Episode_19.06 インカス「大回廊」Ⅰ


 翌日の昼過ぎ、ユーリーとリリアの姿はインカス遺跡群の中にあった。勿論リーズとロンが一緒である。結局、あの後泣き崩れたリーズを放っておけずに、彼等の依頼を引き受けたユーリーは、少しお人好しが過ぎるかも、と反省した気持ちになっていた。しかし、幼馴染の身を案じるリーズの姿に、ヨシンやマーシャといった自分の幼馴染の姿を思い浮かべていたユーリーは、


(もしも、何かが少し違っていたら、自分もこうやって冒険者をしていたかもしれない)


 といった想像を働かせていた。そうすると、依頼を断ることが「とても酷い事」という気分になるから不思議だった。一方、リリアの方は、そんなユーリーに対して、


「ユーリーらしいわね」


 と、余り多くを言わなかった。ユーリーとしては恋人の発言の真意が気になるところだが、彼女は特に気分を害した風でもなく、寧ろ一人で納得したような風であった。


 そして、四人となった一行は、昨日の午後にオーカスの街を出発すると、途中で野営を一晩挟み、翌日の昼にはインカス遺跡群の中域に足を踏み入れていた。閉じ込められた三人の仲間にとっては、既に四日の時間が流れていることになる。そのため、リーズやロンは先を急ぎたいという気持ちが表に現れていた。


「二人とも、ここから下りると大回廊の第一層近くよ」


 リーズはそう言うと手に持った松明に炎を灯す。彼女の足元には崩れ去った建物の基部がポッカリと黒い口を空けていた。一方ユーリーは、それでは光量不足と感じたため「灯火」の魔術による灯りを自身の頭上に灯した。昨晩の内に、お互いが「出来る事」を教え合っていたため、リーズもロンも魔術を使ったユーリーには驚かない。そして、リーズを先頭にユーリー、リリア、ロンの順で並んだ四人は大回廊の中に足を踏み入れるのだった。


****************************************


 遺跡や洞窟の中を探索することは、騎士や兵士には馴染みの無い体験だ。ユーリーは過去にトルン砦の抜け穴を進んだ時の事や、最近メールー村の北の洞窟を進んだ時の事を思い浮かべる。それ等の洞窟は天然の物であったが、今先を目指しているのは明らかに人工物といえる隧道だった。大回廊の名の通り、横幅百メートル、天井までの高さが六メートルという巨大な空間が真っ直ぐ西へ伸びている。


 今ユーリー達が進んでいるのは第一層へ続く階段である。この辺りには魔物の姿も無く、危険な罠はとうの昔に取り外されているということだ。リーズ達冒険者には見慣れた光景かもしれないが、これを初めて見たユーリーは興味深げに周囲を見渡す。


(一体なんの目的でこんな巨大なトンネルを作ったんだろう?)


 いにしえの人間と呼ばれ、今の人間とは区別される古代ローディルス帝国の魔術師の意図を想像してみるが、全く手がかりの無い想像は空想の域を出ない物になる。


「急いでもらえる?」

「あ、ああ、わかった」


 周囲を見回すユーリーに、少しイラついた声でリーズが言う。救援を依頼していた時はしおらしい・・・・・態度だったが、彼女の性格はやはり相当勝気なものだった。どちらかというと「十文字屋」でぶつかった時の反応の方が素の彼女に近いものなのだろう。一方、


「スマナイな」


 と後ろから声を掛けるロンは、終始丁寧な物腰であった。彼はインバフィルの商家出身だが、ベートの教会でアフラ教に接し、そのまま信者になったという経歴の持ち主だ。幼い頃に巫病に掛かった事があった彼は、アフラ神の神蹟術を早い内から取得し、今は侍祭という立場だという事だ。そして、助祭に昇格するために五年間教会の外で人々に奉仕するという課題をこなすため、リーズ達四人に同行しているという事だ。彼が人当りの良い、物腰の柔らかさを持っているのは、そんな経緯に由来した事であった。


 一行は、ガツガツと先へ急ぐリーズに引っ張られるようにして、大回廊を進む。そして、階段を登りきったところで、地面は平坦になった。この場所が第一層と呼ばれる区域だ。


「ここら辺は、外から入り込んだゴブリンや魔犬種ハウンドが出る事はあるけど、大体は、奥に用事のある冒険者に退治されてしまうから安全なものよ」


 そう決めて掛かるようなリーズの言葉である。一方のユーリーはリリアに問い掛けるような視線を送る。すると彼女は少し目を細めて意識を集中させると、地の精霊に呼びかけ周囲で動く存在の有無を確認する。地の囁きアースウィスパと呼ばれる精霊術である。そして、周囲に脅威となり得る者が居ないことを確認したリリアは、ユーリーの視線に頷き返す。


 傍から見ると見詰め合って頷き合っている風に見える二人の様子に、リーズは機嫌悪そうに、


「こっちよ」


 と言うと、第一層の左手側の壁へ向かう。無数の小さな通路の入口が見えるが、一行は手前から七つ目の通路に入る。そこから先に進んだところに、リーズ達が先日発見したという未踏破の隠し通路があるという話だった。


