級の殊勲である。そして、ポンペイオ王子の活躍を讃えるためにもう一度乾杯の声が上がった。これにはポンペイオ王子も上機嫌となり、自身は背が低いため椅子の上に立ち上がると自国から無理矢理取り寄せたピュア・エールを一気に飲み干して見せたほどだった。


 そして、ブラハリーは各騎士や爵家の活躍を滔々と述べていく。オーメイユに対する援軍阻止戦から始まり、第二次アドルム攻勢での四都市連合側との会戦へと続く話では、第一騎士団の大隊長達の名が次々と呼ばれ、その都度上座、下座に分散していた彼等は席を立つと拍手や喝采に応じた。また、アドルムの街に突入してからずっと頑強に前線に立ち続けたザリア子爵ハリスにも惜しみない賛辞が送られた。


「失礼を承知で言うならば、ザリア子爵家は小さな子爵家である。にもかかわらず、有事に備え兵を養い自らを厳しく鍛え続ける。真、騎士の鑑でありリムルベートの貴族の在るべき姿として皆の手本となるべき人物だ」


 という言葉に、騎士、特に第二騎士団の面々から割れんばかりの拍手が送られた。有事でなければ注目されることもない弱小子爵の者達にとって、ハリス・ザリアの活躍は我が事のように嬉しかったのだ。勿論、ハリス自身も胸を張ってその賛辞を受けていた。


 その後、ブラハリーはイドシア砦の籠城と解放、そしてインヴァル半島東岸を進軍し、インバフィルに牽制攻撃を掛けつつアドルムの裏を取った第三軍に所属したウーブル侯爵家の騎士達の活躍に言及し、一連の賛辞を終えた。彼の言葉は慎み深く、自家の騎士達の活躍に言及していないものだった。だが、ウェスタ家の面々にその事を不満に思う者は居なかった。というのも、ブラハリーに続いて立ち上がったウーブル侯爵バーナンドが、その役を引き受けたからだ。そして、今度はウェスタ侯爵家の騎士や兵士達へ賛辞が送られる番となった。


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 正午過ぎに始められた祝宴は既に三時間ほど経過していた。ユーリーとリリア、それにヨシンはアルヴァンの席の近くで宴を楽しんでいる。彼等の近くには騎士デイルや、ガルス中将といったウェスタ侯爵正騎士団の面々がいた。


「デイルさんと戦果で並びました」


 少し酒が入ったヨシンは、騎士デイルにそう話かける。彼が言う戦果とは食人鬼を倒した事だろう。ただし口調は少し冗談めかしている。そして、ヨシンのそんな言葉に、


「馬鹿者、何度言ったら分かるんだ! あんな無謀な戦い方でデイルに並んだなどと……」

「そうだよ、普通の人間は食人鬼相手に力比べなんかしないよ」


 と、ガルス中将とユーリーが注意するような声を発する。最近よくある話の流れだった。因みに、ユーリー自身は二匹の食人鬼オーガーを倒していたが、彼はその手柄をハリス・ザリアに譲っていた。兵の一部では「食人鬼二匹を倒したのはユーリーという若い騎士」という話が噂のように広まっていたが、正式な戦果としては、その時前線にいたハリス・ザリア率いる第二軍の功績ということになっていたのだ。それは、ザリア子爵家に手柄を譲りたいというユーリーの心意気であり、アルヴァンも認めるところであった。そんなアルヴァンだが、ヨシンに対しては、


「大体、無傷で倒したデイルと、全身ずたぼろ・・・・・・で何とか勝ったヨシンじゃ、とても並んだとは言えないよ」


 と、なかなか辛辣な指摘であった。これにはヨシンも苦笑いすると、めげる事の無い前向きな言葉を発した。


「次はもっと綺麗に勝つ。そのためにも修行だ、日々の訓練だ!」

「そうだねヨシン、やっぱり日々の訓練は裏切らない!」

「また始まった……訓練馬鹿だ」


 ヨシンの言葉に調子を合わせるユーリー。そんな二人を呆れた顔で見るアルヴァン。そこには、親友同士の変わらない気安さがあった。


 その時、祝宴の上座で動きがあった。ブラハリーに促されたポンペイオ王子が先ほど同様に椅子の上に立ち上がると、何か話始めようとしたのだ。静粛を求める声が下座に掛かる。そして、喧騒が治まったところでポンペイオ王子は話し出した。


