Episode_19.04 リーズとロン


 インカス遺跡群の中域には、地下へ続く入口が幾つも発見されている。その入口から地下へ潜ると、それ等の入口は一つの巨大な地下通路に繋がっている。幅百メートルを超す巨大な石造りの隧道であるが、冒険者達はこの地下通路を「大回廊」と呼ぶ。大回廊には、これに合流する無数の細い道や階段があるが、基本的に真っ直ぐ西へ伸びると、やがて上り階段へと変わる。その階段を上って行くと、広大な空間が開けており、更に進むとまた階段となる。そうやって層を成す大回廊は現在三層目まで探索が及んでいるが、その先に立ち塞がる分厚い壁に阻まれて次の層へ上ることが出来ない。


 これまでの探索の歴史から、この壁は一つ手前の層の何処かにある「鍵」を操作することで消滅し、次の層へ続くということが知られている。第一層から第三層までもこのような手順で進むことが出来たのだ。しかし、第四層手前で探索は十五年間停滞していた。鍵が有るはずの第三層は、危険な魔物や大回廊を守る守護者、複雑な通路に致命的な罠が多数存在する。それらの侵入者を拒む存在により、第三層で活動できる冒険者は限られていた。その事が探索を妨げていたのだ。


 そんな大回廊は、最先端の第三層を探索する冒険者だけのものでは無い。第一層や第二層に相当する場所も広大で、全てが探索されたと言う訳では無かった。そのため、腕に自信の無い者達や駆け出しの冒険者達は下の層で文字通り「掘り出し物」を探すことを生業にするものが多い。


 今、消えかかる蝋燭の明かりを中心に身を寄せ合い、怯えるように周囲を窺っている冒険者達も、そのような者達であった。


「なぁ、リーズとロンは本当に助けを呼んでくれるかな?」

「信じて待つしかないだろう」

「最後の蝋燭だぜ、これが消えたら……」

「静かにしろよ」

「ああ、タムロ。目を覚ましてくれよ」


 その場所には三人の青年が居た。会話をするのは二人で、もう一人は石床に横たわっている。怯えた声で話すのがルッド、落ち着いた声で彼に返事をするのがモルト、二人は金属製の胸甲と革鎧を組み合わせた格好に剣を帯びている。その格好は剣士のようである。そしてもう一人、床に横たわっているのがタムロという青年のようだ。此方は革製の上下で手元に小杖が置かれていた。どうやら魔術の心得があるようだ。


 三人の居る場所は途轍もなく広いホールのようだった。そのホールの入口 ――罠によってビクとも開かなくなっている―― 付近の壁以外は全く闇の中で、奥行きも高さも想像が付かない場所だ。そんな闇を怖れるように見回すルッド、その時蝋燭の炎が一際大きくなると不安定に揺れる。そして、フッと消えてしまった。


 全く灯りの無い「真闇」が二人の上に圧しかかる。ルッドはその圧迫感に声も挙げられない。一方、少し肝が据わっているモルトは、そんな闇の中にぼうと浮かび上がる何かを見つけていた。それは小さいのか、それとも離れているから小さく見えるのか、微かな薄青い光だ。と、その時、


「うっ……うぇ? 目は開いてるのに真っ暗だ!」

「ああ、タムロ、早く灯りを出してくれ」

「ルッド? わ、分かった」


 魔力欠乏症によって失神していたタムロが目を覚ますと「灯火」の魔術を発動する。蝋燭よりも大きな白い明かりが彼等の上に出現した。それにルッドは大きな安堵の溜息を吐くが、モルトは違った。丁度入口と反対側の奥の闇を見る彼は、


「おい、何か光ってたぞ……見に行ってみよう」


 と言うと、他の二人の返事を待たずに立ち上がるのだった。


****************************************


 ユーリーとリリアの二人は、オーカスの街に到着した翌日の午前、冒険者ギルドを訪れるため街を歩いていた。正午までには未だ時間はあるが、例によって目覚めるのは少し遅い時間になってしまった二人は、遅めの朝食を途中の屋台で済ませると、昨晩と同じ道を街の中心へ向かって歩く。


 そんな二人が目指した冒険者ギルドは、昨晩情報収集をしていた酒場兼宿屋の「十文字屋」からほど近い、街の十字路の大通りに面した場所にあった。寂れた、といってよい街中では、唯一人通りの多い商売向きの立地に建つギルドの建物は、街の大きさから言えば不釣り合いなほど立派な石造りの四層建てで「流石冒険者の街」というべき規模を誇っていた。


 因みに冒険者ギルドとは、アーシラ帝政中期に設けられた東西南北各辺境域の開拓を振興するための「入植者互助会」に起源を求める事が出来る歴史ある組織だ。アーシラ帝国が崩壊した後は、各地に興った王国や地域の指導者によって、その地域の世情に合うように形を変えながら管理運営されている。


 その重要度はその土地の情勢によって様々であるが、治安の悪さに比例するように重要度が増す傾向がある。例えば、治安の良いリムルベート王国王都の冒険者ギルドは非常に規模が小さく、王立アカデミーの付属機関である魔術アカデミーの更に付属機関という位置付けで細々と運営されている。しかし、コルサス王国の東域で、コルサス・ベート戦争によりベート側へ編入された街々では、冒険者ギルドが治安の大部分を担っているという街もあるとのことだ。


 また、インカス遺跡群のように冒険者が好む場所の近くでも、冒険者ギルドの規模は大きくなる。丁度オーカスの冒険者ギルドは、そんな理由で大きくなった好例である。リムルベートと比較すると街の規模が百倍は小さいオーカスで、冒険者ギルドの規模は十倍以上大きかった。何と言っても、インカス遺跡群の賜物といえる過去の栄光の遺物である。


