Episode_19.01 第三軍の戦略


 アーシラ歴497年3月上旬 トルン砦


 この日、デルフィルとコルサス王国へ赴いていたアルヴァン率いる一団がトルン砦に帰参した。旅の途中で健康を完全に取り戻したアルヴァンは、砦に帰還すると直ぐにアドルムの街を巡る戦況の報告を求めた。そんな彼に対して報告に現れたのは、彼が不在の間第三軍を預かっていたウーブル侯爵公子バーナス、譜代の家臣である老騎士ガルス、そして第三軍の殆どを占める傭兵部隊の指揮官に収まったブルガルトである。


「第一軍の状況、及びアドルムの敵兵、双方共に相変わらずの戦況です」


 そう答えたのはガルス中将である。この老騎士は、一日置きに前線後方に位置するリムルベート軍の補給基地と化したアワイム村とトルン砦の間を行き来し、状況を直に目で見て確認している。尤もそれは口実で、義理の息子であるデイルの様子や長く仕えているあるじである侯爵ブラハリーの様子が気になるからなのだろう。アルヴァンが不在のため、手持無沙汰だった、というのも理由の一つかもしれない。


「オーメイユで降伏した連中も、殆どが本調子に戻ってきている。編制は任された通りに行っているが、ちょっと変則的になるな」


 とはブルガルトの発言であった。彼は、自分の知名度を生かし第三軍の主力である傭兵部隊の編制を急いでいた。リムルベート王国の騎士団の編制はやや古めかしい騎士を中心としたものであるから、より中原風に歩兵中心の傭兵達を編制したのだという。既にアルヴァンの手元にはその概略を記した書類が渡されていた。


「リムルベートからスハブルグを通りトルン、アワイムと続く補給線は盤石だ。河川を行き来する櫂船を少し増やしたが、その分効率も上がっている」


 とは、アルヴァンとは又従兄の関係であるウーブル侯爵公子バーナスの言葉だ。イドシア砦から救出された後はトルン砦で後方の補給作戦の陣頭に立っていた彼は、良好な物資の行き来に自信をのぞかせている。


「あの冒険者達はどうするのですか?」


 ひと通り報告が終わると、ガルス中将が気になった事を聞いて来た。


「ああ、飛竜の尻尾には、インバフィルに直接潜入してもらう」

「潜入?」

「先に潜入した密偵達はこれほど長引くと思っていなかっただろう、備えが覚束なくなっているはずだ。そのための補給だよ。それに、可能ならば幾つか工作を行って貰おうとも思っている」

「なるほど、確かに最近インバフィルからの連絡が途絶えていると話題になっておりました」


 ガルス中将とアルヴァンの会話が示す通り、ジェロ達四人組は、トルン砦で休む間もなく南へ向かっていた。密偵への補給ということだが、彼らが運ぶのは大きな鳥籠に入れられた五羽の伝書鳩である。その鳥籠を二つ、合計十匹を秘密裏にインバフィルに運び込むため、彼等はイドシア砦を目指した道順の逆を辿ることになる。そして、インバフィルで先に潜入した密偵と行動を共にした後は彼等と協力し後方攪乱のための工作を行うことになっていた。その後は、戦争の行方如何に関係なく今年の四月で仕事を終える約束となっていた。そのためアルヴァンは彼等に高額な報酬を全額前払いで支払っていた。


「そういえば、ユーリーとあの女の子はどうした?」


 一方、ブルガルトはトルンに帰還した面々の中にその二人の顔が見えなかった事が気になっていたようで、そう問いかけた。彼の娘同然である副官のダリアが時折なじるように、ブルガルトは何となくユーリーを気に掛けている。そんなブルガルトは、以前ユーリーを傭兵団に勧誘した時に断られた事を思い出し、彼がコルサス王国の王子派の元に残ったのか? と考えたのだ。だが、それはブルガルトの思い過ごしで、実際は、


「あの二人にはインヴァル半島東岸に残って貰った。進軍経路の調査だよ、三月の末には報告が届く事になっている」


 とアルヴァンが語る通りだった。アルヴァンはブルガルトにそう説明すると、他の二人にも視線を向け、続きを話す。


「第三軍は三月末までにデルフィルの南、スカリルへ進出する。しかし、行軍の形態はとらない」

「行軍せずに進出ですか、どうするのですか?」


 アルヴァンの説明にガルス中将が疑問を発する。


「第三軍の主力は傭兵達だ。小集団に分かれて順次トルン砦を出発し、冒険者か旅人を偽装してデルフィルへ向かう」

「なるほど、上手い考えだ」


 アルヴァンの説明にブルガルトは感心したような声を発した。しかし、ガルスの方は少し不満が有るようで、更に疑問を口にする。


「しかし、傭兵はそれで良いとして、騎士達や輸送部隊はどうするのですか?」

「輸送部隊は隊商に偽装する。従卒兵達は護衛に偽装だ。その上、残りの騎士百騎は……まぁ、百騎程なら偽装も要らないだろう。小分けにして、街道巡回任務をよそおい行けば良い」


