Episode_18.19 少年と冒険者Ⅰ


 ユーリーとリリアの二人は、その日の朝にヨマの「黄金の綿帽子亭」を出発すると街道を北に進んでいた。本来ならもう一日滞在して休息に当てるつもりだったが、北のセド村に関する仕事を受けてしまっては、そうも言っていられなかった。特に、三人組みの冒険者が捨て台詞のように言った、


「明後日の朝」


 という期限があるのだ。明日の早朝に全部で六人組だという冒険者達は何か行動を起こすのだろう。それに遅れて「怖気づいた」と言われるのが何となくしゃくさわると感じるのは、ユーリーとリリアに共通した想いだった。


 しかし、若い恋人同士の事である。久しぶりにちゃんとした・・・・・・部屋で休んだ二人には、色々とやることが多かった。遅い時間までそうやって過ごした二人は、当然の如く、朝の遅い時間に目覚めることになっていた。


「まぁ、若いからなぁ……また寄ってくださいよ」


 と、冷やかし半分、苦笑い半分な顔の店主に送り出された二人は、気恥ずかしさも手伝って、馬を急がせる。ヨマの町からセド村までの道のりは、ストム川沿いに街道を北へ向かうことになる。徒歩の旅人ならば一日弱の距離だというが、騎乗するユーリーとリリアならば半日程度の行程だ。そして、二人はその日の午後にセド村に到着していた。


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「なんだか、樫の木村を思い出すな」

「ユーリーの育った村ね……私も見てみたいな」

「じゃぁ今度、時間が出来たら行ってみようか」


 そんな会話の二人は、村の南側の入口付近に在った農夫の家に馬を預けると、セド村の村長宅を訪ねるために村の中を歩いていた。村は、ユーリーの印象が示すように、森の中を切り拓いたような集落だった。北側を流れるストム川のせせらぐ音が聞こえてくるほど、静かな雰囲気である。


 村の南から西へ抜ける通りを二人並んで歩むユーリーとリリアであるが、その時目の前を駆け足で横切る少年の姿を見かけた。少年は傍目にも分かるほど顔を赤らめると、何度も腕で涙を拭いつつ駆ける。一目散に目的地を目指す彼は、村では見掛けない男女二人連れに気付くことなく通り過ぎて行った。


「どうしたのかしら?」


 ちょうど、歳の頃なら十歳前後の少年の、そんな姿にリリアは疑問を発するが、ユーリーは何処か懐かしい風に後ろ姿を見る。


「喧嘩でもしたんだろ。僕も良くやったよ」

「へぇ、ユーリーでも喧嘩したの?」

「したよ……いつも相手はヨシンとマーシャだったけどね」


 村の西を目指して走り去る少年の後ろ姿を見つつ、リリアは少年時代のユーリーを想像する。一方、ユーリーは懐かしい少年時代を思い浮かべていた。そんな二人は通りに面した、他より少し大きな家に辿り着く。そこがセド村の村長宅ということだった。二人は早速その家の戸を叩こうとするが、家主の村長はそんな二人を背後から呼び止めていた。


「もし……見掛けぬ顔だが、何か御用かな?」

「はい、ヨマの町で依頼を受けた冒険者です」

「ああ、六人連れのお仲間で? だが、確か三人連れのはず……」


 村長の問い掛けに、リリアが例の笑顔で応じる。すると、村長はそんな言葉を返した。


「ああ、ソレ・・とは別です。ヨマの宿屋の店主に頼まれまして、人が多い方が仕事が楽だろう、ということですよ」


 村長の疑問にユーリーはそんな説明をする。


「そうですか、アイツが気を利かせたのですね……」


 きっと親友なのだろう、ヨマの町の相談役でもある宿屋の店主を「アイツ」と呼ぶ村長は、そう答えると値踏みをするような視線でユーリーとリリアを見た。


「明日の早朝にオークの野営地を襲撃するのが六人組の冒険者の計画だそうです。お二人はその間、村の警備でもして頂ければ」


 村長は、若い二人連れの外見と先程森の中で会話した冒険者達の外見を思い比べる。どうしても、冒険者達の方が頼りになりそうだった。そのため、目の前の二人に対して自然と軽んじた風な言葉を発した。


