Episode_17.21 翼竜襲撃!


 上空に留まっていた三匹の翼竜ワイバーンは、その一部始終を目にして狩りの方法を変える。上空から一気に迫るのは危険と判断した三匹は、小山を背にして固まる人間の集団に三方向から一斉に襲い掛かることにした。そして、自分達の中で最も強力な群れのリーダーの場所へ追い込むことにした。三匹は旋回しながら徐々に高度を下げると、人間達から少し離れた場所に着地する。


 三匹の翼竜は、発達した後脚と翼を持つ前脚を使い、前傾姿勢となって地面を駆ける。その体躯は地面を這う偽竜ドレイクと比較しても遜色ない巨体だ。首から胴にかけて三メートル、細長い尾を含めると全長は六メートルを超え、体高も腰の辺りで二メートル前後に達している。前脚の翼は折り畳まれているが、広げれば全長を超える長さがあるだろう。但し、首や胴周り、尻尾といった身体の各所は華奢に見える。また、鱗は一般的なドレイクと比較すると小さく体表全てを覆っている訳では無かった。風の抵抗を少なくして、大気の中を滑空することに適合した形質のためだろう。


 そんな三匹の翼竜は地面の起伏を巧みに使いながら、姿を隠したり現したりして、徐々に距離を詰めてくる。一方、ユーリー達六人の居場所は小山を背にした開けた場所だ。囲まれて、一気に襲われると流石に分が悪かった。


「このままじゃ囲まれちまう、あっちに迎え撃つのにピッタリの場所がある! そこへ!」


 小山の上から周囲を見晴らしたリコットが、そんな声を上げる。彼は、湿地の中心近くに存在する、小山が幾つか寄り集まった場所を指差していた。ひときわ高い小山の周辺に幾つかの起伏が合わさった場所だ。そこならば、小山を背にして一方向からの襲撃を警戒すれば充分だと思えたのだ。


「わかった、そっちへ移動しよう!」


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 群れのリーダーである巨大な翼竜は、他の群れの仲間達が獲物の人間を自分の所に追い込んでくるのを、鬱陶しく感じていた。仲間達は空腹なようだが、彼の腹は満たされたままだ。しかし、彼は自分の宝に誰も近づけたくない一心で大きな身体を起こした。周囲が見渡せる湿地の中心にある小山の上に、鎌首をもたげたような彼の頭部がヌッと現れた。しかし、駆け寄ってくる人間達は背後を気にしているのか、その存在に気付いた様子は無かった。


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 三匹の翼竜に追い立てられる一行は、ひときわ高い小山の下、三方が隆起した丘のような地形に囲まれた場所に辿り着いた。三匹の翼竜は既に合流しており、同じ視界に納まったまま、近くに迫っている。


「タリルさん、何でもいいから一発撃って!」

「お? おう、分かった!」

「リリアは、炎を!」


 タリルはユーリーに促されるまま「雷撃矢ライトニングアロー」を発動する。三本のいかずちを帯びた矢がタリルの前に浮かび上がると、次の瞬間、迫り来る三匹の翼竜に襲い掛かる。しかし、翼竜達は発達した後脚の脚力を発揮し、跳躍することでその一撃を躱す。


 三匹の飛竜は夫々それぞれ別方向に跳躍していた。しかし、空を飛ぶ訳では無く、地面に着地する。ユーリーはその一瞬を狙ったように「火炎矢ファイヤアロー」を発動した。魔剣「蒼牙」のもつ増加インクリージョンの力によって、拡大したユーリーの魔術は一度に十本の炎の矢を出現させる。そして、それらは翼竜の一匹の着地地点に目掛けて空を走った。


 翼竜の一匹は、着地と同時に周囲の枯草が一気に燃え上がるのに驚いた。しかし、頑強な魔獣である翼竜には、この程度の火力は大した痛手とならない――ハズであった。だが、一旦上がった炎はまるで油を注ぎ足されたかのように一気に火力を増す。


「炎の精よ、燃え上がる喜びの舞を踊れ!」


 リリアはユーリーの意図を瞬時に読み取った。そして炎の精霊術である「炎の舌フレイムタン」を発動したのだ。この精霊術の効果は「火精招来コールファイア」に似るが、その目的は対象物を焼き尽くすことである。そして、リリアが発動した「炎の舌」はまるで巨大な生き物の舌のように、翼竜を舐める。その炎のよって、翼竜が誇るしなやか・・・・で強靭な皮膜ひまくの翼が融けるように燃え落ちる。そして――、


ドオォォン!


