Episode_18.04 第三軍の策


 発言を求めたブルガルトの様子を斜め後ろから見るユーリーは、何とも言えない不思議な気分に捉われていた。この場の硬い空気にそぐわない傭兵団の首領ブルガルトの存在はやはり異質だった。


 勿論、ブルガルトがリムルベート軍に投降したことも、その後彼が捕えた四都市連合側の要人の身柄と引き換えに、敗残傭兵達の安全を確保するどころか、傭兵契約という形でリムルベート軍の一角に納まった経緯も、ユーリーは承知していた。それだけでは無い。ブルガルトに対する尋問内容は全て、彼と面識があるという理由でユーリーに裏取りする格好となっていた。そんな質問に、ユーリーは幾ばくかの恩返しの意味を籠めて全てを「間違いない」と肯定していたのだ。


 期せずして、インバフィル港での別れ際の約束を果たした格好となったユーリーだった。


 しかし、数か月前にリムンの街の戦いで敗れ、捕虜とされ、その後ターポ、カルアニス、インバフィルと連れ回されたユーリーには、侯爵ブラハリーに対して発言を求めるブルガルトの姿が「ちぐはぐ」なものに見えた。自分が良く知る面々 ――アルヴァンやヨシン、騎士デイル―― と共に、この傭兵団の首領が当然のような顔で同じ場所に居ることが不思議だった。


 しかし、それはユーリーの刹那の感想だった。会議の方は、彼に構わず進んでいる。


****************************************


「ちょっと発言……いいかな? 侯爵様」

「ああ、構わんぞ。この場に居る者は全員意見を述べて構わない。会議とはそういうものだ」


 不意に上がったブルガルトの声に、ブラハリーはそう言って応じる。一方、他の者達、特に第一軍と第二軍の騎士達は、自分達の話を遮った上に、不遜にも発言の機会を求めた傭兵に好意的とは言い難い視線を向けた。しかし、ブルガルトは刺すような視線をどっしりと受け止めると、まるで意に介していないように話始めた。


第三軍ウチの大将が言いたいのは、攻める攻めないの話じゃない。飢えて補給の目途がない三千の傭兵を甘く見るなって事だ。そうだろ、大将?」

「あ、ああ……そう言う事だ」


 突然大将と呼ばれて同意を求められたアルヴァンは青白い顔色のまま絞り出すように言った。一方、その様子を見た侯爵ブラハリーは、息子の苦しそうな表情に気付くと片眉を上げるような表情となる。しかし、ブルガルトは構わずに先を続けた。


「俺の経験では、拠点に立て籠もる三千の兵。飢えて継戦能力が無いといっても、下手な戦力で攻めれば此方の被害は甚大になる。奴らは俗に言う『死兵』だ……ところで一つ訊きたいのだが、オーメイユを攻めるとして、その目的はなんだ?」


 ぞんざいな口の利き方に、騎士達、特にハリス・ザリアはカッとなったように言い返す。


「そんな事は分かり切った事! 奴らを蹴散らすことが目的だ」

「蹴散らす? オーメイユとタンゼンの奴らには逃げ場は無い。何処にも逃げられないんだ。だから、奴らは死にもの狂いで向かってくる。もしも、力尽くで攻めれば、壮絶な殲滅戦になるだろう。いいか、殲滅、皆殺しの戦いだ……」


 ブルガルトは、声に力を籠めて言う。彼の声は意識してそれを取り払おうとしない限り、可也かなりの威圧感を伴う。多くの人を殺してきた者が発する鬼気に似た気迫がそうさせるのだ。そんな彼が自分の言葉に遠慮なく力を籠めれば、聞く者は刃を突き付けられたような錯覚を覚えるだろう。今のブルガルトの発言の語尾には、そのような気迫が籠っていた。


 瞑目を続けていたガルス中将は、その気迫に反応したようにチラと目を開けると、目の前に具合を悪くしたアルヴァンを認めて驚く。一方、ブラハリーの隣に控えていた騎士デイルは、腰に佩いた業物の大剣の柄を無意識に握っていた。


