Episode_18.25 身代金


 西から小道を通ってセド村に近付いたのは、痩せ細った駄馬に跨った例の六人組の一人だった。先程まで土壁の跡を掘り返していたダ木こりや村の農夫達は、道具を握り締めると、殺気立った視線を向ける。


「なに、睨んでんだよ! 村長を呼んで来い!」


 その冒険者の男は、虚勢を張るような声で村人達を怒鳴り付ける。直ぐに、ユーリーとリリアに伴われたセド村の村長、ダムン少年の父親らが村の西口に現れた。彼等は、村の貯蔵庫を牢屋代わりにして、そこで捕えたオークの首領を尋問していたのだ。既に命を諦めたのか、オークの首領は意外なほど素直にユーリー達の問いに答えていた。そのため、セド村の村長を始めとした面々は、自分達がだまされていたことを再度認識したのである。


「今更何の用だ! まさか、前金を返しに来た訳ではあるまい!」


 騙された怒りをあらわに、そう怒鳴るセド村の村長に、馬上の冒険者は肩を竦める素振りをすると、あざけりを籠めた声で言う。


「誰が返すかよ。それより仕事は仕事だ、結果はどうあれ後払い金を貰いに来た」

「ふざけるな、お前達が仕組んだってことは分かっているんだぞ! 払う訳がないだろ!」


 何ともふてぶてしい・・・・・・要求に村長は声を荒げた。その隣では、二人揃って短弓を手に持ったユーリーとリリアが夫々の矢筒に手を掛ける。


「おっと待った!」


 だが、その冒険者は二人の仕草に気付くとやや焦ったようにそう言う。そして、懐から何かを取り出して、放り投げてきた。それは緩い放物線を描くと、セド村の村長の手前に落下する。どうやら石を紙で包んだもののようだ。


「支払う気が無いなら、それを読んでみろ!」


 そう言う男に対して、村長を押し留めるとユーリーが進み出る。そして、警戒する様子を崩すことなくその包みを拾い上げた。思った通り中身は石で、投げ付けるためのおもり代わりであった。そして、しわくちゃとなった紙の方には、如何にも書き慣れない汚い文字が書き殴ってある。


 ――後金支払拒否のため、いやく金として金貨百枚を要求する。居なくなった少年の母に持たせてインカスまで来い――


 それを読んだユーリーは、カッと頭に血が上るのを感じる。そして、


「貴様! これはどういう意味だ!」


 と怒鳴り付けるとともに、その紙を投げ捨てた。その様子は、普段大人しい雰囲気を持っている彼からは想像し難いものである。急激な感情の起伏までも増幅してしまう魔剣「蒼牙」が持つ増加インクリージョンの副作用といってもいい状態だ。


 魔剣の効果を知っているリリアでさえ驚いてしまうほどの怒りを見せるユーリーはそのまま古代樹の短弓に矢をつがえる。しかし、引き絞る腕の動きをリリアに押し止められた。


「まって、駄目よ!」


 リリアはユーリーが投げ捨てた紙を拾い上げるとサッと目を通した上で、彼を止めたのだ。すると、


「女の方は良く分かってるな! 俺が死んだらガキも死ぬぞ! 一日二日は待ってやるが、それ以上でもガキは死ぬ。精々有り金掻き集めて持ってくるんだな!」


 馬上の冒険者はそう言うと馬の鼻先を西へ向ける。そして、痩せた馬を駆ってさっさと森の中へ続く小道へ姿を消して行った。


「……何と言うこと……」

「この少年とは、やっぱりダムンの事なのか?」


 リリアから紙を受け取り、中身を読んだ村長は絶句する。また、ダムン少年の父親は信じられないという風にそう呟いていた。一方、見えなくなった冒険者を睨み続けるように西へ続く小道に厳しい視線を送るユーリーは、悪態と共に、呻くようにリリアを呼ぶ。


「クソ……リリア」

「大丈夫よ、分かってるわ」


 彼が言わんとしている事を承知している少女は、既に上空を舞っていた若鷹へ強い意志を伝える。


 ――あの冒険者の行先を教えて――


 母と慕う少女の意志を受けて、まだ幼さを残す鷹はそれが遊びの一環に思えたのだろうか? 喜んで応じる意志を返すと、西の空へ向かって飛んで行った。


「大丈夫よ、奴らのねぐらは突き止めるわ」

「たすかる……」


 自信を持って言うリリアにユーリーは頷くと、セド村の村長とダムン少年の父親の方を向き、


「必ず助けます」


 と言い切っていた。


****************************************


 インカス遺跡群と呼ばれる古代ローディルス帝国期の遺跡群は、広大な範囲に広がっている。ローディルス帝国の中期に栄えていた都市の遺跡らしい・・・という事は分かっているが、その詳細は未だに不明であった。インヴァル山系の東の山裾から山地内部に掛けて広がる遺跡群は、とにかく広大で、その広さが全容を解明せんと挑む学者や冒険者達を阻んでいた。


