Episode_19.05 レスキュー・クエスト


(ねぇ……どうするの?)

(どうするって……どうしよう)


 ユーリーとリリアは読唇術でそんなやり取りをする。今、二人は冒険者ギルドの建物を出て直ぐの所にある軽食屋に居た。勿論二人の目の前には真剣な表情で事情を語る二人連れの冒険者に連れられて来たのだ。


 ユーリーとリリアに懇願するように声を発したハーフエルフの少女はリーズと名乗り、連れの男はロンと名乗った。二人は、声を掛けて直ぐにユーリーに気が付くと、


「昨日は本当に申し訳ありませんでした」

「腕が立つと有名な冒険者に頼んで回ったんだけど、皆断るから……ちょっとイライラしてたの。ごめんなさい」


 と直ぐに詫びてきた。ユーリーとしては、怒りよりも戸惑いが多かった出来事なので、特に気にしていない。一方リリアはそうやって口論をしていたユーリーとリーズのやり取りを見ていたので、変な疑問を差しはさむことは無かった。そして、


「お詫びも兼ねてお昼をご馳走しますので」


 というロンの丁寧な口調に、何となく断ることが出来ずに今に至るのだ。ユーリーとリリアの前には、昼食にしては豪華な料理が並べられた。勿論、ロンが注文したものだ。彼は、ちょっと冒険者には見えないほど丁寧な口振りと柔らかい物腰の青年で、並べられた料理に手を付け兼ねたユーリーとリリアに、


「遠慮せずにどうぞ……でも、その間に説明させてくださいね」


 と言うと、その後リーズと交互に彼等一行を襲った出来事の説明を始めた。


****************************************


 リーズとロンは他の三人の仲間 ――モルト、ルッド、タムロ―― と共に冒険者稼業をしていた。年齢は全員二十三歳ということで、ユーリーやリリアよりも少しだけ年上だった。ロンを除く四人は、ベートの地方都市出身で同郷の幼馴染ということだ。ハーフエルフであるリーズも、見た目通りの年齢だという。一方ロンはインバフィルの海商の三男だということだ。三年程前から冒険者として生活するようになった彼等は「駆け出し」とは言い難いが「ベテラン」と称するにはもう少し時間が必要な一行だといえる。


 半年ほど前にオーカスの街にやって来たという彼等は、度々インカス遺跡群の大回廊へ足を運び、未発見の通路やお宝を探していたという。そして、四日前も普段通りにオーカスを出発すると、徒歩で一日の距離にあるインカス遺跡群へ向かった。彼等はまだ第二層の奥を探索出来る程の腕では無いということで、専ら第一層の未踏破域を探すのが常だった。


「あの日は大回廊の第一層南側の奥を探索していたの。そこで、偶然隠し通路を見つけて……」


 というリーズの説明の通り、彼等は隠し通路を見つけると、少し興奮気味にその奥へ進んだという。通路の奥は床に積もった埃の量から考えて、彼等が初めて発見したことは間違い無いという事だ。


「瘴気が濃くて、不死者の気配が漂っていたけど、あの時は先を急いだわ」


 リーズはエルフの形質である「オーラ視」の能力を持っているため、そのように話した。当然だが、後悔が滲み出るような口ぶりだった。そこで、ロンが話を引き継ぐと説明を続けることになった。


 その後、隠し通路の先を進んだ彼等は、可也かなり長い時間を掛けて探索したという。期待したようなお宝が在った訳ではないが、不思議なことに、通路は幾つか分岐しながらも上へ登って行くような勾配が付いていたとのことだ。


「通路は第二層……いや、第三層付近まで登っていたかもしれません。だから我々は、もしかしたらトンデモない発見をしたかも知れないと、先を急ぎました」


 とは、ロンの言葉だ。その通路の構造は、これまで発見された大回廊の各層の構造とは異なるものだった。そして、現在第四層手前で探索が行き詰っている大回廊において、最先端を探る熟練の冒険者達の目的は、次の層への壁を取り去る「鍵」を見つけることだった。ロンの言う「トンデモない発見」とは、その「鍵」へ至る可能性を示していたのだ。


 そんな期待を胸に先へ進んだ一行だが、途中には当然魔物の類が出現した。それらは骸骨戦士スケルトンウォーリア亡霊ゴースト、それに腐屍鬼コープスと呼ばれる不死者アンデットばかりであったと言う。彼等の力量では、骸骨戦士や亡霊ならば、一度に大量の敵に襲われない限り何とかなる。また、腐屍鬼は手強いが、一体しか出現しなかったため、何とかなったという事だ。駆け出しに毛が生えた程度ではあるが、アフラ神の神蹟術を使える侍祭階級のロンや、第三階梯の魔術師であるタムロという仲間に加え、オーラを読み取るリーズが居る彼等は、冒険者一行としては均整のとれた構成と言える。そんな彼等だからこそ、それ等の魔物を退けることが出来たのだろう。


