Episode_19.07 インカス「大回廊」Ⅱ


 最初の襲撃を難なく撃退したユーリーとリリア達一行は、隠し通路の先へ進んだ。リーズの話の通り、しばらく進むと通路は次第に登り坂になって行く。時折階段を交えながら上へ上へと続く通路は、進むことが難しいほどの勾配ではないが、とにかく何度も折れ曲がり上を目指すように只管ひたすら続いている。


 そして、先ほどのような不死者アンデットの集団が度々一行を襲った。殆どは骸骨戦士スケルトンで、時折弓を装備したモノが混じっていた。それ以外には、腐屍鬼コープス亡霊ゴーストが骸骨の集団に加わる事があったが、幸いにして数は多く無かった。


 それでも、駆け出しの冒険者にとっては致命的な頻度で襲ってくる敵だ。そこそこの腕を持つ者でも、無傷で切り抜けるのは難しい頻度であった。しかし、ユーリーとリリアはそれ等を難なく退けると先へ進むのだ。その強さと連携の良さにリーズとロンは状況を忘れて、感嘆するような声を漏らした。


「貴方達って、何者なの?」

「何者って……只の冒険者だよ」

「私もユーリーも両親が冒険者・・・・・・だったから、鍛えられ方は違うけどね」


 リーズが自然に発した疑問に、ユーリーは定石通りに答えるが、一方のリリアは偽りの経歴を説明していた。彼女の口からは偽りの設定がまるで真実のように流れ出た。


「じゃぁ、二人も幼馴染ってとこ?」

「そうね、前は只の幼馴染だったけど、今は相棒って所かしら。ね?」

「あ、ああ」

「へぇー、相棒かぁ」

 

 リーズの問いにリリアはそう答えると、同意を求めるようにユーリーの方を向く。


(器用に嘘を吐くもんだ……すごいな)


 と感心していたユーリーは、不意にその部分だけは嘘と言えない言葉で問い掛けられて、単純な相槌しか打てなかった。しかし、それを聞いたリーズは少し羨ましそうな風に二人を見ると納得した風になっていた。一方ロンの方は、少し現実的な質問をしてきた。


「ところでユーリー君。君は、魔力は大丈夫なのか? 苦しいなら遠慮せずに言ってくれ」


 ロンが意図するのは、魔力欠乏症になりかけたなら活精ゲインマインドの神蹟術で魔力を補充する、という意味が籠っていた。しかし、ユーリーは平然とした表情のままで言う。


「はい。でも、まだ大丈夫ですよ」

「本当か……火炎矢ファイヤアローだって強化術だって、もう何回も使っている。タムロだったらとっくの昔に昏倒しているぞ……信じられん」


 ロンは仲間の魔術師を例に出すと、信じられない、といった風にユーリーを見る。


(なんだか、怪しまれちゃったな……)


 ロンの視線を受けて、咄嗟にユーリーはそう感じていた。思えば飛竜の尻尾団の魔術師タリムも、最初に出会ったころはユーリーの魔力の多さに奇異の目を向けていたものだった。それで素性がばれるという事は無いだろうが、ユーリーは咄嗟に思い付いた言い訳を口に出していた。


「だって、僕は魔石を使っていましたから――」


 そう言うとユーリーは胸甲の隙間に手を突っ込み、鎧下の内ポケットから一個の魔石を取り出した。それは親指二つ分ほどの翡翠色の石で、よく見れば表面に何かの模様めいた白い線が無数に走っている。これは「制御の魔石」という魔術具で、魔力を溜め込んだだけの魔石とは違うのだが、素人目にはその違いは分からないものだ。


 ユーリーは養父から贈られた「制御の魔石」をサッとロンに見せると、直ぐに元の場所に仕舞い込む。そして、彼が何か次の言葉を言い掛けるのを遮って話題を変えた。


「ところで、前に来た時も骸骨戦士スケルトンは倒していますよね?」


 隣でその遣り取りを聞いていたリリアは、一瞬だけ意味ありげ・・・・・な視線をユーリーに送る。まるで「貴方も中々ね」と言わんばかりの視線だった。一方、逆に質問を受けたロンは、関心をユーリーの疑問に向ける。そして、


「ああ、確かに倒した。こんなに数は多く無かったが、それでも十体以上は退けたはずだ」

「そういえば、そいつらの残骸って見当たらないわね。誰が掃除する訳でもない場所なのに……」


 ロンの答えに、リーズが思った事を言う。二人は、ついさっき打ち倒したばかりの不死者の残骸を見ながら、不思議そうな顔をしていた。それは、ユーリーも、恐らくリリアも気になっていた事だった。倒した不死者の残骸が無いということは、何者かが片付けたか、それとも勝手に修復されたか、どちらかという事になる。どちらも普通では考え難い現象であるが、何か仕掛けが有りそうだった。


「……なんだか気味が悪いわね」


 取り敢えず先へ進むことにしたユーリー達、その中でリーズのボソリとした呟きは恐らく全員の気持ちを代弁していた。


****************************************


 閉じ込められた三人の冒険者は、目の前の構造物に少し興奮気味になっていた。


「タムロ、これ、何か分かるか?」

「わかんないよ……モルトは分かる?」

「うーん……何かの仕掛け、だろうな?」

「もしかして、第四層への『鍵』なんじゃないか?」


 三人はそう言い合うと三者三様に首を傾げた。


 彼等は閉じ込められた扉の前から既に移動していた。完全な闇に覆われた拍子に、扉の反対側の闇の中に、何か薄く光るモノを見つけたからだ。最初は先行するモルトを怖がりのルッドが止めようとした。しかし、魔術師であるタムロが、モルト同様に興味を示したため、結局二対一となってしまった。そして、三人揃って闇の奥へ歩を進めた。本来、余り動き回ることは得策ではないが、食糧と水を充分に持っていた彼等はその辺の危険に無頓着だった。如何にも経験の浅い冒険者、という若者達だ。


