Episode_17.23 飛竜の尻尾は空を舞う


 この世の中で、友好的なドラゴンの背中に乗った事がある人間はどれだけいるだろうか? 全く居ないということは無いだろう。しかし、稀有な体験であることには変わりがない。ましてや、その背に乗った上で空を飛ぶなどと言う体験は、他人に語ったところで、ほら吹き・・・・呼ばわりされるのが関の山だ。


 リコットは、そう考えながらも大きな飛竜の背中に乗っていた。彼の居場所は尻尾に近い場所だ。


「ヴェズル、大丈夫よ!」

「……大丈夫なのかな?」

「今更、そう言う事言わないの!」


 そんなやり取りは、少し先の方に居るユーリーとリリアのものだった。前からお似合いの二人だとは思っていたが、仲が良いようで何よりである、とリコットは無理矢理考える。そうでもしないと緊張で手が震えそうなのだ。


 リコットは、気を紛らわすように仲間達を見る。目の前にはイデンとタリル、更にその前にユーリーとリリア、隣にはジェロが居る。全員が、竜の背中に生えた棘のような突起にしがみ付くようにしていた。


 隣を見たリコットは、ジェロと視線が合った。ジェロの口は何かを唱えるようにブツブツと動いている。よく聴くと、それはパスティナ神の聖句だった。


(こいつ、すっかりパスティナ教徒だな……いや、この場合はエーヴィー教か?)


 何となく親友をからかう・・・・言葉を思い付いたリコットは口を開き掛ける。その瞬間、


「皆! 飛ぶわよ!」


 リリアの声が響いた。そして、飛竜は翼肢を大きく広げると一気に羽ばたき、大地を蹴った。全く油断していたリコットは、その瞬間の躍動に対応出来ず、背中から弾き飛ばされる。


「ひえぇ!」


 宙に放り出されたリコットは、無意識のうちに腰にあった革巾着を投げる。それは、真横を通り過ぎる飛竜の尻尾に絡み付くと、何とかリコットを空に引っ張り上げた。そして、宙吊りとなったリコットは目を瞑りながら、どうしてこうなったか、を考えていた。


****************************************


 飛竜によって空中から救い出されたユーリーは間も無く目を覚ました。泣きじゃくるリリアによって、無茶苦茶に抱き締められたユーリーだが、何とか正気を取り戻すと、目の前の巨体を茫然と見上げる風になる。その瞬間、彼は翼竜ワイバーンが本物のドラゴンになったと考えただろう。


 混乱するのは他の面々も同じだった。ただ、リリアの若鷹ヴェズルに従うように飛来した飛竜は、一行に危害を加える意志は無いようだった。その飛竜は空中で巨大な翼竜を引き裂き、打ち砕いた後、そのまま翼竜が居た小山に着地した。そして、金属質の光沢を持つ大きな球体 ――竜の卵―― を取り戻していたのだ。


 そうやってから、一行の所にやってきた飛竜は、ユーリーが目を覚ましたのを見届けると、一度だけヴェズルの方を見て低く唸るような声を上げる。対するヴェズルは、飛竜が前脚でしっかりと持っている卵を興味深そうに眺めていたが、竜の声に対して「クエッ」と普段通りの鳴き声で返していた。


 その後、飛竜は北の山に飛び去った。確保した巣に卵を戻すのだろう。一方、ユーリー達一行は、西の山肌を目指して湿地を進む行程を再開した。そして、数時間後に湿地を抜けた一行は、そのまま西進すると壁のようになった山肌の裾に辿り着いていた。彼等の頭上には若鷹ヴェズルが円弧を描くように空を舞っていた。


「これなら、魔獣に不意打ちされることも無いわね」


 と、リリアは自信ありげに言う。彼女の「風の囁き」による探知範囲よりも、上空のヴェズルが見る視界の方が広大な領域を監視できるからだ。彼女以外の全員は、ヴェズルを「よく懐いた鷹」程度に考えていた。しかし、先ほど翼竜を相手に発揮した力を見せられた今は、リリアの言う事にも納得するしかなかった。


 一行はその場所で休憩を取る。この後は山肌を登り、そして南側のイドシア砦の裏に出る必要があるのだ。時刻は正午前といった所だ。これからの道のりを考えて、携帯口糧での食事を済ませるつもりだった。


