Episode_20.05 アドルムの城壁


アーシラ歴497年4月10日早朝


 一昨日からアドルムの城壁へ向けられた投石塔トレビュシェットを中心とした投射攻撃は熾烈さを増していた。一方、城壁からの応射はリムルベート側の攻撃に反比例するように弱まっていた。これは、射程が長く投射能力に優れた改良型投石塔から執拗に撃ち出される岩礫の威力によって、城壁の上部に設置された固定弩バリスタの設備と、それを運用する傭兵の両方に被害が蓄積したことによるものだ。


 防衛のアドルムの内側は、城壁の背後に多数の据付式投石器カタパルトを設置している。それらの一部は、三日前に行われた投石塔による最初の鉄球の射出時に、城壁を飛び越えた鉄球により破壊されてしまったが、それでも十基近くが無傷で残っていた。しかし、十基の投石器は沈黙したままだった。これは設置時に想定した射角の問題だった。


 城壁背後の投石器は、城壁に取り付いた敵・・・・・・の頭上に石の雨を降らせる目的で設置されている。そのため、急な角度で石を撃ち出し、十メートルの城壁を飛び越えた先、城壁手前二十メートル程度までを射程と想定している。そのため、城壁から二百メートルも離れた敵を撃つ事は出来なかった。


 その結果、戦場には防衛側が手出しできない空白地帯が生じていた。これはアドルム側が想定した防衛戦と、リムルベート側が仕掛けた攻城戦の戦術が噛み合わなかったために発生した攻撃範囲の空白だ。そしてこの場合、それはリムルベートに有利に作用した。


 防衛戦の守備側が投石器で狙う事の出来ない城壁から五十メートル手前まで、リムルベート側は可搬式の投石器を前進させることが出来た。そして、城壁に接近した投石器は低い弾道から城門を狙った攻撃を開始する。朝日が昇ってしばらく後の事であった。


 鉄板で補強された頑丈な城門は北向きに一つしかない。その鉄城門に度々岩が直撃すると、その度に大きな金属音が鳴り響く。鉄城門はまるで鉄の壁のように岩を弾き返し続けるが、徐々にたわみ・・・を生じるようになり始めた。最初のころは甲高かった金属音が徐々に低く、ワンワンと響くような音を立てはじめる。


「投石塔、一番塔と三番塔は引き続き城壁上へ攻撃を継続。二番塔は正面の城門を狙え!」


 その様子に、山の王国義勇軍のポンペイオ王子が声を上げる。そして三基並んだ真ん中の投石二番塔が錘箱の調整と腕木の長さの変更作業に取り掛かった。作業を行うのは山の王国の技師と義勇兵であるドワーフ戦士団、それにリムルベート王国第一軍の残余兵を集めて編制された特設大隊の兵士達だ。


 特設大隊の兵士達は、先の第二次アドルム攻勢で部隊に損害を受け、再編成された時に正規部隊へ組み込まれなかった傷病兵が多数を占めている。彼等はその後、後方アワイム村で補給物資の搬送に携わっていたが、投石塔の前線投入に際して物資と一緒に前線へ上がって来たのだ。


「俺達の戦いだ! ドワーフにおんぶに抱っこじゃ格好がつかねぇ!」

「みんな、力を出せ!」


 兵士達は負傷兵らしく、包帯をしたままの者や、中には片手や片目を失った痛々しい姿の者もいる。しかし、彼等はリムルベート王国の第一騎士団兵士としての意地にかけて奮闘して作業を行った。やがて、投石二番塔は射角と錘の調整を終えると、大きな岩を試射するに至る。


 グオォンと唸りを上げて錘箱が落下すると、その落下力を回転力に変換した腕木が風を捲いて半周振り回される。そして、腕木の先に取り付けた巨大な投石紐スリングの先端から撃ち出された大きな岩は鉄城門の僅か手前に落下すると、城門前の石畳を砕いて地面にめり込んだ。その光景に兵士達は落胆の声を上げるが、ポンペイオ王子が大声で言う。


「ドンピシャだ! 鉄の弾は重さは同じだが岩に比べると小さい。風の抵抗を受けずに飛距離が増すんだ。丁度良いぞ、次の弾、急げ!」


 そんな説明に、兵士達は気を取り直すと直径三十センチを超える鉄球を撃ち出す準備を始めた。


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 投石塔や前方に進出した投石器カタパルトの攻勢を、騎士デイルは背後から見守っていた。彼の背後には第一軍八個大隊五千六百人と、第二軍二個大隊千四百人が隊列を整えて控えている。全員の注目は投石塔から鉄城門を狙って撃ち出される鉄球の効果に向けられていた。そんな、視線を集めた一発は投石塔の腕木の先端から撃ち出されると、緩やかな放物線を描き、門の表面に激突する。


――ゴォォン


 まるで巨大な鐘を撞いたような音が、空気を揺らして伝わってきた。一射終えた投石塔は直ぐに次の鉄球を撃ち出す準備に取り掛かるが、それらを指揮する山の王国の王子は、背後の騎士達を振り返ると、右手を高く上げる仕草をして見せた。手応えが有ったのだろう。


「デイル、お前も見てみろ」


 デイルの隣で総大将の風格を漂わせているウェスタ侯爵ブラハリーは遠見鏡をデイルの方へ差し出す。それを受け取ったデイルは筒状の道具を覗き込むように鉄城門に向けた。その先には、表面に大きく歪みを生じさせた鉄城門が映っていた。これで門を破ったとは言えないが、内側の木製の構造物は相当損害を受けているだろうと、デイルは思った。


