Episode_18.27 決着
「お、ちゃんと本物の金貨だな!」
「おい、数えろよ」
ユーリーの様子に特に注意を払う事無く、三人の冒険者は袋の中身である金貨を地面にぶちまけると十枚ずつ山にするように数え始めた。袋に詰められていた金貨は、三十枚はセド村の村長が後払い金として持っていたもの。そして残りの七十枚は、今回の件でアルヴァンが半ば強引に押し付けるようにユーリーに渡した支度金だった。
そんなに多くは要らないというユーリーに、
――多くあっても困るものじゃないだろ――
と言っていたアルヴァンだが、期せずして彼の意図通り役立っていた。しかし、そんなアルヴァンが渡してきたのは新造のピカピカした金貨だった。
(田舎の村が半日で集めた金貨に、新造金貨なんてある訳ないんだよな)
と言う点が、唯一ユーリーが不安に思っているてんだった。しかし、三人の冒険者はそこまで思慮が回らないのか、全く疑う事無く金貨を数える作業に没頭している。その時、不意に周囲の風が動いた。
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気配を完全に殺したリリアは、物音一つ立てずに三人の冒険者を後ろから見ていた。場所は崩れかかった建物の一つ。元は二階建て以上の建造物だったのだろうが、上の部分は崩れ去り、一階の天井にも一部穴が開いている建物だ。その場所を潜伏先と突き止めたのは、少し離れた場所で翼を休めている若鷹ヴェズルのお手柄であった。
(あとで、干し肉上げるわね)
と内心で語りかけると、嬉しそうな心の動きが伝わってきた。リリアはその遣り取りの後、一旦ヴェズルと繋げた心を前方に振り向ける。彼女は崩れた天井の隙間から逆さまに顔を出して一階にいる三人の冒険者と、彼等の足元に
(……なんてことをっ!)
酷い顔にされた少年の姿に、リリアは一瞬で怒りが頂点に達するのを感じた。ユーリーから預かった魔剣「蒼牙」の効果を知らなければ、その怒りに任せて突進していただろう。しかし、リリアは大きく息を吸うとゆっくりと吐き出して怒りをやり過ごす。すると怒りは収まったが、今度は心が底冷えするような冷たい殺気が膨れ上がるのを感じた。
(あの人、よくこんな状況でいつも平然としてるわね……)
次から次に起こる感情が起伏をもって押し寄せる状態に、リリアは今の状況も忘れて愛する恋人の精神力に溜息が出る気分を味わっていた。そして、様子を窺っていた顔を一度天井の裏に引っ込めると、再びヴェズルの意識と心を繋げた。少し離れた場所で下を見下ろしていたヴェズルの視界には、女装したユーリーの前に屈んで金貨を数える男達が居る。状況としては、今仕掛けるべき、と思えるものだった。そのため彼女は風の精霊を使い合図を送る。
「五つ数えたら、行動開始して」
極小声で囁くように言う彼女の言葉に、
(わかった)
と籠った声のユーリーが返事を返す。そして、
「五、四」
(三、二、一)
次の瞬間リリアは崩れた天井の端に両足を掛けると、足の力だけで天井からぶら下がる。その手には黒塗りの短弓と矢が三本握られている。
「なんだ?」
少しだけ立った衣擦れ音に気が付いた三人の内の一人が後ろを振り向く。そこには天井から逆さ吊りになった状態で弓矢を構える少女の姿があった。
「うわっ!」
上下逆さまに対峙した少女に、その男は悲鳴を上げるが、それが男の最後の声になった。崩れた建物の内部に籠った弦音が三度響いた。
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「三、二、一」
ユーリーは次の瞬間、展開まで終えていた魔術を放つ。それは周囲の音を遮断する
「?」
突然動いた女の気配に一人が顔を上げるが、その口から声が漏れることは無かった。既に周囲は無音の空間となっている。瞬時に五感の一つを奪われた彼等は驚愕の表情となるが、ユーリーは構わずに接近するとリリアの
一方残りの二人は、咄嗟ながらも腰の剣を引き抜くと、遮二無二にユーリーへと斬りかかる。しかし無音の空間の中でお互いに連携することは難しく、二人は並んで同時に同じように斬りかかる格好となっていた。
そんな彼等に対峙したユーリーは右手の方へ素早くステップして攻撃を躱す。二人並んで斬りかかった冒険者のうち、ユーリーから見て左側の男の剣が、そのユーリーの動きを追掛けたため、隣の仲間の腿を切り裂いてしまう。
「ッ!」
斬った側も斬られた側も驚くが、その隙はユーリーにとって充分なものである。まず、腿を切られた方の男の懐へ飛び込むと、その剣の持ち手である右手首を内側から斬り払う。流石に普通の鋼で出来た剣は、手首を跳ね斬るまでは行かなかったが、筋と動脈を切り裂かれた敵は手首を押えて仰け反る。一方、残ったもう一人はそんなユーリーの素早い動きを怖れるように一旦距離を取ろうと後ろに下がるが、その動きはどうしても
飛び退く男を追いかけるように間合いを詰めたユーリーは、そのまま鋭い突きを男の左胸に叩き込む。薄く鋭く作られた暗殺者の剣は男の肋骨の間をすり抜けると、その奥にある心臓を捉えて一撃で相手を屠っていた。
