Episode_18.18 セド村の少年
ユーリーとリリアに絡んで来た冒険者達だが、刃傷沙汰になる寸前で宿の店主が大声で制止した。悲鳴のような大声だったが、一瞬男の動作が止まる。その時、店主の大声と殆ど同時に、店の常連である地元客が大勢で中に入って来た。
「どうしたんだ、相談役?」
「なんだ、喧嘩か?」
「おい、人を呼んで来い!」
「分かった!」
流石に普段は独立自衛を旨とするこの地域の人々だけあって、この手の騒動に対する動きは早い。一瞬で不穏な空気を感じ取った常連客は口々にそう言う。中には人を呼ぶために店の外へ出ようとする者もいた。直ぐにでも大勢が駆けつけてきそうな雰囲気に、騒動の発端となった冒険者達は、決まりが悪そうに言う。
「なんでもねぇよ!」
「そうだ、ちょっと仕事の打ち合わせだ!」
三人の内二人がそう言う。そして、ユーリーを突き飛ばしてリリアに詰め寄ったもう一人は、
「明後日の朝、セド村の西口で集合だ。
と、吐き捨てるように言う。そして、三人はそのまま「金色の綿帽子亭」を出て行ってしまった。
「……ねぇ、どうする?」
宿の店主の心配そうな視線を受けて、リリアがユーリーに訊く。
「うん……あんな連中がオークの集団をどうにか出来るとは思えない……やっぱり行ってみよう」
一方、ユーリーはそんな気持ちになっていた。先程の店主が言った言葉通りならば、彼等を含んだ六人組みの冒険者は、最近頻発するオーク関連の事件を解決している「凄腕」という事だった。しかし、今の感じだけで言えば、
(アレの何処が凄腕なんだ?)
という印象だった。何と言っても、リリアの腕を掴もうとしていた男はユーリーが抜剣し掛けた事はおろか、リリアが左手で既に
「おじさん、心配しなくても依頼は依頼、仕事は仕事よ」
「そうかい、若いのに達観してるな。でも、無理しなくてもいいんだよ」
「大丈夫よ、それより少ししたら夕食に降りてくるからよろしくね!」
リリアは心配気な宿の店主に再び笑顔で声を掛ける。そしてユーリーを伴って二階の部屋に入るのだった。
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翌日午前
セド村の主要な産業は林業である。そのため、村の男の半数は木こりとして働いていた。そんな木こり達は、夏場は材木になる木の切り出しを共同で行い、冬場は村の周囲に点在する炭焼き小屋で燃料の炭作りに精を出す。主に間伐材を利用した炭作りだが、そうして作られた炭は春先に、主にボンゼの街に出荷される。材木と共に、貴重な村の現金収入であった。
そんな木こり達の内、ある一家はセド村の西の外れで生活していた。夫婦に息子が一人という家族は、村の北を流れるストム川の川縁に建てた慎ましい小屋を住まいとしている。
「ダムン、お父さんにコレを届けて頂戴!」
そんな小屋から、母親が息子に遣いを頼む声が聞こえる。ダムンと呼ばれた少年は、小屋の表で薪割りをしていたが、母親の呼ぶ声に手を止めると返事をした。
「わかった、お母ちゃん。行ってくるよ!」
「あんまり遠くに行っちゃ駄目よ、怖いオークが居るから」
ダムン少年の母は、ガッシリとした肉付きの背の高い三十代後半の女性だ。少し頬骨が張った顔は美しいとは言えないが、少年にとってはたった一人の大好きな母親だった。そんな母親は、少し
先週、南西の森にある炭焼き小屋が襲われ、木こり十人がオークに殺されていた。しかし、息子を怖がらせたくない母親はその事を伝えていない。集落全体でも、その事を口に出す者は少なかった。そのため、ダムン少年は余り危機感無く呑気な風に言う。
「でも、南の森には冒険者の人がいるんでしょ? 見てみたいなぁ」
「バカなこと言わないの! 本当に南の森に入っちゃ駄目よ! 村長さん達が見張ってるから、捕まったらお仕置きされるわ。それにあんまり母さんを心配させないでね」
「わ、わかったよ……じゃぁ行ってくるよ!」
母親の剣幕に少し驚きながら、ダムン少年はそう言うと家を飛び出して行った。
(冒険者か、見てみたいなぁ)
だが、年頃の少年であるダムンは、冒険者になることを夢見ていた。丁度三年前に村がゴブリンの群れに襲われた時、村の要請で応援にやって来た四人組みの冒険者は当時十歳の少年の瞳に、とても格好良く映ったのだ。その冒険者達は「ナントカの尻尾」と名乗っていた。可笑しな名前だと少年も思ったが、彼等の活躍はそんな滑稽な名前による評価を払拭して余りあるものだった。
(でもなぁ……冒険者になったら、母ちゃんもお父ちゃんも心配するだろうな……でも)
十四歳にもなれば、そんな分別もある。しかし、森に囲まれた村に生まれれば木こりになるのが関の山、といった諦めの気持ちが少年の夢を焚付けたとしても、何ら罪になる話ではないだろう。母親の言い付け通り、父が働く炭焼き小屋に食糧を届けた少年は、そのまま村に戻らず、村を迂回するように南側の森へ向かってしまった。
(冒険者の人に直接聞くんだ。どうやったら冒険者になれるか。できたら、一緒に連れて行ってくれないかな?)
