Episode_19.21 ボンゼ侵攻 突入戦


 ボンゼ川で起こった戦いの結果が街の方へ伝わることは無かった。敗れたボンゼ側の傭兵部隊の残存兵は、その殆どが降伏、投降していたからだ。中には、投降する事無くその場から逃れ得た少数の傭兵が居たが、そんな彼等も街に辿り着くことは無かった。何故なら、途中の街道に展開したリムルベート側の別働隊が、彼等を見つけ出して捕えていたからだ。


 敗走兵を捕えたのは、オーカスの街に潜伏していた三個傭兵大隊の一つ「暁大隊」の一部だった。インバフィルからの援軍到来の報せを受けて行動を開始した彼等は、ボンゼの街を南、西、北西と三方向から取り囲むように配置していた。そして、街の北西側に展開していた「暁大隊」が配置した斥候によって、敗走兵は捕えられるとしばらく拘束される事となった。


 暁大隊の斥候部隊が取ったこの行動は、当初の作戦には含まれていない。敗走兵を察知したユーリーとリリアが、咄嗟の思い付きで斥候部隊と共に実行した行動だった。因みに、ドムン村での偵察を終えた後、ユーリーとリリアの二人はブルガルトの指揮する大隊に合流している。そして、敗走兵を捕まえるという行動を取ったユーリーの意図とは、


「彼等と一緒に街に入り込もう」


 というものだった。それを聞いたブルガルトはニヤリをした表情を浮かべた。参謀役の魔術師バロルも「なるほど」という顔つきだ。因みにダリアは軽く鼻を鳴らしただけだ。


「力押しでも突破できそうな外壁だが、すんなり・・・・と中に入れるならばそれに越したことは無いな」


 ブルガルトはそう言うとユーリーの意見に賛同を示した。ボンゼの街は外壁に取り囲まれている。しかし、その外壁は外敵からの攻撃を遮断するという目的よりも、野盗などの侵入を防ぐことを目指した物だった。そのため、高さも厚みも「力押しで突破できそう」な物であった。しかし、そんな外壁でも障害には変わりない。内部から門を開ける者が居るならば尚良かった。


 そのため、ユーリーの言う作戦を試してみる気になったブルガルトは捕まえられた敗走兵を懐柔するために彼等を自分の所へ連れて来させる。敗残兵は武装を解除され両手を縄で縛られ、お互いの片足ずつを同じく縄で縛られている。そのため、二十人程の集団はひと塊になってブルガルトの元に連れてこられた。


 ブルガルトがそんな傭兵達と何やら条件交渉を始めるのを視界の端に捉えていたユーリーは、魔術師バロルに声を掛けられた。


「敵はインバフィルからやって来た援軍千人の他に、地元出身の警備兵が五百ほどだったな?」

「はい。でも、余り士気は高くないようです」


 バロルの問いに、ユーリーはチラとリリアを見るとそう答えた。そんな士気が高くない警備兵が原因で、恐らく初めて喧嘩らしい喧嘩をした二人だったのだ。それはつい先月の出来事だが、妙に懐かしく感じる二人である。一方、バロルはそんな事情は知らないので思った事を口にする。


「本当は、二千人ほどが出向いてくれると、この後・・・が楽だったのだがなぁ」


 少し残念そうにそう言うバロルの言葉は、今のリムルベート第三軍の戦略意図を端的に示したものだった。それは、ボンゼという防御に不向きな都市を攻撃することで、インバフィルの防衛線力を減退させる、というものだ。


 ボンゼがインバフィルに従属的な立場を取っている事はユーリーとリリアの調べで分かっていた。主従的な立場の違いがあるということは、その裏返しとして、インバフィルはボンゼに対して一定の責任を持っている、という事が出来る。それは、綿織物の原料供給の確保という経済的な理由を背景にした関係だった。そのため、ボンゼが危機に陥れば、インバフィルはそれを無視できない。恐らくインバフィルはボンゼに援軍を送るだろう、という推測が成り立った。そして、そこに付け込み、インバフィルの防衛力を削ろうというのが、今回の一連の動きの骨子だった。


「まぁ、こればっかりは四都市連合アチラ側任せですからね」

「援軍が出ただけでも、良しとしましょ」


 バロルが残念そうに言うのは、ボンゼという防御が貧弱な街の防衛に多くの援軍が繰り出されるならば、それだけ容易くインバフィルの防衛力に損害を与える事が出来る、ということに由来している。それは、インバフィルに籠った状態の敵を叩くよりも、遥かにやり易い仕事である。そのため、彼の言葉に返事をするユーリーとリリアの言葉も、攻撃側としては少しオカシナな、敵の援軍を肯定的に受け止めるような言葉になっていた。