 そんな立派な建物に正面入り口から入ったユーリーとリリアは、中の様子を見まわすようになる。流石に王宮と比較するまでではないが、中は広々としており、床や壁、柱の石材は立派な物が使われていた。そんな一階はホールのようになっており、既に幾人かの冒険者の姿があった。


「なんだか、気後れするな」

「あら? ユーリーでもそう思う事ってあるんだ」

「そりゃぁ、あるよ……」


 元々冒険者に余り良い印象を持っていないユーリーは自然と馴染めない雰囲気を感じる。一方、リリアの方は物怖ものおじ無く、そんなユーリーを引っ張るようにホールの真ん中を突っ切る。最近の彼女は元気が良い。元々顔立ちや姿形は整っている彼女だが、それに加えて最近は内側から輝くような溌剌はつらつとした生気を放っている。それは生来の性格・資質であったのか、それとも愛する青年と共に過ごし、その愛情を常に感じているからなのか、恐らく両方が原因なのだろう。


 一階ホールは、半分が来訪者に解放されており、残りの半分は職員の仕事場のようで、壁で仕切られている。奥へ続く扉も見られたが、リリアは「受付」と書いた札が掛かった小窓の方へ向かう。小窓の手前はカウンターのようになっており、その小窓越しにギルドの職員と話すような造りになっている。


「すみません、デルフィルから来たので登録しておきたいのですが」

「はい、では鑑札をお願いします」


 リリアの声に応じたのは中年男性の職員だった。分厚い台帳を取り出すと書き込む準備をしながらそう言った。ユーリーはリリアに促されるように偽造した鑑札を取り出す。彼の持つ鑑札は以前にターポの港でブルガルトから貰ったものだ。一方リリアの鑑札は数年前にリムルベートで取得したものだった。


 二人から鑑札を受け取った職員は、そこに書かれたごく基本的な情報を台帳に書き写していく。そして、


「この街は初めてだね。ここは土地柄、一般の依頼なんて殆ど無いよ。皆の目当ては北にあるインカス遺跡群だ。遺跡目当てで無ければ、インバフィルへ行った方が良いよ」


 と、意外なほど親切に教えてくれた。そんな職員は頼みもしないのに、インカス遺跡群の構造の説明を、主にリリアへ向けて始める。その親切は、どうやらリリアの美しさが理由のようだったが、それを察知したリリアはこの機会に色々と聞こうと考えると、口を開き掛ける。


 しかし、その時、バンッという大きな音とともに、奥へ続く扉が開け放たれた。そして、三人の人物が中から出てくる。一人はギルドの職員風、残り二人は男女の冒険者のようだった。男女の冒険者の内、女のほうは美しい金髪の少女のような小柄な女性だ。そんな彼女はギルドの職員に食い下がるように声を発する。


「なんで受けてくれないんですか! お願いします。正式な依頼なんですよ!」


 懇願するような響きを持ったその言葉に、ギルド職員は溜息を吐く。そして、何度も繰り返したような口調で言う。


「だから、場所は曖昧、脅威度も分からない、しかも報酬は金貨十枚。これじゃぁ――」

「ですから、場所は大回廊の第一層の南、確かに魔物の種類は何か良く分かりませんでしたが、除霊ターンアンデットの奇跡にひるんだので不死者アンデットだと思います。そう、説明したではないですか」


 職員の言葉に今度は青年の方が言い返す。そして、その青年の言葉に勢いづいたのか少女の方も、もう一度頼みこむように言う。


「救援依頼なんですよ! ギルドの規定では最優先依頼になるんでしょ! お願いします、依頼を公表してください。じゃないと三人が――」

「とにかく、その情報と報酬の安さでは誰も依頼を受けません! ギルドとしても、不確実な情報による依頼で二次被害を出す訳には行かないのです。お引き取り下さい!」


 だが、男女二人組の冒険者の言葉は受け入れられることは無かった。ギルド職員は最後にそう言うとバタンと扉を閉めてしまう。そして、ギルドの一階ホールに冒険者二人の溜息と共に静寂が戻った。


 ユーリーとリリアは突然起こった騒動に、自然と注目を向けていた。一方、同じくホールに居た数人の冒険者は「救援依頼」という言葉と、「報酬は金貨十枚」という言葉で興味を無くしたのか、いつの間にか姿を消していた。そのため、広々としたホールには二人連れの冒険者とユーリーとリリアが残される格好となった。


(あれ? あの子は昨日のハーフエルフ……)


 ユーリーは早い段階からその事に気付いていた。昨晩「十文字亭」でぶつかって来て一方的に口論を持ちかけ、抜剣する仕草まで見せたハーフエルフの少女は、中々一晩で忘れられるものではない。しかも、あの時はあれほど威勢が良かった態度が、今は別人のように弱々しく映った。


(何があったのか……いや、流石に余計な事に首を突っ込みすぎだな)


 気になるが、聞いてしまうと巻き込まれそうな予感がする。インヴァル半島東岸域の調査報告をアルヴァンへ送る期限までは未だ時間があるが、全く無関係の冒険者の都合に首を突っ込む暇はない。


(かかわるのは止めよう)


 ユーリーがそんな結論を出すのは当然のことだった。そして、救援依頼をギルドに断られた二人組の冒険者が、その場に居たユーリーとリリアの二人組に目を付けるのも、また当然のことであった。


「すみません、話だけでも聞いてください!」


 ハーフエルフの少女が発した、半分泣き出しそうな声がギルドのホールに響いた。

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