Episode_19.15 浸透展開策
アーシラ歴497年3月中旬 デルフィル
その日、一人の少女がデルフィルの目抜き通りにあるアント商会の商館を訪れたのは午後の遅い時間だった。言われた通りに手紙を届けるために訪れたのだが、その少女は立派な建物の外観に、中へ足を踏み入れるのを躊躇った。そして、しばらく通りに佇みアント商会の四階建ての建物を見て居たのだが、意を決したように頷くと中へ入って行った。
建物の一階には、ずらりと長いカウンターが置かれていた。衝立で仕切られたカウンターには商人風の男達が居て、商会の係りの者と話をしている。その様子は何処かオーカスの冒険者ギルドを彷彿とさせるものだった。しかし、勝手が分からない少女は入口の扉前で立ち止まると困ったような表情となる。そこへ、案内係と思しき中年の女性が近付くと声を掛けた。
「いらっしゃいませ。本日はどのような御用向きですか?」
「あ、はい……この手紙を渡すようにと。スカースさんという方は此方で間違いないですか?」
努めて丁寧に答える少女の言葉に案内係の中年女性は少し驚いた風になると、その少女を上の階へ案内する。そして、三階まで案内された少女は豪華な調度品に囲まれた応接室に通されると、そこでしばらく待つように言われるのだった。
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その少女は美しい金髪と尖った耳というエルフの形質を受け継いでいるが、小柄な体格の割に存在を主張するような豊な胸元を持っている。彼女は所謂ハーフエルフと呼ばれるエルフと人間の混血児だ。その格好は冒険者そのもので、丈夫な革製のベストを羽織り、腰には二振りの
そんな少女と対面して長椅子に腰掛けるのは、歳の頃なら二十代半ばの青年。ギョロ目とつぶれた鼻を除けば、貴族の子息と言われても疑う者はいない物腰の柔らかなスカース・アント。アント商会陸商部門頭取で、且つ現会長ジャスカーの息子だ。彼は、応接室に入ると、そこで待っていたハーフエルフの少女に少し
「お手紙の内容は拝見しました。わざわざ遠い所を有難う御座います」
手紙を読み終え、丁寧に頭を下げるスカースに少女もつられて頭を下げていた。
「それで、リーズさん。どういう経緯でユーリーと知り合ったのですか?」
顔を上げたスカースは、
「リーズさん、もしもよかったら頼まれ事を受けて欲しい」
そう切り出したユーリーは、羊皮紙を何枚も重ねて筒状に丸めた書状と一枚の紙を折り畳んだ手紙を彼女に差し出した。金貨三枚でその書状と手紙をデルフィルのアント商会にいるスカースという人物に渡して欲しい、というのがユーリーの頼み事だった。その後、報酬を固辞するリーズとロン、冒険者なのだからタダ働きは良くない、と言うユーリーとリリアの間で少し押し問答があったが、結局は、
「急いでるから、馬を使うために」
と言うことで報酬付きでその依頼を受けることにしたのだった。
そのような経緯を語るリーズ。一方、彼女の話を聞きながら、スカースは手紙に書かれていた内容を考える。スカース宛てに書かれた内容は簡単なものだった。
――添付の書状をウェスタ侯爵公子アルヴァンに転送して欲しい――
という内容だった。別行動をしているユーリーとリリアには、アルヴァンの所在が分からない。そのため、確実な人物に中継を頼む内容だった。尤も、その公子アルヴァンは数名の手回りの騎士を連れて、昨日デルフィルに到着したばかりだ。また、アント商会の面々は、デルフィルの街中や周辺に村や町に散らばった数千の傭兵達が連絡を取り合うための連絡網の役割を担っていた。そのため、情報伝達という意味では、冒険者や旅人、行商人などに偽装したリムルベート王国第三軍の意志疎通の中核はスカースであった。
ユーリーとしては、確信は無いものの、そのような役割を担うであろうスカースに手紙を送ったのだ。そして、それを受けたスカースも、ユーリーの考えを感じ取り少し感心した風になる。
(流石ユーリー、と言ったところか)
内心そう呟くスカースは、これからアルヴァンが滞在する宿屋へ出向くことを決めていた。一方、粗方の経緯を語り終わったリーズは、黙って考え事をするスカース相手に所在なさ気な様子となっていた。流石にその様子に気が付いたスカースはハッとなったように顔を上げると、言う。
「おっと、スミマセン。少し考え事を……」
「いえ、大丈夫です。それでは要件は済んだということで」
「いやいや、態々おいで下さったのです。今晩はアント商会が宿を手配しますので」
咄嗟に彼女を引き留めていたスカースだった。
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どういう
