Episode_18.09 トトマ会館の謁見Ⅰ
デルフィルで二日間滞在したユーリーとアルヴァン一行は、三日目の朝早くにこの交易都市を出発した。
上品な
その後街道をしばらく進んだ一行は、国境の関所手前で止まると
「すみません、お待たせして、さぁアルヴァンさま馬車の方へどうぞ!」
律儀にも馬車の御者台の隣に座っていたスカースは、合流するなり、御者台から飛び降り、駆け寄りながらそう言う。ギョロ目とつぶれた鼻で迫る表情はまるで難癖を付ける山賊のソレだが、上品な身形と優美に弧を描く母親譲りの眉、それに厚ぼったい唇が絶妙な具合で混ざり合い、全体で見ると喜劇役者のように愛嬌がある。
「いや、何の苦もありませんよ」
迫ってくる青年に対して、やや腰の引けた笑を浮かべつつアルヴァンはそう返す。そして、合流した一行は、そのまま東へ進むと国境沿いの関所で一晩を過ごし、翌朝再び街道を進んだ。
この時、ユーリーとヨシンは夜通しの不寝番を覚悟していた。何と言っても一年前に王弟派が誇る精鋭兵「猟兵」に襲われた場所は、この近辺だからだ。しかし、二人の予想をあっけなく裏切るほど、国境沿いに関所は整備されていた。
「はは、商売になると思って、宿と酒場を出してみたんだ。まぁ結果はご覧の通りだ、凄いだろ」
驚くユーリーとヨシンに、自慢げに語るスカースだった。彼の言う通り、
「街道の行き来はここまで活発になっていたんですか」
「そりゃ、レイモンド王子が、街道警護の約束を律儀に実行しているんだ、デルフィルとトトマの間の街道は以前と比べることも出来ないほど安全だ」
食糧や物資の
(流石は商売人だ……)
彼の話を聞いていたユーリー達三人は、夫々が同じような感想を抱いていた。
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次の日も前日同様に早朝関所の町を出発した一行は、小規模な隊商達と歩調を合わせるように街道を進んだ。
途中で、街道を警護するコルサス王国王子派領の兵士の一団とすれ違った時は、兵士達の中に見知った顔を見つけたユーリーとヨシンであった。どうやら、デルフィル―トトマ間の街道を警護しているのはトトマの街の衛兵団のようであった。その証拠に、その時すれ違った兵士の中には、トトマ衛兵団の団長ベロスの姿があったのだ。
「お久しぶりです、ベロスさん!」
「な! ユーリーか? 無事だったんだな……」
「はい、心配をお掛けしました。ところで、なんでベロスさん自ら?」
ユーリーの顔を見つけて目を皿のように開き驚く森人出身の衛兵団長に、ユーリーは何となくそんな質問を投げ掛けた。すると、
「ああ、人手不足だ。志願する若い奴は多いが、直ぐに使い物になる訳じゃないからな。民兵団の新兵教練なんかも大忙しだよ」
という事だった。そんな会話を交わした彼等は、互いの目的地へ向けて進む。ユーリーとアルヴァン達の一行は、その後順調に街道を進むと夕方前にトトマの街へ到着していた。
トトマの街での行動は、全てスカースが請け負っていた。そして、ユーリーとヨシンの予想通り、彼等の宿はトトマ街道会館であった。馬や馬車を多く連れた一行にとって充分な広さの厩舎を併設した宿はトトマ街道会館だけであるから、この選択は仕方なかった。宿としての質は多少劣るが、一階の食堂奥には十名以上が入れる個室を備えている点は密会に好都合だった。
何と言っても、今回の訪問は非公式なものなのだ。もしも、アルヴァンの訪問を四都市連合と関係が有る者に嗅ぎ付けられれば、アドルム平野に展開するリムルベート軍の思惑を察知され兼ねない。多少用心が
一方、コルサス王国王子派にとっても、今回の訪問は可能な限り隠しておきたいものだった。もしも、他国の勢力とレイモンド王子が接触を持ったことが王弟派に知られれば「内戦に他国を引き込む動き」と取られ兼ねないのだった。勿論、レイモンド王子本人には、自国の内戦にリムルベートを引き込む意図は全く無い。
そのため、スカースが取り次いだアルヴァンからの面会の申し入れに対して、王子派の主要人物達、特に元公爵である宰相マルコナや筆頭家老ジキル達文官勢は反対の姿勢を示した。
「断りましょう。今の時点でリムルベートと話す必要性はありません。利の無い危険を冒す必要はありません」
実際のところ、前年秋に港街であるディンスを奪還した王子派は、コルサス王国東部の街トリムや、デルフィルとの交易が軌道に乗りつつあった。内戦開始以来過去に無いほど、王子派領の経営は順調に行われている。そのため、この時期に敢えて誤解を招くような客人を迎え入れる必要は無い、という彼等の主張は正しいものだろう。
しかし、レイモンド王子はそれらの意見を退けると、アルヴァンとの面談に応じたのだった。
「スカースが段取りするのだ、万に一つも身元が割れることは無いだろう。それに此方は何の必要も無い面談だというが、ならば尚更会えばいいではないか。どのような話をするのかは分からないが、聞き入れる事の出来る内容ならば、リムルベートに
というのが、レイモンド王子の言い分であった。多少強引な言い分で、老臣らの進言を退けた彼の内心は、
(ユーリーが無事だった……それは良い。その上、彼等が
という、個人的な興味が強かったのは否めない。とにかく、王子派の首領であるレイモンド王子が「会う」と明確に言うのだから、これ以上マルコナ達には言うべき言葉がなかったのだ。そして、今回の面談となった。
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ディンス奪還後、レイモンド王子は一時体調を崩していたが、その間もずっとトトマの街に滞在していた。彼がトトマに居る時は、南門近くの城砦に滞在するのが常である。しかし、その場にアルヴァン達一行を招き入れるのは何かと憶測を呼ぶ可能性があった。そのため、スカースが段取りした面会場所はトトマ街道会館一階奥の個室だった。
その部屋は、八月事件(当時公爵であったマルコナの長子ドルフリーによる謀反事件)の前に森人のオル村で起きた
トトマ街道会館に到着後、旅荷を解く時間もそこそこに、一行はスカースの先導でその個室に入った。ユーリーとヨシンは、その部屋に感慨めいたものを感じるが、一方のアルヴァンや、渉外官チュアレは緊張した面持ちだった。
因みに、個室には先導役のスカース、アルヴァンと渉外官チュアレ、それにウェスタ侯爵家の正騎士五名とユーリーにヨシンが入った。一方リリアとジェロ達「飛竜の尻尾」は個室に続く廊下に最も近いテーブルに陣取る形となった。
そして待つこと一時間弱、五人の護衛と二人の文官を連れた人物が部屋に入って来た。金髪を肩まで伸ばし、ガッシリとした偉丈夫振りを示すその人物は、顔を覆っていた頭巾を取ると堂々とした声で名乗った。
「私が、レイモンド・エトール・コルサスだ……」
「お初にお目に掛かります。リムルベート王国ウェスタ侯爵家公子アルヴァンと申します」
応じるように名乗ったアルヴァンも堂々とした声であった。
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