Episode_17.33 我らテーブルの三騎士
イドシア砦を巡る局地戦は二つの戦場に分かれていた。その内、砦そのものを巡った戦いは、ウェスタ・ウーブル連合軍の別働隊が砦に突入することで、実に倍の数の敵兵を跳ね返していた。一方、砦から少し離れた場所で展開された本隊と四都市連合の第五集団との戦闘は依然として一進一退を続けていた。
ガルス中将は、逸る心を鎮めながら冷静に戦線を見ている。先程駆け抜けて行った所属不明の騎馬の集団 ――ブルガルトと名乗った―― が言うように、その後直ぐに背後へ敵の騎兵の突撃があった。
しかし、その突撃は、戦列の背後に待機して待ち構えていた味方の騎士によって防がれ、更に敵騎兵の集団は蹴散らされていた。ガルスは味方ながら、改めて騎乗の騎士の強さを知った想いだった。
しかし、五百の騎兵を二百の騎士が蹴散らしたのだ、当然騎士の側の被害も大きかった。しかも、敵の騎兵は退却すると見せかけて何度か再突撃を仕掛けてきた。そのため、自然と騎士達は本隊から離れた場所まで移動することになっていた。
(時間が惜しいのに……)
思わず口をついて出そうになる焦りの言葉を寸前で呑み込むガルスだった。
「騎士を呼び戻せ!」
数騎手元に残った騎士が、合図の喇叭を吹き鳴らしながら戦場を駆ける。その時、前方に見えるイドシア砦に大空から飛竜が舞い降りた。その光景に兵士達はどよめいた。ガルス自身も唖然として、その光景を見ていたが、混乱が広がり掛けた兵士達を鎮めるのが先だった。
「落ち着け! 大事ない!」
混乱するのは敵側も同じだったので、これを契機に戦線が崩壊することは無かった。さらに、飛竜は直ぐに砦から飛び立ち、雲の上に見えなくなっていたことも奏功した。
「ガルス様、今のは一体?」
散らばった騎士を集合させて戻ってきたのはウーブル侯爵領の騎士だった。彼の疑問は尤もだが、ガルスに答えられる訳は無かった。
「わからん……わからん事を気にしても仕方ない。残った騎士はどれだけか?」
「は、はい! 凡そ百二十!」
「よし、敵の左翼に対して突撃だ!」
「はっ」
ガルスの命令を受けて、本隊に戻ってきた騎士達は再び隊列を整える。少し時間を要したが、二列縦隊の長蛇を作った騎士達は突撃を仕掛けようと馬を走らせる。その間際にまたも前列の兵士達に
「今度は何だ!」
流石にこうも立て続けに色々起こると、ガルスの辛抱も限界だった。彼は厳しい口調で問い詰めるような言葉を発していた。そこへ、
「報告します、砦より敵兵が此方へ向かってきます」
「なんだと!」
その報告にガルスは拳を鞍に叩きつけた。咄嗟に間に合わなかったと思ったのだ。砦から敵が此方に向かう、という事は、砦の
「敵兵、砦から遁走の模様です」
「!」
そこでガルスは隣の騎士の肩を借りると、鞍の上に立ち上がった。中々珍しい光景だが、幼い頃から馬に慣れ親しんでいる正騎士の家系ならではの技と言える。そうやって高い場所から戦場を見渡すガルスの目に、伝令が告げた光景が飛び込んできた。
確かに砦から三百前後の敵兵が彼等の本隊の在る此方へ向かって緩い斜面を駆け下っている。武器を投げ出した者が多い。遁走というのは間違い無いと思った。しかし、ガルスの視線はその奥に吸寄せられた。そこには――
「アルヴァン様、バーナス様も御無事だ! 騎士隊、何をしている! 突撃だ、この機に敵を突き崩せ!」
ガルス中将の怒号のような号令が戦場に響き渡った。
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「バーナス殿、立てるか?」
「ああ、大丈夫だ……情けないな……」
