Episode_19.09 封印の間
真っ暗な空間に浮かんだユーリーの「灯火」による白っぽい光でさえ、その場所の外周や天井を照らすことは無かった。それほど広い空間であった。
扉を過ぎたユーリーとリリアの一行は短い通路を進むと、その空間に足を踏み入れた。
「あ、三人の荷物だ」
「何処かへ行ったのか?」
足元にはリーズとロンの仲間である三人の冒険者の荷物が置かれていた。蝋燭の燃え殻を中心に携行食糧や背嚢などの手荷物が、後片付けもそこそこ、という感じで散らかされている。
一方ユーリーは、灯火が照らす闇の向こうでは無く、通路の壁を見上げていた。そこには他の石壁とは色が異なる暗緑色の石版が嵌め込まれていた。その石板には、今は使われる事の無い
――封印の間――
と短く書かれていた。
(封印の間……封印って、何の事だ?)
ユーリーは至極当然な疑問を持った。しかし、それを深く考える前に隣のリリアが声を発した。
「奥の方に光? ……あ、誰か居るわ!」
「行ってみましょう」
リリアは闇の奥に極薄い光と、それとは別に人間が発するオーラを感じた。その言葉にリーズは、リリアが指し示す闇の中へ歩き出す。
「待つんだリーズ、慎重に進もう」
「そ、そうね」
先を急ごうとしたリーズをロンが諌める。そして、四人で固まって闇の中に踏み出すのだが、その時、闇の向こうから物音が聞こえてきた。低く籠るような声、地面を抉るような衝撃音、そして悲鳴。それ等が立て続けに響いて来たのだ。
異常な物音の連続に、四人達は一斉に駆け出していた。
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突然目の前が隆起して出来上がった円柱形の構造物を、三人の若い冒険者は唖然と見上げていた。隆起する際の振動は強烈なもので、三人とも尻もちを付いた状態で見上げている。
「なっ……なんだよ、これ!」
「さぁ?」
「タムロ、分かるか?」
「知らないよ!」
ルッドの疑問にモルトもタムロも答えられない。ただ、三人とも直前の行動 ――床の窪みに宝石を嵌め込む―― が原因であることは察していた。
「近すぎて良く分からないな」
三人はモルトの言葉で立ち上がると、少し後ろに下がってから改めて隆起した構造物を見る。それは、四階建ての建物程度の高さを頂点とした三段構造の円柱として聳え立っていた。丁度三重の同心円がそのまま隆起したのだろう。一段目の高さは二メートル程度、その上の二段目は一段目の倍の高さ、そして最後の三段目はまるで細い柱のようで、床に立つ三人からはよく見えない。そんな円柱構造の表面にはビッシリと幾何学模様が彫り込まれている。
「上に登ることは出来ないみたいだな」
「一段目は肩車でよじ登れそうだけど……」
「ぼ、僕は厭だよ。高い所は怖いもん」
三人はそんな会話を交わすが、その時、彼等の目の前で隆起した円柱の表面を走る幾何学模様が青白い光を発し始めた。丁度地面から立ち上がるように広がる燐光はスルスルと上を目指すと、やがて三層全ての外面が淡く発光し始める。
「おい、あれを」
その様子に少し見惚れていた三人だが、ルッドが変化に気付いて声を上げた。彼の指は斜め上に見える第二層を指している。そこでは、第二層を構成している円柱が音も無く回転を始めていた。一枚の石壁に見えていた二層目の外面は、何段かに分割するように左右別々の方向へ回転を始める。そして、回転が終わった時、第二層の外壁はぽっかりと口を空けていた。彼等は言葉も無く、その光景を見守る。何者かが、そんな外壁に開いた穴から進み出て来たのはその時だった。
「何……だ?」
「え……」
「人?」
第二層の外壁から現れた存在は、四肢と頭部を備えた人型の輪郭をしていた。しかし、それが人であるはずは無かった。その存在は、第一層の高さを越える三メートル近くの身長を持ち、頭部には鳥のような
「……魔術師デハ無イヨウダナ……」
その存在は不意に言葉を発した。低く籠った、呟くような声だが、頭の中に直接響いてくるように感じられる。同時に、腹の底から熱を奪い去る冷たさを持った言葉だった。その存在は、そう呟くと改めて視線を眼下の三人へ送る。その視線は先ほどまでとは違い「力の有る視線」だった。金色の瞳は三人と順に視線を合わせると、彼等の眼球の奥を覗き込むような力を発する。
