Episode_18.03 作戦会議


アーシラ歴496年12月22日


 アルヴァンがガーランドに送った手紙は、静養中の祖父を元気付ける内容だった。そうなる・・・・ように意図して書かれた文章なので、読み手の気分が重くなるような話題には敢えて触れないのは当然といえる。しかし、独立都市インバフィルを守るための四都市連合側の最終防衛線であるアドルムの街を攻めるリムルベート軍は、実際のところ順風満帆とは言い難かった。


 インヴァル山系から張り出した壁のような山肌に東西を守られ、北からの外敵に備えるための強固な城壁を持つアドルムの街は中々に攻め難い要害として、リムルベート軍の前に立ち塞がっている。


 先の十一月中旬の戦いで、リムルベート軍はアドルムの街の外に布陣した傭兵軍団と会戦した。「第二次アドルム攻勢」と呼ばれるようになったこの戦いは、両軍合わせて二万に届くか、という大軍同士の衝突であった。そして、その会戦はリムルベート軍の辛勝、という結果で終わっていた。これは、少し離れた場所に存在するイドシア砦を包囲した傭兵集団が、満足にリムルベート軍の本隊を挟撃できなかったこと、そして、そのイドシア砦包囲軍が、ウェスタ・ウーブル連合軍に敗れたことが原因だった。


 イドシア砦から敗走してくる少数の敗残傭兵は、アドルムの街を背にして防衛線を構築した味方の傭兵集団を後目に街に逃げ込んだ。それを契機に、アドルムの街を守る傭兵集団に動揺が広がった。その動揺を突いて最終攻勢に出たリムルベート側が敵の左翼側を撃破したことにより、勝負有りとなったのだ。


 しかし、リムルベート軍の疲弊も凄まじく、防衛線を崩壊させ街へ逃げ込む傭兵達の混乱に乗じてアドルムの街を一気に攻める、という事は不可能であった。そして、リムルベート軍は一旦アドルム平野の入口まで兵を退くと、翌日には休戦の軍使を派遣した。休戦の交渉は問題無く進み、その後三日間は両軍共に自軍の死者を回収して葬るという作業に忙殺されることになった。


 そして、四日目、後方アワイム村で組み立て作業を完了させた攻城兵器群がリムルベート軍の陣に到着したのを受けて、再度攻勢が開始された。リムルベート軍は、健在な第一騎士団の騎士と兵士合計三千人を五個大隊に再編成すると共に、余剰の兵士と騎士で攻城兵器運用を行う特設大隊を一つ編制した。十二基の投石機カタパルトと多数の固定弩バリスタを運用するこの特設大隊には、山の王国義勇軍のドワーフ戦士半数が補助として同行することになった。


 再攻勢の序盤では、再び野戦になる可能性もあったが、アドルムの街は鉄城門を硬く閉ざし城壁の後ろに立て籠もる構えを見せていた。そのため、以後四週間弱、散発的な|投石機による撃ち合いが続く状況となっていたのだ。


 状況は消極的な空気を孕みながら膠着していた。


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 アドルムの街を巡る戦いを後方から支えるという意味で、インヴァル河沿いの寒村アワイムは活気に満ちている。人工的に増水されたインヴァル河の流れに合わせ、以前は見られなかった桟橋が出来上がり、朝夕の二度、上流のトルン砦から人や物資が運び込まれている。そして、運び込まれた物資は人足にんそくによって備蓄倉庫へ運びこまれる。一方交代要員として派遣された騎士や兵士達を乗せた河川用櫂船は、帰りに傷病兵士や騎士を乗せてトルン砦を目指すのだ。そのため、元々小さな村であるアワイムはかつての経験にないほどの喧騒に包まれていた。


 しかし、喧騒を発しつつこの村で動き回っている者達は、リムルベート軍の騎士か兵士、又はノーバラプールやスハブルグで雇われた人足達が殆どだった。一方、元の住民である村人は完全に離散している。彼等の多くは孤立する前のオーメイユに逃げ込んだという事だった。


 そんな村の中央に建つ、元は村の名主か村長の住まいだったと思われる木造の建物は、ブラハリー・ウェスタ侯爵率いるリムルベート軍の本部となっていた。その建物の一階、元は集会場だった場所で、昨日から引き続き今日も作戦会議が開かれていた。現在のリムルベート軍は増援や追加派遣を重ねたため、少し命令系統が複雑になっていた。また、第二次アドルム攻勢の結果、投降した傭兵達も少なくない数が存在している。そのため、昨日の会議では各集団に対して今回限りの呼称と指揮系統が与えられる事が決まった。


 「第一軍」となるのは、既にアドルムの街に展開している五個大隊と一個特設大隊、それに交代要員としてアワイム村に待機する三個大隊、合計騎士八百五十と兵士五千二百だ。彼等はリムルベート王国第一騎士団そのもの・・・・の部隊で、ガーディス王直属の勢力だが、今は王命によりウェスタ侯爵ブラハリーの指揮に従っている。


 「第二軍」となるのは、オーメイユの街を包囲するために残されていた二個大隊合計千四百人の騎士と兵士だ。彼等はスハブルグ伯爵が指揮を執った第一次アドルム攻勢から従軍していた部隊で、特に第二騎士団出身の者で構成されている。その指揮権はそもそも第二騎士団長の地位にあるブラハリーに帰属するが、長く現場の指揮官が不在だったため、命令系統が曖昧になっていた。


