Episode_18.16 二人連れの冒険者


 二月下旬のインヴァル半島東岸域はとにかく風の強い日が多い。北の天山山脈から吹き下ろし、インヴァル山系にぶつかった後、東に回り込む乾燥した冷たい風だ。そんな風が吹きすさぶ街道を二頭の馬が進んでいく。他に人影の無い街道なので、その二頭は並んで歩を進めていた。一頭は精悍な黒馬、もう一頭は栗毛の馬だ。


 そんな二頭の馬の背には夫々人が乗っている。黒馬の背には細身の青年が跨っている。背筋を伸ばして姿勢良く馬に跨る姿は、さしずめ騎士のような凛々しさがある。時折風にはためく深緑色の外套の隙間からは、黒色の金属鎧が垣間見える。また、腰には剣を帯び、鞍には矢筒と弓を備えていることから、戦士であることは確かに見える。


 一方、栗毛の馬に跨る人物は、隣の青年よりも小柄であった。青年と同じ深緑色の外套を、寒風を防ぐためにしっかりと前を閉じてフードも目深に被っている。引き締まった青年の輪郭に比べると、同じ細さでも丸みを帯びたような印象を与えるのは、この人物が女であることの証しだろう。


 栗毛の馬に跨った女は余り乗馬に慣れていないのか、馬上の姿勢がぎこちなかった。そして、隣を進む青年はそんな彼女を気にするように時折視線を送り、声を掛けている。


「リリア、大丈夫? 少し休憩しようか?」

「大丈夫よ、ユーリー。もう少しで次の村でしょ」


 そんな言葉を交わす二人は、ユーリーとリリアだった。ユーリーは心配そうにリリアを気遣うが、その内心では彼女の習熟の速さに感心していた。馬に乗り始めて十日も経たない内に駆け足まで習得し、今は少しぎこちなさ・・・・・が残るが、それでも普通に馬に乗っている少女を改めて「凄い」と思う。ユーリー自身は十六の頃に初めて馬と接し、乗馬の訓練を始めていた。それでも、満足に操れるようになったのは、ここ一年の事である。それも、騎士デイルと妻ハンザから贈られた優秀なラールス郷の黒馬の助けを借りての事だ。未だに他の馬に乗ると調子が狂うことがあった。因みに、今彼が乗っている馬は、コルサス王国に残していたその黒馬だった。


「そうだね。でも無理する必要は無いからね」

「分かってる。ちょっとお尻が痛いけど、頑張るわ」


 ユーリーの言葉にそう返事をするリリアは、鞍の上で腰を浮かすと尻をさするような仕草をする。毛布を敷いて跨っても、硬い鞍の感触は慣れるまで辛いものだ。その上、彼女の場合は一般的な女性の尻よりも小さく引き締まり余分な肉付きが無い。その事を良く知っているユーリーは、リリアの様子に少し崩れた表情となってしまう。すると、


「ちょっと、何想像してるのよ」

「え?」

「さっきから、ジロジロ見てる」


 女性というものは、男性が自分に向ける視線に敏感だ。その事を失念していたユーリーは、やや無遠慮に彼女に注目していたようだった。そして、自身のやや薄い・・・・身体つきを気にしていたリリアにとっては、ユーリーの視線は気になるものだったようだ。


「サーシャちゃんとか、イナシアさんみたいじゃなくて悪かったわね!」

「なっ! そんな事言ってないじゃないか。僕はリリアくらいの方が好きだよ」

「ホント?」

「本当だよ」

「……じゃぁ許してあげる」


 ユーリーの直接的な物言いで機嫌を直したリリアは、そう言うと微笑んで来た。その笑顔を妙に色っぽく感じたユーリーは、思わず視線を逸らせつつも


魔犬ハウンドも跨いで通るような会話だな……ヨシンやアーヴに聞かれなくてよかった……)


 と、自分達の会話を振り返っていた。勿論周囲にそんな歯の根が浮く・・・・・ような男女の会話を聞かされる被害者は居なかった。只、二人を乗せた馬が同時に、ブルル、と鼻を鳴らせただけだった。


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 今、ユーリーとリリアはアルヴァン達一行と離れてインヴァル半島東岸地域に留まっていた。勿論、任務のためである。その任務とは、端的に言うと敵性地域というべきこの地域の情勢偵察であった。そのために、アルヴァン達一行は、この地域にユーリーとリリアの二人を残して行ったのだ。


