Episode_17.32 合流!
飛竜の尻尾に自分の身体を縛り付けていたリコットは、着陸の衝撃で短く気絶していた。しかし、直ぐに正気を取り戻した彼は、無駄に丈夫な巾着袋の革紐を外そうと悪戦苦闘を始める。彼が腰に括り付けていた伝書鳩の鳥籠は衝撃で外れ飛んでおり、壊れた鳥籠から驚いた鳩が飛び立っていった。だが、そんな事に構う余裕の無いリコットである。そこに、駆け寄ってきたタリルは、一緒になって革紐を外そうとする。その瞬間、飛竜は長大な尻尾を勢いよく振り上げた。
「うわ、うわ、うわ、うわぁ!」
「リコット! ふざけてないで降りて来い!」
悲鳴を上げるリコットに対して、タリルは見上げるようにして言う。
(ばか、ふざけてるんじゃ――)
必死なリコットは、タリルに反論しようとする。しかし、その前に尻尾を高く振り上げた飛竜は宙でそれをひと廻しすると、勢いを付けて叩きつけるように振り抜いた。
(うそだろ!)
細い革紐一本で尻尾の先端に絡まり付いているリコットは、その動作につられて空中を振り回される。視界の上下左右が滅茶苦茶な速さで入れ替わると、次いで遠心力を増した彼の身体は明らかに砦の外に固まっている敵の傭兵目掛けて叩き付けられようとした。
咄嗟に、迫り来る衝撃に備えて身を縮ませるリコットは、硬く目を閉じた。次の瞬間、彼を尻尾に繋ぎとめていた革紐がプチッっと音を立てて千切れた。
(今頃切れるのかよ!)
妙に冷静な言葉が彼の脳裏に響いた。そして、叩きつけられる飛竜の尻尾から飛び出したリコットは、まるで撃ち損じた投石紐から
「バカかお前は!」
タリルは咄嗟に「
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「ド、ドラゴン……」
「まさか……」
「どうするんだ?」
ヨシンの周囲は敵味方関係なく、イドシア砦の門を崩して着陸した巨体を唖然と見上げていた。突拍子の無い出来事に、全員の理解と行動が追いつかない。つい一瞬前まで戦場の喧騒に包まれていた砦の門前は、異様な緊張感を孕んだ静寂に包まれていた。
しかし、そんな中で、ヨシンは誰よりも早く自分を取り戻していた。何故なら、彼は見ていたからだ。地面に舞い降りる直前、竜の背から身を乗り出すように、こちらを見ていたのは、他ならぬ幼馴染だった。
(ユーリーが……連れてきた……まさか、でも)
でも、とヨシンは思う。理由などないが、ユーリーが連れてきたならば、
「竜はウェスタ家の紋章だ! 竜が加勢に来たぞ! 砦を目指せ!」
その声は、発したヨシン本人が「滅茶苦茶だ」と感じる内容のものだった。しかし、その声で我に返った強兵達は、まだ立ち直れない四都市連合の傭兵達に対して攻撃を再開した。しかも、ヨシンが味方だと言った、その言葉に呼応するように目の前の飛竜は尾を高く持ち上げた。そして、それを、ヨシン達の前に立ち塞がっていた二百前後の横隊へ叩きつけたのだ。
「ぐあっ」
「ぎゃぁ」
「うわ」
ブワッ!
