Episode_20.17 両軍衝突 


「なあジェイコブ。アレは、若いから無謀なのか、それとも生れつきの性分なのか?」

「さぁな……生れつきだろ。だが、たまに居るだろ。向こう見ずで危険に飛び込みたがる性質たちだが、なんだかんだで手柄を立てて生き残っていく奴。もの凄い幸運の持ち主が」

「ああ……俗にいう『英雄気質』だな、傍迷惑な存在だ」


 そんな言葉を交わすのは「オークの舌大隊」の首領ジェイコブと「骸大隊」の若い首領トッドだ。二人の目の前では、崩れ落ちた食人鬼オーガーの死体の下から引きずり出された若い騎士が、天幕を工夫して作られた担架に乗せられて、市場の後方へ下げられて行く。


 先ほど、あわや、という場面で矢を放ったのはトッドだ。死んでしまった養父ゴルムスに勝るとも劣らない正確な早撃ちで食人鬼の両目を射抜いていた。そして、その右手をもぎ取ったのは、ジェイコブの放った水の大精霊「水蛇」による精霊術だった。しかも、巨大な食人鬼の足元に拘泥の枷スラッジバインドを展開し、その動きを封じた上での事だ。


 結局、ヨシンが勇んで突出、食人鬼との一騎打ちを展開しなければ、この二人を含む手練れの傭兵達が、魔獣の動きを封じ視界を奪い、時間は掛かるだろうが安全に遠距離から処理することが出来ていたのだ。中原地方では稀に戦場に出没する飼い慣らされたテイムド食人鬼オーガーに対しては、彼等が意図した戦法が一般的だったのだ。しかし、その存在自体が珍しい西方辺境域の騎士や兵士達は、その事実を知る術はない。そのため、蛮勇ながら勇気を見せ、結果を残した若い騎士は英雄のように仲間達に迎えられていた。


 そんな様子を遠巻きに見る二人の首領は、担架を囲んだ人垣に少し醒めた視線を送っていた。しかし、若い騎士の幸運だけは括目かつもくする思いであった。二人とも、別にその若い騎士を助けるために攻撃したのでは無かった。雇い主であるリムルベートの大貴族の子弟とは特別仲が良いようだったが、だから助ける、という発想ではなかった。それどころか、食われる寸前となった若い騎士の事は諦めたつもりで攻撃を行っていた。だが、それが結局彼を助けることになったのだ。


「まぁ、関係無いけどな」

「そうだな――」


 トッドのどうでも良い、と言わんばかりの言葉にジェイコブが相槌を打つ、その時彼等二人の周りで不自然に風が動いた。


(黄麻ギルドの倉庫です。敵に動きが――)


 風に乗った女の声が二人の耳朶を打った。


****************************************


 一方、アルヴァンはその時運ばれるヨシンに駆け寄っていた。担架の上でぐったりとしている親友は体中傷だらけで、特に鼻と左腕は骨が折れているのか、あらぬ方向に曲がっていた。思わず息を呑むほどの大怪我によって流石のヨシンも気絶していた。


「手当を、急いでくれ!」


 そんな親友を見下ろしてアルヴァンは兵にそう指示する。市場に展開した第三軍の後方には先程まで襲撃されていた住民の内、直ぐに避難が出来ないほどの怪我を負った者が集められている。そこでは「骸大隊」に所属していたマルス神の聖職者とフリギア神の聖職者が治療に当たっている。


 そして、アルヴァンは親友を乗せた担架が運ばれるのを見送るが、その時唐突に耳元でリリアの声がした。


(アルヴァン様! そちらの方角へアドルムの守備傭兵部隊が向かっています)

「やはり気付かれたか。数は?」


 風の精霊術によって声を運ぶリリアは、同時に街の様子を上空から俯瞰する若鷹の視界を得ている。激しい試練の結果得られた稀有な才能だが、少女はそれを遺憾なく発揮していた。


(数は分かりませんが、戦線の西側半分が向かっていますから……多分三千以上だと)

「そうか、分かった。どの通りから来るか教えてくれ――」


 リリアの返事にアルヴァンはそう要請する。そこへ、住民の避難誘導を終えたガルス中将と、別口に情報を得た二人の傭兵大隊の首領がやって来る。


「黄麻ギルドの倉庫から情報だ、アドルムの守備隊が動いた」

「ああ、こっちにも情報は入っている」

「兵の配置はどうすれば?」


 話し合いは、長く時間を要するものでは無い。そこにリリアから追加の情報が入る。


(東から市場に入る通りは大小三本ですが、太い道を本隊と思われる部隊が進んでいます。そして、北から入る大通りを別働隊が移動しています。移動完了を待って二方向から仕掛けると思います)