 そんなインカス遺跡群は、冒険者達の中でも特に遺跡の探究を専門に行う者達の間では有名な遺跡であった。そのため、冒険者集団「飛竜の尻尾」も結成当時はこの遺跡を舞台に、冒険とも修行ともいえるような日々を過ごしていた。


 遺跡の入口に当たる部分は、セド村からオーカスへ抜ける細い街道の北西側に広がっている。インカスの前庭部と呼ばれる地域だ。しかし、その辺りは既に調べ尽くされているため、隠された秘宝や古代帝国の秘密を求める人々はその奥、インヴァル山系の東の山肌の地下を上へ向かって進む大隧道に活動の場所を移していた。そして、そんな彼等の活動の拠点となるのは、セド村とは反対側にあるオーカスという街であった。


 そのため、インカス遺跡群前庭部の東端に位置する崩れた建物が集まった辺りは訪れる者も少なく、野盗や魔物の絶好の棲家となりつつあった。そして、この夜、そんな崩れかけの建物の一画に、遠慮がちな焚火の炎が揺れていた。


ヒュォォォォオオオ――

 

 インヴァル半島東岸地域特有の強い北風が、立ち並ぶ崩れた建物にぶつかり、独特の風切り音を発する。まるで太古の魔術師の亡霊が発する嘆きの声のように、薄気味悪い音であった。そして、その音が響くたびに隙間風を受けた焚火の炎が頼りなく揺れるのだ。


「気味の悪いところだ……」

「なんだ、ビビッたのか?」

「ち、ちがうぞ」


 そんなヒソヒソ話は、焚火を囲んで座る六人組の冒険者が発したものだ。全員気味の悪さは同じく感じているため、そんな一人の言葉をそれ以上なじる者は居なかった。


「何遍来ても、夜のインカスは好きになれネェ……」

「全くだ」


 今はオークの片棒を担いだり、人攫いの真似事をしている彼等だが、以前は真っ当に冒険者をしていた時期もあった。しかし、腕っぷしが強いだけでは上手く生きて行けないのが冒険者という職業の辛いところだ。盗賊や遺跡荒らしの技能、魔術や精霊術、それに神蹟術といった特技を持たない彼等は、その他大勢・・・・・の同業者の中から抜きん出ることが出来なかった。


 いっそのこと傭兵に転身するか、といった話もあったが、戦場で命を掛けて戦うような度胸も無かった。そんな彼等は、次第に食うに事欠くほどの困窮に陥ると、自然と冒険者の分を越えた悪事に手を染めるようになった。冒険者の転落人生など、どれも似たり寄ったりであるが、大勢の者は悪事に手を染める一歩手前で踏み止まると別の人生を模索するものだ。だが、中には彼等のように一直線に堕ちる所まで行ってしまう者達もいる。


 そんな輩が冒険者の評判を押し下げる事になっているのは事実であった。


「なぁ、今でも二百枚近くあるんだ……こんな面倒なことは止めにしないか?」


 僅かに残った善の心から言う、という訳でもなく、単に面倒だから止めようと言うのは彼等の内の一人の言葉だが、如何にもそれらしい・・・・・ものだ。しかし、


「ああ、お前の取り分無しでいいなら、それでもいいぞ」


 と首領格の男に言われて、男は舌打ちして黙る。


「金を貰ってデルフィルに逃げ込んだら、そこで解散だ。その後はどんな人生を送ろうが構わない。だが、やり直すにしても金が要る。皆一緒だ、だからそんな事を言うなよ」


 黙った男に対して首領格の男は説得するように言う。すると、


「わかったよ……俺だって商売をやろうと思ってるんだ。元手もとでは欲しいさ」


 と言う男だった。商売をするという男だが、恐らく分け前の金は女と酒に消えるだろう。そして、再び何かしらの悪事に手を染める事となる。悪事によって泡銭あぶくぜにを得ることを覚えた者の末路などこの程度だ。


「でも来なかったらどうする?」

「その時は……仕方ないから諦めるさ」

「そうだな、引き際が大切ってやつだ。特に……」


 諦めるという首領格の男に、別の男が賛成の意を示す。


「特にあの二人組・・・・・が来るんだったら……アイツら見掛けに依らず、すげぇ強さだった」


 それは六人の一致した考えだった。今日の早朝セド村の西口を襲ったオーク達の襲撃劇を森の中から見ていた彼等は、その一部始終を目撃していた。オークの集団に対して、若い男女二人連れの示した力は圧倒的だったのだ。少し前までは勝手に見下していたのだが、今では真正面から遣り合う気持ちすらなかった。


「アイツらが来るなら、さっさとガキを殺して逃げるだけさ」


 そう言う首領格の男は、片隅に無造作に投げ捨てられた麻袋を見る。先程からもぞもぞと動き出したその麻袋の中身は、攫ってきた村の少年が詰められたままにされていた。

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