竜の尾が通り過ぎた後、戦場に一陣の風が吹き抜けた。尾を収めた飛竜が羽ばたいたのだ。翼肢に力を籠めた羽ばたきによって、飛竜の身体は一気に上空へ舞い上がった。しかし、その後ろ姿を目で追う者は居なかった。戦場は再び人が繰り広げる無慈悲な乱戦の場に戻っていた。
敵の横隊に堰き止められていたウェスタ・ウーブル連合軍は再び動きただす。一方横隊の半数を打ち倒された四都市連合側は止むを得ず乱戦に応じるしかなかった。敵と味方が入り乱れ、目の前の敵を倒す以外に考えることが難しくなる。イドシア砦の門前はそんな戦場になっていた。
混乱の
「道をあけろ!」
咆哮を上げるヨシンは、右手の「首咬み」で敵兵を薙ぎ払う。強烈な一撃を受けたのは他の傭兵とは違う鎧を身に纏った敵の小隊長だった。その小隊長は、しぶとく体勢を整えると、猛然と反撃してくる。左手に持つ「折れ丸」と敵の
「もらったぁ!」
(しまった……)
次の瞬間、敵の小隊長は腰だめに片手剣を構えると、鋭い刺突の体勢に入った。一方ヨシンは重い武器を振り回した後で、その一撃を躱す術がない。避けようの無い一撃がヨシンへ迫る。その時――
「――どいて、どいて、どいてくれぇぇ!」
上空から男の声がした。声を上げた男は空中を落下するリコットだった。彼は尾の先端から投げ飛ばされた後、一度仲間の魔術師タリルが展開した
「ぎゃぁ!」
「ぐぇ!」
「え……?」
三者三様の声が交差する。その中で、一撃を受ける覚悟を決めていたヨシンには、不意に上空から降ってきた小男が体当たりで敵の小隊長を倒したように見えた。
「いってぇー」
尻から地面に落下したリコットは両手で尻を撫でていた。因みに、彼の体当たりを受けた敵の小隊長は、泡を吹いて地面に大の字に伸びている。
「えぇ! リコットさん?」
「あ? ああ、ヨシンか、久しぶり!」
突然目の前に現れた
「なんで――?」
ユーリーもそうだが、一体何処からやって来たのだ? そんな質問をヨシンが口に仕掛けた瞬間、砦の中で大きな爆発が起こった。
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飛竜から飛び降りたユーリーは一直線にアルヴァンの元へ急いだ。途中に立ち塞がった敵兵を
「アーヴ……」
「ユーリー……デイルが」
アルヴァンも手放しで再会を喜ぶ状況でないことは分かっている。そんな彼は短く言うと足元に倒れた騎士を見詰めた。咄嗟にユーリーは屈みこむと騎士デイルの首元に手を当てる。微かな脈は残っていた。だが、とても小さい。
(これじゃ、魔術の治癒は反って負担が大きい)
そう考えたユーリーは、
「イデンさん! こっちを!」
ジェロと共に駆け寄ってきたイデンは、ユーリーの言葉を察すると素早く神蹟術の癒しを発動した。神の奇跡と言われる神蹟術は、傷だらけのデイルの身体を癒した。しかし、極端な衰弱状態のデイルは直ぐに目を覚ますことは無いだろう。
「どうする、ユーリー!」
ジェロが問い掛ける。この時既に、彼等を運んだ飛竜は飛び立っていた。そして周囲の敵兵は我に返ったように再び攻撃を仕掛ける気配になっていた。門側に百人、奥の壁側に二百人、敵兵はイドシア砦内に侵入している。
「ジェロさんとイデンさんは、アーヴと他の人達を!」
「お前はどうする?」
「僕は……こうする、リリア!」
ジェロと言葉を交わしたユーリーは、駆け出しながらリリアの名を呼んだ。彼女は、少し離れたところで、外壁から侵入した一団を警戒するように睨んでいる。
「仕掛ける、壁で守って!」
「わかったわ!」
他人が聞けば思わず問い返すような短いやり取りだが、この二人にはそれで充分だった。ユーリーは蒼牙に再び魔力を籠める。通常以上の量を無理矢理押し込んだ。右手の中で「蒼牙」の柄が跳ねるように一度脈動した。