 そして、彼等は勾配の付いた通路を登りきると、少し開けた場所に出た。そこは比較的広い通路が真っ直ぐ西へ続いており、通路の両脇には幾つもの細い通路が繋がっている構造の場所だった。周囲を警戒しながらその通路を進んだ彼等は、通路の終わりで開け放たれたままの扉を見つけた。周囲の石組の通路とは異なり、青銅製と思われる両開きの扉の表面には豪華な意匠が施されていた。


「それまでの戦闘でタムロが魔力を使い過ぎて倒れちゃって、それで、モルトとルッドがタムロを担いでいたの。そして、その扉の向こうで休憩しよう、ってことになって三人が先に扉を越えたの。そしたら、急に扉が閉じてしまって……」


 リーズの父親は遺跡荒らしトレジャーハンターを生業とする冒険者だったため、彼女は、その技能を持っていた。そんな彼女は、閉じてしまった扉を罠と判断すると、それを解除する作業に取り掛かった。しかし、どうしても手持ちの道具では長さが足りず、届かない仕掛け線が在ったという。


「何とかしようと頑張ったんだけど、どうしても駄目で……それで一度オーカスに戻って道具を仕入れようって話していたの」


 どうやら、扉で遮られても中の三人とは会話は成り立ったようだ。しかし、そうやって一度オーカスへ戻ると決めたリーズとロンは、その時、得体の知れない魔物に襲われる事になった。


「全身が真っ黒で、姿形は人と同じ。顔の部分には細く赤い目があり、その下には大きな口。ビッシリと細い牙が生えていたわ。そして両手には長く鋭い爪を持っていた。そんな魔物が突然、三匹も襲ってきたの」

「多分、大声で扉の反対側に呼びかけていたから、その声に引き寄せられたのかもしれない」


 ロンは冷静にそう分析するが、リーズの顔色は昼間だというのに蒼褪めていた。その恐ろしい魔物に襲われた瞬間を思い出しているのだろう。丁度細い通路から飛び出して襲い掛かって来た魔物に対して、近接戦闘が苦手なリーズとロンは成す術が無かった。しかし、咄嗟にロンが発した神蹟術の「除霊ターンアンデット」が幸運にも効果を発し、三匹の魔物は畏れるように一旦逃げ去ったという。そして、その隙に此方も逃げ出したリーズとロンは、何とか大回廊を脱出すると翌日の昼過ぎにオーカスへ辿り着いたという事だった。


****************************************


「全身真っ黒、細い牙がビッシリと生えて、手には鋭い爪……それは屍食鬼グールだと思うな」


 出された料理を少し口に運びながら、リーズとロンの話を聞き終えたユーリーは、彼等を襲った魔物の正体を予想した。確かに、不死者アンデットとしては手強い敵である。しかし、ユーリーはこの敵と以前に戦った事があった。リムルベートの王城内での戦闘の時だ。その時は、突然襲われたものの、接敵までには距離があったため、何とか退ける事が出来たユーリーである。


 一方リリアは、此方もユーリーと同じように料理をつつきながら話を聞くと、気になった事を逆に質問した。


「でも、冒険者ギルドは何で『救援依頼』を断ったのかしら? 最優先事項じゃない」


 リリアの疑問は尤もである。冒険者ギルドに登録した冒険者にとって同業者が発した救援依頼は最優先とされるのが普通だ。元々辺境開拓者の互助組織であった頃からの伝統だが、明文化した規則としていなくても、何処の冒険者ギルドでもその手の依頼は最優先として取り扱われるのが常識なのだ。ひと通りの常識はわきまえているリリアが、それを疑問にするのは普通の事だ。しかし、その問いにリーズは言い難そうに答える。


「実は、私達それほど裕福じゃないし。依頼の報酬として準備出来るのは金貨十枚が精一杯なの」


 そう言うと、不意にリーズは泣き出してしまった。そして、泣きながらも、


「お願いします。モルトもルッドもタムロも、みんな昔から一緒に育ってきた幼馴染なんです。お願いします、助けて下さい」


 というのだった。そんな彼女の懇願に、ユーリーとリリアは困ったように顔を見合わせるのであった。

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