Episode_19.22 ボンゼ侵攻 決着


 曲がり角の先には、防衛線を構築したインバフィルからの援軍部隊が待ち構えていた。彼等は主に弩弓クロスボウを中心にして、角から飛び出してきた侵入者を狙い撃つ布陣を取っている。


 待ち伏せ策としては上手い位置取りだった。しかし、暁旅団の先鋒部隊はその必殺の待ち伏せを寸前のところで回避していた。


「ユーリー君、縺れ力場を!」


 綿花ギルドの建物前に構築された防衛線まで、両側に背の高い建物が並んだ通りには遮蔽物がなかった。そのためバロルは通り全体に縺れ力場エンタングルメントを展開し、矢を徹底的に無効化しようとする。しかし、幅が十五メートル、長さが三百メートルもある通りを全て力場で埋めることは、如何に優秀な魔術師であるバロルでも難しかった。そのため彼はユーリーに協力を要請した。しかし、ユーリーは別の事を言う。


「縺れ力場は通りの一角だけで十分です。それよりも鏡像ミラーイメージを」

「鏡像……? ああ、分かった!」


 予想外のユーリーの言葉にバロルは一瞬言葉に詰まるが、次いでユーリーが左手で通りの隅を指すと、その意図を理解したように同意した。そして、ユーリーが縺れ力場エンタングルメントを通りの両端に立ち並ぶ建物に沿って発動すると同時に、バロルの鏡像ミラーイメージによる力場が通りの真ん中で発動していた。


 鏡像は文字通り相手に対して鏡に映った景色を見せるものだ。その一方で、反対側からそれを見たとしても、視界には何の異常もない。つまり、防衛線を築いた敵から見えるのは彼等自身の姿ばかりであり、一方でリムルベート側は通常通りに彼等の姿を見渡せるのだ。そして、リムルベート側はユーリーが発動した縺れ力場の中で安全を確保しつつ、力場の外に踏み出して有効な射撃を行う事が出来る。


「上手いな! よし、弓兵前へ」

「弓兵、私に続け!」


 ブルガルトの指示は自身も弓をよく使うダリアに引き継がれると、彼女は率先して縺れ力場の外へ踏み出し、長弓を撃ち放つ。


「ダリア、安全なのはこの辺りまでだ!」


 そんなダリアに続くユーリーも下馬すると彼女に倣う。そして、彼自身が発動した矢を防ぐ力場の領域をダリアへ伝えた。


 一方、リリアの方は一連の魔術による力場の形成の間に、別行動を思い付いていた。そんな彼女は軽い身のこなしで通りにり出した商店の軒先に飛び乗ると、伸縮式の槍の柄を器用に足場代わりに使い、その商店の三階の屋根に上っていた。そして、数軒隣の建物の屋根まで移動した彼女は、敵の防衛線を上から見下ろす格好となった。その位置は彼女が想像した通り、真っ直ぐに敵の防衛線まで射線が通っていた。そして、


「ここなら狙えるわね……バロルさん! 余裕があったら弓を使う人をこっちに上げて!」

「なんだって?」

「良く狙えるの! 弓がっ!」


 バロルは、今度はリリアからの要請に少し混乱した。しかし何とか要請を理解するとブルガルトの方を見た。


「面白いな、やってみよう、十人程上げてやってくれ」


 ユーリーとリリアが夫々思い付いた作戦は、普通の傭兵には直ぐに対応するのが難しいものだ。敵の防衛線の前に姿をさらしつつ、冷静に矢を射ることには度胸が要る。それに、浮遊レビテーションの魔術を受けて、全くの素人がその浮遊する力場の中で姿勢を保つのは困難だ。しかり、暁旅団の傭兵達は精鋭で鳴らした猛者達ばかりだ。そんな難しい事を難なくやって見せる。特に、浮遊レビテーションを活用し、夜陰に紛れて城壁を飛び越える、という作戦は彼等にとっては十八番オハコといえる作戦でもあった。


 ボンゼの街に到着して直ぐに襲撃を受けた千人の傭兵達だが、彼等は四都市連合作軍部の中隊指揮官の元、果敢に戦っていた。街の門が破られた時、彼等は慌てる事無く防衛線を築いていた。その時点で敵の数は千人弱という事だった。そのため中隊指揮官達は、ボンゼ川に現れた敵軍が先発の傭兵部隊を打ち破り勢いに任せて街に乗り込んできたのだろう、と考えていた。そうであるならば、矢も尽き疲労した敵軍に対して有利に戦えると判断したのだ。