 そのため、ブラハリーは第二軍に相当する集団を事実上纏めていた数人の子爵家と伯爵家の中から、ハリス・ザリアという二十代後半の人物を正式に現場指揮官に任命することにした。ハリスと言う人物はザリア子爵家の当主でもある。この年の春ごろに急逝した父の後を引き継いで子爵となったばかりの若者である。ザリア子爵家は小規模な子爵ながら、ハリス自身を含む二騎の騎士と相応の従卒兵を伴って第二騎士団に軍役を提供している。そんなハリスは亡くなった父親同様、実直を絵に描いたような人物で、自家が弱小子爵であっても堂々としていた。


 そして「第三軍」となるのは、元ウェスタ・ウーブル連合軍の面々で、特に戦場に残留することを志願した者達だ。丁度一個大隊分の戦力となる。それに山の王国義勇軍のドワーフ戦士団三百と少数の冒険者が加わっている。また、便宜上投降した傭兵達も第三軍の旗下という事になった。その「第三軍」を指揮するのは、ようやく栄養失調状態から回復したアルヴァンであった。


 因みに、イドシア砦から助け出されたウェスタ侯爵家とウーブル侯爵家の騎士や兵士達の大部分は後方のトルン砦に後送されていた。そのため、今アワイムの村に残っているのは、ウェスタ家ではアルヴァンとデイル、それに従軍聖職者だったミスラ神殿のマーヴだけだ。一方、ウーブル家はバーナスと数名の騎士が残っていた。彼等の内、デイルはあるじであるブラハリーを補佐するべく第一軍に回っている。一方、ミスラ神殿のマーヴは本人の意志とは関係なく、アワイム村で傷病兵の手当という仕事を割り当てられていた。


 そんな昨日の決定を受けて、今日の会議に出席した面々は総勢十数人だった。そうして開かれた今日の会議の議題は二つあった。一つは言わずと知れた「アドルム攻略」そしてもう一つはオーゼン台地で孤立したオーメイユの街とタンゼン砦に残った敵兵凡そ三千の処遇だった。


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「タンゼン砦は水没の影響を受けて崩壊。居座っていた傭兵達はオーメイユの街に逃げ込みました。その数は千に満たないと思われます」


 ハリス・ザリアは堂々とした口調でそう告げた。昨日の会議で決まった辞令に応じ、夜通し駆けて今朝アワイム村に到着したばかりだという。しかし、疲れた様子を見せる事無く背筋をピンと伸ばした状態で発言していた。


 会議の末席に加わったユーリーは、そうやって発言するハリスの様子をアルヴァンの背中越しに見ていた。


(ハリス・ザリア……ザリアってことは、ダレスの兄さんか? ……確かに少し似ているな)


 思いも掛けず目にした友人の肉親の姿にユーリーは複雑なものを感じた。数年前の黒蝋事件で、白銀党の一員として罪を犯したダレス・ザリアを捕えたのはユーリー自身だったのだ。その後の処分が国外追放にとどまった理由が、ユーリーの嘆願のお蔭だったとはいえ、ユーリーは思わず後ろ暗いものを感じてしまった。


 一方、彼の心の中とは関係なく会議は進んでいる。


「後顧の憂いを断つために、攻め落としてしまうのべきだと思うが?」


 第一軍の大隊長の一人がそんな発言をした。すると、他の大隊長達が賛同の意を示す。しかし、


「これは、私の実体験に基づく話だが――」


 と、その流れを遮ったのはアルヴァンだった。アルヴァンはそうやって切り出した後、大隊長達の視線が自分に向くのを待って発言した。


「自家の騎士や兵士の強さ自慢ではないが、追い詰められた兵士というのは、恐ろしく強い力を発揮する。先のイドシア砦の戦いで、砦内にいた我々のうち戦えるものは二百。その数で倍以上の敵兵としばらく渡り合った」

「たしかに、余り思い出したくないが……その通りでございます」


 アルヴァンの発言に、同席していたウーブル家の筆頭騎士が同意した。一方、アルヴァンはその騎士に一度発言を譲ってから、その終わりに被せるように自分の発言を再開しようとしていた。しかし、流石に病み上がりである。彼は突然、地面が揺れるようなめまい・・・と吐き気を感じて、次の言葉が継げなくなってしまった。


 一方、変調をきたして発言が途切れたアルヴァンの言葉を自分の意見に対する反論と捉えたハリス・ザリアは、強い語調で言い返した。


「しかし! 孤立したといってもオーメイユには未だ三千を超える敵兵がいます。これを放置して、南のアドルムに全軍を集中すれば、前回のアドルム攻めの二の轍を踏むことになり兼ねません」


 すると、ハリスの意見に第一軍の大隊長達が追随する声を上げる。


「今はまだ兆しが無いというが、いずれ奴らは再び海上から補給を試みるだろう」

「前回は防げたが、次はどうか分からん。今の内に潰すべきだ」


 大隊長達と、彼等に随行する副官達までが勇ましい声を上げる。それに対してアルヴァンは蒼褪あおざめた顔色のままで斜め後ろのユーリーを見た。アルヴァンの補佐にはユーリーの他にガルス中将も同行しているが、ガルス中将は瞑目していたため、その様子に気付かない。


 チラとユーリーの顔を見たアルヴァンは未だ頬がこけたままの顔を青白くし、額に汗を浮かべた状態であった。その様子は明らかに体調不良の兆候を見せていた。そんなアルヴァンの碧い瞳は、まるで


「続きを替りに言ってくれ」


 と訴えているように、ユーリーには見えた。その意図が分かってしまえば、ユーリーにとってするべき事は一つだ。しかし、この場の雰囲気と、騎士でもない只の国外追放者という自分の立場で、一瞬の躊躇ためらいを感じてしまうのは仕方ない事だろう。


 そんなユーリーが発言に踏み切る直前、アルヴァンの隣に座っていた別の人物が声を発した。


「ちょっと発言……いいかな? 侯爵様」


 その声は傭兵ブルガルトのものだった。

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