 そんな彼等は闇の奥へ進んだ。彼等が閉じ込められた場所は、閉じたきり開かなくなった入口扉の周辺を除けば、広大な空間であった。魔術による「灯火」の光でさえ隅に届く事が無い。上を見上げても天井すら見えない広大さだ。そのため彼等は一旦入口付近に戻ると、今度は壁沿いに進んだ。常に左手に壁を見ながら進む彼等は、やがてその空間が円形であることを知った。そして、今度は天井の高さを見てみよう、という事になり、タムロが「灯火」を頭上高くに発生させた。高さで言えば、オーカスの冒険者ギルドの建物と同じ四階建て程度の高さまで上昇した光の球だが、それでも天井を照らし出すことは無かった。ただ、上に登るほど壁が内側へせり出して・・・・・くることが見て取れたので、三人はこの場所を巨大な円形のドーム状の空間だと判断していた。


 そんな彼等は外周を壁沿いに進む内に幾つかの物を拾得していた。恐らく円形の外周を四分割する位置に配された握り拳大の宝石四つだ。紫色の巨大な水晶のような宝石だが、それらは外壁に彫り込まれた幾何学的な模様の中心に配されていた。外周の壁にはそのような模様が幾つも彫り込まれていた。そして、その宝石が置かれた所からは、床を真っ直ぐに、ドームの中心へ目掛けて走る筋が彫り込まれていた。


 しかし、彼等の注意は大きな宝石に向う。この大きさでは価値は計り知れなかった。


「金貨百枚は行くよな?」

「もっとするんじゃないか?」

「やった、お宝だね!」


 モルトとルッドが宝石の価値を想像するように話す一方で、タムロはその宝石に近付くと、何の躊躇いもなく、それを壁から取り外してしまった。


「お、おい!」

「タムロ!」

「え? なに?」


 常識として、この手の宝物には罠が設置されていることが多い。しかし、タムロはそんな事に気が向かなかったのか、豪快に宝石を取り上げていた。その無警戒な行為にモルトとルッドは息を詰めて周囲に気を配る。しかし、心配したような罠の気配は無かった。


 その後、丸一日半を掛けて空間を調べた三人は、外周の壁から四つの宝石を回収して、空間の中央に立っているのだ。彼等の足元には巨大な円状の溝が彫られていた。それは外壁の宝石が置かれていた場所から真っ直ぐに伸びていた床の彫り込みの先に在った。その巨大な円は同心円状に三重の円となっている。外周円の直径は彼等の歩幅で五十歩前後の大きさだが、その一つ内側の円は三人が手を繋いで一杯に広がった程度の直径だ。そして、恐らくこの巨大なドーム状の空間の中心と思しき最も内側の円はモルトの肩幅程度である。


「さっき光っていたのはこの中心の円なんだな」


 モルトの言葉が示す通り、彼等の足元は薄青い燐光を発していた。しかし、


「でも、光ってるだけだな……」


 とルッドが言う通り、その円は、のっぺりとした石の床が淡く光っているだけなのだ。試しにタムロに踏ませてみた二人だが、なんの変化も無かった。その時、


「ねぇ、二人とも! こっちの床に何かあるよ」


 少し離れた所にいた、タムロが足元に何かを見つけたように声を発した。彼は三重の円の外側に立っている。そんな彼の足元には握り拳大の窪みがあった。タムロの元に駆け寄った二人は、それを覗き込みながら、


「これって……」

「どう考えても……」


 と、お互いの顔を見合わせる。それは、どう考えても外周の壁から回収した宝石を嵌め込むのに丁度良い窪みだったのだ。


****************************************


 結局、好奇心に負けてしまった三人の若い冒険者は外側の円の円周上に合計で四つの窪みを見つけると、夫々に紫がかった宝石を嵌め込んでいく。変化は直ぐには起きなかった。


「なんだ、もっと凄いお宝が出てくるのかと思った」

「何にも起きないんじゃ仕方ない、宝石を回収してリーズ達を待とう」

「まぁ、この宝石だけでも物凄いお宝だよ。何に使おうかなぁ」


 ルッド、モルト、タムロの順でそう言う三人は、少しがっかりした風に宝石の回収に取り掛かる。しかし、その時になって、ようやく変化が訪れた。それは、足元の外周円から内側の二つの円を形作る床の溝が青い燐光を放つ、という現象となって現れた。


「お、おい、光ってるぞ」

「本当だ!」

「なんだか綺麗だね」


 発光現象に気が付いた三人は口々にそう言い合う。しかし、その次の瞬間、ハッキリとした振動を足元から感じていた。


「な、なんだ?」

「さぁ?」


 誰の口が言葉を発したのか分からない。それほど振動は強くなると、ドーム状の空間を振るわせる。そして次の瞬間、彼等の目の前で床が突然隆起した・・・・・・・・。まるでバネ仕掛けのように、ズンッ、という地響きと共に、同心円状に配された三つの円が床から隆起したのだ。地響きは三度続いた。そして、巻き上げられた埃が落ち着くころには、三人の目の前に円筒形の塔のような構造物が姿を現していたのだ。


「なんだこれ?」


 モルトの呟きに答えられる者は居なかった。

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