Episode_18.05 オーメイユへ


 ユーリーとブルガルトが話した内容に、ブラハリーは考えを巡らせていた。その内心は、


(やはり、そういう結論になるか)


 というものだった。実際、充分に今の状況を分析していた侯爵ブラハリーも同じ結論に達していたのだ。何と言っても、兵力不足は如何ともしがたい、しかしどうにかしなければならない問題であった。


 現在アワイム平野に展開している勢力は、リムルベート王国の第一騎士団の半数強と、半壊状態になった第二騎士団の稼働可能な人員全てであった。しかも王都に控える第一騎士団は、その三分の一が負傷して後方に下がった者達だ。彼等を数に含む第一騎士団をこれ以上王都から動かしては、足元の守りが疎かになる。第二騎士団の方も同じような状況だった。兵力回復は来年の春まで叶わないだろう。


 そんな状況で、強固な防御を誇るアワイムを攻めるのは可也かなりの難事だったのだ。そのため、安価・・に兵力を得られる傭兵の雇用は意味があった。


(しかし、その傭兵をどうするつもりか……)


 ブラハリーは自分が投げ掛けた三つ目の質問に対する答えを待つ。二つ目までの答えは彼自身も出すことが出来た。しかし、三つ目の答え、つまり傭兵達の活用方法については色々と思い付くが、今ひとつ確証が持てなかったのだ。


 一方、ユーリーはブラハリーの問いに言いよどむ。昨晩から今朝に掛けての話し合いでは、オーメイユの傭兵を投降させる算段について話し合うのが時間的に精一杯だった。つまり、この先の問いに対する第三軍としての答えは無かったのだ。


 しかし、ユーリー個人では別である。彼は、ブラハリーの前に広げられたインヴァル半島全体を記した大地図を見ながら、思い付いたままを喋ってしまおう、という気になっていた。そして、


「先程ブラハリー様は、『この場に居る者は全員意見を述べて構わない』と仰いました。ですから、第三軍の意見ではなく、私の意見を述べさせて頂きます」

「……」


 ユーリーの言葉にブラハリーは無言だが、その無言は続く言葉を待っている風だった。


「オーメイユとタンゼンの傭兵が我らに下り傘下となるならば、新たに第四軍を創設するか、又は第三軍の旗下にして頂きたいです。その上で、それらと第三軍はトルン砦に一度下がります」

「……どういう意図だ?」


 ユーリーの言葉にブラハリーは一度だけ眉を上げると次いで顔を上げてユーリーを見た。アルヴァンと同じ青い瞳がユーリーを捉える。


「トルン砦で態勢を立て直し、来春三月、又は四月にインヴァル半島の東側を南下し、この軍勢でインバフィルを東から攻めます……インバフィルは北のアドルム戦線と半島の東側を南下した我らに対する戦線の二面作戦を強いられることになります。そこに必ず、アドルムを抜く隙が生まれるはずです」


 ユーリーの大胆な発言に、騎士達は相変わらずどよめきを発するが、ブラハリーの耳には届いていなかった。


(確かに、考えられない策ではないが……デルフィルを越えて軍を送るとなると隣国コルサス王国が黙っていない……ん? そういうことか?)


 ユーリーの語る話は、戦局や戦術といった騎士が受け持つ領分を越えた、戦略に足を踏み入れたものだった。そして、その案はブラハリーも一度は考えたが、隣国の反発を考慮し、選択肢から外していたものでもあった。しかし、自信あり気に語るユーリーの表情に、ブラハリーはこの若い騎士を二年間コルサスに派遣していた事を思い出した。


「デルフィルよりも東・・・・に対して穏便に事を済ませる根回しが出来る……お前はそう言いたいのか?」

「出来るか分かりませんが、試す価値はあります。私が言えるのは此処までです」


 他の面々はブラハリーとユーリーが交わした最後のやり取りの意味が良く分からなかった。只一人、ブルガルトだけはニヤリとした笑みを口元に浮かべていた。


 その後、会議はお開きとなった。ユーリーが語った三つ目の問いに対する答えと、この日の会議の結論は、


「東回りのインバフィル攻めはもっと精査検討が必要だ。先ずはオーメイユの傭兵達を投降させるように」


 ということになった。


 そして、ブラハリーの命により第二軍は、後続の第三軍の到着を待ち、オーメイユとタンゼン砦に降伏勧告を行う事となった。期限は今日から一週間以内である。そして、勧告に応じない場合は、アワイム村に待機する第一軍の三個大隊が後詰に入り、本格的にオーメイユとタンゼンの敵兵を掃討することとなった。


****************************************


 会議が終わった後、ユーリーは一目散に第三軍の幕屋替わりの建物へ向かう。アワイムの村の外れに在る大きな豪農の建物がそれに当たる。周囲に集まって建つ小作農の掘っ建て小屋のような住まいと合せて、第三軍の面々が寝泊まりする区画となっていた。また、収容しきれない傭兵達は、村の外に天幕を張って滞在している。この配置は、他の騎士達と傭兵達が無意味に問題を起こさないための配慮だった。


 ユーリーは村の中を駆けると、その豪農の屋敷に辿り着いた。丁度玄関前の庭では、リリアを始めとした弓を使う兵達とドワーフ戦士数名、それにリコットが集まって矢を作っているところだった。リリアは、ユーリーの気配を大分前から察知していたので、顔を上げて愛する青年を待っていた。


