Episode_18.08 三人の青年
ユーリーとアルヴァン達一行は、翌日一日をデルフィル滞在にあてがった。アルヴァンの体調を考慮した休息日である。その一方で、渉外官チュアレは秘密裏に独立都市デルフィルの上層部へ
リムルベート王国とコルサス王国という両大国に挟まれたデルフィルは、永く両勢力との均衡を重視する外交的立場を保ってきた。しかし、近年ではコルサス王国内戦の
一方、休息日とはいっても、殆ど健康を回復しているアルヴァンにとっては退屈なものだった。元々好奇心が強く快活な性情のこの公子は、異国の地にあって宿に留まっていることが出来ず、結局外出を強行することになった。そんな彼には護衛を兼ねた親友二人が付き従う。そして、三人組みに戻った彼等はデルフィルの街を見物に出かけたのだった。
「こうして三人で出歩くと、ウェスタ城下を見て回ったころを思い出すな」
大通りに
「あの頃は、三人でデルフィルの街をこうして歩くなんて思いもしなかった」
とはヨシンの言葉だった。彼は感慨深げにそう言うと、手に持った腸詰を挟んだパンを頬張る。そしてモゴモゴと何か言うが、ユーリーにもアルヴァンにも彼が何を言っているのか聞き取れなかった。
「ったく、喋るか食べるかどちらかにしなよ」
ヨシンの様子に呆れながらユーリーが言う。そして、三人は顔を見合わせると笑い合ったのだった。
(……ほんと「少年のような笑顔」ってああいうのをいうのね……)
そんな彼等の笑顔を離れた場所から見守っているリリア。彼女は笑い合う三人の様子、特に愛する青年ユーリーが見せる表情に、少し嫉妬めいた気持ちを感じていた。ユーリーが二人の親友に向ける表情は、リリアに対して見せるものとはまた違っていた。どこか
(男同士と男女の関係は違うもの……友情なのね)
そう考えると、リリアの形の良い唇から少し溜息が漏れた。明らかに自分にのみ向けられた愛情を得ながら、それに飽きたらず友情に嫉妬する、そんな自分が少し
因みに、周囲の視線と無用な陰口を
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大通りを港へ進み、大きなデルフィル港を見て回ったユーリー達三人は、正午を二時間ほど過ぎた時刻になって港近くの軽食屋に入った。街を歩く間、ずっと何かを食べていたはずのヨシンが、
「昼飯時を過ぎたぞ、なにか食べよう。腹が減った」
と言ったことが切っ掛けだった。
通りに面した小さな軽食屋は、昼飯時には遅い時間のため客はまばらだった。
「一時期は景気が悪いと聞いていたが、中々賑やかな街だな」
「でも、二年前に来た時とは、港の船が違っていたな」
「ああ、カルアニスで聞いた話だと、デルフィルと四都市連合間の交易は低調らしい」
注文を済ませた三人はテーブルに着くと、そんな会話を始めた。デルフィルの街の中心とも言える港を見た後のアルヴァンは、開口一番、素直な感想を言った。一方、二年前に一週間ほどデルフィルに滞在していたヨシンは、港の船の種類が変わったことに気付いていた。外洋を航く大型帆船が減り、一本マストから三本マストの中型船が増えていたのだ。その変化に対して、傭兵団「暁旅団」と共にカルアニス島に滞在していたユーリーは、島で聞いた情報を付け加える。
「デルフィルとリムルベートの間に何かしらの取り決めがあるのか知らないけど、四都市連合とリムルベートの関係が悪くなるにしたがって、デルフィル側は取引を押えたようだ」
「そんな取り決めがあるとは、聞いたことが無いな」
「多分、リムルベートの姿勢に追随を示しているんだと思う」
「ふーん」
ユーリーの意見に、アルヴァンは首を振って答える。ヨシンは運ばれてきた料理をつつくのに忙しく上の空な返事だった。そのため、会話はユーリーとアルヴァンが交互に言い合う格好となった。
「じゃぁ、二年前はもっと活気があったのか?」
「前に来た時は、コルサス王国のストラやディンスから逃げてきた人が多い印象だった。でも、王子派の領地が安定したお蔭で随分とコルサスに人が戻ったようだね」