 しかし、いざ始まってみると騎士ばかりであるはずのリムルベート軍は魔術を駆使し、遠間から矢の応射に終始した。しかも、目の前に立ち塞がった「鏡像」の力場魔術のお蔭で、敵の位置が全く分からないのだ。しかし、敵の矢はそんな鏡像を通過すると此方の兵を狙ってくる。一方的にやられる状況だった。しかも、敵の矢は正面だけでは無く、上方から降り注ぐように射掛けられる物もあった。明らかに高所を押えられた状況だ。


「敵の弓兵は何処に潜んでいるんだ!」


 指揮官の一人が苛立たし気にそう喚く。その矛先は先に斥候を勤めていた精霊術師だ。しかし、その若い精霊術師は恐ろしそうな表情を顔に張り付かせると首を横に振って答える。


「風も地も、火までも……精霊の動きが……」

「精霊の動きが何だ?」

「全くいう事を聞かないのです!」


 その精霊術師は、最後叫ぶような声になる。彼にとって、周囲の精霊が一斉に彼の声を無視する状況は経験の無い異常事態だった。一方、その事実の意味が分からない指揮官は「役立たずが!」と吐き捨てる。


 その時、南門の方へ配していた傭兵が駆け込んできた。


「み、南門にも敵! 門が破られました」

「なに?」


 すると、時を合わせるように別の隊の傭兵が駆け込むと言う。


「敵の別働隊、西の外壁を破壊して侵入を始めています」

「……」


 その時初めて、四都市連合の中隊指揮官達はボンゼの街が三方向から包囲攻撃されている事に気付いたのだった。しかし、時は既に遅かった。彼等に残された退路は東側にあるボンゼ港に停泊する小型の輸送船だけである。しかし彼等には船を操る術が無かった。


「クソッ!」


 別の中隊指揮官が悪態と共に地面を蹴りつける。既に南門から侵入した敵と西の外壁を越えて侵入した敵と思われる集団が挙げる物音が近付いていた。しかし、防衛線は北向きにしか張られていない。これから南側に防衛を割り振ったとしても、時間も間に合わないし傭兵達の消耗も激しかった。


「徹底抗戦です! 今すぐ援軍を頼む伝書鳩を飛ばしましょう」


 中隊指揮官の中でも若手の一人がそう言う。しかし、彼等の中で纏め役のような一番年配の一人が首を振った。援軍を呼んだとしても来るのは二日後だ。しかし、この状況では二日も持つはずが無い・・・・・・・のは明らかだった。そのため、彼は血を吐くように決断を下した。


「インバフィルへは防衛失敗の報せを……我らは降伏する。これ以上の抵抗は無駄死にだ」


 その後、しばらくして一羽の鳩が放たれた。「ボンゼ防衛失敗、全軍降伏」を伝える伝書鳩である。その鳩はしばらく上空を旋回すると、目指すべき方角を見定めたように西へ向かって飛ぶ。しかし、その上空には猛禽類の目でその姿を追う、一羽の若鷹の姿があった。


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 その日、ボンゼの街を襲ったリムルベート第三軍の別働隊は、殆ど被害も無くインバフィル側の傭兵達を捕虜として捕えていた。結局、彼等の指揮官は抵抗が無駄だと悟ると自隊の被害が増える前に降伏を選択したのだ。そのため、この時の捕虜は九百人にも上った。


 そして、翌朝四月六日にはアルヴァン率いる本隊がボンゼの街で合流した。二つの軍勢が捕えた捕虜は軽く千人を超える。全員が武装解除されているが、それでもこの数は脅威だった。かといって、一人ずつ処刑するといった蛮行を行えるはずもないアルヴァンは、結局彼等をボンゼの街で接収した小型輸送船に分乗させてデルフィルへ送る事にした。


 念のため自家の負傷した騎士二名と兵士十数名を先導に付け、彼等に書状を持たせた。その書状はデルフィルの代表者へ宛てたもので、捕虜の内、四都市連合の将校達はリムベートに移送すること。それ以外の捕虜の傭兵については、怪我の治療を適切に行った後、ひと月後に身柄を解放するように。という内容が書かれていた。ウェスタ侯爵家の公子からの依頼は、リムルベート王国におもねる態度を取るデルフィルにとって無視できないはずだった。そのため、書状の通りの措置が取られるだろうと確信するアルヴァンであった。しかし、


