Episode_19.08 青銅の扉
ユーリーとリリア、それにリーズとロンの四人は、時折短い休憩を挟みつつ
「大丈夫……じゃないね。さぁ――」
その様子に気付いていたユーリーは、通路が途切れた所で
「はぁ……うん、大丈夫よ」
ユーリーから魔力を受け取ったリリアは少し深い溜息を吐くと、一度頬と肩でユーリーの手甲を装備した手を挟むと、ギュッと力をこめてから離す。冷たいはずの
「少し休憩しませんか?」
ユーリーはそう提案した。戦いによる消耗という意味では、さほどでは無い。辛そうだったリリアの顔色も良くなっている。しかし、大回廊に潜って、もう半日以上が経過しているのだ。恐らく外はもう夜だろう、そう考えての提案だ。しかし、そのユーリーの提案にリーズは首を振る。
「もう直ぐ先なのよ、そこまで行ってからにしたい」
今、四人は登り坂の通路を潜り抜け、久しぶりに勾配の無い平坦な場所に出ていた。正面には真っ直ぐと奥へ続く幅の広い廊下が続いている。この構造は、彼女達を残りの仲間と分断した「扉」の場所に近いのだろう。
「このまま真っ直ぐ……そうだな、二百メートルも進まない先に例の扉が有るんだ、そこまで進もう」
これは、ロンの言葉であった。
「私は大丈夫よ」
「そうか……じゃぁ、そこまで行こう」
ついでリリアもそう言う。仲間を案じる二人の気持ちを
もしも、それらの小さな通路から一斉に魔物が飛び出して来れば、簡単に取り囲まれてしまう。そんな窮地を思浮かべたユーリーは、リリアの方を見る。真っ直ぐ進めるのは、彼女の精霊術による周囲への警戒のお蔭なのだ。
「リリア、周囲の状況は?」
「動くモノが居る気配は無いわ……でも、瘴気が濃い」
「うん、私もそう思う。前よりも濃いわ」
「わかった、ゆっくり進もう」
不死者の発する独特のオーラは一般に「薄黄色の燐光」として認識される場合が多い。そして瘴気とは、それが空気に溶け込んだような状態を指している。そして「オーラ視」の能力を持ったリリアとリーズは口を揃えて、そんな瘴気が濃いというのだ。ユーリーは念のため「加護」の術を掛け直した。そして、正の付与術による恩恵が効果を発揮した瞬間、リリアが鋭い声を発した。その声には誰に向けた訳でもない疑問と、驚きが籠っていた。
「なんで! 囲まれてる!」
「数は?」
「五つ、いえ、六つよ!」
「多いな! 扉まで走るぞ」
ユーリーの言葉に一行は弾かれたように通路を駆け出す。ユーリーの判断は、前方に在る閉じた扉を背に戦うというものだった。既に通路の真ん中辺りを過ぎている一行にとっては、戻るよりも進むほうが早かった。そして何より、
――シャァァッ――
金属を石に擦り付けたような不快な音を発し、黒い人影が彼等の背後を塞ぐように通路に飛び出してきたのだ。
「早く! 急いで」
先頭に立っていたユーリーとリリアは、先にリーズとロンを行かせると後ろから襲い掛かる黒い人影達を迎え撃つ。ユーリーが発した
「炎よ、不浄を焼き尽くせ!」
ついで、リリアが炎の精霊に命じる声が響く。
しかし、黒い人影 ――
「僕の弓が効く!」
距離を詰める敵を前に、ユーリーはそれだけ言うと前方に集中する。数は残り五匹。ぬらりと湿り気を帯びた長い爪と、細く鋭い歯がビッシリと生えた口、そして血のように赤い目を持つ全身真っ黒な敵の姿は、リムルベートの王城、謁見の間で対峙した時と同じであった。そんな屍食鬼達だが、我先にと飛び掛かってくる様子に連携の意図は見られない。
(これなら――)
ユーリーは既に抜身の「蒼牙」とミスリル製の仕掛け盾を構えると、先頭の一匹に意識を集中する。その屍食鬼は、両手の爪を振り回すと、ユーリーを切り裂かんとばかりに飛び掛かる。斜め上から振り下ろされる爪は毒を帯びた禍々しさを持つが、ユーリーはその一撃を素早く後ろに下がり躱す。そして腕を振り下ろした直後の敵に対して、数段素早く踏み込むと、その喉元に片刃剣の切っ先を突き込んでいた。
「ギョェェッ!」
一撃を受けた屍食鬼は絶叫と共に仰け反る、しかし、切っ先が両刃の造りとなっている「蒼牙」を持つユーリーは、刺突の体勢から伸びた腕を引き戻すように剣を振り戻す。魔力を帯び、切れ味の増した魔剣は然したる抵抗もなく、屍食鬼の首を半分切断してユーリーの手元に戻った。一方、一撃を受けた屍食鬼は首から黒い煤のようなものを吹き出し、その場に崩れ落ちる。
