Episode_19.16 隠密南行
ユーリーの書状が届いた翌日、予告通り正午より少し前にリムルベート王国第三軍の主要な部隊長達はデルフィルの港湾ギルド会館に集まって行っていた。主要な面々としてアルヴァンやヨシンにガルス中将、そしてウーブル側の壮年の騎士隊長などウェスタ・ウーブル連合軍の面々の他に、傭兵達も当然集まっている。
その面々は「暁旅団」のブルガルトと副官ダリアに参謀バロル、「オークの舌」の精霊術戦士ジェイコブ、「骸中隊」の新しい首領トッド、そして「黄金の剣」の剛剣士ステインといった、四都市連合から疎まれていた傭兵団の首領を含んでいる。また、彼等の他にも第三軍がトルン砦で実施した新編制によって中隊長に任命された傭兵達が出席していた。幾つかの中隊は既にスカリルへ進出しているため出席できなかったが、それでも第三軍の約三分の二の中隊責任者が集まったことになる。
第三軍の主力とも言える傭兵の数は合計で三千二百にも上る。そのほとんどが雑多な傭兵団や個人傭兵であった。彼等はリムルベート王国と傭兵契約を結び、第三軍に編入される際に、二百人前後の中隊に振り分けられ編制されていた。そして、三千二百の傭兵達は全部で十六個の中隊に整理編制されることとなったのだ。
十六個の中隊を編制した理由は、四個中隊で一個大隊とし、四個大隊を運営するという指揮系統を整えることが狙いだった。それは皮肉にも敵対する四都市連合の戦時編制に極めて近い指揮系統であった。しかし、傭兵達もアルヴァン達もそれを厭うことは無かった。傭兵を多く使う四都市連合の編制や指揮系統に似るという事は、それだけに洗練されて効果的である、という証しだと考えたのだ。
そして、四つの大隊は暁旅団、オークの舌、骸中隊、黄金の剣、が夫々纏める事になり、隊の呼称も「暁大隊」「オークの舌大隊」「骸大隊」「黄金大隊」と定められた。それら四つの傭兵団は四都市同盟から疎まれるほど
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会議の中心は、やはりアルヴァンである。何と言っても傭兵達にとっては雇用主という立場だ。そんな彼は、ユーリーの書状に記されていた作戦を全員に伝える。
「なんというか、
最初に反応したのはブルガルドだった。彼は何故か嬉しそうにそう言う。何を以って「らしい」と言うのかは分からないが、彼なりのユーリーに対する人物評価なのだろう。一方「黄金の剣」の首領ステインと「骸中隊」の首領トッドは冗談のように言い合う。
「オーカスの大回廊が次の階層に進んだのか」
「傭兵辞めて、そっちへ行こうかな?」
そんなやり取りに、ガルス中将を始めとする騎士達は眉を顰めるが他の傭兵達はガヤガヤと笑い声を上げる。
「流石に今の仕事が終わってからだと、もう
「直ぐに動けたのは、オーカスに居残っていた根っからの遺跡好きか、そうでなければインバフィルに傭兵として加わっていた連中だな」
「じゃぁ……インバフィルの兵力は相当落ちたんじゃないか? だって三分の一ほどは冒険者出身だっただろ」
「これで、オーカスの街も大賑わいだな」
などと言う会話が彼方此方で交わされている。早速会議の体を成していないがアルヴァンは、そんな彼等の会話を黙って聞いていた。中々に鋭い考察が含まれていたからだ。しかも、一部の情報は現在のインバフィルの状況を言い当てていた。と言うのも、アルヴァンはこの朝、トルン砦経由で伝書鳩による情報を入手していたのだ。それは、インバフィルに潜入した冒険者集団「飛竜の尻尾団」とアント商会密偵部の密偵達からの情報であった。そこには、
――インバフィルの街を防衛する戦力約六千の内、千五百前後が傭兵契約を反故にしてオーカスという街へ向かった。理由は未確認の噂だが、冒険者達にとって重要な出来事がインカス遺跡群で起こった、ということらしい――
と書かれていた。いみじくもユーリーが書いた書状の内容を裏付ける情報である。そして、四都市連合の傭兵局は大慌てで補充の人員確保に奔走している、ということも併せて記載されていた。元々インバフィルには海軍や海兵団が駐留しているが、そんな海軍勢力が兵力を街の警備に割くことに難色を示している、というのが理由だった。