「なんだか、面倒事を他人に押し付けるようだな」


 自分で下した決断ながら、アルヴァンはその方法に苦笑いを隠さなかった。


 因みに、今回捕虜となった傭兵の中にはリムルベート王国軍として雇用されることを希望する者が可也かなりの数存在した。しかし、情報の漏えいを怖れたアルヴァンはその申し出を全て断っていた。これは、ブルガルト達の忠告を受け入れた結果でもあった。彼らが言うには、


「死兵扱いであったタンゼン砦やオーメイユの街と違い、奴らは降伏を選択するのが早過ぎた。何か仕込まれている可能性がある」


 という事だった。そして、敵兵の処理が終了したところで、今後を話し合う軍議が開かれた。場所は接収した綿花ギルドの建物内にあるホールである。因みに綿花ギルドのギルド長は街の代表を兼ねていた。街の運営とギルドの運営の両方を私的な利益のために行い、街の住民からは評判の良くない人物という事であったが、今はインバフィル寄りと思われる幾人かの周辺農村の大地主達と共に別の建物に監禁されている。しっかりと


――ボンゼの治安維持をリムルベート王国に委ねる――


 という覚え書きを取り交わした上での身柄拘束であった。そして、街の警備兵達は暫定的にアルヴァンの指揮に従う事となっており、今はいくらか損害の生じたボンゼの街の修復に当たっているということだ。


「――各部隊の損耗状況は以上です。物資食糧については、ヨマの町で待機していた補給隊へはボンゼへ向けて移動を開始するように伝令を差し向けました」


 軍議の口火を切ったのはガルス中将である。彼は昨日の戦闘後のリムルベート第三軍の状況を簡単に報告した。


「そうか。では、再編成が必要なほどの損害は生じなかったのだな」

「はい」


 アルヴァンの確認するような問いに、ガルスやブルガルト達が答える。それ等を聞いたアルヴァンは全体を見回して問い掛けるような声を発する。


「今日話すべきことは二つだ。一つはこの後の進路について。海沿いを進むか内陸を進むかだ。そしてもう一つは今後の補給についてだ。今、ヨマの町を出発した補給隊の後は、恐らく急いでも一週間後となる。戦力の問題があり、補給部隊の護衛は限定的だ。補給隊が途中で襲われる可能性や、最悪の場合補給が途切れる可能性がある。そういった危険を少なくする良い案は無いか」


 アルヴァンは、端的に今後の方針と懸念を話す。そして、意見を求めるように周囲を見回した。


「進むべきは内陸の街道だろうな。海沿いでは敵の海軍に退路を断たれる可能性がある」


 とはブルガルトの意見。ほぼ全員が賛同を示すように頷く。一方、補給に関しては中々良い案が浮かばない。四つの傭兵大隊の内一つを補給部隊護衛にすることが、補給を確実にするという意味では最上の方策であった。しかし、それでは正面戦力が心許なくなる。それでは、インバフィルやアドルムに効果的な攻撃を行う事ができず、作戦の本質的な意味が失われることになる。


 補給の困難さについては分かっていたことだ。そのため中々意見が出ない。その状況を見てアルヴァンは視線をユーリーに向けた。実はユーリーの書状には、ボンゼ以降の補給について言及があった。しかし、意味の分からない言葉だったので、その説明を求めるつもりだ。


「ユーリー、前に送って来た書状に『魔術を用いた補給』とあったが……それはどういう?」


 そう問いかけられたユーリーは発言する機会を窺っていたのだが、期せずしてアルヴァンから話を振られる格好となった。彼は立ち上がると自分の思い付いた策を説明するのだった。


****************************************


4月7日 ボンゼの街


 街を急襲し一時的に占領したリムルベート第三軍は、この日到着した補給部隊が運び込んだ食糧や物資と共に街を出発した。彼等の行く先には冒険者の街オーカス、守りを固めるインバフィルの街、そしてリムルベート軍の本隊の攻撃を拒み続けるアドルムの街が在った。


 西方辺境域に風雲を告げるインヴァル半島の戦いは、どのような結末を見せるのだろうか? その事は未だ誰にも分からない。しかし、街道を進む騎士や兵士、そして傭兵達は自分達の勝利を信じるかのように、一歩一歩力強く歩を進めるのだった。

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