Episode_17.22 飛竜の卵
(まるで
その巨体を見た瞬間のユーリーの印象だった。全員がそう思ったかもしれない。本物の
リコットが、周囲よりも高い小山、と見ていた場所は、実は上半分がこの巨大な翼竜の身体だったのだ。前脚の翼を伏せるようにしていたので、山のように見えたのだろう。しかも、他の翼竜とは違い、ゴツゴツとして岩のような鱗を備えた外見であることも、見間違いに拍車をかけていた。
とにかく、その巨体は翼竜としては規格外であった。それは、彼が「宝」と思う
「イデンさん、ジェロさん、離れて!」
「ユーリー! どうする?」
息を呑んだままのジェロ達に、ユーリーが離れるように言う。一方、後ろから駆け寄ってきたタリルはそんなユーリーに問い掛けた。だが、ユーリーにも返す言葉が無い。分からないことが多かった。戸惑う視線が一瞬だけリリアの方を向いた。
(ユーリーが……助けを求めている、の?)
その視線を受け取ったリリアの心に、そんな思いが巻き起こる。リリアにとって
華奢と言えば、余程自分の方が頼りない。そんな身体だが、宿した力は強力だった。リリアはその力を呼び起こすように風の精霊に
「冷たき北風の王の名に於いて命じる、風よ、十重二十重なる刃を生じて彼の敵を討て!」
それは、自然と口をついて出た言葉だった。だが、リリアの心を反映した強さを持っていた。そして、周囲に渦を巻いていた風の精霊が一気に活性化する。極端に気圧を減じた大気が縞模様のように重なり合うと、一陣の
一方、翼竜は、迫り来る
「怯まず進め! 原始の龍は偉大なり!」
凛とした声が再び湿原に響く。その瞬間押し返された風の塊は勢いを取り戻すと、一気に巨大な翼竜へ襲い掛かった。翼竜が発生する風はリリアの
「グォォォオオオオンッ!」
苦痛を示す翼竜の咆哮が木霊した。そして、風が駆け抜けた後、一気に下がった気圧によって発生した薄い
(なんて、強さなんだ……)
その光景を見せられたユーリーは生唾を呑み込むように、リリアと傷ついた翼竜を見比べた。それほど、リリアの発した風の塊は常識を超越した威力を発していたのだ。それは、魔力を使い魔術陣を介してこの世界に現象を起こす魔術とは次元の違う、この世界の力そのものの発現だと、ユーリーは感じていた。そして、
「勝った……か?」
そんな言葉が無意識に口から
「な、なんだよ! あんなの反則だ!」
リコットの叫びで現実に引き戻された。ユーリーは再び巨大な翼竜を見る。その視線の先には、ばっくりと割れた裂傷や、ボロボロになった皮膜の翼を
「グルオオォォォッ!」
翼竜は咆哮を上げる。まるで「今度は此方の番だ」と言わんばかりだ。そして、翼竜は小山の斜面を一気に跳躍すると、猛然と少女目指して空を滑空した。自分を傷付けた存在を真っ先に排除するためだった。
「リリア!」
巨体が着地する衝撃音に、ユーリーの叫びはかき消された。
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湿原よりも北に離れた
竜と鷹ではそもそも大きさが違いすぎる。竜にとってみれば、この世の殆ど全てが矮小な存在といえる。しかし、この竜は目の前の若い鷹の存在を軽視することが出来なかった。
竜は感じ取っていた、目の前の存在が見た通りのものでないことを。竜の目には、その小さな体に渦巻く原始の龍の力が映っていた。それは、風そのものだった。しかし、荒々しく吹き付ける風ではない。柔らかく包み込み、一つに纏める性質の風だ。その権化といえる存在が目の前に現れたのだった。その存在感に、竜は静かに
一方、その若い鷹は、目の前の大きな竜から悲哀と疲労を感じ取っていた。子を失った悲しみと、探すことを止められない疲れだった。この鷹は子を持ったことが無い。寧ろ自分は未だ子供だと思っている。しかし、自分が居なくなれば、母はきっと悲しむだろうと思った。
その鷹は考えた、困っている疲れた竜のことを母に相談しようと考えたのだ。それは丸っきり子供の幼い発想だった。しかし、その若い鷹は大きく羽ばたくと、広葉樹の梢から、頭を垂れたままの竜の肩に飛び移る。そして、その場で何度も翼を羽ばたかせた。まるで、疲れた竜を癒すような風がその場を包む。そして、
「クエ!」
その鷹は、短く鳴くと竜の肩から飛び立つ。そのまま頭上を旋回する様子はまるで誘っているようだった。そして、竜は折り畳んでいた翼肢を広げる。巨大な翼がゆっくりと風を生み出すと、巨体が空へ持ち上がる。そして、一羽と一体は、南の湿原へ、若い鷹の母がいる場所へ向かった。
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リリアは、翼竜の発達した後脚に備わる鉤爪が、自分を目掛けて迫る光景を途中まで見ていた。しかし、その鋭い先端が自分を捉える瞬間、横倒しになって地面を転がっていた。彼女を地面に押し付けるように引き倒したのはユーリーだった。そして、次の瞬間、地面を仰向けに転がったリリアが見たものは、太い鉤爪に捕えられ、空中へ連れ去られるユーリーの姿だった。
「ユーリィッ!」
リリアは瞬時に
ユーリーは、その瞬間、強烈な衝撃を背中に受けていた。何とかリリアを突き飛ばしたが、結局自分が捕えられる事になった。彼の周囲には風が渦巻く。渦巻く風以外の音は聞き取れないが、リリアが自分の名を叫んだような気がした。ユーリーは巨大な翼竜の鉤爪に胴を掴まれて空を舞っていた。眼下の仲間達はみるみる内に、豆粒のように小さくなっていた。これほどの高さから落とされれば、確実に死が待っている。そのため、ユーリーは、手にした蒼牙を振るう事も、攻撃魔術を放つことも出来なかった。
(クソ! どうしろってんだ!)