「そうか、分かった」

「それだけ分かればやり易い。お嬢ちゃん凄いな」

(いえ……)

「だが、数は向こうの方が多い。それに、残りの部隊が後詰に回ったらとても勝てないな」


 リリアの声にアルヴァン、ジェイゴブ、トッドの順で言葉を発する。市街地のように見通しが悪い状況で、敵の位置をはっきりと把握できることは、それだけで戦いを非常に有利にするものだ。しかし、結局いくさは数の勝負になる。二千に満たない兵力の第三軍だけでは、六千近くの数を保つアドルム守備傭兵部隊を全て引き受けることは出来なかった。


「リリアさん、北の第一軍の状況は?」

(先程南下を開始しました)

「彼等の進軍を早めてくれ、上手く行けば挟撃できる」

(あっ……そうですね! わかりました)


 しかし、アルヴァンは怖れることも、部隊を退くことも無い。逆に、この状況を決定的な好機と捉えていた。そして、彼の言葉を受け取ったリリアはそこで一旦交信を切った。既にアルヴァンの背後では、慌ただしく兵を配置するガルス中将や傭兵団の首領の声が響いている。戦いは最後の局面へ向かっていた。


****************************************


 「黄麻ギルド」の倉庫に陣取った小集団は、息を殺してその場に潜んでいた。三階建ての背の高い石造りの建物の最上部は建物の内壁に沿ってロの字型・・・・に廊下といえないような通路になっている。そこから天窓を伝って屋上に出た一団は、建物の縁から顔を覗かせ、下の通りの様子を窺っていた。


 彼等の眼下に在るのは市場の場所へ東から繋がる大通りだ。先程、この大通りを伝ってアドルム守備傭兵部隊がやって来る、という情報があったが、それから十分もしない内に、敵の軍勢が姿を現した。通りを埋めた敵の軍勢はそのまま彼等の前を右から左へ移動して行き、そして、市場へ突入しようとした。


「ここからじゃよく見えないけど、市場の方はどうなってる?」

「うん……市場への入り口に防衛線が出来てるわ」

「そうか……撤退、なんてことにはならないだろうな」

「そんなの私は分からないわよ」


 小声でそう言葉を交わすのは弓使いの男と精霊術師の女だ。周囲に居る他の弓兵達も心配そうな表情をしていた。彼等の場所からは、直接市場を見渡すことが出来ない。建物二棟分離れた場所に在る二階建ての建物が視界を邪魔しているのだ。丁度その建物の真下が市場への入り口となっている。


 本体から離れた場所で情報収集のため孤立していた彼等にとって、最も恐ろしいのは本隊が知らない内に撤退または後退することだった。そのため、精霊術師の女が使う風の囁きウィンドウィスパが彼等にとっての命綱であった。


「ちゃんと状況を掴んでくれよ」

「うるさいわね、やってるでしょ」


 仕事の相棒という立場から、一歩先の関係へ進んだ二人はそんな状況でも馴れた男女の雰囲気になる。一緒にいる他の弓兵達は「またか」と呆れた表情を作って、痴話喧嘩から視線を外した。そんな時、彼等の一人が視界の邪魔をしている二階建ての建物の屋上に人影を認めた。


「おい、あれ、敵の弓兵じゃないか?」

「え……あ、本当だ」


 彼等は三階建ての建物の屋上に居るため、少し離れた場所に立つ二階建ての建物の屋上に展開を開始した敵の弓兵が良く見えた。それらの集団は五十人程度にまで増えると、丁度足元で展開されているリムルベート軍との戦線へ矢を放ち始めた。しかも、その集団には弓矢を持たない者も幾人か混ざっていた。恐らく魔術師か精霊術師だろう。


「あの場所……不味いわね」

「……仕掛けるか?」

「でも……」


 遠距離攻撃の主役である弓矢の運用は射手の位置取りが重要になる。当然高所を占有したほうが絶対的に有利だ。しかも、低所である市場にはこれといった遮蔽物が無い。そのため、上を占拠した側は好きなように標的を狙うことが出来た。その効果は絶大で、彼らが射撃を初めて直ぐに、幾人もの騎士や傭兵達が矢に射抜かれることになった。そして、リムルベート側の防御線は少し押し込められる。


 そんな敵の弓兵の配置であるが、「黄麻ギルド」の倉庫に陣取った集団は彼等よりも更に高所に居た。攻撃を仕掛けるならば絶好の位置だ。しかし判断が躊躇われた。自分達が攻撃することによって、居場所がばれてしまえば敵中に孤立した彼等は逃げ場を失うことになる。しかも、アドルム守備傭兵部隊側にとって、周囲で最も高い場所に位置する彼等は脅威である。優先的に排除される可能性は可也かなり高いのだ。


 誰もが判断を下せないまま時間が過ぎた。すると、


(リリアです! 聞こえますか?)


