Episode_20.18 アドルムの決戦 Ⅰ


 アドルムの街を守る守備傭兵部隊の総数は、この夜明けまでは六千の規模を保っていた。しかし、夜明けと共に発動した最終作戦 ――飼い慣らされたテイムド食人鬼オーガーを街へ放つ―― によって、予想外の損害を受けていた。


 街に放った食人鬼が自軍勢力に向かわないように、充分戦線を後退させたつもりだったのだが、結果的に東側の倉庫に配した二匹が自軍部隊に向かう事になってしまった。その内一匹は何とか別の目標 ――市場に避難した住民達―― へ誘導することが出来たが、それでも残りの一匹は彼等の戦線の東側に突入してきた。この予想外の戦いによってアドルム守備傭兵部隊は丸々一個中隊三百人という傭兵を戦力として失う事になった。


 しかし、怪我の功名というわけではないが、目標を市場に変更した食人鬼から避難民を守るために動いたリムルベート王国の別働隊の存在を知ることが出来た。


「どうやって別働隊を配置したか分からないが……前後を挟まれるのは面白くない」


 それは、アドルム防衛の指揮を執っていた四都市連合作軍部長の言葉だった。同じく食人鬼と対峙しることになったリムルベート王国の別働隊も等しく損害を被っているはずだと思われた。そのため、作軍部長は敵情不明ながら「市場に居る」という情報をたよりに、無傷だった戦線の西側兵力を投入して一挙にこれを殲滅することを意図した。


 そうして西へ進軍し始めた守備傭兵部隊の数は三千。それを二千と千の二手に分け、市場へ西と北から突入させるのがアドルム側の作戦だった。一方、リムルベート王国の別働隊 ――第三軍―― は、彼等の進軍を事前に察知し市場の入口に防衛線を構築し対抗した。西から真っ直ぐ通りを進んだ二千のアドルム守備傭兵部隊に対して、リムルベート側の勢力は半分の千であった。その勢力差に前線部隊を指揮する四都市連合作軍部の将校達は配下の傭兵達を鼓舞した。


「敵は少数! 北からの別働隊が攻撃に移れば容易い! 進め!」


 リムルベート側の防戦は非常に頑強だった。その上通りに面した倉庫の屋上に伏兵を配するほどの巧妙さも持っていた。しかし、所詮は多勢に無勢である。徐々に戦線は押し込まれている。異変が起こったのはそんな時だった。


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 先行した第一第二軍の混成騎士隊の数は二百五十騎。アドルムの街に展開した騎士の総数の約三分の一であるが、彼等は規模よりも迅速性を優先した。そんな彼等は大通りを真っ直ぐ南に下ると敵に接近するが、


(デイルさん、先の路地を左に曲がって!)


 という誘導に従い、一旦細い路地へ逃れた。そして、路地裏の細い道をさらに南下した彼等は、狭い十字路となった場所で一旦止まると、全体を五十騎の五部隊に分けて路地に分散した。そして、その時から数えて百二十秒後、一斉に路地から通りへ飛び出したのだ。


 東から西の市場へ続く通りは、二千の傭兵によって埋められていた。先頭が詰まっているため、後続の傭兵達は少しダレた・・・雰囲気で、恐らく来ないであろう出番を待っていた。そんな隊列に、通りの北側の路地から騎士達が飛び出してきたのだ。


「うわぁ!」

「なんだ?」

「敵襲!」


 通りに伸びた隊列は至る所で横腹に騎士の突撃を受ける。傭兵達は混乱に陥った。


「隊列を! 迎え討て!」


 四都市連合作軍部の現場指揮官は声を張り上げて指示を行うが、不意を突かれた上、精強さが充分に伝わっているリムルベートの騎士に襲われた傭兵達は隊列を整えるどころか、逃げ場のない通りを右往左往するばかりだった。そして、


「貴様は指揮官だな! 我が名はハリス・ザリア、いざ!」


 騎乗の上、目立つ兜を被っていることが仇となり、その現場指揮官は一騎の騎士 ――ハリス・ザリア―― に目を付けられてしまった。ハリスはそう名乗ると、馬上槍を手に一気に距離を詰める。対する四都市連合の現場指揮官は辛うじて剣を抜くと、迫る槍の穂先を跳ね除けようと振るうが間に合わなかった。


 ――ガシャン!