 耳をつんざく爆発音はユーリーの放った「火爆矢ファイヤボルト」だった。炎の舌に絡め取られ、翼を失った翼竜には、避ける術が無かった。そして、燃え盛る巨大な矢を受けた翼竜は、胸部から上を殆ど吹き飛ばされた状態で、衰えない炎の中に突っ伏した。


 タリルの魔術から始まった、ユーリーとリリアの連携攻撃によって翼竜の一匹が葬られた、しかし、他の二匹は尚も距離を詰めてくる。そして、遂に近接戦闘の間合いに入った。


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「うおおお!」


 大きな円形盾を構えたイデンに対して、二匹の翼竜が襲い掛かる。初めの一匹は鋭く細かい牙が生えた顎を目一杯広げると、イデンの盾をかじり取るように頭を突っ込んでくる。対するイデンは、盾を引くと、体を入れ替えて、大振りな戦槌メイスでその細長い鼻づらを打ち据えた。ゴンッという手応えと共に、翼竜の鼻先は狙いを外してイデンの直ぐ隣の地面をえぐる。


 しかし、続くもう一匹の翼竜は、仲間を打ち据えたイデンに対して前脚を叩きつけるように振るった。


「イデン!」

「うおぉ!」


 攻撃後に姿勢を崩していたイデンは、その攻撃を盾で受け止めるが、勢いに負けて撥ね飛ばされた。大柄な身体が湿地の地面を転がる。


「リコット、目を!」

「あいよ!」


 イデンを撥ね飛ばした翼竜は、転がったまま起き上がれない獲物にトドメを刺すため、首を持ちあげる。興奮のためか、空腹のせいか、半開きの顎からは粘ついた唾液が垂れている。しかし、次の瞬間、その側頭部に五つの鉛玉がめり込んだ。ジェロの指示に反応したリコットが放ったつぶてだった。その内一つが、蜥蜴のような金色の瞳に食い込む。余りの痛みと驚きに、その翼竜は攻撃対象を切り替えると、長細い尾を鞭のように使いリコットを打ち据える。


「うわっとっと」


 しかし、身軽なリコットは寸前でその一撃を躱していた。


 一方、先にイデンに噛み付き損ねた一匹は、地面に突っ込んだ頭を持ち上げると見失った獲物を探す。そこに、業物の長剣バスタードソードを構えたジェロが突進した。


「いやぁっ!」


 気合いと共に大上段から叩きつけたジェロの一撃は、翼竜の首筋を狙っていた。しかし、翼竜が咄嗟に振り上げた前脚に遮られ、鋭い切っ先は届かない。替りに翼竜の前脚から、翼の先端にあった小さな鉤爪が切断され宙を舞った。血飛沫が上がる。翼竜は痛みに身体をよじると、左右の前脚に細長い首と尾を滅茶苦茶に振り回した。ジェロはその幾つかを何とか躱しながら、反撃の剣を振るう。動き易さを重視したジェロの防具は軽装備だ、暴れる魔獣の一撃はどれもが致命傷になり兼ねない。ジェロは最大限の集中力でそれらを躱すが、顎の牙や残っている前脚の鉤爪によって、手足を傷付けられる。


 ジェロの剣も同様に相手を斬り付けるが、人間と魔獣では生命力が違い過ぎる。先に人間が倒れるのは道理だった。だが、ジェロには仲間が居る。


「た、戦いの神マルスよ、きず、ついたものに、癒しを……癒しを!」


 短い気絶から目を覚ましたイデンは、苦痛を堪えた声で祈りを捧げる。神蹟術の「治癒」はたちまち効果を示し、イデンとジェロの傷を癒す。そして、


「いやしをぉうらぁぁ!」


 イデンは蛮声を振り絞り、重たい戦槌を投擲した。ジェロが対峙する翼竜目掛けて飛ぶ戦槌それは、ゆっくりと二回半回転すると、翼竜の横頭を強かに打ち据えた。暴れる動きが一瞬止まる。