 手練れの騎士である親子がそのような反応になるのだ、他の若い騎士達などはその気迫に呑まれていた。そして、否応なく彼の言葉が示す事態を頭に思い描いていた。一方、そんな彼等の反応は、ユーリー達第三軍の面々が事前に考えていた筋書きをなぞる展開になっていた。幾らか強引な軌道修正だったが、ブルガルトは自身の気迫で話を元の筋道に戻したのだった。


 実は、アルヴァンの発言やブルガルトの軌道修正は、全て昨晩の内に打ち合わせていた内容に沿ったものだった。オーメイユに居残る敵兵にどう対処するか? という内容について、事前にユーリーやガルス、それに投降した傭兵の代表ブルガルト達を加えた「第三軍」としての意見を集約して準備していたのである。


 そんな彼等の結論は「如何にして自軍の兵士に損害を出さず敵を無力化するか」というものであった。更に、あわよくば敵である傭兵を自軍の勢力に加えてしまおう、という発想もあった。そして、話をそちらに持っていくべく、その導入部分としてアルヴァンが発言したのだが、不意に襲った身体の変調にアルヴァンは最後まで言葉を継げなかった。そのため、その事態を繋ぐためにブルガルトが発言したのだった。


第三軍俺達は、この事態を上手く切り抜ける方法を考えた」

「うむ……それを聞かせて欲しい」

「それは、良いが……」


 ブルガルトは自身の発言を締め括るようにそう言う。すると、その続きをブラハリー自身が急かすように言葉を発した。しかし、その後の言葉を継ぐべきアルヴァンは机に額を付けんがばかりの不調ぶりだった。


「私が後を受け持っても良いでしょうか?」


 そこにユーリーの声が上がる。彼は椅子を立ち上がると不調を堪えるアルヴァンの隣に立つ。隣に立ったユーリーに、アルヴァンは一度だけ顔を上げると小さく頷きを送った。


「構わん、アルヴァンも頷いておる」

「はっ」


 ユーリーの隣では、背後から歩み寄ったガルスが、アルヴァンの座る椅子ごと彼を抱え上げると後ろへ、会議室となった集会場の外へ運び出して行った。部屋の外から遠巻きに見ていたウェスタ家の騎士達が彼を受け取るためにガチャガチャとした金属鎧の音を立てて駆け寄ってくる。ユーリーはその様子を見届けてから、話を切り出した。


「我ら、昨晩夜通し考えましたが。結果、オーメイユの傭兵達は我が軍に下らせ、後のインバフィル攻撃のための兵力とするのが最上の策と思われます」


 第一軍、第二軍の面々は運び出されるアルヴァンの様子を神妙な面持ちで見ていたが、次いで起こった若者の発言には直ぐに反応した。


「何を言っている!」

「半死半生の飢えた兵を自軍に?」

「そもそも、奴らが素直に降伏する訳がない!」


 見事に否定的な言葉が並んだ。第一騎士団の騎士達や第二騎士団の爵家貴族は、当然ユーリーの素性など知らない。イドシア砦に竜と共に舞い降り、勝敗を決定づけた、とは聞いていたが「デマかホラ話だろう」程度にしか考えていないのだ。それは往々にしてユーリーの華奢な外見と若さに起因していた。しかし、彼等の怒気を帯びた言葉はブラハリーによって遮られる。


「我が息アルヴァンも加わった合議の結果という。それにこの者、ユーリーは宮中大伯老たる我が父ガーランドを補佐する賢者メオンの養い子だ。今の言葉は単なる思い付きでは無いはず……」


 ブラハリーの言葉は、否定的な意見を述べた騎士達に向けられていた。流石の大侯爵である。その一言で騎士達の声は止んでいた。そして、ブラハリーは視線をユーリーに向けると、


「しかし、幾つか質問がある。一つはオーメイユやタンゼン砦の敵兵が素直に降伏するのか? 二つは、もしも三千の兵を下らせたとして、彼等の処遇をどうするのか? 三つは、もしも彼等を王国軍の傘下に収めたとして、どう活用するのか? だ」