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結局、六人組の冒険者の内で生き残ったのは、ユーリーに手首を切り裂かれた一人だった。奇しくもその男はこの六人組の首領格であった。オークの首領同様、酷い傷を負わされた彼は、ユーリーの
セド村では、待ち構えた村人達から喝采と共に、女装姿へ奇異の視線を向けられたユーリーは顔を真っ赤にすると、早々にダムン少年の家である小屋に駆け込む事になった。
一方助け出されたダムン少年は、強かに頬を張られたのか、顔をパンパンに腫れあがらせていたが、それ以外には特段の外傷は無かった。しかし、酷く怖い思いをしたようで、普段の服装に着替えたユーリーから魔術による
その後の調べで、六人組の首領格とオークの首領の自白により、彼等はこれまでに五つの村で同様の手口を使い、金を稼いでいたことが分かった。しかし、村々からだまし取った金は粗方そのまま残っていたので、それは各村に返却されることになった。返却については、旅の身の上であるユーリーとリリアがその役を請け負う事となる。
「他の村を回るいい口実だね」
とは、その役を引き受けたユーリーがリリアにそっと囁いた言葉であった。そして、その言葉通り、二月最後の日に二人はセド村での短い滞在を終えると、一旦ヨマの町まで戻ることにした。その方が被害に遭った村々へ行きやすいからだった。
二人の出発に際してはダムン少年親子やセド村村長の見送りがあった。セド村の村長は最後までユーリーとリリアに追加報酬を渡そうと躍起になっていたものだ。しかしそれを断り切った二人は、手を振る親子三人に大きく手を振りかえすと一路街道を東へ進む。
「ヨマの町からセド村を通って、その先のインカス遺跡群の前庭部を抜ければオーカスの街まで出られるのね……オーカスには冒険者が多いって事だし、傭兵達を呼び寄せるには良い場所かもね」
デルフィルで買い求めた地図には、地形の詳細は記されていない。そのため、馬上のリリアはそう言いながら、鞍の上に広げた地図に道を書きこんでいる。因みに、オーカスからインバフィルは一日程度の距離である。
一方のユーリーは終始揺れる馬の上で、器用に地図に書き込みをしている少女の姿を、感心するように見ていた。そして、ユーリーはふと或る事を思い出すと、地図を丸めて仕舞い込んだリリアに声を掛けた。
「そう言えば、約束……」
「約束? なんだっけ?」
「えぇー、スカートの話だよ」
「あ、あはは、やっぱり駄目?」
「是非!」
どうもスカートが苦手らしいリリアは、観念したように、
「じゃぁ、ヨマの町まで競争、ユーリーが勝ったら言う事を聞いてあげる!」
と言うが早いか、馬の手綱を振るった。
「えぇ! 約束が違う!」
ユーリーは抗議するような声を上げると、此方も速力を上げる。
(そうだ、馬に
目の前の少し先を行く馬上で少女の形の良い尻が弾むように上下に動いている。ユーリーは必勝の策を押し殺すと、しばらくそれを見ているつもりで後ろを走るのだった。
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アーシラ歴497年3月上旬
コルサス王国国王を名乗ったライアードは、この日
「お目通り叶いましたること、誠に恐悦の極み。陛下に於かれましてはご機嫌麗しきことと存じ――」
そんな美辞麗句を並べるのは四都市連合の評議会を代表してやって来たカスペル・フリンテン中央評議員とヒュープ・クロック中央評議員の二名である。この日は外交儀礼としてライアードへの謁見であるが、重要な話は既に昨日行われていた。
「西方辺境の盟主たる我らコルサス王国と、リムル海の覇者である四都市連合が良好な関係を保つことは、双方に莫大な益をもたらす互恵の関係となり得るものです。それが我が陛下のお気持ちでございます」
挨拶を終えた二人に対して、いっこうに言葉を発しないライアードに替り、隣に控えていた宰相ロルドールが声を上げた。国王臨席の場で、その気持ちを代弁する彼の振る舞いは傲慢が過ぎるものだが、この白亜の城に、その事で彼を諌める者は居ない。
「また近い内にお目通りを願うことになると思います。それまで陛下、どうかご健康で」
何処か含みを持ったカスペル議員の言葉を最後に、この日の謁見は終了となった。
表向きは、只の表敬訪問を受けた格好だが、その裏では王子派を出し抜く計略が進行していた。しかし、その全容を知るものは宰相ロルドールとカスペル中央評議員、それと近しい極限られた一部の者しか居なかった。そのように、徹底的な箝口令を敷いた上で進む策略は一体どのような結末を見せるのだろうか。変化は直ぐには現れないが、確実にコルサス王国の未来に影響を及ぼすものであるだろう。
Episode_18 二国合従(完)
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