 上空を舞っていたヴェズルは、そのまま山肌を飛び越えて西の空へ向かった。基本的にリリアの周囲の安全を確保するが、そこは生まれてまだ数年の幼い感情を残した存在である。時に好奇心に負けると、ふらりと何処かへ姿を消すこともあった。


「あれ、ヴェズルは?」

「ああ、西の方へ行ったわね。ちょっとイドシア砦の様子でも見て貰おうかしら?」

「え? 出来るの?」


 ユーリーは、若鷹に何となく助けられた気になっていたので、干し肉でもやろうかとヴェズルを探した。しかし、姿が見当たらないのでリリアに声を掛けたのだ。そして、リリアの言葉に、詰め寄るようになった。イドシア砦の様子は是非確認したいと考えたのだ。


「距離によるんだけど、やってみるわね」


 一方のリリア、そう答えると心の中でヴェズルに呼びかける。


(ちょっと、下の方を見て頂戴)


 すると、遠く離れたヴェズルから「わかった」という内容の思念が返って来た。そして、ヴェズルはリリアの要望を叶えるために、一気に高度を落とした。


「え! あぁ!」

「ど、どうしたの、どうなってるの?」


 リリアが驚愕の声を上げたのは無理も無い。鷹の目を通してリリアに送られてきた光景は、彼女が思っていた以上に高い場所からの視点だったからだ。だが、その視点は直ぐに高度を下げた。そして、リリアの視界は分厚い雲を突き破り、その下に広がる戦場の光景を捉えていた。数千から万に近い軍勢が衝突している。リリアにはその軍勢がどちらの勢力か分からないが、北から攻める方が、南側の街を背にした集団を押しているように見えた。一方、その戦場から少し離れた東側には、山肌に張り付くような小さい砦を攻撃する別の集団があった。リリアは、その小さな砦を自分達が目指すイドシア砦だと直感していた。


「戦いが、戦争が始まっているわ」

「っ!」

「あれがイドシア砦ね……二千ほど……攻められているわ」

「アルヴァン達は!」

「わからない……でも、砦側も何とか防戦しているわ」


 リリアはそこでヴェズルの視界を遮断した。離れた距離で、長く視界を共有したので、頭の芯がズキリと痛みを発したのだ。


「ゴメンなさい、少し休まないと」

「ああ、いいんだ。ありがとうリリア」


 そんなやり取りになった。そのころには、二人の只ならぬ雰囲気に気付いたジェロ達も近付いていた。


「ユーリー、どうしたんだ?」

「戦いが始まっている……イドシアのアルヴァン達も攻められているみたいだ」

「でも、どんなに急いでも、ここから南へ出るのは一日がかりだぞ……」

「……」


 覗き込むように問い掛けるタリルに、ユーリーが答えた。明らかな焦りの気持ちが籠っていた。対して、リコットは冷静に言う。その言葉にユーリーは頷くしかなかった。


「うーん……空を飛べれば文字通りに『ひとっ飛び』なんだろうがな……」


 ジェロは唸るように言う。しかし、


「ジェロさん、それ、良い考えかも!」

「えっ?」


 リリアの声に、一同は驚いたように彼女を見たのだった。


****************************************


 それからの動きは早かった。リリアはヴェズルを呼び戻すと、考えを伝えた。そして、リリアの求めに応じたヴェズルは文字通り矢のような勢いで今度は北の空へ向かう。そして、一時間もしない内に、先ほど飛び去った飛竜を連れて来たのだ。


 そして、一行は飛竜の背に乗る人々となった。只一人を除いて。


「リコット! 生きてるか?」


 ゴウゴウと風が渦巻く中、遥か頭上からジェロの心配する声が聞こえた。しかし、必死で飛竜の尻尾に掴まるリコットは返事どころでは無かった。


(早く地面に降りてくれぇー!)


 只管ひたすらそう願うばかりのリコットだった。


 彼等を乗せた飛竜は、インヴァル山系の山肌伝いに一気に降下すると雲の中へと姿を消して行った。奇しくも「いつか飛竜を見つけたい」と願った冒険者達は、見つけるどころかその背に乗って空を飛ぶ、という最高の冒険を与えられていた。ただ、余り楽しむ余裕はなさそうだった。

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