Episode_20.04 強攻進撃


アーシラ歴497年4月9日


 この日、主にリムルベート王国軍に動きがあった。オーカス西部まで進出したアルヴァン率いる第三軍から飛び立った伝書鳩がトルン砦を経由し、九日の正午にアドルム攻略の前線に到達したのだ。伝書はアルヴァンから父ブラハリーに宛てたもので、


 ――第三軍、補給を受け進撃態勢整う――


 という書き出しで始まるものだった。この伝書を受けたブラハリーは直ぐに軍議を召集すると、


「総攻撃を明日十日とする。城壁を破りアドルムの街内部へ軍勢を送り込むのだ!」


 と大号令を発した。これまで投石塔に活躍の場を譲って来た騎士達は、遂に下った総攻撃の号令に気勢を上げて応じたという。


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 一方、アルヴァン率いる第三軍は、伝書に書いた通りに街道を西へ進軍を開始した。騎士と兵士の部隊と四個傭兵大隊を合せた総勢三千六百余の軍勢はこれまで隠密に行動することを最優先させていたが、これから先は素早く動く事が大切となる。そして第三軍は四個傭兵大隊の内三つ、「オークの舌大隊」「黄金大隊」「骸大隊」の順で先鋒に配し、その後ろに「ウェスタ・ウーブル連合軍」と「暁大隊」が続くという縦長の陣形で街道を突き進んだ。


 だが、そんな軍勢の更に先には、先行した二騎の騎馬の姿があった。ユーリーとリリアの二人である。二人は軍勢の前方五百メートルから一キロの地点で、進軍を先導するように進みながら周囲の索敵を行う。特にリリアの持つ若鷹ヴェズルの視界は、非常に有効に役割を果たした。又、街道の所々には、見過ごしてしまいそうな小さな目印が置かれていた。幾つかの小石と木の枝を組み合わせた目印である。それは、昨晩の内に街道を駆け抜けインバフィルに戻ったリコットが途中で残して行ったものであった。


「リリア、ちょっと待って」


 前方を中心に広く注意を分散させているリリアに代わり、道端の目印を見落とさないように進んでいたユーリーは、何かを見つけると一度立ち止まり、リリアに声を掛けた。


「どうしたの?」

「あれ、リコットさんのじゃない?」


 ユーリーが指差す先には、街道の脇に散乱したような枯れ枝や石が転がっている。一見すると、自然に散らばっているように見えるが、注意して見ていたユーリーはそれを見落とすことは無かった。


「前方に五百……駐屯ってことね」

「そうなんだ」


 因みにユーリーは密偵や斥候が使うこの手の目印の内容までは読み取れない。しかし、リリアはその内容を読み取ることが出来た。「丁」の字に重ねられた二本の長短の枯れ枝、長い方の先端が向きを表わし、その先に大きさのそろった小石が円周状に五つ置かれている。単純な目印であるため、前方に位置する敵勢力との距離までは分からない。しかし、この場合はこれで十分だった。


 その目印を前に立ち止まった二人の周囲で風が揺れる。そして、


(おい、お二人さん。何かあったのか?)


 聞こえてきたのは、後方を進む「オークの舌大隊」のジェイコブの声だった。


「ああ、敵の駐屯地らしきものが有るようだ」

(……分かった。後続に報せる)


 ジェイコブによって中継された報せは後続の全軍に伝わったが、彼等の行動は変わらない。突破あるのみだ。


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 第三軍の前方に在ったのは、正しくは傭兵三百人が駐屯する街道監視所だった。急造のようで、仮設の木柵や木組みの櫓が建造途中といった様子で街道を塞いでいる。この監視所に派遣された傭兵達は、まだ構造物の設営に注意が向いており、本来の任務である街道監視には未着手であった。


 数日前、ボンゼの北にリムルベート軍の小規模部隊が出現したという報せを受けて派遣された街道監視部隊だが、内陸の山道に派遣された彼等は小規模なものだった。インバフィルの街に本拠を構えた四都市連合傭兵局と作軍部にはボンゼ陥落の報せは届いていない。そんな状況なので「念のため」の対応として派遣された部隊だったのだ。それが彼等の不幸だっただろう。


 四都市連合側の街道監視所の存在を察知した第三軍は、街道を進む隊列のまま行動に移った。先頭を進んでいた「オークの舌大隊」は二手に分かれ、街道の両側に迫る森へ侵入すると、街道を塞いで存在する監視所を迂回して背後に潜んだ。そして、配置完了の報せを受けて、次順の「黄金大隊」と「骸大隊」が街道を一気に進むと監視所への攻撃を開始した。