その時、ユーリーの左右から殆ど同時に別の二匹が飛び掛かる。その様子を既に察知していたユーリーは、迷いなく左側の敵の攻撃を盾で受け止める。その屍食鬼は、もう一本の腕を振るおうとするが、それを振り抜く直前にユーリーの「蒼牙」はその肘から下を切り飛ばす。そして、手首を返したユーリーはそのまま敵の胴を斬り払った。再び吹き出した黒い煤が床を汚す。
ユーリーは左右から襲われていたが、右側の敵には構っていなかった。何故なら、
ヒュンッ
と鋭い風切り音と共に、一本の矢が右側の敵の胸に突き立ったからだ。古代樹の短弓から撃ち出された援護の矢は、弱い極属性光を帯びている。そして、闇が凝集したような
「炎の精よ!」
射撃後の姿勢のまま、リリアは更にそう炎の精霊に命じる。追加の燃料を得た炎は再び大きく燃え盛った。
この時、既にユーリーとリリアは六匹の屍食鬼の内、四匹を倒していた。しかし、残り二匹となった
ユーリーの蒼牙と、リリアの古代樹の短弓がそんな二匹を黒い煤に変えるのは、直ぐの事だった。
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こうして屍食鬼の襲撃を跳ね除けたユーリーとリリアは先へ逃げたリーズとロンを追って扉の前へやって来た。精緻な意匠を持つ青銅の扉を前に、二人は心配そうに来た道を窺っていたが、ユーリーとリリアが無事であることを知ると、感嘆と安堵を示した。
「ほんと、二人って強いのね」
「そうだ、これからは一緒に冒険者をやらないか?」
そんな言葉を発する二人に、少し笑って返事を濁したユーリーは、リーズを促すように言う。
「この扉はリーズさんに開けて貰わないとね」
「そうね、わかってるわよ」
それからしばらく、リーズが扉の施錠を解除するための作業を見守りながら、他の三人はしばしの休憩となった。ユーリーは見慣れない罠解除の作業を続けるリーズをチラチラと窺っている。彼女は、青銅製の扉の周囲を調べると、一か所に目星を付けて石ノミと金槌を道具入れから取り出した。道具が足りないと言っていた彼女だが、足りなかったのはこの石ノミだということだ。
「壁の中を通っている仕掛けはこれが無いとね」
と、誰に対して言う訳でもない独り言を呟きながら、彼女は壁の一部分を砕き始める。カンカンという規則正しい音が暗い通路に響いた。しばらくその作業を続けた彼女は平滑な石壁の一部を砕き取る。その内側には思った通りの空洞があった。
「これね」
そう呟く彼女は、ユーリーには用途が分からない金属製の道具を取り出すと、それを壁に出来た空洞に突っ込み中を探るようにする。やがて、彼女腕は殆どが穴の中に入ってしまった。
ユーリーはその作業から一旦目を離すと、隣のリリアへ視線を向ける。彼女の方は、両開きの青銅製の扉を凝視していた。扉には精緻な装飾が施されている。今風の草木を象徴化した様式とは異なる時代を感じさせる装飾は、四つの異なる構図を扉の上に浮き立たせている。
「リリアは
そんな扉を凝視するリリアの様子に、ユーリーはてっきり彼女が扉の意匠に興味を持っているのかと思った。しかし、そんな彼の言葉はリリアによって否定される。
「え? ああ、違うわ……この奥、何か気味が悪い感じがして」
「瘴気?」
「うーん、それも有るけど。ちょっと違うわね……」
リリアは青銅の扉を通して感じられる
「強いて言うなら、あの時の魔神――」
「ヨシ! 開くよ!」
躊躇いがちに言うリリアの声と、興奮気味のリーズの言葉が重なる。そして、
ズズズズズズズゥゥゥンンッ――
そんな二人の言葉を掻き消すように重たい振動が起こった。それは扉が開く程度の振動では無い。まるで遺跡全体を揺さぶるような強い振動だった。それが、不意に扉の奥から伝わって来たのだ。
「え? 私、失敗した?」
「罠か?」
扉の開錠と振動の発生が同時だったため、リーズとロンは驚いた声を発する。ユーリーもリリアも一瞬、罠の発動を警戒した。しかし、何も起きなかった。振動が治まった後には、続く空間へ向けてポッカリと黒い口を空けたような、開かれた扉が有るだけだ。
「……と、とにかく、行ってみよう」
ロンの言葉は微かに震えていた。
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