Episode_18.22 六十対二


 敵はいきり立った・・・・・・オーク六十二匹、対する自勢力は自分とリリア、それに頼りになるか分からない木こりが五十人。普通ならば、時間稼ぎをしつつ、村人を逃がすべき展開だ。しかし、ユーリーは立ち向かう事を決めている。自分の力と恋人の力、両方を良く知っている者の判断だった。勿論、漸減後退戦を取れるほど、自勢力に力が無いことを承知した上での判断でもある。もしも、村人を逃がしつつの防戦ならば、手の届かない所で必ず被害が出る。


 しかし、この判断の結果、自分達が無残に敗れ、村がオークに蹂躙されるならば、愚か者のおごりが招いた惨事といわれるだろう。


(そんなことには、絶対させない……)


 雄叫びを上げ、武器を振り回しながら突進してくるオークの集団を視界に捉えるユーリーは奥歯を噛締めると、決意を新たにする。そんな彼の右手には既に魔力を蓄えた片刃剣「蒼牙」が握られている。ユーリーは、既に補助動作無しで発動できる水準に達した「加護」を自分と愛する少女に掛ける。魔剣でもある「蒼牙」の助けを借りて発動した正の付与術は、可也高い水準まで身体機能や魔力抵抗、防御力増加の効果を発揮する。


「ユーリー!」


 その時、隣でリリアが鋭い声を発した。彼女は伸縮式の槍ストレッチスピアを傍らの地面に突き立て、手には養父の形見でもある黒塗りの短弓を握っている。その状態で、地に精霊に呼びかけて発動する「大地の壁アースウォール」の発動機会を目算で測っていたのだ。


「やってくれ!」


 ユーリーの声に応じて、リリアが命じるような声を発する。


「この地に住まう地の精よ、大地を盛り上げそびえる壁を作りだせ!」


 精霊術で重要なのは、発動者の意志である。言葉は意志を補強するものだ。そのため、毎度毎度、リリアの言葉は微妙に違うが、結果は確たるものであった。


ズズズズ……ン


 ユーリーは振動を強める地面と突き上げるような足元の振動に、足幅を広げて耐える。視界はグンと見晴が良くなると、元の高さから三メートルは上昇していた。ユーリーとリリアの足元が隆起して、オークの突進を防ぐ土壁となったのだ。


オオォ……


 突然目の前に立ち塞がった土壁の存在にオーク達はどよめくと、突進の勢いが弱まる。そこへ、ユーリーが発動した「灯火」の術による光の球が姿を現した。二つ三つと宙に浮かぶ光の球は、土壁の上に立つユーリーの足元辺りに出現した。それらの光球は、明滅の無い白っぽい明かりを地面に投げ掛けると、醜悪なオークの顔を明け方の闇に浮かび上がらせた。簡易的な目くらましであった。


「ユーリー、風を使うわ!」

「わかった!」


 ユーリーが敵の視界を封じる間に、リリアは先に仕掛ける事を宣言した。広範囲に効果を有する攻撃魔術はユーリーだけのものでは無い。太古の龍の眷属であり、北風の精霊王と呼ばれる霊鳥フレイズベルグの力を分け与えられた少女は、各属性の精霊に対する影響力が尋常でないほど増加している。そして、その中でも風の精霊は彼女に隷属するような態度を示すのだ。そこから生まれる力は計り知れない。


「冷たき北風の王の名に於いて命じる、風よ、十重二十重なる刃を生じて彼の敵を討て!」


 かつて、メールー村から北へ分け入った山中で巨大な翼竜ワイバーンと対峙した時に発揮された、リリアが使う最強の術が発動した。急激に気圧を下げた大気は、ひと塊となると、オークの集団の左翼に直撃する。


 キィン、という耳鳴りを伴い、急激に気圧を下げた風の渦が緑灰色の醜い身体を切り刻む。オークの先鋒二十人程を巻き込むと、彼等を血風けっぷうの中に閉じ込め、その命を奪い尽くす。そして、極低の気圧のたがを外した風塊ふうかいは周囲の大気に融ける瞬間に薄いもやを生じる。薄赤に染まったおぞましい靄である。


 リリアの発した刃の風ブレードストームが通り過ぎた後、その場に動く者はなかった。しかし、後続のオーク集団は、目晦ましの灯火に視界を奪われ、その凄惨な現状を理解する事無く、味方の屍を乗り越え迫る。その時、彼等後続の面々の正面に濃い赤色を発する光の球が生じる。吹き抜ける颶風ぐふうに翻弄されつつ進むオークの集団には、それに気付く者は無かった。しかし、その赤い光の球は出現と同時に一気に収縮すると、ついで、強烈に膨張し、周囲に爆風と爆炎を撒き散らす。ユーリーがリリアを追掛けて発動した火爆波エクスプロージョンである。


 最初の強風によってなぎ倒された仲間の屍を踏みしだき進むオーク達は、次いで訪れた爆炎の狂瀾きょうらんに曝される。彼等は、悲鳴を上げるいとまさえ与えられず、強烈な熱と衝撃波に曝され吹き散らされた。