 彼等の耳元で声が聞こえた。


「き、聞こえるわよ……」


 精霊術師の女は、少女の声にぎこちなく返事をした。行動に移るべきなのに、恐れて何も出来ない状況を後ろ暗く感じたのだろう。それは、リリアにも理解できる状況だった。


(市場の部隊の被害が大きいです。そちらから排除してください)

「で、でも……」

(大丈夫です。あと三十分ほどで北の本隊が到着します。孤立することは無いと思います)


 その言葉に、ようやく彼等は攻撃を決意した。そして、


「まず魔術師、そして精霊術師を斉射で射止める」

「分かった」

「三、二、一、放て!」


 目標を揃えた一斉射は、二階建ての建物の屋上を占拠していた敵の集団に降り注ぐと、狙い通り二名の魔術師と一名の精霊術師を射止めていた。


「第二射!」

「おうっ!」


 やがて、戦闘開始後間も無くから長く第三軍の戦線を苦しめていた高所からの射撃はピタリと止むことになった。


****************************************


 ユーリーは街中を徒歩で駆けていた。先程まで前方を警戒しながら、路地を虱潰しらみつぶしにしつつ前進していた第二軍と、後ろから合流してきた第一軍の騎士隊は彼の前方で土煙を上げて進んでいる。ユーリーはそんな騎馬の集団の後を、後続の歩兵部隊の先頭に立って大通りの先を急いでいた。


 第一軍と第二軍の進軍が突如早まったのは、当然の如くリリアがもたらした情報だった。それは、最初、慎重に通りを進んでいた第二軍と共に居たユーリーに届けられた。


 ――前方の広い範囲に敵は居ない――


 という情報だったが、第二軍の指揮官ハリス・ザリアは、それをにわかに信じられず、昨日同様に路地を一本一本確認して進むという方法を取っていた。そこへ、後続の第一軍部隊が合流した。第一軍部隊は、食人鬼オーガーを見事単身で倒した騎士デイルが率いていた。その更に後ろからは、侯爵ブラハリーの直衛部隊も進んでいた。


 久しぶりに顔を合わせたユーリーとデイルはお互いの無事を喜んだが、そんな彼等の元に続く情報が入った。


(ユーリー、南の市場でアルヴァン様の第三軍が敵の攻撃を受けているわ。でも、市場で迎え撃つって。第一第二軍はそのまま南下すれば敵の側面を突くことが出来るから早く先へ進んで!)


 リリアの声は、第三軍の緊迫した状況を伝えていた。そして、


「第二軍が前進を優先させないならば、第一軍が先陣を勤めます。よろしいですか、ザリア卿?」


 少し慇懃だが、デイルはハリスにそう提案した。一方のハリスは、大貴族であるウェスタ侯爵家の筆頭騎士にそう言われて、返答に詰まった。ハリスはその生来の真面目な気質から常に騎士としての在り方を模索している。そんな彼だから、剣一本で平民から大爵家の軍事を司る筆頭騎士に出世を遂げたデイル・ラールスという人物を秘かに注目、尊敬していた。


 そんな尊敬を向ける人物から暗に「早く先へ進め」と言われた以上、ハリスの答えは決まっていた。


「第二軍、前進だ! 散開した部隊を集合させろ! 騎士隊は先行せよ」

「ありがとうございます。我らの騎士隊も先行させます。共に行きましょう」

「ああ、勿論!」


 という事になった。そして、この時愛馬を置いて来ていたユーリーは、後続の歩兵部隊の一部を率いる事になった。第一第二軍の騎士隊と後続の第一軍の歩兵からなる部隊はハリス・ザリアと騎士デイルに率いられ市場を東から攻める敵の本隊を分断する動きを取る。そしてユーリー率いる別働の兵士達は、市場を迂回して北から挟撃を試みる敵の背後を突く事になっていた。

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