「お帰り、ユーリー! どうだった?」

「ああ、問題無い。けど……」


 肩に掛かる長さに伸びた明るい茶色の髪を揺らして声を掛けてきた少女に、ユーリーは立ち止まると返事をする。ハシバミ色の瞳を細めて、眩しい笑顔を送ってくるリリアの姿に、本当ならばそのまま歩み寄って抱擁を、と思うのだが、ユーリーはその欲求を自制した。ここは基本的に男所帯の戦陣である。多くの者はその手の欲求を押し殺して従軍しているのだ。そんな人々の手前、自分だけがデレデレとする訳にはいかない。そう言う自制心だった。一方、リリアの方も、それは心得ているので一瞬だけ唇を突きだすと口付ける振りだけ見せて、後は笑顔のままだった。


 そんな様子を横目で見るリコットは、


(はぁ、お前らはそれでも充分に目の毒だよな)


 といった調子で視線を向けるが、恋する二人には効果が無かった。因みにリコットは弓矢を使うことは無いが、手先が器用という理由で矢作りに駆り出されているのだった。


「アーヴは?」

「さっきガルス様達に担ぎ込まれて、今は中にいるわよ。ヨシンさんやイデンさんも一緒と思うわ」

「そうか、じゃぁまた」


 短い会話を交わして、ユーリーはリリアから無理矢理視線を外すと屋敷の中へ駆けこんで行った。


****************************************


 木造二階建ての屋敷の二階、元は屋敷の主の寝室だったと思われる場所で、アルヴァンはベッドに寝かされていた。その周囲には心配げな表情のガルス中将やヨシン、それにマルス神の神官戦士イデンが居る。


「アーヴ! 大丈夫か?」

「ああ、情けないところを見せてしまった」


 部屋に入ったユーリーはアルヴァンに声を掛けた。それに対して、ベッドの上のアルヴァンは思ったよりもしっかりとした返事を返してきた。


「過労です」

「まったく、無理のし過ぎだ」

「まぁ、当然と言えば当然の話だな。私も会議中についウトウトしていた」


 何時もの朴訥とした調子で具合を伝えるイデンに、ヨシンが呆れたような声を出す。一方、ガルスは後ろ手で頭を掻くような仕草だ。実際、昨晩は殆ど寝ずに会議に向けた打合せをしていたのだ。病み上がりで、栄養価の高い肉や脂が未だ食べられないアルヴァンにとっては、気持ちは大丈夫でも身体が付いて行かなかったのだろう。


「それで、会議はどうだった?」

「ああ、一週間以内に第三軍は第二軍に合流して敵の傭兵の降伏交渉をすることになった。それが駄目ならば攻めるという事だ。それに――」


 結果を気にするアルヴァンに、ユーリーは会議の結果を伝える。そして、最後に自分が喋った内容をアルヴァンにも伝えた。


「そうか……最終的には父上次第だが、面白い策だと思う。もしも、コルサス王国と交渉するならば……」

「まぁ、ディンスを押えている王子派との交渉になるだろうね。ブルガルトの話だと、王弟派と四都市連合は繋がっているみたいだし」

「そうだな、ならば俺も交渉に同行したいな。ユーリーやヨシンがそこまで惚れこむレイモンド王子に一度会ってみたい」


 アルヴァンはそう言うとベッドから身を起こす。そして、ガルスに対して第三軍の準備状況を確認する。


「オーメイユへ向けて、明日には出発したいが、軍を動かすことは可能か?」

「はい、明日の午後にはオーメイユを目指して出発可能です……ですが、今回アルヴァン様はアワイムにて――」


 ガルスは淀みなく答えるが、最後に少し考えた上で言う。長年この若君を見守って来た老騎士としては、体調万全となるまでは戦場に出したくなかったのだ。しかし、その言葉をアルヴァンは手を上げて制した。


「気遣いは分かるが、それは無用だ。ブルガルトが敵の傭兵を説得する。その場に私が居なくてどうする? 役に立たなくとも、その場に居ることが大切なのではないか?」

「しかし……」

「大丈夫だ、無理をしなければ今日のような無様ぶざまにはならない。それに……一人後方で休んでいては、先の戦いで死んでいった者達に申し訳が立たない……そうだろ? わかってくれ」


 そのやり取りを聞いていたユーリーは、アルヴァンの最後の言葉にハッとなって彼の顔を見た。こけた頬と、まだ落ち窪んだように見える目は病人のように見える。顔色は先ほどよりは回復しているが、それでも本調子とは程遠い青白さだ。しかし、その表情にはハッキリとした強い意志が籠っていた。


(そうか……アーヴは、そういう風に考えて動くんだな……)


 ユーリーはアルヴァンの言葉に彼の内心を見た気がした。犠牲の多寡を比べるつもりはないが、リムンの街の戦いで無様に敗れ仲間を犠牲にしたユーリーは、心に燻る屈託に対する答えを、親友の言葉の中に見つけた気持ちになっていた。


「ガルス様、僕もヨシンもついています。いざとなったら担いででも、アワイムに連れ戻しますので」

「これだけ痩せてれば、オレ一人で十分ですよ」


 冗談のようで、真剣なユーリーとヨシンの言葉もあって、結局ガルス中将は折れた。そして、第三軍は翌日午後にアワイム村を出発したのだった。

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