****************************************


「確かに不死者の瘴気が満ちているわね」

「そうでしょ、気味が悪いわ」


 隠し通路へ入った一行は、カビ臭とも腐敗臭とも付かないえた空気に、鼻の頭に皺を寄せる。リリアはそんな通路に薄く広がった不浄の薄黄色い燐光を感じ取ると、顔をしかめて感想を漏らした。その声にリーズが相槌を打つ。彼女はオーラを見ることは出来るが精霊術までは使えないので、仲間の中ではスカウトの立ち位置である。その点はリリアと似ていた。


「僕が先頭に立つよ」

「そうね、じゃぁ後ろは任せて」


 通路は二人並ぶと窮屈な狭さだ、そのため、万が一に備えてユーリーが前を行く。彼は既に左手の仕掛け盾を展開して、右手には抜身の「蒼牙」を握っている。そして、その後ろに続くリリアは、愛用の黒塗りの弓ではなくユーリーが持つ古代樹の短弓を左手に持っている。ユーリーが以前ドルドの森の女王レオノールから贈られた古代樹の短弓には、僅かではあるが「極属性光」の力が備わっていた。一発で屍食鬼グールを吹き飛ばす程の威力があることを、以前のリムルベート王城内の戦闘で知っていたユーリーは、それを弓が得意な彼女に託したのだ。


 一方、そんなユーリーとリリアの後ろには、リーズとロンが続くように歩を進める。リーズ達は、何か声を発しようとしたが、前を行く二人の緊張感に押し殺されるように、言葉を発することが出来なかった。そしてしばらく進むと、不意にリリアが前を行くユーリーに声を掛ける。


「ユーリー、近くに何か居る」

「うん……どっち?」


 リリアの警戒する声に、ユーリーはそう訊きながら全員に加護の付与術を施す。一気に四人に対して強度の高い正の付与術の効果が表れた。それに後ろのリーズとロンは少し驚いた声を発するが、リリアの方は前方に意識を集中する。短く尖った彼女の耳がピクと動く。微かに乾いた音が響いてくる。


「前方……右に曲がった先ね」

「待ち伏せか?」

「……いえ、来るわ!」


 その瞬間、通路前方の曲がり角から何かが飛び出してきた。歩くたびにガシャガシャと乾いた音を立てるソレは、古風な片手剣ショートソード小盾スモールシールドを構えた骸骨、骸骨戦士スケルトンウォリアと呼ばれる不死者だ。それが五体、狭い通路にひしめくようにしてユーリー達へ突進してくる。更に、


「あと、腐屍鬼コープスが一体!」


 リリアがそう伝えるのと、先頭の骸骨戦士がユーリーに切りかかるのは殆ど同時だった。


カァンッ――


 と乾いた音が通路に木霊する。ユーリーの蒼牙が、敵の武器を骨ばかりの腕ごと斬り払った音だ。動きは素早いが、それ以外にこれと言った特色の無い骸骨戦士は彼の敵ではない。しかし、片腕を失った骸骨戦士の背後には残り四体が犇めいている。そこでユーリーは蒼牙を振り戻す瞬間、その蒼い刀身に魔力を籠めると魔力衝マナインパクトを発動しつつ、魔力の塊を剣に乗せて薙ぎ払った。


 ドンッという重たい音を発し、固まっていた五体の骸骨戦士は右手側の石壁に叩きつけられる。魔力的に耐久性を強化された訳でもない、只の古い人骨である。それを素体として造り出された死霊術による初歩的な魔操人形ゴーレムともいうべき骸骨戦士は、増加インクリージョンの効果を受けた魔力衝マナインパクトと石壁に挟まれ、粉々に打ち砕かれた。


「ユーリー、次!」

「分かった」


 通路の右手側に山のように折り重なった骸骨戦士の残骸の先には、別の不死者アンデットの姿があった。ユーリーはその姿を初めて見るが、如何にも生理的嫌悪感を煽るような姿である。元はバラバラの個体 ――恐らく人体―― を縫い合わせて一つの個体としたような姿、それがまるで融け落ちるように腐敗した状態で固定されたソレは腐屍鬼コープスと呼ばれる人造的な不死者アンデットである。


 骸骨スケルトンや亡霊、屍食鬼グールは自然発生的に生じる事も、稀ではあるが確認されている。しかしこの腐屍鬼は、この場のような人為的な古代遺跡の中にしか存在しえないモノだ。その忌むべき存在は、腐り落ちた顔面をユーリーに向けると、突然一気に距離を詰めてくる。腐敗した身体からは思いも付かない速さだ。


 しかし、ユーリーは背後の少女の気配を悟ると、盾を構えつつ右へ軽く移動する。次の瞬間、彼の耳元で弦音が響いた。ユーリーが右に移動したことで出来た射線に、リリアが古代樹の短弓から矢を撃ち出したのだ。


 矢は真っ直ぐな弾道で暗い通路を飛ぶと、突進する腐屍鬼の胸に突き立つ。巨体を持つ腐屍鬼は、一発の矢程度では止まらないように見える。しかし、結果として弱い極属性光の力を得た矢は、一発で敵の巨体を転倒させていた。


「え……すごい」


 撃った本人であるリリアは思わず驚嘆の声を上げる。だが、流石に一撃で仕留める事は出来なかった。頑丈な敵は、胸の辺りの腐肉を抉り取られていたが、それでも上体を起こそうとしている。だが、腐屍鬼の動きはそこまでだった。醜い屍体の上に魔力によって造り出された炎の矢が十本、二十本と降り注いだのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る