高所から落下しながら魔術を使った経験など有るはずがない。
一方の翼竜は大きく空中に弧を描くと、空を舞う。翼竜の残忍な習性として、狩った獲物を空中で仲間に放り渡すというものがある。この翼竜は、得意になってその習性を発揮する。但し、受け取る仲間は既に居ないので、投げた獲物を自分で受け取るのだ。そして、
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母と思う
(ユーリーが!)
ヴェズルは、余り聞きたくない名前を聞いて少し腹を立てる。それまで独占出来ていた母の愛情を奪って行った男の名前だった。だが、強烈過ぎるその思念にヴェズルは視界の焦点を虚空に合わせた。そこには木の葉のように宙に投げ出されたユーリーという男の姿があった。
ヴェズルは直感的に考える。
(飛ベルクセニ、何ヲ遊ンデイルンダ?)
その男は、常に背中に不可視の翼を背負っていた。しかし、それを使う事を知らないように、普段は母親同様に地面を歩いていた。全く持って勿体無い事だと常にヴェズルは考えていた。しかし、その男が宙を舞う姿を母親は悲嘆のどん底で見ているのだった。男がどうなるかは
飛竜は、滑空したまま強引に翼を羽ばたかせる。ドンッと空気を打つ音と共に、その飛竜は加速してヴェズルの前に出ると、更に何度も羽ばたく。その度にドンッ、ドンッと空気を切り裂く音が響く。そして、宙に舞った男が回り込んだ翼竜の鉤爪に受け止められる、その間隙に割り込んでいた。
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リリアは、上空の出来事を唖然として見ていた。宙に放り出されたユーリーは、回り込んで受け止めようとする翼竜の眼前で、横切った黒い影に
「なんだ! 新手か!」
「タリル、何とかならないのか!」
咄嗟の事に、ジェロとリコットの悲痛な声が上がった。しかし、リリアはそれを制する。横切ってユーリーを攫い捕った黒い影は、一切害意を発していなかったのだ。その黒い影は翼竜に似ていた。しかし、明らかに違うのは、力強く羽ばたきながらも、前脚でしっかりとユーリーを掴んでいたことだ。四肢の他に翼を持つ、その姿こそ、竜であり|飛竜(ウイングドラゴン)だった。
飛竜は大きな弧を描きながら地表のリリアの前に降り立つ。そして、前脚に掴んだユーリーを地面に横たえた。ユーリーは空中に投げ出される衝撃で気絶していた。リリアがその身体に駆け寄る。
そこに今度は若い鷹が現れる。彼は、ユーリーがどうなったかは
(ユルサナイ……)
二つの存在の意識が重なり合う。
先ず最初に飛んだのはヴェズルだった。彼は、白い光に包まれながら強烈な風を以って巨大な翼竜の周りを回る。ヴェズルによって完全に支配された風は翼竜から空へ浮く力を奪い去る。そして、翼竜は成す術も無く地面に落下するが、その途中で飛竜がその身体に飛び掛かった。強力な四肢で、落下する翼竜に取り付くと、力任せにその身を引き割いた。真っ赤な血潮が空に咲く。だが、怒りに震える飛竜は止まらない。蹴り出すように肉塊となった翼竜を突き飛ばすと、次いで大きな口を開けて雷を吐き出したのだ。
―――――ッ!
凡そ音に表現できない轟音が周囲を振るわせる。気の弱い者ならは、それだけで失神するほどの威力があった。そうして吐き出された雷は、肉塊となっても再生を始めていた翼竜の身体を文字通り粉々に砕き去っていた。湿地に焦げた肉の雨が降った。
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