ウーブル侯爵家の公子バーナス、又従兄の彼を気遣う声はアルヴァンのものだ。そうやってバーナスを立たせるように手を差し伸べるアルヴァンも、ヨシンとユーリーに背後から支えられていた。
砦に到達した別働隊は、内部の残存兵と合流すると、今度は来た道を取って返して門前に残った敵を掃討した。但し、追い詰めて殲滅するほどの余力は無かったため、追い払うように彼等を本隊の方へ追い返したのだ。
そして敵兵が居なくなった門前に出てきたアルヴァンとバーナスは夫々が自分の侯爵家を示す旗竿を手に持っている。眼下に残る敵の部隊は約千数百、味方の本隊も同数残って戦いを続けている。その戦況を覆すべく、アルヴァンが言い出した事だった。
「我らの無事を知れば、兵達は奮い立つ……歩くのを手伝ってくれ」
そう言う彼に、手を貸すことを拒否するはずの無い二人だった。そして、ユーリーとヨシンはアルヴァンを支える。アルヴァンに支えられていたバーナスは、自家の兵士が直ぐに引き受ける事になった。
「久し振りに揃ったな」
「ああ、そうだね」
ヨシンの言葉に、ユーリーが頷く。すると、アルヴァンがかすれた声で懐かしい言葉を言った。
「……テーブル同盟、だったな……」
それは三人がまだ少年といえる頃、ヨシンが急に言い出した言葉だった。雪が降りしきる真夜中の練兵場で三人揃って唱え合ったきり、口にすることは無かった。しかし、三人ともハッキリと覚えている言葉だった。
「……我らテーブルの三騎士!」
「我ら集いて共に敵を打ち払わん」
「一人は皆の皿に! 皆は一人の皿に! 残さず喰うべし!」
あの時と同じように、ヨシンが口火を切る。そしてアルヴァンとユーリーがそれに続いた。彼等の周囲に居る兵士や騎士達は何事かと、顔を覗き込むようになる。だが、三人は構わず続けた。
「今や、眼下の敵は我らに敵うことは無い。だが、いずれ必ず牙を剥くだろう」
「その時は、我らテーブルの三騎士、再び集い共に敵を打ち払わん!」
「一人は皆の皿に、皆は一人の皿に、そして残さず食うべし!」
何が楽しいのか分からないが、三人してその言葉を順に言い合う彼等は、少年のような笑みを浮かべていた。そっとその様子を見守るリリアは、ユーリーが浮かべる少年のような笑顔に、不意に嫉妬のような気持ちを感じていた。そこには、男女の仲とは違う、男同士の友情があったからだ。
(なんだか、妬けちゃうわね……男の友情って)
少女の嫉妬に気付く事なく続く唱和は、やがて兵達にも伝わる。そして、砦の前に出てきた六百余人の兵士と騎士達は、意味が分からないまま、その言葉を唱和していた。男達の大声が、背後のインヴァル山系に木霊すると、山彦のように平野に達する。それは、期せずして四都市連合の第五集団を威圧する結果となった。
彼等の眼下で戦いを繰り広げていた第五集団は、丁度リムルベート側の騎士の突撃を受けたこともあり、戦線を崩壊させた。そして、数騎の将官と思しき騎兵を先頭に、アドルム平野の南へ沿うように、アドルムの街へ逃げ帰る進路を取っていた。
「見ろ、逃げていくぞ!」
「やった、勝ったぞ!」
「勝ったぁ!」
「テーブルの三騎士の勝利だ!」
「テーブルの騎士万歳!」
「万歳!」
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四都市連合作軍部長のソマルトは馬上にあって、結果を受け入れていた。戦いとは何が起こるか分からない。確実な結果に至る完全な作戦など無いのだ。そう言い聞かせる彼は、六騎の配下を引き連れて一路アドルムの街へ向かった。万が一アドルムを守る第七、第九、第十集団が敗れていれば、彼等はアドルム平野に孤立することになってしまう。その前に街へ戻りたかった。
彼等は、平野の南側に続く山脈の直ぐ裾にあるアドルム平野を東西に突っ切る街道に出ようと、
「なんだ?」
