Episode_18.10 トトマ会館の謁見Ⅱ


「隣国の有力貴族であるウェスタ侯爵家の公子殿と、このように面談する機会があるとは思っていなかったが……いかなる御用向きだろうか?」


 席に着くとレイモンド王子は単刀直入に切り出してきた。この場は非公式の面談である。そのため、外交的な儀礼などは一切無用、という事を端的に示した言葉でもある。一方のアルヴァンは、レイモンドの出方を予想していたので、動じることなく問いに応じた。


「現在我が国の軍がインバフィルを攻めているのはご存じと思います」

「ああ、知っている。インバフィルがリムルベートからの船舶の航行を阻害する動きを取るのは、我々としても頭が痛いところだ」


 アルヴァンの言葉にレイモンドは頷く。ディンス港を奪還した王子派だが、殆ど同時にリムルベートと四都市連合の関係が冷え込んだのだ。そのため、ディンス―デルフィル―インバフィル―リムルベートと続く航路は途中で途切れた状態となっていた。


「我が軍はインバフィルまであと一歩と迫りつつも堅い守りに阻まれております。そこで、インヴァル半島を東回りに別働隊を送り込み、インバフィルを北と東から攻めようと」

「……援軍の要請ではあるまい?」

「勿論、これは我が国の問題。他国の助勢を得たいという意図はありません。その点は殿下が国内へ向ける想いと同じでございます」


 レイモンドとアルヴァンのやり取りが一度途切れる。そこへレイモンドに同行していた文官の一人、筆頭家老のジキルが声を発した。


「少し要領を得ませんな……アルヴァン様は一体なにがお望みで?」


 ジキルの言葉はもっともなものだった。今回の面談に際して相手の意図を、インバフィルに対する援軍要請、又はコルサス内戦に対する助勢の打診、と言う風に考えていたのだ。しかし、先ほどのアルヴァンの言葉で、その両方は否定されていた。そのため、ジキルの声には相手を勘繰る響きが籠められている。


「はい、我らの願いとしては、貴国と国境を接するデルフィルの領内を我が軍が通過することをお認め頂きたい」

「……それだけ、か?」

「はい、それだけ、です」


 ジキルの問いに答えるアルヴァンは、思わず訊き返すレイモンド王子に対して自信を持って答えた。対してレイモンド王子は鼻から息を吐き出すようにして暫し瞑目すると、


「して、インバフィルを平定後は、インヴァル半島東岸の独立都市をも傘下に収めようという……そのような意図をお持ちなのかな?」


 と言った。詰問するような調子の言葉に、アルヴァンの隣で聞いていたユーリーが顔を上げる。一方、渉外官チュアレも何かを言い掛けるが、それよりもアルヴァンの言葉が早かった。彼は先ほどの自信を崩さない調子でハッキリと言った。


「いえ、そうではありません。我が国には構えて他国と諍いを起こす意図はありません。今回のインバフィルに対する軍事行動も、海洋交易路を確保するため、必要に迫られたものに過ぎません」

「公式の場で、外交権のある大使が言うならば、念書を取りお互いに納得できる話だ……しかし、アルヴァン殿、貴殿は非公式の立場で且つ外交権限もない。貴殿の口約束を信じるためには、それ相応の引き換えが必要だ」


 アルヴァンの言葉はハッキリとレイモンド王子の疑問を否定していたが、続く王子の言葉はアルヴァン達の最大の泣き所を突いたものだった。非公式の立場では何と言っても只の口約束に過ぎないのだ。その自覚を持つアルヴァンは思わず黙ってしまう。


 一方、ユーリーはこの場で発言するつもりは無かったがその胸中では少しの疑問が湧いていた。


(そもそも今回の話、リムルベートが独自に軍を動かしても何らコルサスに問題が起こる話では無い。そこを、敢えて筋を通そうとしているリムルベート側なのに……)


 そう考えるユーリーであった。この件は、コルサス王国の領外で、しかも緩衝地帯とはいえ独立した都市国家の承認を得て軍を通行させる話なのだ。本来ではれば書状での通知すら要らないような話を、態々わざわざ出向いて話を付けに来たのはリムルベート側(というよりもブラハリー・ウェスタ侯爵とアルヴァン)の誠意である。そして、ユーリーが知る限り、レイモンド王子は多少直情的な面があるが、非常に聡明な青年である。その事実や背景は説明されなくても理解しているはずだった。なのに、


(引き換えに何かを要求できるような話じゃないと思うけどな……どうしたんだろう、レイは?)