「えー、同盟国リムルベートの戦勝の宴、まことに目出度い日である。既にガーディス王主催の祝賀会は二日前に開かれているから、この場はもっと打ち解けた会であっても良いと思う。私も下座の皆と直接話をしたいのでな。そこで、ブラハリー殿とも話したのだが、以後の宴は無礼講とする。皆の者、節度を守って楽しむように。乾杯!」


 ということだった。


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 ポンペイオ王子によって無礼講が宣言された宴では、下座の席を中心に酔いの回った騎士達が、あちらこちらのテーブルへ赴き自慢話や手柄の褒め合いを繰り広げている。そして、幾人もの他家の騎士や第一騎士団の当代騎士がアルヴァンの元にもやって来て、酒を勧め、第三軍の戦い振りを褒めた。中には来賓としてやって来た伯爵家や子爵家の当主や名代の姿もあった。無礼講を宣言したポンペイオ王子自身もそんな面々の一人だった。しかし、彼は挨拶ではなく、その場所で飲むことを決めたようにアルヴァンの隣にドカッと腰を落ち着けた。


「ああいう席は堅苦しくてイカン。しかも、目の前では楽しそうにやっている面々を見せられながらだからな……さぁ飲もう!」


 侯爵ブラハリーと相談した、と言っていたポンペイオ王子だが、無礼講はどうやら王子側が申し出た事のようだった。そして、若いドワーフの王子は小樽からエールを杯に注ぐと、ユーリーやアルヴァン達に渡していく。しばらく歓談が続いた。


「そういえばアルヴァン殿、ノヴァ殿……いや奥方はどうしたのだ?」


 と切り出したのはやはりポンペイオ王子だった。人間と比べると幾らか寿命の長いドワーフ族は、風習的に婚姻年齢を四十歳前後としている。そのため、ポンペイオにとっては少し早い年齢だが、興味はあった。そして、ユーリーやリリア、ヨシンにとってもそれは興味のある話だった。普段ならばこういう席に出てきそうな性格のノヴァが姿を現さない事に少し疑問を持っていたのだ。


 対するアルヴァンは少し照れくさそうに頬を掻きながら言う。


「実は、既に産み月でして、医者が言うにはここ数日で生まれる頃だと言う事で……流石に大きな腹を抱えてこの場にお披露目と言う訳にも行かず……」


 という事だった。そんなアルヴァンの話に、これまで一言も発していなかったデイルが小さくピクリと反応した。それに気付いたのはリリアだ。その様子が気になったリリアは、チラチラとデイルの様子を窺う。


(そういえば、さっきのヨシンさんの話も反応してなかったわね……どうしたのかしら?)


 リリアの視線の先で、普段は泰然自若として如何にも武勇を誇る騎士らしいデイルは、何故かソワソワとした様子で視線を邸宅の門の方に向けている。


「ねぇデイルさん、どうしたんですか? さっきからソワソワしてるみたい」

「あ? い、いえ……その」

「そう言えば、ハンザもノヴァと同じくらいの産み月と聞いていたが、大事無いのか?」

「どうしたデイル? 何か有ったのか?」

「実は――」


 リリアにそう話し掛けられたデイルの返事はハッキリとしない。そこへアルヴァンとガルス中将が会話に参加した。主であるアルヴァンと義父であるガルス中将の問い掛けに、デイルは渋々といった風に口を開き掛ける。


 その時、宴会場となった邸宅の広場に素晴らしい速さで飛び込んできた者があった。それは額に一本の角を生やした純白の馬に跨った女性であった。女の乗った白馬は門番の制止を振り切って、というよりも撥ね飛ばして広場に突入してきた。その様子に宴会の参加者がどよめく・・・・。中には剣に手を掛けた者も少なからず居た。しかし、騎乗の女性は全く臆することなく酔いの回った騎士達を見渡すと、目当ての人物である騎士デイルを見つけ、馬を飛び降りて駆け寄ってきた。そして、


「デイル! 産まれたぞ!」


 と告げるのだった。

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