セド村しか知らない少年の思考は単純だ。
そんなダムン少年は、セド村から西へ伸びる細い道に差し掛かると、周囲に母親が言ったような見張りの大人が居ない事を確認する。そして、人の気配が無いことを確認した彼は、その道をサッと横切ると南の森へ入って行った。
セド村の西へ伸びる細い道は、そのまま二日ほど進むとオーカスという少し大きな町へ出る。だが、この道を使ってオーカスへ行く者は殆ど居ない。何故なら、この道の途中には「インカス遺跡群」と呼ばれる古代期の建造物が集まった地帯が広がっているからだ。見るからに不気味であるし、得体の知れない魔物が出るとも言われている。反対側のオーカスという町は、そんなインカス遺跡群を目指す冒険者達で賑わっているようだが、セド村には関係の無いことだった。
ただし、そんな遺跡群に近い立地のため、南の森には崩れた建物の残骸や剥き出しの基礎が点在していた。それらは普段、村の子供達にとって絶好の遊び場となっていた。勿論、村の大人達は遺跡で遊ぶ子供にいい顔をしないが、「駄目だ」と言われると余計に面白く感じるのが子供というものだ。特に腕白なダムン少年は歳の近い友達と、この辺りで遊ぶのが大好きだった。
そのため、南の森の村に近い場所の地形を良く知っているダムン少年は、冒険者が居そうな場所の目当てを付けて、森の中を迷わずに進んだ。下草の枯れ切った冬の森は、時折吹き抜ける強い北風が木の枝に当たりビュウビュウと音を鳴らす。一人きりで進む少年は不意に不気味さを感じると、息を詰めて先を急ぐ。彼が目指すのは、大昔の建物の外壁のような石組が残った場所だ。比較的頑丈なため、よじ登っては飛び降りるという遊びを良くやる場所だが、村の外で野営する冒険者達が目を付けそうな場所でもあった。
やがて少年は目当ての場所に着いた。森の中の窪んだ場所に在るその石壁は、丁度建物の四隅の一角が残ったように二方向の壁が残っている。少年の場所からは、その内側が見えない。そのため、ダムン少年は窪地の外周を回るようにして内側の様子を窺う。無意識に息を殺して足音を立てないようにしていた。
(あ、やっぱり居た)
そうやって窪地の外周を回り込んだ少年の視線は冒険者の姿を捉えた。村の南に居座ったオーク集団の様子を見るために、先に村にやって来た冒険者達だ。彼等は、木こりである少年の父親よりも体格が良い。そして、その顔つきは何処か野蛮さを感じさせるものだった。数年前に村を救った冒険者集団とは全く違う印象を受けた少年は一瞬
(あれ? 三人だけじゃない……誰と喋っているんだろう?)
石壁を背に立つ三人は、別の誰かと話し込んでいるようだった。時折下卑た笑い声が風に乗って聞こえてくる。少年は、冒険者達が誰と喋っているのか確かめようと更に数歩移動した。すると、
(えっ! なんで?)