「そうか。王子派が勢いを盛り返していると聞いていたが……形勢は五分に戻った、というところか?」
「そりゃ……俺達も、頑張ったからな! なぁ、ユーリー」
二人の会話に、時折ヨシンが口を挟む。そうやって午後の時間が過ぎて行った。三人が話した事は、最初デルフィルの街の様子やコルサス王国の情勢についてだった。その内容は、彼等がトルン砦で準備を行う間も、ここまでの道中でも話した内容であった。そのため、彼等の話は自然と別の話題へ逸れていく。三人揃って今年で二十一歳という年齢ならば、この場合、話題はどうしても夫々の恋人に関するものになった。
「マーシャは元気にしてたの、ヨシン?」
「あ、ああ……げ、元気だ。今は孤児院で先生をしてる」
「マーシャさんか、あの娘は本当にヨシンにお似合いだよな……」
同じ幼馴染の一人であるマーシャの様子を訊くユーリーに、ヨシンは顔を赤くしながら答える。すると、アルヴァンが思い出したように、笑いを堪えるように思った事を口にした。アルヴァンが思い出したのは、ユーリーとヨシンをコルサス王国へ送り出した直後の出来事だった。マーシャは、ユーリーからの手紙では納得せずに、結局メオン老師を介してウェスタ家に
「な、なんだよ……アーヴだって、ノヴァさんのお腹を大きくして……順番が違うだろ」
一方のヨシンは、自分に向いた矛先を躱すためにノヴァの事を引合に出してアルヴァンを
「ああ、びっくりしたよ。だって、三年は――」
その言葉にユーリーも追随する。ユーリーが言い掛けたのは、元侯爵ガーランドが孫であるアルヴァンとその婚約者ノヴァに申し渡した「三年間は同衾を禁じる」という沙汰の事だった。しかし、多少の意地悪を含む親友達の言葉をアルヴァンは遮って言う。
「三年は待ったよ! も、もういいだろ。俺だってビックリしてるんだから……まさか、あの一度で
見事な赤面を作ったアルヴァンは、
「しかし、初夏にはアーヴがお父さんか……なんだか凄いな」
「ああ、嘘みたいな話だな」
ユーリーとヨシンが顔を見合わせてそう言い合う。一方のアルヴァンは未だ赤いままの顔で、
「二人とも、直ぐだぞ、直ぐ! ヨシンは、もうマーシャさんは待ってくれないから、インバフィルの件が落ち着いたら結婚するんだろ? そうなったら直ぐだぞ、直ぐ!」
やけに「直ぐ」と連呼するアルヴァンだった。
「ユーリーだって『愛しのリリア』ちゃんと一緒に居るんだ。あの子があんなに明るい雰囲気に変わったのは……そういう関係になったって事だろ? 案外、もうお腹に子が出来ているかもしれないぞ」
「ま、まさか……でも、僕とリリアの子か……それは嬉しいかもしれないな」
アルヴァンの矛先は当然ユーリーにも向く。捲し立てるように喋っているが、彼の見方は中々鋭い観察眼に基づいていた。そして、想像していなかったアルヴァンの意見にユーリーは少し動揺しつつも、そんな将来を思い浮かべていた。悪い気など全く起きなかった。
「でも、そうなったら、オレ達の子供は同じような歳になるんだなぁ」
ひとしきり騒いだ後で、ヨシンがそう言った。その言葉につられるように、三人はお互いの顔を見合ってから笑い合った。何とも嬉しく、楽しい想像が湧いて来たのだ。
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(まったく、人の居ない所で盛り上がっちゃって……まぁ許してあげましょう)
通りに面した軽食屋の中で盛り上がる三人。その姿を通りの反対から見守るリリアは自然に緩む表情を押えると、内心で呟いた。風の精霊を使い彼等の話を盗み聞いた訳ではなかった。しかし、通りに背を向けて座るアルヴァンの後ろ頭越しに、通り側を向いて座るユーリーの口の動きは読み取ることが出来た。そして、彼が何と言って嬉しそうな表情になったのかも、彼女には分かっていたのだった。
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