Episode_18.17 「金色の綿帽子」亭
ヨマはスカリルとボンゼの丁度中間に位置する小さな町だ。インヴァル半島東岸域では数少ない河川の一つ、ストム川を渡って直ぐの場所に位置している。人口は四千に満たない。村と呼ぶには少し大きいため町と呼ばれている、そんな場所だ。ヨマの町の周辺には、ストム川を水源とする農村が広がっており、一般的な穀物も産するが、特に栽培が盛んなのは綿花である。そして、ヨマの町は収穫された綿花の集積地となっており、ここからボンゼの街の繊維加工業へ原料として出荷される。
今の季節は、そんな綿花の収穫時期とはずれているため、ヨマの町は全体として閑散としていた。
夕方、日が落ちる少し前にこの町に辿り着いたユーリーとリリアは、町の北側に一軒だけある、宿と酒場を兼ねた店に今晩の宿を求めた。「金色の綿帽子亭」という名の店は、一階が酒場で二階が宿となっている一般的な宿屋の造りだった。まだ早い時間のため、酒場の客は疎らである。
店の入り口を
そんな三人の冒険者の内、丁度店の入り口側を向いていた男がユーリーとリリアに気付き視線を送ってくる。あまり友好的とはいえない視線であったが、リリアを見た瞬間からその視線は好色な光を湛えた。その男が何か言うと、他の二人も振り向くようにしてリリアを食い入るように見るのだった。
(……なんだ、こいつら)
不躾な視線をリリアに向ける三人の冒険者に、不愉快な気持ちが湧きあがるユーリーは、自然と彼等を睨みつけていた。彼等はユーリーの視線に気付くと、サッと視線を外す。しかし、チラチラと二人を窺うような様子を見せていた。一方リリアは、恐らく自分に向けられている視線には気付いているが、全く気にする様子もなく、カウンターの奥にいた店主に声を掛ける。
「すみません、二晩ほど泊りたいのですが」
「……いらっしゃい」
店の主である老人は、最初見慣れない二人連れを値踏みするような目で見たが、次いで何か思い出したように言う。
「もしかして、おたくら、北から来られた? 冒険者?」
「そうですよ、おじさん。一部屋二日でお幾らですか?」
店主の問いにリリアは笑顔で答える。なんとも眩しい笑顔だ。しかし、連れのユーリーは、この場合の少女の笑顔が本物なのか、それとも作り笑いなのか、未だに判断できない。凄腕の暗殺者を養父として育った彼女は、暗殺者としてではなく、密偵としての技術を教え込まれている。その気になれば人を欺くことなど容易い。しかも、少し小柄で可憐な外見を持つ彼女にしてみれば、年上の男性は最も騙し易い相手といえるのだ。
一方、疑わしそうに二人を見ていた宿屋の店主は、リリアの返事と笑顔に釣られるように
「じゃぁ、オラ村で魔犬の群れをやっつけた男女二人組の冒険者っておたくさん達かい?」
「そうですよ、やっつけたんじゃなくて、追い払っただけですけど」
「そうかい、じゃぁ宿代は銀貨一枚と大銅貨五枚でいいよ。そのかわり……」
店主の言う宿賃は相場と照らしても半額ほどだ。気前の良い話だが、何か交換条件が有るようだ。店主はそう言うと店の中央テーブルに居る三人組みをチラと見て、
「実は、上流のセド村付近にオークの集団が居座ってしまって、退治してくれる冒険者を集めているところなんだよ」
と語った。宿の店主はヨマの町の相談役を兼ねているという事で、事情をリリアに語った。
「村人の手には余ると言って、セドの村長に頼まれてな。それで、ほら、あそこにいる三人と他にもう三人の、六人組みの冒険者をボンゼから呼んだのだが……もしよかったら協力してくれないだろうか?」
店主が語るところによると、ストム川の上流にあるセド村はインヴァル山系東に広がる森の中の集落ということだ。人口五百人に満たない林業中心の村ということだが、その村の近隣にそんなオークの集団が棲みついたのは二週間前の事だという。既に木こりや炭焼き小屋に被害が出ているようで、今は少ない耕作地でやっと取れた食糧の貯えを渡せと脅されているという事だった。
「オーク? 何処から来たんだろうか?」
三人組みの冒険者を気にするように見ていたユーリーだが、その話を聞くと疑問を挟んだ。北部森林地帯ならまだしも、インヴァル半島にはオークの集落は無いはずだった。