この時、イドシア砦の狭い中庭は、中央から門よりにアルヴァンを中心とした残存兵が集合し、それを北向きの門から侵入した敵と、外壁を西から乗り越えてきた敵が包囲していた。外壁を守っていた兵士や騎士達も、押されるようにアルヴァンの周りに集まっている。一方、壁際で敵兵を食い止めようとしていた飢えた残存兵達は見事に役目を果たし、全員が討ち死にしていた。
そのため、西側の外壁付近には二百前後の敵兵が
当然、その意図はリリアに伝わっている。そして彼女は、地の精霊に呼びかけた。ユーリーが起想した
外壁から砦内部に侵入した敵は、反対側の門側でリムルベート側の攻勢が強くなったのを察知すると、砦内の残存兵を速やかに排除しようとする。彼等を率いる小隊長が剣先をアルヴァンの方へ向けた。その時、彼は目の前の空中に小さな火の玉が浮かぶのを見た。最初握り拳二つ分よりも少し大きく見えた火の玉は、次の瞬間小指の先ほどの小ささへ収縮する。その光景が意味することを知った小隊長は声を上げようとする。しかし、一度収縮した小さな火の玉は、次の瞬間、目に見えない速さで膨張し破裂と共に破壊的な衝撃波と熱を辺りに撒き散らした。
「我らを守る壁を成せ!」
爆音が
ドォォォン――
火爆波による衝撃波と熱は、一瞬早く地の精霊が造り出した
「全力で門前の敵を叩く! 後ろの心配はもう必要ない!」
ユーリーの声には、弱った味方を鼓舞する力があった。そして、半ば地べたに
門前に居た敵の集団は、包囲したはずの相手に、逆に詰め寄られる格好となった。しかし、門の外に逃れようとしても、そこには
ユーリーは乱戦の中にあっても冷静に敵を倒していく。敵の傭兵が突き出してくる槍の穂先を左手の仕掛け盾で軽く弾くと、サッと体を入れ替えて蒼牙の切っ先をその傭兵の喉元に埋め込む。そして、引き抜きざまに左手を突きだす。その先に十本の燃え上がる炎の矢が浮かぶ。それを真正面に固まった敵に撃ち放つ。
ボンボンボンと炎が弾ける音が上がる。敵の悲鳴も交じる。普通なら、その衝撃と炎、そして火傷を敵に与える程度の「
傭兵達の装備や、僅かに残った枯草に燃え移った炎は突然大きく燃え上がると、渦を巻いて空に立ち上がる炎の柱となった。そして炎は周囲にいた他の敵兵をまるで舌でなめるように包んでいく。リリアの精霊術「
「魔術師、それに精霊術師、敵の主力だ、倒せ!」
僅かに残った統率を頼りに、敵の小隊長が声を上げる。しかし、今の一撃を以って砦内に侵入した敵兵の三分の一が無力化していた。小隊長は明らかな逃げ腰で、退路を求めるように門の方を見る。すると、
「よっしゃぁ! やっと着いたぁ!」
そこには、乱戦に血道を付けて砦に辿り着いたヨシンと数名の若い騎士、そして兵士達の姿があった。彼等は手に持った武器や身に着けた防具の全てに血糊と脂をこびり付かせた、壮絶な姿だった。そんな彼等の先頭を切っていたヨシンは、逃げ腰になった小隊長を目に留めると、次の獲物と定めたように、左手の折れ丸の切っ先を向けた。
「ここにも、指揮官か! いざ、勝負!」
全閉兜に籠った声で、獣のように吠えた彼は、真っ直ぐにその小隊長へ向かう。対する小隊長は、片手剣と小型の盾という装備だった。二人は、ユーリー達の目の前で斬り合った。決して敵の小隊長が弱い訳では無い。しかし、形勢を逆転され、退路を断たれたと知った彼は、最初から目の前の血まみれの騎士に
「二十五人目!」
ヨシンは、大声と共に全閉兜を脱ぎ捨てると、大きく深呼吸を吐いた。そして、視線の先にユーリーを捉えると、
「ユーリー! 言いたい事が沢山有るから、覚悟しておけよ!」
と壮絶な笑みを浮かべて大声で言い放つのだった。
「や、やぁヨシン、久しぶり……げ、元気そうで、何よりだね……」
その剣幕に、誤魔化す事は出来ないと覚悟したユーリーの返事は引き攣っていた。既に戦いは終わりへ向かっていた。
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