「そろそろ、ですか?」

「そうだな……伝令兵!」


 デイルの感想にブラハリーはそう応じると伝令兵を呼ぶ。そして、


「投石塔及び投石器部隊は、正面城門破壊後、門を正面に左右に対して岩礫の投射を行うように伝えよ。狙いは城壁の上、及びその内側だ。多少投射量を加減して奥に撃ち込むように」


 ブラハリーの指示を受けた伝令兵は前方に展開する部隊へ走って行った。それと殆ど同時に第二射が発せられると、鉄球は同じ軌道を描き再び城門に直撃した。


――グワァァン


 明らかに初弾と違う反響音が伝わってきた。その音の変化にデイルは再び筒を覗き込む。先程は大きく歪んで見えた城門の表面であったが、今はその歪みが大きくなっている。そして、直撃を受けた跡と思しき碗状の窪みは両開きの城門中央に隙間を生じさせ、反対側の明かりが漏れているように見えたのだ。


 その状況にデイルは騎馬の鼻先を自軍に向けると大声を発した。


「前進準備!」


 その号令に、各隊の隊長や、第二軍の指揮官であるハリス・ザリアが応じる。そして「前進準備」の号令は各隊の間を伝って全軍に伝達された。戦いの本番はこれからである。


****************************************


 アドルムの街を防衛する兵力は四都市連合作軍部旗下の第七・第九・第十集団総勢六千の傭兵と千名弱のアドルム住民による義勇兵だ。彼等は昨年十一月の第二次アドルム攻勢後は街に立て籠もり城壁の防御を固める持久戦の体勢でリムルベート軍と対峙していた。


 アドルムの背後には大きなインバフィルの街と港が有り、補給物資に事欠くことは無かった。ただし、傭兵主体の兵力は防戦一方で動きの無い戦況にだらけ・・・気味だったことは否めなかった。


 そんな状況で、リムルベート軍は三日前から突然攻勢を強めたのだ。城壁の前に出現した巨大な投石塔からの投射により、城壁上の兵器類は損害を受け、使用が困難となった。また、城壁を担当していた第九・第十集団にも少なからず人的損害が出ていた。そして今日の早朝から始まったリムルベート側の総攻撃によって、城壁上の兵器は完全に沈黙し、今は城門への集中攻撃を受ける状態となったのだ。


「城門の修理を急げ!」

「垂木を持ってこい!」

「早くしろ!」


 城門の内側は開けた広場になっている。その広場の街側には投射準備を整えた投石器が十基控えていた。広場には傭兵達の怒号が飛び交っていた。表から見ても分かる損害を受けた鉄城門だが、内側の様子は更に酷かった。頑丈な太い材木を格子状に渡して裏から補強している城門だが、その丈夫な材木が数か所に渡って折れていたのだ。二百メートル近くを飛翔し、城門に直撃した百二十キロの鉄球の威力はそれほど凄まじかった。


 傭兵達は補修用の材木を裏から宛がうと、太い釘や丈夫なかすがいで固定しようとしている。また、別の木材を地面に斜めに渡してつっかえ棒のように門を裏から補強に掛かる。しかし、


――グオォォンッ


 急に起こった轟音は次の鉄球が城門を直撃した音だ。巨大な鐘の音のような強い振動を伴う音が広場に鳴り響く。そして、城門に取り付いて作業をしていた傭兵達はその衝撃で吹き飛ばされ、設置途中だった補強の材木も崩れたり吹き飛んだりした。


 傭兵達はそれでも怯まずに作業を再開しようとする。城門補強用の木材を取りに、何十人もの傭兵達が広場の横の資材置き場へ走る。しかし、今度はそんな城門内側の広場へ岩礫が降り注いだ。


「うぐぇ」

「ぎゃぁ」


 岩礫が狙ったのは城門の内側にある広場の左右、丁度資材を置いてある場所だった。そこに向っていた傭兵達は頭上から降り注ぐ一撃を受けて次々に倒れ伏す。


「おい、シッカリしろ!」

「後方へ下げろ、負傷者は後ろだ!」


 岩を受けた者は、殆どが頭を割られて致命傷を受けていた。金属製の兜を被っていた者も落下物の重量と衝撃に首の骨が持たない。幾人かの運の良い生存者を助け出すために、仲間の傭兵が駆け寄る。そこに再び城門を撃つ鉄球の音が響き渡った。今の一撃で鉄城門は完全に拉げ、子供が通れるほどの隙間が開いてしまった。


「第九、第十集団、広場後方へ集結! 近接戦用意!」

「第七集団、投石器準備! 急げ!」


 城門の死守は難しいと判断した四都市連合の将校達は、城門を突破された場合に備える号令を発する。そして、引き続き城門を補強しようと懸命な努力を続ける仲間を後目に、他の傭兵達は城門内側、投石器の前に横隊陣を組むと来る敵の突入を待ち構える準備を整える。


 そして、彼等の準備が整うころ、ひと際大きな音と共に鉄城門が内側へ向かって弾け倒れた。憐れな傭兵が何人か巻き込まれて下敷きとなったが、既に彼等を助け出す時間の余裕は無かった。待ち構える傭兵の目の前、ポッカリと口を開いた城門の向こうには土煙をあげて殺到するリムルベート軍の姿があったのだ。

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