Episode_17.19 「暁旅団」の戦い
11月16日 午後 アドルム―アワイム間街道
ブルガルド率いる「暁旅団」は、この日、アワイムからアドルムに続く街道警備の任務地に到着していた。十二日にインバフィル港に到着した彼等は、他の中規模な傭兵団や、傭兵団と言えないような小集団の合流を待っていた。そのため、インバフィルを出発したのは二日前の十四日午前であった。
ブルガルドの「暁旅団」は四都市連合の「作軍部」の指揮下にある第八集団の一翼を
作軍部は第八集団の「暁旅団」や「骸中隊」、そして「黄金の剣」や「オークの舌」といった中規模傭兵団に夫々三人の指揮官を付けている。そして、それ等とは別に集団統括のために作軍部長一人と副長二人が配されていた。それ以外の雑多な傭兵集団には、小隊長格を含めて五十人前後の人員が配されていた。そのため中央の作軍部から派遣された人員は七十人前後という事になる。その人数は、部隊の規模に見合わない多さであった。
そんな陣容の第八集団は、アドルムの街とイドシア砦の眼前に広がる平野 ――アドルム平野―― の入口付近で、街道上に陣地を設営していた。切り立った崖のようなインヴァル山系の
東側に迫る森は、インヴァル山系沿いに北のアワイム村から続いており、それが陣の東から南東の方角へ続いている。そして、その森が途切れた場所に、イドシア砦があった。イドシアは老朽化した小規模な砦だった。丁度インヴァル山系の山を背後に背負うように、崖に張り付いて建てられた砦だ。
戦略的価値が乏しいイドシア砦だが、その前方には大軍が展開している。第五集団と第六集団の合計五千の大軍だ。彼等は、九月末の反攻時に逃げ遅れて、イドシア砦に立て籠もったリムルベート王国軍約五百の小勢と向き合っている。だが、これを攻めるのではなく、包囲して補給を立つ戦法を取っていた。
一方、第八集団の陣地の裏手、街道を南に十五キロの地点には、アドルムの街を守る城壁がある。アドルムの街には防衛部隊として、既に第七集団、第九集団、第十集団の合計六千人が配備済みだった。また、インバフィル住民による義勇軍も集まりつつあった。
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インバフィル防衛作戦は、
軍議を要請したのはブルガルトを始めとした傭兵団の首領達だった。そして、その要請に
しかし、それは傭兵側のブルガルトにしても同じだった。今回同じ「集団」を形成する「骸中隊」や「黄金の剣」、それに「オークの舌」は中原地方を中心に活躍した精鋭達である。しかし、
「なんで偵察を出さない? アワイムからの連絡は途切れているのだろう?」
「大体、オーメイユに送った援軍はちゃんと到着したのか?」
「リムルベート軍の本隊は何処にいるんだ?」
第八集団の指揮権は、イドシア砦を包囲している第五集団のソマルト作軍部長が握っている。しかし、歳が若く経験の浅い第八集団の指揮官達は、その事に対して作軍部内で抗議をすることは出来なかった。
――悪いようにはしないから、傭兵達には黙っておけ――
というソマルト作軍部長の言葉の
「我々の任務は街道の安全確保だ!」
真実を呑み込んだ指揮官は、第八集団に与えられた任務を強弁する。
「それだけに集中していればいい!」
「だから! 安全確保のためにも、偵察斥候を出せって言ってるんだろ?」
「うるさい、今日の軍議は終わりだ。偵察斥候の件は作軍部が行う。勝手な行動をとらないように。解散だ!」
若い指揮官は、叫ぶようにそう言うと軍議の解散を宣言する。そして、足早に幕屋を立ち去って行った。
「ちっ、青二才が……」
「四都市連合の質も地に落ちたり、というところか?」
「……」
悪態を吐くのは「骸中隊」の首領だ、そして「黄金の剣」の首領が呆れたような声を発する。一方「オークの舌」の首領は黙ったままだった。そして、彼等の不満を
「まぁ、アイツラも結局は中央の言いなりなんだ。現場の指揮官は俺達傭兵が育てやらなければ、そうだろ?」
「それはそうだが……しかし、情報が入らないのは気に入らない」
ブルガルトの言葉に「オークの舌」の首領は尚も不満気だった。結局、彼等の不満はこの一言に集約されていた。何故連絡が取れなくなったアワイムへ斥候を出さないのか? インバフィルから出撃した海兵団と海軍の援軍はオーメイユに到達したのか? そもそも、リムルベート軍の前線は何処なのか? そんな、基本的な情報が入って来なかったのだ。
しかも、ブルガルトにはその不満とは別に、もう一つ
(気にし過ぎ、かもしれないがな……)
結局この日、軍議の後に自発的に行われた傭兵団の首領達の話し合いで、第八集団の指揮官が言うように偵察斥候は作軍部に任せることになった。唯一「オークの舌」の首領だけが、自分の配下である精霊術師数人を東側の森伝いに少し北進させ、警戒線とすることを主張した。それに対して他の三人の首領は、彼が「勝手にやった」という体裁でそれを黙認することになった。
そして、その一手が翌日の彼等の運命を大きく変えることになった。リムルベート王国軍が翌朝姿を現したのだ。
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翌朝、第八集団の陣地は
「どう言う事だ? 勝手な行動はするなと――」
「うるせー! お前らの言う通りにしていたら、街道を堂々と進軍する七千以上の敵に
「しかし……リムルベート王国軍はオーメイユの街を包囲しているはずなんだ! こんな所に現れるはずはない……見間違いではないのか?」