「さぁ?」
「とにかく急ぎましょう」
ソマルトの周りを固めるのは同じ作軍部の中隊長以上の将官だ。彼等は口々に疑問を発する。しかし、それ以上の事を出来る訳でもなく、馬に鞭を当てるだけだ。すると、先頭を走っていた一人が声を上げた。
「誰だ! そこにいるの――」
しかし、その声は明らかに
「襲撃?」
「敵兵か?」
慌てた他の者達は馬を止めてソマルトを守るような陣形を取る。そこに、霧の中から一人の男が歩み出た。
「作軍部長のソマルトだな……」
「貴様は?」
空気自体が重みを生じるような低い声には、漲る殺意が籠っている。
「ブルガルトだ……雑魚にも用事はある……全員死んでもらう」
「なに!」
「ソマルト様、お逃げぇ――」
徒歩のブルガルトは一か所に固まった騎兵六騎に駆け寄ると、外周を守る一騎の胴を無造作に突いた。鋼の胴当てを易々と貫いたブルガルトは、
「迎え討て! 相手は一人だ!」
ソマルトはそう声を上げる。そして自分は脱出の隙を窺う。だが、その動きに気付いたブルガルトは、徒歩とは思えない速さで駆けると、ソマルトの乗る馬の前脚を切断していた。
「貴様はしばらく、そこで寝てろ」
落馬したソマルトにそう言い放つと、慌てて駆け寄ってきた二騎に対して左右の剣の切っ先を向けた。
「作軍部長のソマルト……どうして欲しい?」
「く……貴様、一体どうするつもりだ?」
「それを訊いているのはこっちなんだが……分かり難かったか」
そう言うとブルガルトは、片刃剣にこびり付いた血糊と脂をソマルトの頬で拭った。
「傭兵契約の不実履行……契約自体が解除だ」
「ばかな、そのような事をすれば二度と四都市連合では働けな……」
ブルガルトの言葉にソマルトは反論する。彼の言葉は、この期に及んで恫喝するような内容だった。しかし、その言葉を全て吐き出す前にソマルトの声が途切れる。頬に押し当てられていた刀身がスッと首元へ動いたのだ。
「二度と四都市連合と仕事をする気は無いよ……」
低い声で囁くように言うブルガルトだ。対するソマルトは、刀身が一段と強く首筋に押し当てられる感覚に
「わ、わかった……私を逃がしてくれれば、き、金貨千。金貨千枚払う、ど、どうだ?」
「残念ながら、お前には信用が無い。この場で払うならまだしもな……」
その時、霧の中から魔術師バロルが姿を現した。彼は、勝敗の決した戦場から逃げてくる傭兵達の存在をブルガルトに伝える。
「ブルガルト、傭兵達が逃げてくるぞ。そろそろ」
「ああ、そうだな」
そう言うと、ブルガルトは片刃剣を一閃させた。うつ伏せに倒れた状態のソマルトの後ろ頭を峰の方で
「さぁ、コイツをつれてリムルベート軍に投降しようか」
「なんだ、てっきり殺すのかと思ったが」
「……なんだか萎えた。それに、この土産があれば、リムルベートと交渉しやすいだろう」
「そうかい、好きにしてくれ」
その言葉を最後に、ブルガルト達の気配は霧の中に溶け込むように消えて行った。
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イドシア砦を巡る戦いは、リムルベート王国と四都市連合の戦争、という大きな流れに比べると、小さな局地戦の結果に過ぎなかった。しかし、この勝利によって、前方 ――つまりアドルムの街―― に全兵力を集中できるようになったリムルベート王国側にとっては、意義のある勝利だった。
そして、二つの大きな国同士の戦いは次の局面へ向かって動き出す。再会の喜びを噛締める若い騎士達の運命もまた、自ずとその局面に引き摺り込まれて行くのだった。
Episode_17 飛竜舞い降りる砦(完)
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