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 森の中を通る細い道伝いに進んできたオークの集団は、村の手前で開けた場所に出ると、左右に大きく広がり雪崩れ込むように村へ突進を開始した。しかし、その突進の出鼻をリリアの精霊術で挫かれた彼等は、次いで立て続けに発動した強烈な攻撃によって主に森側を中心に数を減らすことになった。村を無防備と決めつけ、無警戒に接近したオーク達の失敗である。そして、散々な悪事の片棒を担いできた彼等は、そのツケを支払う事になった。


 嵐のような風と、突然起こった爆発が治まったとき、彼等の勢力は見事に半減していたのだ。それでも、集団の首領を中心としてストム川の側から村に迫っていた残り半分は土壁に接近を果たす。


「オマエラ、踏み台にナレ!」


 絶対的な縦社会であるオークの集団では、集団の首領が絶対的な立場だ。その彼に命じられた下っ端達は、土壁に取り付くと、両腕を壁について足を踏ん張る。自分の背中と肩を伝って、後続の上位者達が壁を乗り越えるための踏み台になったのだ。そして、そんな踏み台を足場に数匹のオークが土壁の丈夫に手を掛け、登り切ろうとする。しかし、そんなオーク達の行動を阻止するように、明け方の薄明かりを切り裂いて赤い炎の矢が土壁の下の地面に突き立った――


****************************************


 ダムン少年は、村の西口の様子を北側から見守っていた。丁度彼の自宅である小屋の裏に当たる場所だ。彼の目から見てもあまり強そうに見えない二人組が、どうやってオークの集団と戦うのか、その様子を見たかったのだ。心の何処かで冒険者に対する憧憬どうけいを持つ少年の、好奇心による暴走だった。


 しかし、村と外とを区切る木柵の付近に屈みこんで様子を見ようとしていた少年は、直ぐに目論見が外れたことに気付く。オークの集団の姿がチラと見えた次の瞬間、目の前の地面が突然隆起して、彼の視界を遮ったのだ。


(これじゃ、見えないよ)


 そう思ったダムン少年は立ち上がると土壁を見上げる。何とか登れそうだと足場の見当を付け、土壁に取り付いた。次の瞬間、少年は強烈な破裂音とそれに続く爆発音、更に地面を揺らす振動と薄明かりの夜明けを赤く染める炎の色を見た。


(な、なんだ?)


 全ては土壁の反対側で起こっている。少年の好奇心は最高潮に達すると、全力で手足を動かし土壁を登り切った。そして、上体を起こして壁の向こうを見ようと顔を上げた瞬間、彼の目の前には、同じような格好をして村を除き込む醜悪な豚オークの顔があった。


「え?」

「エ?」


 思わず呆けたような声が漏れた。しかし、先に我に返ったのはオークの方だった。そのオークは少年の肩を乱暴に掴んだ。無遠慮に握りつぶすような力で肩を掴まれたダムン少年は痛みに顔を歪める。だが、慈悲の欠片も無いオークはそのまま少年の身体を掴み上げるように力を籠め続けた。


「い、いた――」


 苦痛を示す言葉が少年の口から洩れる、その瞬間、彼の視界の下の方を赤い光が横切った。そして、耳を劈くような爆音と前髪を焦がすような熱を感じて、少年の身体は、彼を掴んだオークと共に宙を舞っていた。


****************************************


 オークの集団が土壁の上部に手を掛けたのを察知すると、ユーリーは投射型の攻撃魔術「火爆矢ファイヤボルト」を発動した。狙いは、壁の下側で後続の足場となっているオーク達だ。投射型の攻撃術としては「光矢ライトアロー」を別とすれば最強といえる威力を持つ術は、問題無く発動すると、ユーリーの目の前に大きな炎の矢となって具現化する。ユーリーはそれが着弾するべき場所を右手の蒼牙の切っ先で示す。すると、大きな炎の矢は唸りを上げて夜明けの空気を切り裂き飛翔する。


 薄明かりの空気を切り裂き、火線を曳いて飛ぶ炎の矢は、狙いを違わず壁をよじ登るオーク達の足元で炸裂する。数匹のオークが直撃を受けて倒される。そして、その周囲に固まっていたオーク達も爆風の煽りを受けて吹き飛んだ。一方、足場が崩れたことにより、壁の上部に手を掛けていたオークも爆風に煽られながら落下した。だが、


(なんだ?)


 落下したオークはその手に人影のような何か・・を掴んでいた。足元に配した「灯火」の明かりが逆光となり、ユーリーにはその人影しか見えなかった。しかし、生き物の生命力をオーラとして見る力を備えた古エルフの血を引く少女は、その人影だけで、それが誰なのか判別を付けていた。彼女は叫ぶような声を上げる。


「ダムンが!」

「どうした?」

「ダムンが落ちた!」


 次の瞬間、ユーリーは土壁の上を全速力で駆けていた。


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