Episode_19.13 衝突


 二体の巨大な敵を倒し終えたユーリーだが、光の翼を纏った彼が自身の変化を解くことは無かった。動く甲冑リビングメイルを打ち倒した直後から、視線を感じたのだ。それと同時に使徒の力を解放した時に感じる独特の感覚が、一種の波動 ――暗闇が波のように押し寄せる感覚―― を感じとっていた。その暗闇の波動は、三年前にリムルベートの王城で対峙した中位魔神の存在を思い起こさせるものだった。


(まだ何か居るな……)


 そう確信したユーリーはドーム状の空間の中心を睨みつける。彼の背後では、傷付いた仲間達をドームの外へ出そうと、リーズやロン、それにリリアが動いていた。そんな彼等に速くドームの外へ移動するよう促すため、ユーリーは後ろを振り返ろうとする。その瞬間、ドームの中心で赤い光が瞬いた。突然の変化に、ユーリーは驚くとともに、再び視線をそちらに向けた。先程までは暗くて良く分からなかったが、今は赤い燐光を背景に浮き立つように円柱状の構造物が見えた。そして、その上部に立つ一体の異形の存在もまたハッキリと視認出来た。


「……魔神……なのか」


 ユーリーは直感で呟く。この世界では異質な存在。異次元からやって来た存在は独特の闇の波動を放つ。その波動は嘗て対峙した漆黒の骸骨というべき中位魔神ほど強力ではないが、それでも充分に注意するべき存在であると、本能的にユーリーは察知する。


 可也の距離を置いて退治した両者だが、名乗ったり会話を交わす意図はない。お互いに排除しあうだけの関係性しかない。そして、封印の間と称された広大なドーム状の空間は再び戦いの舞台となった。


 先に仕掛けたのは魔神の方である。その魔神は三メートル近い巨体を持つ人型であるが背中に漆黒の翼を持っていた。そして体表はからすのような羽で覆われ、頭部は鳥類の造りである。それでいて手足は器用な作業ができるような、人間と変わらない造りをしていた。そんな魔神は円柱状の構造物から飛び立つと、真っ直ぐユーリーを目掛けて滑空してくる。いつの間にかその手には漆黒の槍が握られていた。


 ユーリーはその魔神の動きに応じるように、床から飛び立つと光翼を羽ばたかせ黒い翼の魔神へ距離を詰める。高速で移動する両者は空中で一気に接近する。そしてお互いの武器が届くかどうか、という距離で魔神は急に高度を上げた。対するユーリーは、魔神の素早い動きに対応できず、姿を見失ってしまった。


 そのまま直線的に飛び続けるユーリーに対して、頭上を押えた魔神は手に握った漆黒の槍をユーリーへ投げ付ける。その槍は魔神の手を離れた瞬間、無数の漆黒の粒となりユーリーの上に降り注いだ。極属性闇の高位攻撃術である暗黒矢ダークアローよりも更に数が多い闇のつぶてが雨のようにユーリーに降り注ぐ。


「しまった!」


 姿を見失ったと思った魔神が自分の頭上を押えている事を、ユーリーはその攻撃で知った。そして、床スレスレを飛んでいたユーリーの周りに降り注いだ闇の礫は小さく破裂すると、強烈な衝撃波で辺りを包み込む。それに巻き込まれたユーリーはそのまま揚力を失い床の上を滑る。金属甲冑が石床と擦れ火花が上がった。


 そのまま床を転がるユーリーは、弾みを付けて立ち上がると、頭上に留まる魔神へ向けて立て続けに光の矢を撃ち放った。対して魔神はそれを受け止める事無く全てを軽やかに回避してみせた。ユーリーの放った光の矢はそのまま宙を飛ぶとドームの天井に次々と激突し天井の一部に大穴を空ける。吹き飛んだ天井の一部が床に落下して轟音が上がった。ユーリーの光の矢は大きな威力を持っているが当たらなければ意味が無い。しかも、まだ出口の付近でもたついて・・・・・いる冒険者達に被害が出ないように、強力な攻撃である光の矢も乱射することが出来なかった。


(何とか接近戦で!)


