Episode_17.31 危険な男
イドシア砦に飛竜が舞い降りた時、平野を駆けていたブルガルト達二十三騎の傭兵は、正に四都市連合第五集団の陣に突入していた。陣地は殆ど無人で、百五十前後の傭兵達が作軍部の小隊長の指揮の元で外周部に歩哨として立っている。一方、陣の中心部には周囲からの目隠しを兼ねた幕が壁のように張られている。その内側には将校の幕屋の屋根が幾つか見えていた。
歩哨役の傭兵達は、第一線で戦うには高齢化した老傭兵達が主だった。その薄い防御に、ブルガルト達は、騎馬の勢いのまま突っ込んだ。四都市連合作軍部の小隊長は、歩哨役の老傭兵に対して陣地防御を命じる声を上げる。しかし、それを上回るような大声を騎上のブルガルトは発していた。
「俺の名は『暁旅団のブルガルト』だ! 死にたい奴は掛かってこい!」
その名乗りに、老傭兵達は顔を見合わせる。彼等の背後では小隊長が何度も応戦を叫ぶ。だが、その声を差し置いて、仲間内でヒソヒソと言葉を交わす。
「おい、ブルガルトって……」
「あれだ……
「そうけんき? なんだそれ?」
如何に経験の長い老傭兵といっても、その二つ名で呼ばれた若い頃のブルガルトを知る者は少ない。しかし、知っている者は明らかに蒼ざめた顔色と共に逃げ腰になる。だが、全体としては、ごく少数が逃げ腰になっただけで、殆どの老傭兵は小隊長の言葉に従って小勢の騎馬に詰め寄った。
「剣鬼の名声も過去のものだな」
「うるさい……仕方ないだろ」
敵の様子に「オークの舌」の首領が
「ブルガルト! 先手を打つか?」
「いや、目立ちたくない……近接戦でカタを付ける」
一方、魔術師バロルは向かってくる傭兵達に魔術を撃ち込もうとした。しかし、後方で戦いを繰り広げる本隊の目を気にしたブルガルトはそれを制止した。バロルは攻撃魔術の代わりに付与術である
付与術の効果を得たブルガルト達は、ワラワラと周囲に集まってくる四倍近い数の傭兵達と戦闘に突入する。先頭を切るのは騎乗のブルガルトだ。彼は、右手に持った反りが浅い
騎兵となった彼等は周囲を取り囲まれないように、常に馬を操り動き回る。しかし、彼等に向ったのは老練な傭兵達だった。数人が先端に
「うわっ!」
投げられたロープは馬の足に絡み付く。すると、ブルガルトに付き従う数騎の騎馬が足を取られて急停止、又は転倒した。それにつられて傭兵達が落馬する。
「レッツ!」
落馬した中にはレッツやバロルの姿があった。咄嗟に親友の名を呼んだドーサは、馬を飛び降りると、レッツの元へ駆けつける。そして、落馬した敵にトドメを刺そうと近寄ってきた敵の傭兵達と切り結ぶ。
「ちっ、バロルまで!」
馬の向きを変えたブルガルトは、ドーサと同じように馬から飛び降りる。そして、レッツやバロルを守るように戦うドーサの応援に向かうべく走り出した。何人かの仲間が同じように馬を放棄すると走り出した。
背後に続く仲間の気配を感じつつ、走りながらブルガルトは左手で小剣を抜き放つ。右手の
ブルガルトは左手に持った小剣の剣身を右手の
シャンッ
と金属が擦れる音が響く。すると、不思議な事に、右手の片刃剣が青白い燐光を帯びた。これは、魔術具の剣である小剣「
この魔術具の剣は、名前も素性も顔も知らないブルガルトの父親が、唯一彼に遺した品だった。そして、この魔術具の剣を得た若き日のブルガルトは、まるで
そんな彼だが、今は状況が違う。「愛する」とは恥ずかしくて言えないが、大切なダリア達が処刑の危機に瀕しているのだ。
ブルガルトは駆け寄った勢いのまま、敵の一人に小剣の切っ先を向ける。するとその傭兵は、構えた槍の穂先を下に向けた。不意に脱力し、使い慣れた武器が鉛のように重く感じたのだ。その一瞬で事足りる。駆け寄ったブルガルトは無表情に右手の片刃剣を振るう。
カンッ