一方、視線を合された方は、言いようの無い恐怖に身体が震えるのを感じる。しかし、不思議な事に、金色の瞳から視線を逸らすことが出来ない。そして、意図しない事を強制的に
「アーシラ歴トナ……フム、モウ千年以上モ閉ジ込メラレテイタノカ」
その存在は三人の頭の中からから、歴史的な事実を読み取ったのか、呆れた風にそう呟いた。そして、
「マァヨイ……廃棄実験場ニ幽閉サレ、千年振リニ目ニシタノガ、話ノ通ジヌ蛮族風情トハ、些カ情ケナイガ、アノ魔術師共ハ滅ンダノダナ……ナラバ目出度イ」
頭の中に直接響く声はそのままだが、その声色には若干の喜色が滲んでいる。そして、その存在は、そう言うと肩を張るように力を籠める。すると、肩の後ろに手足以外のもう一対の外肢が現れた。それは、どう見ても翼の形状をしている。その存在は、肩の後ろから生じた翼を広げると一度大きく羽ばたいた。そして、宣言するように言う。
「我ガ名ハ、バスバズール。魔術師亡キコノ世ニ、二千年ノ虜囚ノ屈辱、知識ノ簒奪、ソレラノ代償ヲ求メヨウ」
バスバズールと名乗った存在は、大きな翼を再び羽ばたかせると、同時に空気の振動を伴わない言葉を発する。すると、三人の目の前で円柱の第一層の外壁がガタンと音を立てて外側に倒れた。倒れた部分は二箇所。そして、その奥から異形の存在が姿を現した。
二体の異形の内、片方は二メートルを超える巨体を隙間なく見慣れない様式の全身甲冑で覆っている。基本的には人型であるが、人と大きく違う点として、左右に二本ずつ計四本の腕を備えている。そんな四本の腕には夫々が冗談のように巨大な剣や斧、槍を握っている。それは、古代遺跡の中でも稀にしか存在を確認されていない希少且つ強力な魔物であった。
もう一方の異形は、全く人間の姿をしていた。但しその身長は二メートルを超え、もう一体の異形 ――
しかし、駆け出しに毛が生えたような三人が、その存在の正体に気が付くはずが無い。
絶望的な力量差も、正体が分からなければ
「デカいだけで鈍そうだ」
「タムロ、一発お見舞いしてやれ!」
「分かった! 食らえ、ファイヤアローだ!」
喋りながら魔術を発動するというのは、一種の特技であるが、知らずに命を危険に晒している彼等にとっては重要ではない。タムロが発動した
「やった直撃! あれ?」
二本の細い炎の矢は、確かに白い巨人に直撃した。しかし、それだけだった。巨人の白い裸体には、火傷はおろか煤一つ付いていなかった。その手応えの無さに、タムロは呆けたような声を出す。しかし、その時既に、彼の元には致命的な刃が迫っていた。
「危ない!」
――ゴウンッ――
その瞬間、タムロはルッドによって地面に押し倒されていた。そして重なり合って倒れた二人の鼻先を掠めた巨大な武器は床に衝突すると、丈夫な石床を抉り取り、瓦礫に変えていた。
「ひやぁぁ!」
「に、に、に、」
「逃げるぞ!」
今の一撃で腰が抜けたようになったタムロは、起き上がったルッドと駆け寄ってきたモルトによって両腕を引っ張られるようにして、距離を置く。逃げ場所が有るとは思えなかったが、彼等は本能的に唯一の出口であり入口である扉を目指していた。
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物音を聞きつけたユーリー達と、出口を目指す三人が合流するのは直ぐの事だった。
「モルト、ルッドもタムロも、皆無事ね!」
「三人とも何が有ったんだ?」
闇の向こうから転がり出るように駆けてきた三人の様子に、再会を喜ぶ間も無くリーズとロンは驚いたような声を掛ける。
「リーズ、ロン!」
「逃げるぞ」
「あんなの、ヤバイって」
二人と合流した三人は、立ち止まるつもりも無いように、走りながらそう言う。一方、そんな三人の様子に警戒を強めたユーリーは立て続けに「灯火」の明かりを周囲に出現させた。そして、その光が異形の存在を照らし出した。
「なによ、あれ!」
「リビングメイルだ。扉の方へ、早く逃げるんだ!」
凄まじい速さで迫り来る一体の動く甲冑。その存在が放つ濃い
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