ダムン少年は思わず声を上げそうになった。というのも、三人の冒険者と話し込んでいたのは、緑灰色の肌に
(よ、よし……何をしゃべっているか聞いてみよう)
しばらくその光景に見入っていたダムン少年は、意を決すると窪地へ降りる。三人の冒険者と一匹のオークから死角になるよう、石壁の裏から彼等に接近する。
「じゃぁ、明日の明け方だぞ」
「襲っていいのは、村の西側だけだ」
「ワカッテル。女は攫うゾ」
「いいけど、大勢は駄目だ。十人くらいにしておけ」
彼等の会話がハッキリ聞こえた。明け方に村の西を襲って良い、と言っているのは冒険者だ。一方「女を攫う」という声はしゃがれた聞き慣れない音である。きっとオークが喋った言葉だろう。それに対して「十人くらい」というのは冒険者の声だ。
(オークと冒険者は仲間なのか? みんなに教えないと)
ダムン少年はそう考えると、ゆっくりと後ずさる。しかし、
「あー、こんなに冷えたら小便が近いや」
「おめーはさっきから飲み過ぎなんだよ」
「裏でやれよ、キタネーもんを見せんじゃねぇ」
「わかってらぁ」
そんなやり取りと共に、冒険者の一人が石壁の裏、つまりダムン少年の方へやって来る。どうしようも無かった。石壁を回り込んで裏に来た冒険者とダムン少年の目が合う。
「てめぇ! 盗み聞きしてたのか!」
「なんだ?」
「村のガキだ!」
「マズイぞ、捕まえろ」
そんな会話と共に、残りの冒険者二人も裏に回る。一方ダムン少年は一瞬足が
「くそ、追い掛けろ!」
「おう!」
そんな声が後ろから聞こえるが、ダムン少年は必死で駆けた。途中何度か木の根に足を取られて転びかけたが、持前の運動神経でそれを堪えると必死で駆ける。勝手知ったる南の森であることが、少年を助けた。背後に迫る足音と気配は相変わらずだが、なんとか捕まらずに、村の南側の建物が木々の間に見え始める。その時、
「ダムン! お前、南の森に入っては駄目だと!」
そんな鋭い怒鳴り声が響いた。それはセド村の村長の声だった。普段なら恐ろしいはずの声に、ダムンは安心すると、村長の元へ駆け寄る。
「なんだ? ダムン、何かあったのか?」
ダムンの尋常でない様子に村長は
「あんたら、一体何があったんだ?」
村長の疑問に、冒険者達は、村長とその背後に隠れるように縮こまっている少年を見比べると舌打ちを押し殺して言う。
「ああ、村長さんか。いや、子供が居たんで村に帰そうとしたら、どうやら怖がらせたみたいで」
「俺達、ちょっと見た目が怖いからな」
冒険者達はそう言って取り繕うが、ダムン少年は反論した。
「ち、ちがう。この人達、オークと一緒に村を襲う気なんだ!」
「なんだと、このクソガキが!」
「そんなホラを吹くなら、こんな村しらねぇぞ!」
少年の言葉に態度を一変させる冒険者達。その両者を困った風に見比べる村長は、
「ダムン、村を守ってくれる人たちにそんな事を言ってはイカン!」
とダムン少年を叱りつける。そして、
「まぁ、子供の言う事なんで勘弁してください……」
と冒険者達に頭を下げた。
「まぁ、そんな嘘を言われるとな……こっちも命がけなんだ」
「そうだぜ、感謝しろとは言わないが、疑われたままってのも厭なもんだ」
「本当にすみません。南の森には人を入らせないように目を配りますので」
「頼むぜ、村長さん」
そんな大人達のやり取りを、ダムン少年は悔しさの中で聞いていた。足元を睨みつける視界が不意に溢れた涙で歪む。
「ダムン! 真っ直ぐ家に帰るんだ!」
そんな村長の声と共に、無理矢理回れ右をさせられたダムンは背中を押される。
(せめて、お母ちゃんには言わないと)
そう考えたダムンは村長と冒険者の会話を背中で聞きながら村へ向かって駆け出していた。
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