 という事なのだ。


「引き換え、と申されますが、一体どのようなものをご所望なのでしょうか?」


 一方、アルヴァンはそう問い返した。ここで無理難題を持ち出されるならば、言うだけ言って帰ろう、という気持ちに切り替えていた。


「多くのものを望むことは出来ないのは分かっている。だから……そうだな、そこの二名」

「?」

「?」


 対してレイモンド王子はそう言うとアルヴァンの隣に座るユーリーとその隣のヨシンを見る。そして、


「その二名のうち、どちらか一人でもコルサスに残していかれよ。アルヴァン殿の言葉に偽りが無いことの証し、としてな」


 突然の言葉に、ユーリーとヨシンは驚いた顔になる。他の正騎士達やチュアレは、驚いたというよりもいぶかしい表情となった。また、レイモンドが連れてきた面々も同じような顔つきとなった。だが、


「ハハハッ……話になりませんな。帰るぞ!」


 アルヴァンは乾いた笑を発すると、ついで席を立とうとしていた。そんな彼にレイモンド王子は更に言葉を続ける。


「どうしたかな? 御気分を害されたか……しかし、妻や子供を差し出せと言うのではない。只の家臣・・・・を置いて行くだけで、話は丸く収まるのだぞ?」


 対するアルヴァンは、一度立ち掛けた席に座るとレイモンドの方を向き、


「只の家臣など、私は一人も持ちません。皆私を支える頼もしき面々です。それに、ユーリーとヨシンのどちらか一人と仰られましたが、この者達が自分の意志でするならいざ知らず、私には友と頼む者達・・・・・・を進んで差し出すような真似はできません!」


 トトマ街道会館の一階奥にある個室は、アルヴァンのその言葉を機にシンと静まった。ただし、少し怒気を孕んだ公子の視線は相変わらず王子へ向けられている。そのため、張り詰めたような緊張感が部屋を支配していた。


 ユーリーは、この沈黙をどう切り抜けようかと考える。しかし、レイモンド王子の彼らしからぬ・・・・・・物言いの意図を測り兼ねていた。そのため、


(レイもバカな事を言う)


 と呆れるような、責めるような気持ちになっていた。身分の違いは天と地ほどあるが、そんな自分達を「友と頼む」と評するアルヴァンの言葉はユーリーには嬉しかった。だが、それだけに今のアルヴァンは、怒っているのだろう、と感じていた。


 一方テーブルを挟んで向かい合うレイモンドとアルヴァンであるが、先に表情を緩めたのはレイモンドの方だった。彼は、フッと表情を和らげると、


「……アルヴァン殿の言い分、良く分かった。その上、大変失礼な物言いをしてしまった。許して欲しい」


 と言い、対面のアルヴァンに軽く頭を下げた。その上で、


「ジキル、他の者も外してくれないか? ……ああ、アーヴィルとロージは残っていい」


 と言うのだった。言われた側のジキル達は少し顔を見合わせたが、近衛隊の隊長と遊撃兵団の団長が残るということで、退席する。一方アルヴァンの側は、一瞬考え込んだが、


「スカースさん、それにチュアレと皆も外してくれ。外で食事を摂っていて構わない」


 と言う事で、レイモンド王子に倣うように彼等を退室させた。


****************************************


 結局個室の中に残ったのは、アルヴァン側はユーリーとヨシン、レイモンド側はアーヴィルとロージであった。そして、他の面々が退室したのと入れ違いにトトマ街道会館の給仕達が飲み物と簡単な酒肴を運び込んでいた。彼女達の中にはユーリー達と顔見知りのサーシャの姿もあった。彼女は、ユーリーの姿を見ると一度だけ驚いた表情をしたが、今は仕事に徹するようで、特に声を掛ける事無く退出していった。