 そうやって過ごすうちに、ブルガルトと捉えられた敗走兵の間で話が付いたようだ。既に夕方までそれほど時間は残されていない。


****************************************


 捕えられた敗走兵の数は二十人だったが、今ボンゼの街に駆け込んできた傭兵達の数は四十人だった。つまり半分はリムルベート側の偽装した傭兵という事になる。そんな彼等は、夕暮れ時のボンゼの北門で足止めされたが、それも少しの事で直ぐに中へ招き入れられた。


 その様子を遠巻きに見るのは二人の傭兵である。身を屈めて遠見鏡から覗き込むのは「藪潜り」と綽名された古参の傭兵だ。イドシア砦を巡る戦いの際に瀕死の重傷を負った彼だが、しぶとく戦線に復帰していた。そして、彼の隣には「優男」という綽名の傭兵も居る。


「お、あいつら中に入ったぞ」

「レッツもドーサも上手い事やれよ」


 二人はそう声を掛け合う。そして優男の方が片手を上げるとそれを回す仕草をした。それが、後方に控える「暁大隊」八百名に対する攻撃開始の合図だった。


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「おいおい、ちょっと待ってくれよ! 後ろから味方が追いかけて来てるんだ。ちょっと門を閉めるのを待ってくれ!」


 レッツは必死な雰囲気を醸し出して門番を勤める地元の警備兵に食い下がる。彼の様子に調子を合わせるように、他の敗走兵に扮した傭兵達が「そうだそうだ」と言い募る。十人の少数で門を守っていた警備兵達は逃げ込んで来た四十人の傭兵に対して気圧された風になる。しかし、


「だ、だめだ! 今は門を閉めるように指示が――」


 と否定した警備兵は、職務上の義務感というよりも、自分達よりも高給取りである傭兵に対する反発心が先にあった。他所から流れてきた傭兵、それも恐らく下っ端の若造に言われたことを鵜呑みにしたくない、という反発心が如実に顔に出ていた。


(どうするドーザ、やっちまうか?)

(ばか……待ってろ)


 小声で物騒な事を言うレッツを寡黙なドーサが押し留める。ドーサは、そのまま押し問答を繰り広げる他の傭兵と警備兵の間を縫って門の前に立つと、閉じられようとする隙間から外を指差し、


「ほら、来たぞ!」


 と、珍しく大声を出していた。確かに、夕暮れ時の街道には数百人の集団が門を目指して走り寄ってきているのが見えた。


「ちっ、しかたねぇな」


 その様子に街の警備兵は舌打ちをしつつ、閉じかけた門を再び開いた。そしてしばらくすると、開いた門に大勢の傭兵が飛び込んできた。


「お、おい、アイツら本当に――」


 しかし、飛び込んできた傭兵の集団は全員が武器を手に持ち殺気立った様子で、とても敗走兵には見えない。その様子に警備兵が疑問と共にレッツの方を振り向くが、そこで言葉を呑み込んでしまった。彼の首筋にはヒヤリと冷たい鋼の刃が押し当てられていたのだ。


「抵抗するな!」

「街に入った援軍は何処にいる?」


 両手を広げて抵抗の意志が無いことを示す警備兵はチラと周囲の仲間を見る。全員が同じように抵抗出来ない状況だった。その状況に、警備兵はようやく自分達が騙されたことに気が付いた。そして、警備兵の仕事を、給金の安い割に合わない仕事、程度にしか考えていなかった彼等は、街に対する忠誠心よりも己の命大事さに、あっさりと問い掛けに答える。


「インバフィルからの援軍は、綿花ギルドの建物の周囲に陣取っている。街の中央だ……」


****************************************


 「暁大隊」はボンゼの街中に侵入すると、行動単位を中隊に分ける。そして中隊一つを北門の確保に充てると、残り三個中隊を以って街中を前進する。


「火を放ったり住民に手を出す者は味方であっても容赦なく斬れ!」


 ダリアの凛とした声が響く。イドシア砦を巡る戦いで凌辱の憂き目にあった彼女は、ひと際真剣にそう命じる。また、聞く方も神妙な面持ちでその指示を受け止める。そうして、大隊の中核部隊である「暁旅団」はボンゼの街の中心に位置する綿花ギルド目指して進む。


 街中を進んだところで、夕闇に沈んだ大きな建物が見えてきた。一方、部隊が進む大通りは目の前で直角に折れ曲がっている。丁度、その角を曲がったところで綿花ギルドの建物が見える位置取りとなる格好だ。「暁旅団」を先頭に進む三個中隊では、先頭を行く傭兵達がその角を曲がるところだった。


 その時、部隊の後方に控えていたリリアが警告のような鋭い声を発した。


「待ち伏せよ!」


 リリアの声は風に乗って先頭を行く傭兵達の耳元に届く。彼等は、その声の意味を理解したというよりも、突然耳元で聞こえた少女の叫び声にギョッとして立ち止まる。そんな彼等の鼻先を無数の矢が飛び抜けていくのだった。

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