 と三つの質問をぶつけてきた。それに対してユーリーは自信を持って答える。


「最初の質問、敵兵が素直に下るか? ですが――」


 実はユーリー達は、第三軍となる前から独自にオーメイユの南に数人の斥候を出していた。ジェロを始めとした四人の冒険者と一人の少女、それに一騎の若い騎士だ。彼等の役割は、オーメイユとインバフィルの間でやり取りされる伝書鳩による通信の横取り、傍受であった。尤も冒険者や若い騎士には空を飛ぶ鳥をどうすることも出来ない、彼等は少女、つまりリリアの護衛であった。そして、リリアが連れる若鷹ヴェズルが鳩の捕獲を担っていた。


「勿論全てを捕まえることはできませんし、慣れているとはいえたかのすること、初めは鳩を喰ってしまうこともあったようですが、幾つかの通信文書を手に入れることが出来ました」


 その言葉に、騎士達がどよめく。諜報、防諜は何時の時代でも、いくさにとって最も重要なものなのだ。敵同士の通信の入手と断絶を同時に成功させたこの試みは驚きに値するものだった。


「昨晩遅くにアワイムに戻った彼等が入手した通信文書を精査したところ――」


 通信はオーメイユ側から発せられたものが五回、インバフィルからのものが一回だった。オーメイユ側の五回の内、先の二回は若鷹ヴェズルが鳩を捕えてその場で食べてしまったため内容は不明だった。しかし、後の三回とインバフィルからの一回はヴェズルが伝書鳩を生け捕りにしてリリアの元に持ち帰ったため、その中身を写すことが出来た。そこには、


 ――発第一集団宛インバフィル本部、飢餓者多数、傭兵の統率に支障あり、至急救援と物資を送られたし――


 ――発第一集団宛インバフィル本部、本日小規模反乱発生、統率は極めて困難、大至急救援を送られたし――


 ――発第三集団宛インバフィル本部、第一集団作軍部長発病により代筆、傭兵達は統率不能、住民の一部と結託し食糧庫を襲撃せるも、既に備蓄無し。作軍部将校は海軍部隊と共に街の中心で籠城中――


 ――発インバフィル本部宛第三集団、現在救援軍を編制中。しばし待て――


 ――ふざけるな、見殺しにするつもりか。お前ら全員アッティスに呪われろ――


「……」

「……」


 ユーリーが読み上げた通信の内容に、騎士達は絶句する。最後の通信文書は昨日の朝の物だという事だった。会議室が一瞬静寂に包まれたが、そこでブルガルトが口を開いた。


「こんな状況でオーメイユの連中が自発的に投降しないのは、文化圏が違う西方辺境の国が捕虜や傭兵をどう処遇するか分からないからだ。分かりやすく言うと、ビビッて踏ん切りがつかない状態なんだ」

「そこで、第二軍と共に第三軍がオーメイユに赴きます。降伏の交渉はブルガルトに任せようと思います」


 ブルガルトの言葉を受けて、ユーリーも発言する。対してブラハリーは額に手を遣ると少し考える風になるが、ユーリーは構わず続きを言う。


「そして、二つ目の質問ですが、投降した傭兵達は雇い入れるのが上策と思います」

「ほう」


 額に手を遣っていたブラハリーが顔を上げた。充分に興味があると言った風情だった。


「余程の高給取りでない限り、傭兵なんて一年雇って一人金貨十枚が平均だ。それに、今オーメイユに居る連中は半金を四都市連合から貰っている。半分の金貨五枚で、一年はこき使えるはずだ。勿論、応じない連中も居るだろうが、そういう連中は放っておけばいい……尤も、殆どの奴は応じると思うがな」


 流石に同じ傭兵だけあって、ブルガルトの発言は説得力があった。一方ユーリーは、ブラハリーが興味を示したと思い、畳み掛けるように言う。


「三千全てが降伏したとして、我らとの傭兵契約に全員が応じても、出費は金貨一万五千から二万。三千の兵を新たに徴用し、訓練を施し、実戦に出すのには少なく見積もっても二年以上は掛かります。その間の経費、支給する装備、給金、得られる戦力、そして何より時合いの合致性を考えれば安い取引です」


 ユーリーの言葉に、やはり第一、第二軍の騎士達はざわついた。しかし、その中でブラハリーは考え込むような表情になる。そして、次を急かすような言葉を発していた。


「うーむ……して、最後の点はどんな考えがあるんだ?」

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