 アルヴァンの計画は、コルサス王国からの帰り道でユーリー達と話し合った内容に基づいている。第三軍の規模は傭兵三千二百に、ウーブル・ウェスタ連合軍の騎士百騎兵士六百人、合計四千弱だ。対するインバフィル側は、アドルムの街に立て籠もる六千と、未確認ながら同数以上の兵力が後方のインバフィルの控えていると予想されている。しかも、その数は四都市連合の海軍や海兵団の勢力を含めていない傭兵主体の陸上戦力である。


 場合によっては倍以上の戦力を持つ敵に対して、効果的に戦略目標 ――アドルムの街の防衛力の減衰―― を達成しようとするならばその手段は限られる。奇襲に近い形でインバフィルの街へ急迫し、可能ならばアドルムを背後から襲うという難易度の高い作戦が最も効果的だった。その難しい作戦を実行するためには、リムルベート側が軍勢をインヴァル半島東岸へ差し向けた、と四都市連合側に悟られる時期は遅いほうが良い。そのための偽装であった。


 そんな意図を説明すると、ガルス中将も流石に納得した。納得した上で二度三度頷くと、


「まるで、大殿のような策略でございますな」


 と言うのだった。対するアルヴァンは、敬愛する祖父を引合に出されて少し照れながら、


「一人で考えた訳ではない。お爺様にはまだまだ敵わないよ」


 と言うのであった。


****************************************


 アルヴァンの帰還と共にトルン砦とその周辺に駐留していた第三軍の動きは慌ただしくなった。そして、彼が示した策の通り、傭兵達は二、三十人から数人単位の集団に分かれると、日々朝昼晩と時間を変えてトルン砦を後にする。彼等は、一旦北のスハブルグ領へ出た後、インヴァル山系を右手に見ながら東へ続く街道を進んだ。


 そんな傭兵達の中には、精霊術師の女と弓使いの男の二人組の姿もあった。


「リムルベートの連中も変わった事を考えるよなぁ」


 弓使いの男はそう言うと遠ざかるトルン砦の方を少し振り返る。彼の隣には、少し離れて歩調を合わせる精霊術師の女の姿があった。


「普通は『逃げ出すかもしれない』と思って、やらない事よね」


 そんな女は、弓使いの男の言葉に同意する。


「まぁ、でも逃げる奴は少ないだろうな……何と言っても半死に状態を助けられた恩があるし」

「それに、給金前払いで雇われちゃね」


 二人の感想は、他の多くの傭兵達の気持ちを代弁していた。何事も金づく・・・で義理や道義にうといと思われがちな傭兵であるが、彼等彼女等も中身は人間である。


「そういえば……なぁ」

「何?」


 そうやって歩き続ける二人だが、男は何か思い出したように声を掛けた。実際は「思い出した」のではなく、周りに人が居ない所で言おうと機会を窺っていた言葉を発しようとしたのだ。対する女の方は、何となくそれに気付いたのか、歩みを止めた男の所へ戻る。そして、


「そういうのは、仕事が終わってからにして頂戴。縁起が悪いのよ」


 と言うと、素早く男に口付ける。


「そ、そうだな……確かに縁起が悪かったな……じゃぁ事が終わったら改めて」

「そうね、楽しみに待っているわ」


 男は少し驚いたようだが、確かに傭兵仲間の間では戦仕事の前にその手の言葉を恋人に言うのは「げんが悪い」と言う常識があった。そして、


「……でも、何でわかったんだよ!」

「そりゃ、分かるわよ。さぁ行きましょう」


 何となく煙に巻かれた気分の男だったが、先を行く女の後を追う。スハブルグの街までは、まだ少し距離があった。


****************************************


 スハブルグからデルフィルへ続く街道は、海路封鎖の影響を受けて近年では例を見ないほど物流が活発になっている。そのため、数年前は閑散としていた街道沿いの街々は、降って沸いたような好景気の恩恵を受けている。そんな賑やかな街道を目的不明の冒険者のような者達が引っ切り無しに東へ向かったとしても、それは余り人目を惹く出来事では無かった。

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