 その状況に、ユーリーはそう意図すると、その後何度も魔神に対して空中戦を挑んだ。しかし、全てがいとも簡単・・・・・に退けられてしまった。空中での身のこなしに圧倒的な差があることが分かる結果だ。空を飛ぶ、という行為に対する習熟の足りなさがユーリーの弱点となっていた。


 一方、下位魔神バスバズールは拍子抜けするような気持ちになっていた。強烈な制約ギアスの効果は逃走や戦闘放棄を意図しない限り発動することは無い。そのため、戦っている間のバスバズールは普段と変わらない正常な思考を保っている。そんな彼は、眼下で此方を見上げるだけの使徒と思しき存在を見下ろす。立派な光翼と強烈な光の攻撃だが、空中で自身に勝負を挑むには飛ぶ技量が拙すぎた。しかもそんな状況で、他の人間達の存在を気にするような仕草を見せている。


(ナラバ、コウイウ場合ハドウスルカ?)


 下位魔神の狡猾な思考が顔を覗かせる。そして、彼は左手を大きく上げてそれを振り下ろした。一瞬だけ虚空に巨大な魔術陣が浮かんで消えた。


****************************************


 モルト、ルッド、タムロの三人は意識を失う重傷だったが、辛うじて息は残っていた。そんな三人をリリアとリーズとロンの三人が運ぶ。再び始まった戦闘に巻き込まれないように、ドームの入口付近へ退避するためだ。


 脱力した冒険者の身体は、貧相な体格のタムロであっても重い。とても一人で動かせない状況に三人は協力する。そして、なんとか最後の一人を扉の近くに集めたところで、天井が崩壊した。ユーリーの光の矢が外れて天井を突き破ったのだ。


「なんなのよ、一体!」


 助けて貰った恩も無いように、リーズが恐ろしいモノを見る目で視界の先のユーリーと近くのリリアを交互に見る。対するリリアは瞬間的に怒りが湧きあがるが、それを口にする前、ロンが鋭い声を発した。


「通路に屍食鬼グールが集まって来ている!」

「えぇ!」


 リリアは、その一言で扉の向こうを見た。先程よりも濃密な不死者のオーラが漂っていた。そして、不意に扉から全身黒色の屍食鬼グールが飛び込んできた。


「三人を隅に寄せて!」


 リリアは、二人に怒鳴ると古代樹の短弓を構える。矢筒に残った矢は少ない。撃ち尽くしてしまえば、近接戦をするしかない。リリアは覚悟を決めると、素早く矢を撃ち込む。一匹に一発、矢を無駄にしないように慎重に狙いたいが、既に距離を詰めていた屍食鬼グールは次々と襲いかかって来る。


 そんな状況でリリアは何とか五本の矢で五匹を葬る。しかし、扉の向こうの通路には同じような黒い魔物がひしめいている。


(こんな数は無理よ!)


 そう直感したリリアは、咄嗟にユーリーの方を振り返る。しかし、彼もまた空中に浮かぶ敵に挑んでは叩き落されるという状態で苦戦していた。助けを求めることは出来そうに無かった。


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 その時ユーリーは、扉付近で再び不死者アンデットとの交戦が始まっていることを察知していた。しかし、助けに行くことはできない。自分を狙って放たれる闇の礫がリリア達を巻き込む可能性が有るからだ。


 空中に留まり続ける魔神は鳥類の風貌でユーリーを見下ろしている。ポッカリと開いたドームの天井の穴からは未明の月明かりが差し込み、そんな魔神の半身を照らしている。そして月明かりに照らされた魔神は左右の腕を虚空に広げる。すると両腕の間に無数の闇の礫が発生した。そして魔神はその闇の礫をばら撒くように放つ。ユーリーは周囲に光の翼を広げて自身を衝撃波から護る。先程から何度も繰り返された攻防だった。しかし、そんな攻防は次の一撃で変化をみせた。その瞬間、魔神は闇の礫を明らかに扉の方へ撃ち放ったのだ。