その報告書を読み進むアルヴァンの他には、ガルス中将とヨシンも同じ部屋に居た。商人風に装っていたが、どう見ても商人に見えない眼光を持つガルスは、アルヴァンの手元を覗き込むように文面を目で追っている。一方、その反対側では護衛の戦士風、つまり普段通りのヨシンも同じ風にアルヴァンの手元を覗き込む。
「……ちょっと二人とも、読みにくいから少し離れてくれよ」
思わずそう言うアルヴァンであった。その後、読み終えた頁からガルスへ渡し、ガルスが読み終えるとヨシンに渡す。と言う順で七枚にも及んだ報告書を読み終えたアルヴァンは宙を見上げる姿勢で腕を組み、瞑目すると考え込む風となった。
「なにかお手伝いすることはありますか?」
その様子にスカースが声を掛けると、アルヴァンは組んでいた腕を解いて答える。
「既定の通り、スカリルで物資を調達しやすいように手配を進めてください。あと、傭兵部隊長を明日にでも集めて欲しい。集まっても不自然でない場所の手配もお願いします」
アルヴァンの要請を受けたスカースは、集合の場所をデルフィル港の港湾ギルド会館とし、時間を明日の正午前とすることを決めた。丁度その日の正午過ぎから港湾ギルド会館では定例の会議が行われることになっていた。そのため、ギルド会員の港湾労働者の元締めや商人達、それにお供兼護衛の面々が集まっても不自然では無い状況だった。
「では、そのように手配を頼みます」
アルヴァンの承諾を受けてスカースは席を立つと部屋を後にした。少し軽い足取りだったが、それに気付ける人間は居なかった。
一方、スカースが立ち去った後の部屋では三人が考え込むような表情となっていた。
「冒険者に偽装した傭兵をオーカスと言う街に千人以上を送り込む……か、大胆だな」
「スカリルの南にあるボンゼという街は恐らく敵対してくると書いてありますな。インバフィルからは二日ないし三日の距離、その街に防衛線を構築されると苦しい状況になります」
「だから、ボンゼを押えるために、スカリルから南下する正面戦力とオーカスに潜んだ傭兵が協力して敵を叩く。良い作戦じゃないか」
アルヴァン、ガルス中将、ヨシンの順での発言だった。彼等はインヴァル半島東岸の地図をテーブルに広げると、ユーリーの報告書の内容を確認するように見比べている。その報告書の後半には、或る作戦が書かれていた。
ユーリーが報告書に書いた作戦は、端的に言えばヨシンが言ったような内容だった。先ず傭兵部隊の三分の一から半分を冒険者に偽装してスカリルを街道沿いに南下させヨマの町から河沿いに西進し、森の中の街道を進み、インカス遺跡群の前庭部を通って北からオーカスの街に向かわせる。口実は「大回廊の第四層探索」だ。彼等のオーカスへの潜入は四月初旬までに終了するように、と書かれている。つまり後二週間しか時間が無い。
一方、スカリルで編制を整えた正面部隊は四月上旬にヨマの町まで進出すると、そのまま街道を南下しボンゼの街に攻撃を仕掛ける、と書かれている。但し、急襲するのではなく、敢えて遅攻を選択してボンゼがインバフィルへ救援を求める時間的余裕を与える、と注釈が加えられていた。そして、インバフィルからボンゼへの援軍が到着した段階でオーカスに潜入した傭兵がボンゼへ西から攻撃を加える、と書かれていた。
「ボンゼを押えた後はオーカス経由で内陸の街道を伝い、一気にインバフィルへ接近すると書いておりますな。そして、その後は状況次第。アドルムの背後を襲うか、インバフィルを強襲するか……しかし、これでは補給が追いつかないでしょう。このヨマの町を西へ進む細い街道と、その先のオーカスからインバフィルまでの山道では大量の物資は運べません」
ガルス中将はそう言いながら指先で地図をなぞる。ヨマの町から西へ進んだ先にある森の中のセド村を経由し、インカス遺跡群の前を通り抜ける街道はユーリーの作戦では冒険者に偽装した傭兵達の進出経路に指定されていたが、地図上では極めて細い線で描かれているものだった。そして、オーカスからインバフィルへ続く山道も同様である。
「食糧はオーカスの街で調達可能としているな。武器や装備品は……なぁヨシン、これってどういう意味なんだ?」
対してアルヴァンは報告書の最後の頁をもう一度手に取ると気になる文言を見つけてヨシンに問い掛けた。
「ああ、『魔術を用いた補給』だな。それは……」
「それは?」
「……あれ、なんだったっけ? えっと、確か前にユーリーから聞いたんだけどな」
肝心な部分で親友の言葉を忘れていたヨシンだった。
その後「海の金魚亭」の一室は、アルヴァンとガルスがヨシンに詰め寄り、言葉の意味を無理矢理思い出させようとする光景が繰り広げられていた。そうして、この日は過ぎて行った。
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