Episode_20.09 暗躍の冒険者達


アーシラ歴497年4月10日


 突然姿を現したリムルベート軍がインバフィルを攻撃し撤退したこの日、午前中の街はその話で持ちきりだった。しかし、午後になると、元から流れていた噂が人々の関心を取り戻していた。それは、


 ――ランチェル議員帰還――


 という噂だった。その噂によれば、今日の午後に入港する四都市連合海兵団の船に解放されたランチェル議員が同乗している、というものだ。勿論根も葉もない噂である。この噂はインバフィル議会の「反ランチェル派」が民衆の不満を宥めるために流した物で、当初は、


 ――ランチェル議員の容疑は間も無く晴れるだろう――


 というものだった。しかし、噂には人々の希望という尾鰭が付き、更に今朝の襲撃と相まって勝手に形を変えていく。


「ランチェル議員が四都市連合の援軍を引き連れて戻ってくるんだってさ」

「そうか、俺達の抗議が中央に届いたって訳だな」


 そんな会話を交わすのは、義勇民兵隊の面々だった。先の暴動に参加し、その後原隊復帰した面々である。復帰後は長く待機を命じられていたが、今は再招集の命を受けて集合していた。彼等はこれらから東の海沿いの街道にある監視所へ赴く事になっていた。そんな民兵の中で、一人の背の低い男がこんな事を言った。


「オレ昨日聞いたんだけど、もしかしたらランチェル議員が解放されたというのは真っ赤なウソで、ホントは公開処刑のためにインバフィルに送られてくるんじゃないかって」


 噂というものは面白いもので、一つの噂が広がると、少し遅れてそれを否定するような噂が広がるものだ。この小男が言った言葉は、そんな反対の噂の内容だった。勿論、ランチェルを信望する者が多い民兵隊では、そんな噂は通用しない。


「バカな事を言うなよ!」

「そんな与太話は無視しておけよ」

「お前、いい加減にしろよ!」


 小男は彼方此方から罵声を浴びる結果となった。しかし、この小男は中々しぶとい性格のようで、自説を曲げなかった。


「でもよ、じゃぁ何で俺達が街の外の監視所へ行かなきゃならないんだ? オカシイだろ、あそこには傭兵部隊が駐屯しているはずだし、それにリムルベートの連中も今朝の襲撃一回きりで、あとはずっと街道を逃げ回っているだけ、って話じゃないか」


 小男の話は、罵声を浴びせてきた民兵達を黙らせるほど説得力があった。そのため、その隊の面々は黙り込んで考える風になった。


「なぁ、港に出迎えに行こうぜ」

「え? それは……」

「マズイぜ、命令違反じゃないか」

「ちょっとだけだ、ランチェル議員が無事帰ってきたら、そのまま東の監視所に向えばいい」


 結局この隊は、この小男の説得に乗せられる格好となって、集合場所を離れると港へ向かった。そして、移動中に出会った別の隊も巻き込むといつしか大きな集団となっていた。しかも、このような動きをしたのはこの隊だけでは無かった。在る隊では、剣士風の男が扇動し、或る隊では黒髪の巨漢が、または人相に特徴の無い細身の男が扇動したという。方々で同時に起こった動きは不自然極まり無いものだが、その動きの渦中に居る民兵達はそれに気付く事が無かった。こうして、四都市連合海兵団の船団の入港を待つインバフィル港には千人近い民兵と、同じ数の住民が集まるに至ったのだ。


****************************************


 民兵と住民が港に集結している、という報せは議会と作軍部の両方に届けられた。港は港湾ギルドの管轄で、インバフィル評議会に管理権限が有る。しかし、議会は相変わらずの水掛け論を続けており、この報せもそんな議論に油ならぬ水を注いだだけだった。そのため、作軍部の方が対応を迫られる事となった。


 作軍部としては、街中の傭兵部隊の数が一時的に少ない状態であるため、暴動の再発は充分警戒していたが、発生場所は四都市連合連絡会館か、評議会の議事堂だろうと考えていた。そのため、二個の大隊をその二箇所に分散して配置していたのだ。しかし、実際は無防備にしていた港に人が集まるという事態に直面していた。


 そのため、比較的距離が近い四都市連合連絡会館に配されていた一個大隊と、不満分子の所属していない民兵隊に港への移動を命じた。


 命令に応じた部隊は、二千人を超える人々で埋め尽くされた港に向うと、集団に解散を呼びかけた。しかし、集まった側の人々は口々にランチェル議員の船は何時到着するのかと聞くばかりで対話が成り立たない。傭兵側としては、ランチェル議員の帰還など事実無根のことであるため、それを伝えて解散するように再度促すしかなかった。しかし、


「やっぱり! 秘密裏に連れ込んで処刑するつもりだろ!」

「何処で処刑するんだ! 議事堂か? 連絡会館か?」


 傭兵側の説明をそういう風に無理矢理解釈した上での声が上がった。すると、これまで処刑という噂を信じていなかった他の住民や民兵達はにわかに騒ぎ出した。そして当然の如く一悶着が起きた。


 今回の悶着は最初港に集合した民兵隊が傭兵部隊に対して投石したことが始まりだった。その投石に対して、傭兵隊側の誰かが魔術によって反撃した。放たれた魔術は魔力矢エナジーアローという威力の低い攻撃魔術だった。そして、この一連の応酬が決定打となり、不満を溜め込んだ住民と民兵達は傭兵側と別の民兵隊を港から追い出そうと動き始めた。