 二つの傭兵大隊の中核を担う「黄金の剣」の剛剣士ステイン率いる一団が先ず建設中の木柵に取り付くと、それを外から打ちこわし始める。斧や木槌など、重量のある武器が振るわれた。一方、監視所に居た敵の傭兵達は突然の襲撃に混乱状態へと陥ったが、幾人かが出来たばかりの櫓に登り、矢を射掛けてきた。しかし、二個大隊分千五百人の傭兵の突撃を食い止めるには余りにも寡勢であった。寧ろ、櫓の上から矢を射た敵の傭兵は格好の標的となり、全身に矢を受け落下していった。


「よしっ! 仕留めた」


 自分の放った矢に手応えを感じた弓使いの男は、思わず喝采するような声を発した。すると、隣に居た精霊術師の女は呆れたように言う。


「いちいちそんな事言わないの! 子供じゃないんだから」

「ちぇっ、わかったよ」


 この男女組の傭兵は骸大隊に配属となっていた。そして、近接戦闘を得意とする味方の傭兵達を後方から援護する一団に属していた。骸中隊を中核部隊とする骸大隊には弓矢の扱いに長けた傭兵が集められていたのだ。


 一方、監視所の背後へ回り込んだ「オークの舌大隊」は街道の両脇に迫る森で息を曳留めて待機していた。


「間も無く監視所は総崩れになるだろう。敵の逃走を許してはならない」


 第三軍としては、自分達の進撃をインバフィルが察知する時期は遅い方が有利になるのだ。そのため敗走兵が街へ逃げ込むのを阻止するつもりの布陣である。勿論、皆殺しにする必要などなく、敗走する敵の傭兵が降伏の意志を示せば捕虜として監視所に監禁しておくつもりである。


「狼煙が上がるか、伝書鳩が飛ぶか……どちらにしても、阻止しないと」

「そうね」


 ジェイコブの言葉を受けて、彼等に同行しているユーリーはそう言う。すると、隣のリリアも同意を示すように頷いた。リリアの頭上では若い鷹が地上の戦闘を他所に、優雅な弧を描いている。


 やがて、ジェイコブの言葉通り、監視所背後の木柵の隙間から敵の傭兵達が街道へ脱出を試み始めた。その数は二百に満たないものだった。


「よし、街道を塞ぐぞ! 行け!」


 そんなジェイコブの号令に従い、街道の両脇から六百人前後の傭兵が姿を現すと街道を封鎖した。突然現れた伏兵、しかも自分達のより三倍以上多い数の伏兵の姿に、敵の傭兵達は戦意を失うとその場で武器を投げ出したのだった。と、その時、監視所の内側から三羽の鳩が西を目指して飛び立った。


「リリア、鳩が飛んで行く」

「やっぱり! ヴェズル、お願いね!」


 飛び立った鳩の存在に気が付いたユーリーは、隣のリリアに声を掛けた。流石に数百メートルも離れた場所から飛び立った鳩を弓矢で仕留めることは出来ず、伝書鳩による情報伝達を防ぐ任務は上空のヴェズルに託されることとなった。


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 結局、この日街道監視所を襲撃し撃破したリムルベート王国第三軍は内陸の街道を抜けると、インバフィルへ続く平野部まで進出することが出来た。途中の農村では、彼等軍勢の姿を農夫達に目撃されたが、もう隠蔽が必要無い場所まで到達していた。そして、第三軍は丁度メールー村へ続く山道に背を向ける格好で南に進路を変えると、その日の夕暮れ過ぎまで街道を進み、夜の闇の中に姿を消した。


 ――リムルベート軍出現――


 この報せは、その日の夜遅くになってからインバフィルの四都市連合連絡会館に本部を設けた作軍部に到達することになった。その報せを受けたのは、元戦時作軍部総長、現在は一介の作軍部長に更迭され、インバフィル防衛を任されたロキシス・ガーバンであった。


「どうしますか?」

「ロキシス様?」

「……」


 周囲にはロキシスと共に主陸派の一翼を担っていた若手の作軍部将校が居る。そんな彼等は、更迭されたとはいえ元作軍総長の肩書を持つロキシスに意見を求めた。


「ボンゼは陥落したと見て間違いないな……」


 ロキシスはそう言うと少し瞑目してから、


「民兵共を周囲の索敵に送り出せ。リムルベートの狙いはインバフィル……恐らく一気に街中へ侵入し、港と本部ここを狙うつもりだろう」


 ロキシスの命を受けた作軍部長達は、主にインバフィルの北東から東に掛けて索敵部隊を出動させた。駆り出されるのは義勇民兵隊の一部だ。全部とはいかないのは、民兵の一部はランチェル元評議員の釈放を求める暴動に参加した者達が含まれるからだった。


「兵力が少ないのが気になるが……明日には追加の傭兵部隊が上陸することになっている。それまで、敵の奇襲を許してはならない」


 ロキシスの厳命が作軍部の部屋に響いた。

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