 約一か月後には、傭兵主体の第三軍を率いたアルヴァン達がこの地域にやって来る。それまでの間に、情勢や地形の確認を行うことが二人の役割であった。デルフィルや、デルフィルと友好的なスカリル周辺は問題無いが、それより南のボンゼの街周辺からインバフィルに掛けての地域は、リムルベート王国の人々には不案内な土地だったのだ。


 本来ならば、この手の仕事はジェロ達「飛竜の尻尾団」が適任といえる。しかし、彼等には別の任務があった。そのため、彼等に次いでこの手の仕事が向いていそうなユーリーとリリアの二人が選ばれたのだった。この人選はジェロ達の推薦であった。それを聞いたアルヴァンは、ユーリーの実力は弁えているが、その恋人であるリリアの力もイドシア砦を巡る先の戦いで目の当たりにしており、よく弁えていた。そのため、ジェロ達の推薦を受け入れ、ユーリーとリリアに危険が伴う任務を任せたのである。同行していた五騎の正騎士達も、特に口出しすることは無かった。只一人、ヨシンだけが自分が人選から漏れたことに不満そうだったが、


「鈍いなヨシン、察しろよ。それにバシッと胸にウェスタ家の紋章が入った鎧でウロウロすると目立つだろ!」


 というリコットの言葉で、不満を呑み込んでいた。因みに、ユーリーが身に着けている軽装板金鎧はコルサス王国に赴いた時と基本的に同じで、黒色に塗られた上、胸の紋章を削り取られたままだった。直す機会が無かったことが、思いも掛けず今回の任務に奏功していた。


 そういう経緯で、二人きりで任務に当たることになったユーリーとリリアは、不案内な土地でも目立たないように、というリリアの発案で二人連れの冒険者としてこの地域を旅していた。そして、スカリルから始まった二人の旅は十日の期間を経て、ボンゼの街の近郊まで達していた。


 この間の行程で、ユーリーとリリアは既に幾つかの村や小さな町に立ち寄っていた。そして二人が気付いたことは、この地域一帯の治安維持は基本的に各集落が独自に行っている、ということだった。スカリルの街には、街を守る小規模な衛兵団と少数の傭兵が居た。しかし、彼等の仕事はあくまでもスカリルの街の防衛と治安の維持だ。その周辺に点在する村落や小規模な町の防衛は彼等の任務外である。これは、スカリルとそれらの集落の間で、税や賦役を課す代償として安全を保障する、という支配被支配の関係が無いことに起因していた。とにかく、この地域の集落は都市に対して「独立自衛」の立場を示し、都市の方は集落に対して「無関心、不干渉」という立場である。


 その一方で、そういう土地柄・・・のため、集落同士の横のつながりは強いようだ。野盗や魔物による襲撃の情報を共有することで、各集落が危険に備える。時には協力し合って外敵を排除することもあるという。また、組織的な軍事力を持たない彼等は自分達の力で対処できない事態に対しては冒険者を活用していた。そのため、冒険者の需要は多く、スカリルの街の冒険者ギルドは街の規模の割には大きな建物だった。


 冒険者の助けを借りるという風土は、冒険者のフリをして旅をするユーリーとリリアには好都合だった。これまで通過したり滞在した村や町の多くは、最初よそ者であるユーリーとリリアを警戒し門を閉ざすが、二人が冒険者鑑札を見せると態度を変えて二人を中へ迎え入れるのだ。


 特に三日目に滞在した村で、周囲に出没する魔犬の群れをタダ同然の格安な報酬で追い払った後は、その話が伝わったようで、行く先々の村は二人をすんなりと迎え入れてくれた。


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 街道を行く二人の上には透き通った青空が覗いている。その青空を時折若鷹ヴェズルが飛び過ぎる。日は既に西に傾いており、後二時間ほどでインヴァル山系の稜線に姿を隠しそうだ。相変わらず強く吹く風は冷たいが、風の精霊を従える力を分け与えられた少女の周りでは、不思議と風がゆるやかになる。それでも寒さを覚えたリリアは、隣を進むユーリーの方へ馬を寄せると、


「次はヨマね……少し大きい町だから宿屋があるって話だけど、早く着かないかしら」


 と声を発した。彼女の言葉に籠められた意味を知ってか知らずか、ユーリーは同意するように返事をした。


「そうだね。アルヴァン達が来るまで、まだ余裕があるから一日二日余計に滞在しても大丈夫だと思うよ。一度しっかり休息したほうがいいかもね」

「そうね、そうしましょう」


 鞍を寄せてそんな言葉を交わす二人は、束の間、風の冷たさを忘れていた。

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