「改めて、アルヴァン殿、今ほどは失礼をした」


 そう言って、先ほどよりも深く頭を下げるレイモンドにアルヴァンは席から腰を浮かせて返事をする。


「そう何度も頭を下げられると此方が困ります。しかし、ユーリーやヨシンから聞いていた印象とは大分に違う様子でしたので、正直に申しますと、少し面喰いました」

「はは、すまない。その二人が『親友だ』というアルヴァン殿がどのような人物か、少し興味があったので……ついな」


 そう返事をしたレイモンドは普段通りの気さくな雰囲気に戻っていた。すると、


「はぁぁぁぁああっ!」


 突然ヨシンが大きな溜息を発した。それは溜息と言うよりも吠え声のように個室に響く。そして、


「びっくりしたぞ、二人とも喧嘩でも始めそうなくらい睨み合ってぇ!」


 非難がましく二人を交互に睨んだヨシンの言葉だった。そして、彼の言葉尻を捉えるようにユーリーも二人に対して苦言を呈していた。


「そうだよ、レイは人が悪い。それにアーヴもあれくらいで怒っちゃ駄目だ」

「いや、すまん」

「それは……悪かった」


 ユーリーの苦言に詫びる王子と公子だが、不意にどちらともなく吹き出してしまう。そして、


「アルヴァン殿、コルサスは未だ内戦の最中だ。今隣国のリムルベートと正式に何かを約束するのは良くない」

「如何にも、それは『四都市連合』などといった外部勢力に付け入る口実を与えるものです」

「そう理解して頂けるなら、助かる。その上で、いずれ国が治まった後は、かつて我が父祖等が行っていたような穏健な関係を結びたいと思っている」

「そのお言葉は、必ず我が父を介してガーディス陛下にお伝えします」


 レイモンドから切り出した会話が続くと、最後に、


「それで、デルフィルを通る東岸沿いへの軍の派遣だが、それは此方としては全く問題無い」

「ご理解、ありがとうございます」


 と言う事になった。


「心配したら腹が減った」

「まったく、聞いているこちらもヒヤヒヤしました」

「しかし、ユーリー……無事だったのは良かったが、何処で何をしていたのか? 詳しく教えて貰おうか」


 一方、二人の会話を聞いていたそれ以外の面々は、話が纏まったと察知すると声を上げる。ヨシンの声に、魔術騎士アーヴィルが胸を撫で下ろすようにすると、遊撃兵団長ロージは神妙な顔でユーリーを見て言うのだった。


「えっと……まぁ、色々と」

「その色々は、私も聞きたいな」

「そうだ、俺もしっかり聞いてないな」

「ああ、オレも聞いてない。特にリリアちゃんと合流した後について聞きたいな!」


 対してユーリーはロージの言葉をはぐらかそうとするが、レイモンドとアルヴァン、それにヨシンが同じく興味を示したために逃げ場を失っていた。


「ま、まぁ、何か食べながらにしよう。ね?」

「では、その話は追々聞くとして……アルヴァン殿」

「はい、なんでしょうか?」

「ユーリーとヨシンにとっても親友というアルヴァン殿だ、私もそういう付き合いがしたい。そこで、これからは肩肘張らない場所では、二人を倣ってアーヴと呼んでもいいかな?」

「勿論ですよ、では、私もレイとお呼びすることにしましょう」


 夕方の早い時刻から始まった面談は、一時不穏な空気となりかけたが、その後は和やかな雰囲気で行われた。特に同じ歳であるレイモンド王子と公子アルヴァンは、共通の親友である二人の若い騎士を介して、得難い親交を持つこととなった。それは、今後の西方辺境域に少なからぬ影響を与える出会いであったが、この時この場所でそれを正しく予知できる者は皆無であった。

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