「っ!」


 そこに、裂ぱくの気合いを伴ったジェロの切っ先が襲い掛かる。業物の長剣は、仰け反った翼竜の首の付け根、息の通り道を断ち切る。翼竜の巨体が雷に撃たれたように硬直した。ジェロは、素早く切っ先を抜くと、身体の回転を利用して長剣を強振きょうしんする。


ガンッ!


 という重い手応えと共に、翼竜の首は半ば切断されて、噴水のように赤い血潮を撒き散らした。


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 ユーリーとリリアは、ジェロ達に襲い掛かった二匹の翼竜を後ろから追う格好となった。翼竜とジェロ達は接近しているため、遠い間合いから攻撃魔術や矢を射ることは出来ない。そのために、走って間合いを詰める。そんな二人の内、俊敏さでは「俊足ストライド」の効果を得たリリアが勝った。


 リリアは五歩分ほどユーリーを引き離すと、一気に速度を上げる。視界の端では、ジェロが翼竜の首を撥ね飛ばす勢いでトドメを刺したところだった。そのため、リリアの狙いはもう一匹、リコットに対して執拗に攻撃を加える最後の一匹に絞られた。


 リコットは自分を執拗に狙う翼竜の攻撃を紙一重で躱し続ける。軽快に踊るように、余裕をもって躱しているように見えるが、内心は冷や汗で尻まで濡れるほど必死だった。そこに、何かが飛び込んできた。


(なんだ?)


 その瞬間も、自分に噛み付こうと突きだされたあぎとを躱した彼は、疑問を感じる。しかし、答えを得る前に、飛び込んだ影は行動に移った。


 その影、リリアは手に持った短槍を腰だめに構えると、一気に跳躍し翼竜の頭部を間合いに捉えた。そして、渾身の力で槍を振るう。穂先ではなく石突の側をその側頭部、見えている方の眼球目掛けて叩きつけたのだ。ゴンッ! という硬い衝撃とグニャリとした柔らかい手応えを同時に感じた。


 翼竜は視界を全く失い暴れ狂う。リリアとリコットは咄嗟に飛び退いた。そこにユーリーが駆け込む。既に抜身の蒼牙にはたっぷりと魔力を叩き込んだ状態だ。そして、


ゴババァンッ!


 ユーリーは補助動作も何も無しに、ただ魔力衝マナインパクトの魔術陣を起想したまま、蒼牙それを振るった。下段から振り上げる太刀筋は、対人ならば逆袈裟だが、周囲が揺れて見えるほど魔力を伴った強烈な一撃は翼竜の身体を浮き上がらせる威力を発揮する。しかしユーリーの攻撃は止まらない。浮き上がった翼竜の身体、左側の前脚根本を、振り抜いたままの蒼牙の逆刃が襲う。魔力の熾火を存分に残した青い刀身はまるで熱した飴細工を断ち切るように、その前脚を根元から叩き切る。そして、再び半身正眼に引き戻した魔剣を三度振るった。


カンッ


 三度目の太刀筋は、翼竜の長細い首を斜めに断ち切っていた。ドサッと重たい首が地面に落ちる音がした。


「はぁ、はぁ……終わった?」


 ユーリーは少し荒い息を整えるようにしながら、周囲を見回そうとする。しかし、


「グルオオォォォッ!」


 その瞬間、空気を震わせるような咆哮が巻き起こった。しかも、どう考えても自分達の近く、殆ど真上で起こったのだ。


「なんだ!」


 慌てて辺りを見回す一行の目の前で、背にしていた小山が動いた。いや、それは小山では無かった。翼竜達の群れのリーダーである、小山と見間違えるほど巨大な翼竜だったのだ。

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