 と馬上の金属甲冑同士がぶつか音が響き、その指揮官は肩口に馬上槍の一撃を埋め込まれ、敢無く落馬していた。周囲では、他の部隊の指揮官や副官達が次々とリムルベート王国の騎士達に討ち取られていた。


 拠点防衛を念頭に編制されたアドルム守備傭兵部隊は三百人の中隊に一人の指揮官と二人の副官を配した指揮系統であった。さらに、編制された傭兵達は個人、またはごく少数の傭兵団が中心であった。それは、野戦と異なり一か所に留まって戦うことを想定した拠点防衛の編制だ。結果として、通りに留まっていた傭兵集団後列、約千人の中に指揮官相当の将校は十人以下だった。そして、彼等は全てリムルベート王国の騎士に討ち取られてしまったのだ。残された傭兵達の中には大規模な傭兵集団の首領のような人物はおらず、部隊としての統率を取り戻すことが出来ない彼等は、全員が通りの南側の路地へ逃れる格好となった。


「無理に追う必要は無い。隊列を整え、東からの敵に備えよ!」


 騎士デイルの号令が響く。通りの傭兵達を打ち破った騎士隊の損害は極軽微であった。そして、伝令役を買って出た騎士が後続の歩兵部隊の前進を促すために北へ向かった。


****************************************


 一方、歩兵中心の部隊を率いたユーリーは、前方を飛ぶ若鷹ヴェズルの後を追っていた。ヴェズルは、通りの両脇に連なる民家や商店の軒先を転々としながら、ユーリーが率いる千人の歩兵を導いていた。


 彼等は最初、騎士隊の後ろに続く格好で通りを南下していたが、しばらくして東の路地へ逸れた。そして、別の通りに出るとそのまま真っ直ぐに南下を続ける。そして、しばらく進んだところで、ユーリーはリリアの声を耳元で聞いた。


(ユーリー)

「リリア、そっちは大丈夫? 魔力欠乏とか……辛いんじゃない?」

(だいじょうぶよ……でも、後でさっきのアレ・・をしてね)


 歩兵達の先頭を進むユーリーの耳元にだけ響くように音量を押えたリリアの声は、少し苦しそうだった。そんな彼女だが、弱音を吐くことは無い。ただ、さっきのアレ、つまり魔力移送トランスファーマナを少し照れながら催促するだけだった。


「勿論、何度でもやってあげるよ」

(ありがとう……でも、その前に片付けないとね。前方三百メートルの角を曲がったところで千人規模の傭兵と、アルヴァン様中心の部隊が交戦しているわ)

「分かった! 助かる」

(気を付けてね……)


 そこで交信は途絶えたが、ユーリーは振り返ると歩兵集団に号令を掛けた。


「前方の曲がり角の先が戦場だ、一旦角まで進んで停止!」

「応!」


 ユーリーが率いている歩兵もまた第一軍と第二軍の混成部隊だった。しかし、第二軍の兵が割合としては多い。そんな彼等は、先ほど目の前の青年騎士があっと言う間に食人鬼二匹を打ち倒した光景を目の当たりにしていた。そのため、殆どの兵がユーリーの素性を知らないが、自然と彼の言う事に従うようになっていた。


 そして、彼等は通りの曲がり角まで進むと一旦止まった。角からそっと顔を出して前方を窺うユーリーの視界には、リリアの情報通りの光景が展開されていた。数で劣るアルヴァン率いるウェスタ・ウーブル連合軍の騎士や兵士達だが、対等に渡り合っているようだ。


「五つ数えて突入する。静かに進んで!」


 そう言うと、ユーリーは兵士長の一人に数を数えさせ、自身は魔術陣の起想に入った。彼の目の前に不可視の魔力で描かれた魔術陣が広がると一気に展開行程へ進む。そして、一つの力場術が曲がり角の先、傭兵部隊千人の後方に展開した。それは、斜め前方の光景を反射する鏡像ミラーイメージの力場術であった。


「二、一!」

「突撃っ、同士討ちに気を付けて!」


 兵長が数を読み終わると、ユーリーは詰めた声でそう言って通りへ飛び出す。その手には古代樹の短弓が握られている。彼は矢筒に手を掛けつつも、只管ひたすら通りを駆けた。

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