「鋭利」の効果を得た刃が頸椎を断ち切る乾いた音が上がると、敵の頭が宙を舞った。ブルガルトは、振り抜いた片刃剣を別の敵に向ける。丁度ドーサと鍔迫り合いを演じていたその敵は、ガクッと膝を折る。ドーサの長剣がそのまま首筋を切り裂いた。
「ドーサ、剣を出せ!」
「え?」
「イイから早くしろ!」
ブルガルトに怒鳴られたドーサは長剣を彼の前に差し出した。それに、ブルガルトは小剣の刀身を重ねて滑らせる。そして、
「良く斬れるぞ! 頑張れ!」
と言うと、彼の尻を蹴るように、別の敵へ向ける。落馬した数人は何とか起き上がろうとしている。一方、彼等を目掛けて集まって来た敵の傭兵達は次々と切られていく。勿論馬上に留まった「オークの舌」の首領達は健在だ。彼等もまた、縦横無尽に馬を操り敵兵を削って行く。
ブルガルトは、乱戦と化した戦場の中で四都市連合の小隊長を見つけていた。目立つように白銀の鎧と羽根飾りのついた兜を被っていることが彼にとって仇となった。ブルガルトは、その姿目掛けて前進する。当然立ちはだかる敵の傭兵は居るが、斬り払い進む。その様子はまるで、
「貴様が小隊長か!」
「げっ……」
敵の集団内を突っ切ったブルガルトは、駆け足の速度で詰め寄りながら、一言だけ問い掛けた。対する小隊長は、味方の兵を割るように姿を現したブルガルトの姿に絶句する。血塗れの全身に殺気を漲らせた目は悪鬼のようだった。そして、彼等の問答はそれだけだった。
四都市連合の作軍部に所属するのは頭脳明晰であることが大前提だが、戦闘の強さも高い水準が求められる。荒くれの傭兵達を力ずくで大人しくさせる必要があるからだ。だから、この小隊長は三十手前の若さながら剣も槍も相当に
ピュッと鋭い音が一度鳴る。その小隊長は、首筋を深く割り切られ、血潮を噴き上げながらドサッと倒れた。明らかに即死だった。
「もう一度言う! 死にたくないヤツはこの場を離れろ!」
周囲を威圧するように言うブルガルトに、今度こそ敵の傭兵達は恐怖を感じた。そして、誰ともなく戦場を離れようとする。その動きはあっという間に全体に広がると、次の瞬間には百未満に減った敵兵は蜘蛛の子を散らすように四散していった。
「ブルガルト! 陣地を押えたぞ!」
逃げ去る敵の傭兵を見送っていたブルガルトに「オークの舌」の首領の声が掛かった。騎馬だった彼等は、敵兵の抵抗が弱まる機に乗じて幕が張られた陣地の中心に突入していた。そして、まさに処刑寸前だったダリアを始めとした仲間達を救い出していた。
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「ダリア……無事か?」
手足を縛っていた縄を取り去ったダリアは、ブルガルトに両肩を抱かれるようにして問われる。父親の優しさで問われる彼女は、しかし、咄嗟に視線を逸らせてしまった。昨晩あった凌辱を咄嗟に悟られまいとしたのだ。だが、その仕草で殆どの事を察してしまったブルガルトは、彼女を抱き寄せると耳元で言う。
「大丈夫だ、終わったら神蹟術が使える奴に頼む。心配するな」
「ごめん……ありがとう、お父さん」
短く言葉を交わす。ブルガルトは彼女を抱いていた腕に一度力を籠めるとそれを離した。そして立ち上がるとバロルを見つけて言う。
「バロル!」
「は、はいっ!」
バロルを呼んだブルガルトの表情は尋常でなかった。殺気や剣気ではない。明らかな憎しみと殺意が渦巻いている。その様子に思わずバロルは普段には無い素直な返事を返した。
「どうしてもソマルトの野郎に
「潜伏……
問いかけるバロルに返事もせずに、ブルガルトは陣を後にした。目指すは四都市連合第五集団の
「はぁ……」
バロルは溜息を吐くと、ブルガルトの後を追って陣を後にした。
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