Episode_20.02 軋轢


アーシラ歴497年4月7日インバフィル評議会


 インバフィル評議会が議事を行う議会堂は、港から離れた街の中央部に位置している。カルアニスに存在する中央評議会議事堂を模した白亜の三階建ての建物だ。そして、その中で今、議論を戦わせているのはインバフィルの評議会議員達だ。


 インバフィルの評議会には、議会を構成する二種類の評議員が存在する。先ず十人の評議員は、インバフィルを代表し中央評議会に出席する事の出来る上席評議員達だ。彼等は中央評議員を選出する投票権と中央評議員に選出される被選挙権を持っている。そして、彼等の他に三十五人の末席議員達が居る。末席議員は単に議員と呼ばれることもあるが、インバフィルの街の住民やギルド、各種団体の代表者で構成されている。


 上席議員がインバフィルを代表するのに対し、末席議員はより住民に近い立場から議論を行うことになる。そして、末席議員の持ち寄った議題に対する意思決定を受けた内容がインバフィルを代表する意見となるのだ。この仕組みは四都市連合の他の都市でも似たようなものである。


 リムルベート王国と交戦状態に陥ったインバフィルの評議会は、本来ならば戦況確認や他都市からの支援、中央の傭兵局からの援軍に関する議論を行うべき立場だ。しかし、今議会で交わされている議論は、戦争に関するものが中心とは言えなかった。


 勿論、数日前からアドルムの街に対するリムルベート王国軍の攻勢が活発となり、城壁に損害が発生し始めているため、その事を議題に上げる上席議員や末席議員は存在した。また、傭兵が大量に流出した事態を受けて、防衛力の増強を議決すべきという意見もあった。しかし、それ等の現実的で重要な議題は脇に追いやられてしまう。そして、声高に話される内容といえば、


「先の住民蜂起の責任を取るべきだ!」

「責任だと? 住民が勝手にしたことじゃないか」

「いや、ランチェル評議員釈放に躍起になっている連中が裏で焚付けたのは明白だ」

「ちょっと待て、どのような証拠を以ってそのような暴論を吐いているのだ?」

「暴論だと?」


 このような言い争いである。


 今の評議会は何かにつけて議論が二つに割れ、収拾がつかない状態が常態化していた。しかし、このような状態は以前からあった訳ではない。当初、ランチェルの逮捕拘束を受けて開かれた臨時評議会は、ランチェルの釈放とインバフィル絶対防衛を求める決議を中央に発信する予定だった。そして、会期の初めに概ね混乱なく決議を行った。だが、如何に議決を発しても四都市連合の中央はそれに反応を示すことは無かった。


 そして、徐々にランチェルが居ないことによる悪影響が生じ始める。見切りの早い議員達は既にランチェルを過去の人物と考え、未だ彼を信望する議員達とたもとを分かった。そして、中央におもねるように「ランチェル色」を払拭するため、未だ彼を信望する議員達を「ランチェル派」と決めつけ糾弾するのである。勿論「ランチェル派」と決めつけられた評議員達は反発し、相手を攻撃する。また、それ以外の対立する利権を持つ者達も互いに相手の粗を探し同じように糾弾する。その様子は、ランチェルというたがを失った議会という名の木桶がバラバラに崩れ用を成さなくなったようであった。


 結局この日も、会議堂に集まった上席、末席の評議員四十四名は何の議論の進展も成し得ることなく、無為に軋轢を強くするだけだった。会議堂を含む街から僅か一日の距離しか離れていないアドルムの街がリムルベートから攻撃を受け続け、また、インバフィルの裏庭ともいうべきボンゼの街の近郊にリムルベートの別働隊が姿を現したという報せが舞い込んでいる状況である。しかし、この危機的な状況を前にしても議会は全体として理性を取り戻すことが出来ないでいた。もしかしたら、議員達の心の中には、強固なアドルムの城壁が陥落することは無い、という思い込みが有るのかもしれない。そして、小勢だと決めつけたリムルベートの別働隊は援軍に赴いた傭兵部隊に敗退したに違いないと信じているのかもしれない。しかし、彼等が希望めいた思い込みは徐々に綻びを生じ始めていた。


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 同日 アドルム平野南部 リムルベート軍陣地


 アドルムの街の北側を守る城壁は、インヴァル山系西端の尾根を利用し、アドルム平野とインヴァル半島南端を隙間なく遮っている。その全長は三百五十メートル、高さは十メートル、厚みは場所によっては五メートルに達する。リムルベート王国を仮想敵国と捉えていたインバフィルが長い年月を掛けて建築した堅牢な城壁であった。


 そして、今その城壁は期待された通りの働きを示し、北から迫るリムルベート王国軍を堰き止め続けていた。そのため、アドルムを攻めきれないリムルベート王国軍は長く消極的な攻城戦に終始するだけだった。それは、城壁側の固定弩バリスタの射程ギリギリである二百五十メートル付近から、捻じりバネを利用した投石器カタパルトで岩石を城壁に撃ち込むというものだった。