「儂も分からんが、昨年の夏ごろからボンゼやインバフィル周辺では同様の事件が起きているらしい。きっと、インバフィルで仕事に
とは、宿の店主の話だった。
「ねぇユーリー、どうする?」
「そうだな……いいんじゃないか。手伝おう」
「そりゃ助かる。報酬は二人で金貨二枚でどうだろうか?」
手伝うというユーリーの言葉に、宿の店主は喜色を浮かべると報酬の話を始める。しかし、二人で金貨二枚という報酬が高いのか安いのかよく分からないユーリーは問うような目でリリアを見た。一方のリリアは、そんなユーリーを見返すと軽く首を振って店主に向い言う。
「おじさん、それ、ちょっと安すぎないかしら?」
「そうかい? でも、おたくさん達はオラ村の依頼は小遣い程度の報酬で受けたんだろ?」
「あれは
「そうか……だが、準備した金貨は殆ど他の冒険者への報酬だからな……」
どうやらこの店主はユーリーとリリアの二人がオル村で仕事を無償で受けたことを聞き付けて「かなり安く頼める」と思っていたようであった。そのため、当てが外れたような声色となった。一方その遣り取りが気になったユーリーは再び口を挟む。
「ご店主、他の冒険者にはどれだけ払ったのですか?」
「ああ、六人組みの冒険者の方は全部で六十枚だ。前金三十の後払い三十」
「えぇ! そんなに?」
六人組みに六十枚払い、ユーリーとリリアの二人には併せて二枚とは計算が可也合わない。しかし、それには店主も言い分があるようで、
「だが、あの人達は最近のオーク絡みの事件を全部解決している
という事だった。その言葉にリリアは呆れた風にユーリーを見返す。一方ユーリーは、何となく妙な印象を受けつつも、リリアを宥めるように頷いた。
実際のところ、冒険者として生計を立てている訳ではない二人なのだ。しかも路銀はアルヴァンからたっぷりと受け取っている。その上で、この二人の役割は秘密裏に地域の情勢を調査することである。冒険者として依頼を受け、地元の人々の生の声を聞いて回ることは任務の一部でもあった。
「わかりました、ご店主、それで引き受けます。その替り宿での飲み食いは……」
「そうかね、ありがとう! 分かっているよ、朝飯と晩飯はタダでいい。酒は……まぁそれもタダで良い。いや、助かったよ」
結局仕事を受けることにしたユーリーは、そう伝える。すると宿の店主は気前の良い約束をしてくれたのだ。そうして、ユーリーとリリアは一旦部屋へ引き上げようとするが、その時、背後から声が掛かった。
「おい、爺さん。なんであんなヒヨっこみたいな冒険者に声を掛けたんだ!」
立ち去りかけたユーリーとリリアに、聞えよがしな声量でそう凄むのは中央のテーブルにいた三人組みの一人だった。
「い、いや、数が多い方が仕事が楽だろうと……」
「止めとけ。何を思ったか知らないが、依頼主が決めたことだ」
「そうだぞ、それにあんなヒョロッとした若造と可愛らしい女の子だ、放っておけばオークにヤラれて『はい、さようなら』だ」
「おいおい、それは勿体無いな……」
三人はそう言い合うと下卑た笑い声を挙げながらユーリーとリリアを見る。明らかな挑発だった。一方、ユーリーは三人の冒険者が発した月並み過ぎる挑発に、逆に心が冷めていくのを感じていた。ユーリーの目から見れば、三人の冒険者は体格こそ大きく
「おいねーちゃん、こっちに来て一緒に飲まないか?」
「そうだぜ、そっちの兄ちゃんはビビッて何も出来ないみたいだからな」
「きっと今晩一晩は震えちまって役に立たないぜ」
三人組みの冒険者は、ユーリーのその様子を勘違いしたのか、勢いづいてそう言う。そして、先に店主に詰め寄っていた男が、階段へ向かうユーリーを突き飛ばすようにしてリリアに詰め寄ると、彼女の腕を掴もうと手を伸ばす。ニヤけた顔の男は無造作に手を伸ばすが、対するリリアの目が細まり、手元がスッと腰に伸びたことに気付かない。
「さぁ、こっちで飲も――」
一方、男に突き飛ばされたように見えたユーリーだが、実際は素早く脇へステップして男の体当たりを躱していた。そして次の瞬間、ユーリーは右手を蒼牙の柄に掛けながら「
「み、店で揉めるなぁ! 依頼を取り消すぞ!」
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