 港は港湾労働者までも巻き込んで、大変な騒ぎの場と化してしまった。


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 インバフィル港では、住民、民兵、傭兵部隊が二つに分かれて押し合いをしている。中には局所的に乱闘となっている場所もある。そんな暴動は、当然港で働く人々や、この港の東の桟橋群を拠点とするインバフィル海軍をも巻き込むこととなった。


 インバフィルの海軍は昨年のオーゼン台地上陸作戦で陸上戦力を大幅に削がれた状態となっていた。そのため、アドルムの街やインバフィルの防衛には大々的に参加せず、戦力回復に努めていた。尤もこれはある種の口実であり、実際のところは中央評議員である海軍総督ダーフィット・スミッツが中央評議会で明確な多数派となった「新主陸派」におもねる態度を取っていることが原因であった。「新主陸派」と呼ばれるようになったカスペル、ホゼック、ヒューブの三人の中央評議員は、インバフィルの防衛に対して消極的な姿勢を取っていた。そのため、海軍総督ダーフィットはインバフィル海軍に具体的な行動を指示していなかったのだ。


 しかし、事態は自分達の庭先といってよいインバフィル港を舞台とした暴動である。しかも、沖合にはやっとのことで掻き集めた援軍を乗せた海兵団の船団が居るのだ。この状況に、インバフィル海軍提督は陸戦部隊の出撃を決断した。


 そして、港の東側から五百人の海軍陸戦部隊が暴動を鎮圧のために群衆に向かった。しかし、この行為は暴動と混乱に拍車を掛ける格好となってしまう。元々傭兵部隊と海軍は連携を想定していない。その上、インバフィルの陸戦部隊の主要な海兵達は皆インバフィル出身である。そのため、中にはランチェル議員を信望する者も多かったのだ。そんな経緯から港の混乱は治まる気配を見せず、最早何を目的に争っているのかさえ曖昧な状況となっていた。


「この状態では入港できないな」

「はぁ……危険ですね」


 遠見鏡を片手に、四都市連合第三海兵団提督フロンド・バスパは溜息と共にそう言った。フロンドの率いる第三海兵団は三隻の輸送帆船を引き連れて、インバフィル港の近くにまで到達していた。輸送帆船には援軍である傭兵部隊五百人が乗っている。数としては頼りない援軍である。フロンドの親友である傭兵局常設部の総長によれば、この規模以上の援軍は中央評議会が承認しない、と言う事だった。


(本格的にインバフィルを見捨てるつもりなのか……)


 フロンドは口には出さないが、内心では間違い無いと確信していた。と言うのも、今回の援軍輸送任務後、フロンドの第三海兵団はそのままインバフィルに留まるように命じられていたのだ。特に何か行動を求められる訳では無く「インバフィルに待機せよ」というだけの命令だ。しかし、その命令は言外に、万が一の事態には残存勢力の撤退を支援せよ、という意味だろうとフロンドは解釈していた。


 実際、カルアニス島には充分な数の傭兵や、他の海兵団が集結していた。しかし彼等の目的地はインバフィルではない。目的地は明かされていないが、最近同盟を結んだコルサス王国か、通商条約を結んだ最西方のオーバリオンではないか? という噂が流れていた。


(中央評議会は何を考えているのか……)


「提督! どうしますか?」


 「海竜の五本角」号の甲板で物思いに意識を向けていたフロンドは、航海長の言葉で我に返った。そして、


「この場で投錨、停船する。各船に伝えよ」


 と指示するのだった。


****************************************


 インバフィル港の暴動を海上から窺っていた四都市連合の船団は次々と帆を下ろすとその場で動きを止めた。その様子と混乱が続く港の様子を両方視界に収める事の出来る場所は限られているが、戦いの神マルス神殿に聳える高い鐘楼からは俯瞰することが出来た。鐘楼には数人の男達が居て、眼下の様子を満足気に見ている。先程まで民兵隊や傭兵部隊の格好していた男達だが、今は目立たない街の住民風の服装となっている。


「なあ、お前達冒険者を辞めて、俺のところで働かないか?」


 人相風体に特徴の無い細身の男、アント商会密偵部門の元締めギルが四人の冒険者に声を掛ける。彼の後ろには黒髪の巨漢セガーロが立っている。セガーロは無言ながら、ギルの言葉を肯定するように頷いて見せた。対して、お前達と呼ばれた冒険者四人組「飛竜の尻尾団」の面々は顔を見合わせると、少し考える風になるが、


「冒険者を辞めたら世話に成るかもな」


 とだけ答えるのであった。


 既に眼下の街には夕日が差している。夜になれば暴動も治まるだろう。アドルムの街を攻めるリムルベート軍を助けるため、後方インバフィルを攪乱するという彼等の仕事はここでお終いであった。この後は、戦場になる可能性の高いインバフィルに留まる理由も無い。


「ボンゼ経由でデルフィルへ抜けて、そこでこの後どうするか考えるよ」


 と言うジェロは何処か気障きざに気取った口振りだった。何とか難しい仕事をやり遂げた達成感からそうなったのだろう。しかし、直ぐに仲間達に突っ込まれる。


「なぁーにが、そこでこの後どうするか考えるよ、だ。お前は真っ先にエーヴィーちゃんの所に行きたい癖に」

「ジェロ君。我慢は体に良くないし、君が思うほど格好良くも無い」

「エーヴィーちゃん、ちゃんと待っててくれるかな?」


 リコット、タリル、イデンの順で発せられる言葉にジェロは顔を赤くするが反論の言葉が出てこなかった。


「お前達、良い歳して変わらないな……」


 そんな冒険者達の様子にギルがボソリと感想を述べていた。

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