また、先の四都市連合中央評議員選挙において、インバフィル選出の元中央評議員がまさかの落選を喫し、そのまま逮捕拘留される事態となったことも影響していた。職権濫用ということでカルアニス島にて逮捕拘留されたインバフィルの評議員は中々の実力者であったとのことで、結果として攻防の渦中であるインバフィル評議会と四都市連合との間で不和の兆しが生じているということだった。
(流れは此方へ向いている……のだろうな)
アルヴァンは内心でそう呟くと、そろそろ取り留めのない雑談を止めさせて、結論へ向かうことにする。
「諸君、静粛に……よろしい。それでは、我々第三軍の今後の作戦についてであるが――」
そうしてアルヴァンは話を進める。内容はユーリーの書状にあった作戦だ。それに対して部隊の割り付けを行っていく。途中で傭兵達の間から意見が出ると、少し話し合いに時間が掛かる場面もあったが、概ね全員の了承を得ることが出来た。
「それでは諸君、四月の初めにウェスタ・ウーブル連合軍と『オークの舌大隊』で正面からボンゼの街へ攻撃を開始する。ボンゼ正面の部隊とオーカスに潜入した他の三個大隊間の連絡は……」
「それは任せて貰おう」
アルヴァンの言葉を受け取り自信たっぷりに言うのは「オークの舌」の首領ジェイコブだった。彼自身もそうだが「オークの舌」には優秀な精霊術師が何人も居る。彼等は斥候や短距離の情報伝達に最適な風の精霊術を使うことができるのだ。
「と言う事だ。では、道中は努めて穏便に。余裕が有れば、街や街道沿いでは無く、人目に付かない場所を進むことも視野にいれて行動してほしい」
そんなアルヴァンの言葉でこの日の会議は締め括られた。既に午後遅くの日差しが港湾ギルド会館に差し込んでいる。そして、約四時間に及んだ会議の後、傭兵達は夫々の大隊毎に行動計画を作ると、翌日の昼頃から順次行動を開始した。
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デルフィルまで「手紙を届ける」という御遣いを終えたリーズは、余計に一日引き留められていたが、悪い気はしていなかった。普段では宿泊する気も起きないような高級な宿屋にタダで泊まれた上に、夕食二回と一日の観光を手配されていたからだ。
最初はスカース・アントという青年の下心から来る親切だと、少し警戒していたリーズだった。しかし、スカースはその風貌を除けば品の良い紳士的な側面と、若さからくる茶目っ気を併せ持った好人物である。その上、流石に商人の元締めともいうべき立場のため、話題も豊富で話が上手だった。そして、生来の金持ちである割には、金の使い方に
(顔はさて置くとして、中々イイ男だったわね……)
と言うのが、二日間スカース・アントの歓待を受けたリーズの感想だった。この彼女の感想を、もしもベッドから起き上がれない三人とそれを看病する一人が聞いたら、さぞかし悔しがることだろう。実はこの勝気なハーフエルフの少女を含む五人組みの冒険者は、彼女を巡る恋敵でもあり好敵手でもあったのだ。
勿論そんな事を露とも知らないリーズは、純粋に幼馴染達を心配する気持ちに戻ると街道を南に急いだ。そんな彼女は周囲を見渡して、ちょっとした疑問を感じる。それは、
(この街道って、こんなに人が多かったかしら?)
というものだった。丁度デルフィルを出発し、もう少しでスカリルの街が見えてくるという場所だが、彼女の周囲には大所帯の冒険者や、行商人の集団が同じく南を目指していた。
そんな彼女の視界に入る旅人達は、当然ながら見たまま通りの存在ではない。ほぼ全員が偽装した傭兵なのである。しかし、そんな事には露とも気付かないリーズは単純に、
(まぁ、賑やかで良いわ。旅は道連れよね)
と呑気に考えているのだった。
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