Episode_20.06 城門突破


 アドルムの街は、嘗てはインバフィルとリムルベートを繋ぐ陸上交易のインバフィル側の玄関口として栄えた時期もあったが、海上交易が主流となり二国が没交渉となった今はインヴァル湿地で採れる麻などの繊維作物の集積地としての役割が残るのみの街であった。その立地は東西に走るインヴァル山系の西端尾根に出来た天然の谷に位置している。そのため、街は見上げるほどの山壁に囲まれた東西に幅狭く、南北に長く続く地形である。そういう地形であるが故に、インバフィルの北の守りとして長大な城壁を備えるに至ったのだ。


 そんな街の住民達は、一部を除いてインバフィルへ疎開していた。しかし、街へ進出した傭兵部隊相手の商売が繁盛するにつれ、噂を聞きつけた商人やその家族が街へ戻り始めた。また、長引く戦争ではあったが、戦況が膠着したまま六か月も経過していたため、一般の住民もアドルムの街へ戻りつつあった。


 リムルベート王国第一軍と第二軍の騎士や兵士達は、そんな状況の街へ雪崩れ込んだのだ。時刻は正午過ぎであった。


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 騎士デイルは総大将である侯爵ブラハリーの直衛という立場から突撃を背後から観察する立場にあった。腕が疼くような気もするが、逸る心に任せて駆け出すほど彼は短慮な人物ではない。


 第一軍を先頭とした軍勢は、一か所破られた城門に殺到するように進んでいる。そして、侯爵ブラハリーを中心とする直衛部隊も投石塔の辺りまで前進していた。彼等の目の前では、ブラハリーの指示通り第一、第三投石塔トレビュシェットが左右に岩礫を撃ち出している。また、少し前方に進出した可搬式の投石器カタパルトも同様だった。


 そんな中、先ほど城門を打ち破った一撃を放った中央の第二投石塔は最後の一射を試みている。その状況に騎士デイルは一瞬ギョッとした。突進する味方に当たるような気がしたのだ。


「殿下! それでは味方に当たってしまう!」

「おお、デイル殿か。大丈夫だ! 見ていてくれ。それ、放てぇ!」


 デイルの咄嗟の制止だったが、若いドワーフの王子は構う事無く発射の号令を掛ける。錘と腕木を繋ぐ支持部分が金属の軋み音を発し、次いで重量物が空へと駆け昇る。腕木の先端は目で追えないほどの速度に達すると、頂点付近で鉄球が宙へ放たれる。そして、鉄球は唸りを上げて飛ぶと、城門跡に達しつつあった味方の先頭騎士の頭上を掠めるように飛越し城門の残骸を撥ね飛ばして落下した。


 しかし、その鉄球は落下しただけに留まらなかった。城壁の基部に繋がる城門の床面を砕いた鉄球はその勢いのまま地面を跳ねると城門を守ろうとしていた傭兵達を巻き込み、吹き飛ばした。そして、その鉄球が乱した隊列に最先鋒の勇敢な騎士が飛び込んだのだ。


「ははは、我ながら今日は冴えているな!」

「お見事です、王子!」

「はは、善いかな、善いかな」

 

 第二投石塔の周囲では、自画自賛のポンペイオ王子とお世辞なのか本心なのか分からないドワーフ戦士団の声が上がる。しかし、そんな声が止まない内に前方では異変が起こった。城壁内に設置されていた敵側の投石器が接近したリムルベート軍を射程に捉えて投石を開始したのだ。


「なんと、中に投石器が隠してあったか!」


 驚きと共に表情を引き締めたポンペイオ王子は、すかさず残りの投石塔へ指示を飛ばす。


「もっと奥まで届くよう、量を調節しろ! 急げ!」


 その号令で、周囲のドワーフ戦士達は伝令兵を追い越す勢いで左右の投石塔へ散って行く。そしてしばらく後、リムルベート側の投石塔は、城壁のより奥へ少量の岩礫を発射し始めた。


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 最先鋒を勤めた騎士の一団が切り拓いた突破口に後続の兵士や騎士が殺到すると、城壁の内側、城門付近は扇状にリムルベート側の戦線が出来上がった。そして、それを押し戻そうと四都市連合側の傭兵部隊が戦線に殺到する。この時点では城壁内に侵入したリムルベート軍は少数であった。そのため、戦線は徐々に城門へ押し戻される。そこへ、リムルベート側の次の部隊が到達した。それは、諸侯の騎士団を中心とした第二騎士団で構成される第二軍の大隊である。


 第二軍はアドルム総攻撃の命令を受け、オーゼン台地の防衛監視を後続の部隊に譲るとアドルム平野まで進出してきたのだ。そんな第二軍を指揮するのは、ハリス・ザリアというまだ若さがが残る騎士であった。


「押し返せ! 進め!」


 気迫のこもった号令と共に、自らも先頭に立って自軍の戦線を前へ前へと押し出す。普段から実直で質実剛健を是とする性格は、その戦い方にもよく表れていた。剛剣の遣い手として名高いウェスタ侯爵家の騎士デイルもかくや・・・という勢いで馬上から敵兵をなぎ倒して戦線を更に押し上げる。勿論、後ろに続く騎士達も負けてはいない。だが、騎士ハリスの活躍は目を見張るものが有った。


(ザリア家の不名誉、この戦で返上する!)