 しかし防衛側の反撃による被害を減らすため、本来の射程範囲外、しかも平地という低所から行われる投射攻撃は、城壁に届かせるために軽い物しか撃ち出す事が出来なかった。そして、軽く威力に劣る投射物は城壁に殆ど損害を与えることはなかった。


 しかし、リムルベート王国軍はこの状況になんの対策も講じなかった訳では無かった。彼等は、より長射程で重量物を投射できる大がかりな投石塔トレビュシェットを戦場に持ち込んだのだ。そして、後方アワイム村で搬送可能な大きさまで組み立てられた投石塔は、四月の上旬にアドルムの戦場に姿を現した。


 その投石塔は、元々王都リムルベートの港を守るために製造途中であったものだ。丁度先のノーバラプール沖海戦での敗北を受けて、港を守る必要が生じたため製作が始まった兵器である。それをリムルベート王国軍の総大将ウェスタ侯爵ブラハリーがアドルム攻めのために運び込ませたのである。


 また、アワイム村での組み立て作業中に、投石塔は山の王国義勇軍のドワーフ達によって改造を加えられていた。彼等は短時間で組み立て図面を精査すると、投射の原動力となる錘箱の増量と支持部分の補強、更に作用点である塔の先端の高さを三メートル高くする事を計画し、ブラハリーの承諾を得ると早速作業に取り掛かった。


 これは、山の王国義勇軍が本来の目的であるトルン砦の水門改造のために「大型装置工房」の工房長以下の技術者達を連れていたことが功を奏したものだ。恐らく西方辺境域では最も優れた職工集団である彼等は、約一週間で完成前だった投石塔を当初の設計よりも改良した状態で仕上げたのだ。


「投射物の重さ百二十キロで射程は二百七十メートルになるはずだ」


 とは、前線から離れたアワイム村に留まっていた山の王国義勇軍の長、王子ポンペイオの言葉だった。この若いドワーフは王子という立場故、アルヴァン率いる第三軍に同行することも、アドルムの城壁を前にした戦線に出ることも叶わず悶々としていたのだ。そのため、改良した投石塔の運用指揮を執るという形で前線にやって来た時は高揚を隠す事が出来ない様子だった。


「しかも、撃ち出すのは特製の弾だ」


 そう言う彼は、ブラハリーの前に荷馬車を曳かせると荷台を覆っていたむしろを取り払う。そこには、数個の鉄球が積まれていた。


「城壁に同じ材質の岩石をぶつけたところで、砕けてしまい威力が落ちる。だから、硬い鉄の弾を撃ち出すんだ」

「そ、そうですか……」


 得意気に語るポンペイオ王子に、返事をするブラハリーは呆れた気持ちになっていた。確かに道理ではあるが、鉄は貴重な資源なのだ。弾として撃ち出すという発想は無かった。


「大丈夫だ。後で回収すればいい」


 ブラハリーの表情から、彼が費用の心配をしていることを見て取ったポンペイオ王子はそう言うと、再び胸を張って見せるのだった。


 そんな経緯で、アドルムの街の城壁に対する投石塔トレビュシェットからの攻撃は二日前から始められていた。全部で三基の投石塔は城壁手前二百五十メートルの位置に据え付けられ、城壁に向けて攻撃を開始した。これまでの投石器カタパルトと異なり、射程に余裕が生まれた攻城兵器による投射は、砕いた岩を一纏めにした物を城壁の上に設置された防衛側の固定弩バリスタへ向けて撃ち放つことから始められた。夫々が拳大の大きさに砕かれた岩はイドシア砦の残骸を使用したものだ。それが、城壁を守る敵の傭兵の頭上に雨のように降り注いだ。


 この攻撃により、防御側の傭兵達は固定弩の運用を満足に出来なくなる。そして、三基の内の一基がポンペイオ王子の号令により鉄球を撃ち出した。最初の一発は城壁を飛び越えてアドルムの街へ飛び込んでしまう。


「しっかり狙え! 弾は後二十九発だぞ」


 そんな号令を掛けるポンペイオ王子の傍らでは、大型装置工房の職人達が懸命に軌道と重量を計算ししている。そして、最適と思われる重量まで錘箱の重量を調節した第二射目は見事に城壁の上部構造物に直撃した。直撃を受けたのは城壁の上に建つ防御兵達の待避所と階段の昇降口を兼ねた石造りの建物だった。そこに飛び込んだ鉄球は、天井の一部と側壁を突き破ると、建物を崩して城壁の内側へ落下した。一緒になって落下する憐れな傭兵達の姿がリムルベート王国軍側からも垣間見ることが出来た。


****************************************


 その一撃を境に、リムルベート王国軍のアドルムの街への攻勢は強くなった。これまでは効果を発揮できなかった投石器も危険を冒して城壁に接近すると、主に城壁の上に居る守備側の傭兵を狙うようになった。投石塔が加わった攻撃の初日で、これまで無傷だったアドルムの城壁は明確な損害を被っていた。


 ようやく訪れた目に見える戦果に、リムルベート王国軍は全員戦意を高揚させていた。

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