Episode_19.10 動く甲冑と白い巨人


 バスバズールと名乗った存在は、円柱の第二層から下を見ていた。少し先で魔力による灯りが幾つも発生した。その灯りの周辺には人数が増えた人間達の姿があった。一方、二体の複製生物ホムンクルスの内、一体はその人間達を正面から追い、もう一体は背後に回り込んでいる。


 二体の複製生物は、バスバズールがこの次元の魔術師に呼び出され、強力な制約を掛けられた後に、無理矢理作ることを命じられた作品だった。彼にしてみれば忌むべき作品である。そして、彼から技術を習得した魔術師達は長い年月を経て、彼の作品超える物を造り出すことが出来るようになった。全てがそう、という訳ではないが、時折傑出した作品を造り出すようになったのだ。そのため、彼は無用と判断された。そして彼は、かつて生命魔術の実験場だった廃棄都市に封印されたのだ。


 突然封印され、そして突然解放された彼は、この先の事など全く分からなかった。身体を縛り付けていた制約ギアスの効力は可也緩くなっている。そのため、元の次元に帰還する前に、散々自分をこき使ったこの次元・・・・に復讐するのも一興だと考えていた。


(今ノ人間ハ、ドノ程度ノ力ヲ持ッテイルノダロウカ)


 復讐には必要な情報だった。その事を見極めるためにも、眼下で繰り広げられるはずの虐殺劇を観察しよう、と考えるのだった。


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(確か、リビングメイルは不死者の上位種だったよな……)


 先行して逃げるリーズ達五人組みを追うユーリーは、背後に迫る敵の気配を感じつつ、本で得た知識を思い出す。養父から贈られた「粗忽者の為の実践魔術」には、この恐ろしい不死者アンデットに関する記述があった。それは、


 ――動く甲冑、またはリビングメイルという魔物には議論が付き纏う。それはこの魔物を不死者に分類するか、それともゴーレムに分類するか、という議論である。この議論に対して、筆者は特殊な立場を有している。以前、ニベアスの地下迷宮でこの魔物が発見された際の討伐隊に加わった筆者は、その遺骸である甲冑の中から、人間又は同種の生物の乾燥した屍体を発見している。この事実は、当該魔物が死霊術による産物であることを強く示唆する物証といえる。しかし、当時討伐隊に同行したミスラ神の高位聖職者による神蹟術除霊ターンアンデットが全く効果を発揮せず、寧ろ筆者が発動した解呪デ・スペルが一定の効果を有した点を見逃してはならない。この事実は、当該魔物がゴーレムである可能性を示す事実である。これらの事実を踏まえた上で、この動く甲冑、リビングメイルは、死霊術とゴーレム生成術を複合術的手法で混合した極めて高度な魔術的技術で造り出された存在である、という可能性を指摘する――


 という記述であった。しかし、それ以上の記述は無い。他の魔物に関しては弱点や効果的な戦術などが一緒に記載されていたが、この動く甲冑リビングメイルに関してはそんな記述が無かったのだ。それは、この魔物に弱点らしい弱点が無く、また効果的な戦術を研究できるほど個体数が多く無いことを意味していた。


 動く甲冑リビングメイルに関する記述と、そういった背景を同時に思い出したユーリーは、逃げに専念することを決心していた。この広大な空間を持つホールを抜け、手前の通路の先に続く細い通路に逃げ込めば、二メートルを超え三メートルに迫る巨体を持つ魔物はそれ以上追って来られないはずだ。そして、冒険者五人組みを無事に逃がすことが出来れば、ユーリーとしてはそれで充分なのである。無理に立ち向かう必要は無かった。


「リリア!」

「なに?」

「リーズ達を先導して、早く通路へ!」

「……分かったわ」


 既に全力で走っている二人であるが、ユーリーはリリアにそう言った。その気になれば更に速力を上げる事のできる彼女に、冒険者達の先導を頼んだのだ。一方のリリアは、一瞬だけ返事に詰まるが、納得したように言葉を返した。そして、彼女は地と風の精霊による複合付与術ともいうべき俊足ストライドを発動すると、あっという間にユーリーを引き離して先行する五人組へ追いついていく。


(これで逃げ切れれば……)


 しかし、ユーリーの目論見は打ち破られた。背後から動く甲冑リビングメイルが追いついて来たのだ。これは決してユーリーの足が遅いから、という理由ではない。寧ろ彼の脚力は、金属製の軽装板金鎧を身に着けているとは思えないほどに速い。しかし、結果として、動く甲冑リビングメイルの敏捷性はそんな彼を凌駕していた。


「――ッ!」


 その瞬間、ユーリーは殆ど反射的に横に飛んでいた。突然殺気が爆発したような感覚に、身体が自然と反応したのだ。そして、全力で駆けた勢いのまま石床を転がるユーリーの頭上を掠めるように、二振りの巨大な剣と斧が風を捲いて通り過ぎた。