 それにリリアが反射的に何かを言い掛ける。彼女自身はともかくとして、愛する青年を軽んじられるのは我慢がならないようだ。だが、そんなリリアの雰囲気を察したユーリーは彼女を制すると、


「オークの集団はどれ位の数なのですか? 森のどの辺りに居ついているのか、教えて頂けませんか?」


 と、妙に丁寧な言葉で質問を発していた。


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 ユーリーの問いに、セド村の村長の答えは要領の得ないものだった。


「数は、三十とも六十とも……場所は南の森の何処か、先に森に入った冒険者は『問題無いから安心していろ』と言っていたが」


 というのが、村長の返事だった。そう語る村長に、ユーリーは背を向けるとリリアを見る。そして、


(聞いても無駄だね)


 と、最近習得した読唇術を使って無声のまま彼女に伝えた。


(私、なんだか、気に入らないわ)


 対するリリアも、ユーリーに分かり易いように唇と喉の動きを区切ってそう伝える。


「どうか、されましたか?」


 そうやって内緒の会話をする二人に村長が声を掛ける。


「いや……ああ、そういえば、さっき少年が走って行くのが見えました。凄く悔しそうに涙を浮かべてましたが……なにかあったんですか?」


 読唇術に慣れていないユーリーは、村長のいぶかしむ声に対して、咄嗟にそんな事を言う。すると、村長の側は溜息を吐きつつ、


「ああ、ダムンですね……あの子、冒険者がオークと結託して村を襲おうとしていると、そんな事を言うので叱ったのですよ。あの年頃は元気が無ければいけないが、村の守りを引き受けてくれる冒険者さん達にあんな失礼な事を言っては――」


 と、語った。その言葉にユーリーの黒曜石の瞳が輝きを増したようになる。そして、


「まぁ、あの子位の年頃はそんなもんですよ……ところで、そのダムン少年の家はどちらですか?」


 と聞くのであった。


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 村の西の端、実際には北西の端に広がるストム川の河原付近に、あの少年の家があった。樫の木村の住人であるルーカとフリタの家を彷彿とさせる慎ましやかな小屋と言うべき家だ。その場所を教えられたユーリーとリリアは、戸口に立つと小屋の中に声を掛けようとする。しかし、


「なんで分かってくれないの! 明日の朝、オークが攻めて来るんだよ!」

「バカなことを言うんじゃないよ! そんな暇があったらお父ちゃんを手伝ってきな!」


 と、少年と思しき声と、その母親と思しき声が言い争うのが聞こえた。そして、


「だったらいい! お父ちゃんに言うから!」

「ちょっと、待ちなさいダムン!」


 そんなやり取りに続いて粗末な木戸が開け放たれると、先ほどの少年が顔を真っ赤にして飛び出してきた。


「うわっ!」

「あっ!」


 丁度、木戸を叩こうとしていたユーリーは、駆け出してきた少年を受け止めるような格好となる。


ゴンッ


 少年の顔面がユーリーの丈夫な胸甲に衝突する音が響いた。そして、少年はその場に蹲る。可哀想に、鼻血を出して痛がっていた。


「ああ、ゴメンよ」


 ユーリーはそう言うと、矢継早に魔術の治癒(ヒーリング止血ヘモスタッドを少年に掛けた。すると、今度は少年が驚く番になる。


「あれ? 痛くない……あれ? 血も止まってる」


 不思議そうに鼻を擦る少年は、赤い筋を頬まで伸ばすが、出血はその場で止まっていた。ユーリーが発動した二つの付与術は昔に比べて習熟が進んでいる。そのため、出血を止める効果に付随して、対象者から軽い痛みを取り去る効果を発揮していた。


「……お兄ちゃん達……誰?」

「あの、どちら様でしょうか?」


 衝突の痛みから立ち直った少年と、彼を追って戸口にやって来た母親が殆ど同時に声を発していた。

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