「しまっ――」


 ユーリーは慌てて闇の礫の落下点へ先回りしようと光翼を羽ばたかせる。だが、間に合うはずの無い距離が開いていた。リリアは前方の不死者に集中している。ユーリーはどうにか気付いてくれと願う事しか出来なかった。しかし、思考を能動的に伝えるすべを彼は持たない。降り注いだ闇の礫が発する衝撃波で愛する少女が引き裂かれる光景が一瞬ユーリーの脳裏を過った。


 そんな瞬間、何かがドームの天井に開いた穴から飛び込んできた。それは、魔神の横を掠めると、素晴らしい速さで空を切り裂き、落下する闇の礫を受け止めるような位置でピタリと止まる。白い燐光を発したその姿は、若鷹ヴェズルであった。若鷹が広げた翼に闇の礫が衝突すると連鎖的に爆発が発生する。


****************************************


 空中にパッと鷹の羽根が飛び散る。しかし、燐光を発した若鷹ヴェズルは健在だった。そして、一声、


「クエェー!」


 と鳴き声を発した。


 その瞬間、扉の前で双剣を武器に屍食鬼グールと戦っていたリリアはヴェズルの存在と思念を察知した。それは、風を使え、とリリアに呼びかける。そしてもう一つ、普段はつがい・・・を気取っている青年に対して、非難するような思念も含まれていた。


 リリアは、ユーリーに対する非難の思念は無視すると、風を感じるように意識を集中した。閉鎖空間だと思い込んでいたホールには外と変わらない大気と風の精霊が流れ込んでいる。それに気付かなかった自分に少し反省するような気持ちを感じつつ、リリアは周囲に満ちた風の精霊に呼びかける。


「偉大なる北風の王の名において命じる。切り裂く刃を備えた風よ通路を駆け抜けて!」


 リリアの意志に応じ、一気に凝集した風は濃密な空気の塊となる。北風の王フレイズベルグの名を借りて発動した刃の嵐ブレードストームだ。そしてリリアの目の前に集まった風塊ふうかいは、まるで投石器から撃ち出される岩のような勢いで目の前の屍食鬼グールを吹き飛ばし、そのままひしめく黒い魔物の集団を巻き込んで通路を駆け抜けた。風が通った後には黒い煤が颶風ぐふうに巻き上げられるだけだった。


 一方、宙に留まった魔神バスバズールは、新たな存在の登場に動揺していた。見た目は只の鳥だが、その小さな体から溢れ出る力の本質を魔神の感覚は正確に捉えていた。それは、いにしえの魔術師達も危険性を理由においそれ・・・・と手を出せなかった存在。それは、この次元のことわりに従い、この次元の世界を形作る構成要素 ――ちから―― そのものだった。魔術師達は、その存在を原始の龍の眷属、又は精霊王と呼んでいた。


 そんな精霊王の力を持った存在が目の前に現れたのだ。下位魔神バスバズールは、咄嗟に逃走を期する。しかし、彼を縛り付ける強力な制約ギアスが再び効果を発するだけだった。そして、思考を奪われた魔神は猛然と若鷹ヴェズルへ飛び掛かった。


 しかし、漆黒の翼を持つ魔神はヴェズルへ向けて飛翔する途中から急に揚力を失う。そして目測を誤り、床に落下した。丁度ユーリーの目の前である。


「クェー!」


 目の前に墜落してきた巨体の魔神に一瞬驚くユーリーだが、頭上からは若鷹の鳴き声が響いた。リリアのように言っている事が分かる訳ではないが、その時のユーリーは、まるでヴェズルが、


 ――飛ばない相手なら何とかなるだろ!――


 と言っているように聞こえていた。そして、


(分かってるよ!)


 と内心で言い返すのだった。

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