「――クソ、追いつかれた?」


 石床を転がる反動を利用して飛び起きたユーリーは、目の前に立ち塞がる鎧の巨人と対決することを決意せざるを得なかった。


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 リリアは、先行して逃げていた五人組みの冒険者に直ぐに追いついていた。彼等は広大な空間の入口である扉を前に、立ち止まっていたのだ。しかし、その様子は後続のユーリーやリリアを待つという様子ではない。何故なら、彼等と扉の間を遮るように、白い巨人が立ち塞がっていたのだ。


 全裸の姿で白い肌をさらし、筋骨たくましい彫像のような巨人であるが、その体表を覆う皮膚には生気の欠片も存在しない。そして、血を垂らしたような赤い瞳は冷酷に足元と目の前の人間達を順に見ていく。まるで無表情だが、それだけに寒気がするほど恐ろしい印象を受ける。そんな白い巨人の足元には、冒険者の一人、軽戦士ルッドが血反吐を吐いてうつ伏せに倒れている。


「ルッド!」

「くそ!」


 白い巨人はゆっくりと片足をルッドの背中に乗せる。そして徐々に力を籠めていく。


「うがぁぁぁ……」


 簡単な革鎧ハードレザーしか身に着けていないルッドは、巨人の重みに耐えきれず、微かな悲鳴を漏らす。まるで全身の骨がミシミシと音を立てるのが聞こえるような光景だった。


 リリアが彼等に追いついたのは、そんな瞬間だった。


(もう一体いたの!)


 その光景に驚いたリリアだが、次の瞬間には反撃を意図する。そして、リーズが持っていた松明の炎に意識を集中した。


「炎の精よ、燃え上がる箭となり敵を打ち据えて!」


 リリアの声に応じ、松明の炎が大きく燃え上がると、そこから幾つもの小さな炎の粒が矢のように白い巨人にむけて放たれた。火の精霊術としては初歩的な火箭かせんである。但し、強力に精霊との親和性を発揮するようになったリリアの精霊術それは、ユーリーが放つような炎の魔術とは異なる。細かい炎の矢や大きな炎の矢など形態を自由に変化させることが出来るのだ。今、リリアが発した術は細かい炎の粒が無数に飛び散るものである。それは、目晦めくらましを意図した援護であった。


 そして、リリアの援護を受けた冒険者の一人、戦士モルトが幼馴染を踏みつける巨人の足へ打ち掛かる。


「どけぇ!」


 モルトは吠え声と共に飛び込むと、粗末な片手剣を強振した。しかし、その剣身が巨人の足に届くことは無かった。モルトの振るった剣は、巨人の足のほんの手前、指先程度の空間を残すと、見えない何かに衝突したように根元から折れてしまったのだ。まるで岩を相手に剣を振るったような感触であった。


 モルトは、痺れる右手から折れた剣を取り落としてしまう。そんな彼を目晦ましの火箭による炎を振り払った白い巨人の腕が無造作に殴り飛ばした。


「ぐあぁ」


 という悲鳴と共に弾き飛ばされたモルトは優に四メートルは宙を舞うと、背中から石床に落下し、更に転がり滑る。その一撃で気絶したのか、モルトは四肢を力なく床に伸べたままピクリとも動かない。


「モルト!」


 リーズが叫び、ロンが駆け寄る。そして白い巨人の赤い瞳は、叫び声を上げたリーズを、いや、彼女が持つ松明の炎を無表情に捕えていた。


****************************************


 真夜中のインヴァル山系頭部地域、丁度インカス遺跡群の上空を飛ぶ若鷹ヴェズルは言いようの無い不安を抱えて眼下を見下ろしていた。今日の午前に地上の洞穴へ入って行ったリリアは、ヴェズルに


(いい子にして待っててね)


 と告げていた。ヴェズルも、大気を感じられない地面の下へ行くのは厭だったので、母に付いて行くことは無かった。そんな彼は、インヴァル山系の奥深くに巣を構えた飛竜の様子でも見に行こうかと、翼を北に向けたのだが、その内気が変わって遺跡の方へ引き返してきた。


 そして、母に付いて行かなかったことを後悔するに至ったのだ。言いようの無い不安を抱えた若い鷹は、眼下を見下ろす。インカス遺跡群の前庭部から西へ進み、インヴァル山系の山裾に差し掛かった場所である。そこには幾つかの人工的な構造物の残骸と共に、浅い擂鉢すりばちを逆さまにしたように、半球状に斜面が隆起した地形があった。ヴェズルは丁度その半球状の隆起の真下にリリアの存在を感じていたが、まだ何者でも無い・・・・・・幼い彼は、母の身を案じつつその上空を旋回する事しか出来なかった。

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