第八集団の若い指揮官は、傭兵団が勝手に斥候を出したことを咎めようとした。更には、斥候の情報が間違いだと言い始めたのだった。そのため一番威勢が良い「骸中隊」の首領と言い合いになった。
しかし、この指揮官からすれば、そう言いたくなるのも当然だった。というのも、数日前の時点でリムルベート王国軍がアワイムの街を攻め落としていた事実は、この指揮官には伝えられて居なかったからだ。只の伝達漏れなのか、意図的なものなのか、それは分からないが、とにかくこの指揮官はリムルベート王国軍の位置をオーメイユだと信じているようだった。
一方、部下の報告を疑われた「オークの舌」の首領は語気鋭くそれに反論した。それに「黄金の剣」の首領が畳み掛けるように言う。
「俺の部下に限ってそんなヘマはやらない」
「オレも、オークの舌の優秀な精霊術師には一目置いてる。疑うんなら、ひとっ走り北へ行って自分の目で見て来いよ!」
言い合いが一気に剣呑な空気を帯びる。全員が武器に手を掛けるのは時間の問題だと思えた。その時、ようやくブルガルトが口を開いた。
「言い合いが終わるのをリムルベート軍が待っていてくれるのか? まずは落ち着けよ。それで、第八集団はどうするんだ? 後退か? それとも防衛か?」
凄みのあるブルガルトの声に、に他の三人の首領は大人しくなった。
「第五集団に伝令を出す。その指示に従う。それまでは待機だ」
だが、その若い指揮官は、
「お前は馬鹿なのか? その頭は兜をかぶる台か何かか! ああぁ?」
「この段階で十キロ近く先の部隊にお伺いとは恐れ入った。ソマルトの野郎が、クソでも
「ブルガルト、もうコイツは駄目だ! 俺達だけで動こう」
「骸中隊」の首領が諦めたようにブルガルトに問い掛ける。その時だった。陣地の前方に展開していた傭兵達が大声を上げた。
「敵兵だ! ホントに来たぞ!」
「なんだあれ! 凄い数だぞ」
そんな悲鳴のような声が幾つも上がったのだ。その状況にブルガルトは首を振ると溜息を漏らした。そして言う。
「無能に付き合って死ぬ必要は無いな……」
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その時点で、リムルベート王国軍は第八集団の陣地手前に迫っていた。斥候の報告から考えても迅速な進軍だった。そんなリムルベート王国軍の布陣は、方陣を組んだ中隊を横に広げた布陣だ。そして、その前列が第八集団の陣地と距離を詰めた時、左右から取り囲むように、騎士の突進が始まった。
その動きを阻止するため、第八集団の陣地からは、左右から取り囲むように突進する騎士達目掛けて、長弓や弩弓、更には魔術を含む遠距離攻撃が仕掛けられた。しかし、後方から馬を走らせ、最大速度に達したリムルベートの騎士達の突進は、その程度では止まらない。
そして、接近したリムルベート側の歩兵方陣の前列部隊からは、騎士の突進を援護するような矢の射撃が始まる。すると、傭兵達の攻撃は目に見えて勢いを失った。殆ど同時に、正面部隊同士は近接戦闘に突入する。
「ダリア! 徒歩の者を率いて後退だ!」
「分かったわ! でも、ブルガルトはどうするの?」
「騎馬持ちで攪乱してから逃げ切るさ、バロル、ダリアの援護を!」
「分かった」
陣地の東側に位置していた暁旅団は、ブルガルトの指示に従い行動を開始する。副官ダリアは、徒歩の傭兵達を率いると完成間近の包囲網を突破しようと試みる。彼女の行く手には騎士の大軍があったが、機動力優先の騎士による包囲網は、歩兵のそれと違い隙間が大きい。逆に言えば、歩兵が包囲網に加わると脱出の可能性は断たれてしまう。
(今ならまだ抜けられる!)
ダリアはそう信じると、部下達傭兵を急がせる。そして、彼女らが騎士達と接敵する瞬間前に、目の前で大きな爆発が起こった。魔術師バロルによる援護だった。
「一気に抜けるわよ!」
「オウッ!」
魔術による爆発で、一か所だけ開いた包囲網に傭兵達が殺到する。暁旅団の傭兵だけでは無かった。
「暁に続け!」
「逃げるぞ! 遅れるな!」
そう口々に叫ぶ傭兵達がダリアの後に続いた。
一方、ブルガルト達騎馬の傭兵は、ダリア達が突破した場所とは別の場所へ突撃を掛ける。東の森に近い場所に一点に突破の望みを掛けたのだ。再び魔術師バロルの「
「攪乱してくれ!」
「了解!」
ブルガルトからの追加要請に応えるバロルは、馬上で揺られながらも魔術陣を起想する。走り去る彼等の後方、追う構えを見せたリムルベート側の騎士達のとの間に「
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結局、九月十七日の遭遇戦は、前方警戒を怠った四都市連合側の第八集団が壊滅する結果となった。作軍部から派遣されていた若い指揮官は、最後までその場に留まるように傭兵達に声を掛けていた。しかし、包囲網を完成させた騎士の中から飛び出て来た
鶴翼陣から転じた包囲網から逃れることが出来た傭兵は、
一方、アドルムの街とイドシア砦を等しく十五キロの圏内に納めたリムルベート王国軍に対して、アドルム駐留の部隊が動いた。第七、第九、第十の三集団合計六千の傭兵は、街の防壁の後ろでは無く、リムルベート王国軍と対峙するように防壁の外に進出してきた。また、イドシア砦を包囲していた第五、第六集団の五千の勢力も転進の構えを見せた。
その様子に、両軍隔たり無く、誰しもが思った。
(明日こそが、決戦となる)
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