 ハリス・ザリアの心中はこのようなものであった。彼が思うザリア家の不名誉とは、言うに及ばす、彼の弟であるダレス・ザリアに関するものだ。仲間同士で徒党を組み、王都の治安を乱す「黒蝋」を密売する者達の手先となっていたダレスは、表面上はザリア子爵家を出奔したことになっているが、その実は国外追放という処分を受けていた。しかも、本来ならば斬首が適当なところを、名も知らぬ一介の見習い騎士に情けをかけられ、黒蝋事件の解決に当たったウェスタ侯爵家の温情によって内密にそう処理されたのだ。


(弟の不実不名誉、この兄が雪いでみせる!)


 質実剛健が家是のザリア子爵家は殆ど最小と言って良いほど規模の小さい小貴族家だ。同じような規模の子爵家では、軍役を金銭納付で免れることが一般化しつつある昨今、ザリア子爵家は常に二騎の騎士と十二名の従卒兵を第二騎士団に供出し続けていた。ギリギリの財政状況の中で細々と、しかし誇りをもって守り続けてきた爵家の矜持である。


 しかし、ハリスの弟ダレスは、その矜持を良く知っていたにも係わらず、道を踏み外した。ハリスが妻を娶ったのを機に所領地の運営に当たり、五つ年下で反抗期を迎えたダレスが王都の屋敷で厳格な父親と二人だったことが良く無かったのだろう。父は立派な騎士であると共に厳格な男だった。ハリスにもダレスにも、常に完璧を求めた。しかし、そんな父は、ハリスとダレスの性情の違いを見抜けなかった。父の言う事を全てと受け止め従うハリスと異なり、ダレスは反骨心が大き過ぎたのだ。


 そんなダレスと父の軋轢は、ハリスが気付いた時にはどうにもならないほど深まっていた。もしも、その時点でダレスを強引にでも所領地に連れ戻していれば、その後の非行は無かったはずだ。ハリスはその事を悔やんでいた。


 黒蝋事件の後、ダレスを失った父親は急速に病み衰え、昨年の秋口に亡くなっていた。今際の際にハリスが聞き取った父の言葉は、ダレスに対する後悔だった。父もまた、厳格に接し過ぎた事を後悔していたのだ。それを知ったハリスは決意を固めている。平時ならば気にも留められない弱小子爵家だが、戦時ならば人目を惹くことが出来る、名を上げることが出来る。


(功を立て、名を上げ、いつかダレスを迎え入れる……父の墓前に立たせてやる。そのためにも!)


 ハリスは馬上槍を振るうと、敵の喉元を串刺しに刺し貫き、手首を返して穂先を引き抜く。噴水が如く血潮が舞い上がるが、ハリスの馬は先へ進む。そして、


「進め、進めっ、進めぇ!」


 気迫を通り越し、鬼気迫る号令を発する騎士は文字通り先頭に立つと戦線を押し上げていくのだった。


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 先鋒部隊の後詰を受け持った第二軍の活躍により、リムルベート側は城門前の広場に広く展開することが出来た。第二軍ハリス・ザリアの活躍は言うに及ばず、城門の左右に撃ち散らした投石塔からの岩礫が、敵の包囲戦術を妨げたことも大いに進軍を助けていた。


 一方、四都市連合側は城門前の広場に防衛線を築こう意図していたが、広場後方に設置した投石器の操作と、防衛線構築のための傭兵が交錯してしまい、思うように展開出来ない事態に陥っていた。それほど、リムルベート軍の前進圧力が強かったのだ。


 結局第九・第十傭兵集団の指揮官達は広場での防衛を放棄し、戦線を南へ後退させた。そして、アドルムを巡る戦いは壮絶な市街戦へと展開していくのである。


 しかし、前へ前へと進み続けるリムルベート軍は、その時城壁脇にポツンと建てられた二階建ての倉庫のような建物を見落としていた。その倉庫は真新しく、周囲の風景に溶け込んでいない。最近建てられた物だろう。アドルムの街中には、このような倉庫が後二つ、街の東西に建てられている。そして、その建物には、街へ戻りつつあった住民の接近は禁止されていた。尤も、接近を禁止されなくても、住民達は気味悪がって近付かなかっただろう。何故なら、その建物からは獣が唸るような低い声と血を煮詰めたような異臭が漂っていたからだ。

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