Episode_17.18 洞窟の先


 ゴブリンと岩山犬ロックハウンド、それに正体不明の蛇型の精霊種スピリットを倒した一行は、夫々それぞれが消耗していた。黒色の大蛇に弾き飛ばされたジェロと、沢を転がったユーリーはイデンの神蹟術による癒しを受ける。また、魔力消費が大きかったリリアとタリルは、ユーリーの魔力移送トランスファーマナによって、魔力欠乏症の一歩手前、という状況から回復していた。


 何とか体勢を立て直した一行は、殊更ことさら慎重に周囲を警戒しながら移動を再開した。


 襲撃現場となった浅い谷底から西の斜面を登った一行は、別の尾根に出ると、再び尾根伝いに斜面を登って行く。山の天気は変わり易いというが、濃く出ていたガスは治まり、霧のように降っていた細かい雨も、彼等が尾根に到達したころには止んでいた。


 一行は、そのまま進む。やがて先頭を歩いていたジェロが何かの目印を見つけたように立ち止まる。そして、その場所から一行は再び斜面を斜めに下って行くのだ。彼等が歩む道は、既に山道ではなく獣道のようになっている。狩人でも滅多に足を踏み入れない場所だということだ。そして、斜面を下り切った一行は、今度は谷底を沢伝いに登る。


 そして、辺りが暗くなり始めたころ、彼等の目の前に洞窟が姿を現した。その洞窟は、谷の行き止まりに位置しており、ぽっかりと空いた洞穴からチョロチョロと頼りない水の流れが沢へと繋がっていた。


「今日はここで野営だな」


 ジェロの言葉に、誰ともなく溜息が漏れる。疲れを溜め込んだ安堵の溜息だった。壮健な彼等だが、丸々一日分の山歩きと、その合間に大規模な襲撃を跳ね除けたのだ、誰もが疲労困憊だった。


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 洞窟の入り口付近を野営場所と定めたユーリー達一行は、各自が野営の準備に取り掛かる。ジェロ達「飛竜の尻尾団」はベテラン冒険者らしく、このような人里離れた場所での野営も経験豊富であった。そのため、誰の指示がある訳でもないのに作業を分担して始めていた。


 そして、ユーリーとリリアの二人は、洞窟の安全確認のために奥へ進んでいた。最初は、ジェロがユーリーと二人で行こうとしたのだが、タリルが


「リリアちゃんは夜目が効く。ジェロより適任だ」


 と言ったので、そうなったのだ。因みに今日の調理当番はリコットという事だった。


「たっぷり塩をぶち込んでやるから、覚悟してろよ」


 と、意地悪い表情で言っていた彼は、昨晩の会話を気にしていたようだった。


「本当に、ジェロさん達って仲が良いよな」

「そうね、なんだか羨ましいわね」


 とは、洞窟の中を進むユーリーとリリアの会話であった。


 二人の頭上にはユーリーが発した「灯火」の明かりがっている。松明とは違い、揺らぎの無い「灯火」の明かりは、白っぽい光で洞窟の中を照らし出す。天然の隧道トンネルというべき構造は、高い所で三メートルほどの天井高さがあるが、足元には崩れたような岩が転がっている。一方、側面の壁には長く深い横方向の縞模様が出来ていた。丁度ユーリーの頭の上辺りから高さを変えて水平に続く横縞模様は、かつてこの洞窟が水脈であったことを示していた。しかし、今の洞窟内は、足元をくるぶし上まで届くかどうか、という流れがあるだけだった。


 二人はもう三十分ほど洞窟の中を進んでいる。足場が悪いため、平地の三十分とは違うが、それでもジェロ達が居る入口からは可也かなり離れたとこまで来ていた。地の精霊の声を聞き、暗闇を見通すことのできるリリアが自然に前に出る格好で歩く。そして、一歩後ろから彼女に続くユーリーは、岩場を進むたびに弾むように揺れる髪の短いリリアの後ろ頭を見ていた。


 ユーリーは、先ほどの戦闘で感じた「妙な連携感」についてリリアと話してみたい、と考えていた。戦闘中の息が合った・・・・・感覚はヨシンと共に戦う時にも感じたことがあった。しかし、それはどちらかというと、お互いに相手が「こうするだろう」という暗黙の了解・・・・・に基づいた動きだ。そして、その暗黙の了解は長い時間を一緒に過ごし、厳しい訓練を同じように積んできた者同士だからこそ知り得る「相手の癖」ともいうべきものだ。


 しかし、リリアとのそれ・・は明らかにおもむきが違った。あの時、ユーリーはリリアに特定の行動を望んだ。そして、リリアはそれを読み取ったように動いたのだ。まるで心が通じた、いや心を読まれた、というような感覚があった。


 だが、その感覚をどう表現して良いか分からず、ユーリーは無言で歩を進めるだけになってしまう。しかし、ユーリーが話したかった事は、リリアの口から彼女の言葉となって発せられた。


「ねぇユーリー、さっきの戦闘だけど……」

「うん?」

「私、ちゃんと・・・・出来ていたわよね?」


 足元に注意しながら先を歩くリリアは、そのままで言う。表情までは分からないが、その声の調子には、恐る恐る問うような雰囲気が含まれていた。


「『ちゃんと』どころか……あの時、僕はそうてくれ・・・・・って言おうとしたんだよ。でも、どうしてあの時、風の精霊術を使おうと思ったの?」


 対するユーリーは、感じた疑問をそのまま口にした。


「だって、ユーリーの使う『縺れ力場』って発動するのに時間が掛かるでしょ。それに、あの時ユーリーは自分に強化術を掛けていたけど、ジェロさん達には未だだった。『加護』にしても『身体機能強化』にしても、発動は早いけど、それでも少し時間は掛かるものね」


 ささやかな不安をユーリーの言葉で拭い去ったリリアは、さも当然、というように語った。言葉の調子はいつもの明るい雰囲気に戻っている。一方、それを聞くユーリーは自分でもそれと分かるほど目を見開いていた。しかし、快活な少女はそれに構わず言葉を続ける。


「あの時は時間が惜しかった。だから、矢は私が受け持って、ユーリーは皆に強化術を掛けるべきだと思ったのよ」

「じゃ、じゃぁ、その後、僕が斜面に火爆波を撃ち込もうとして躊躇ためらった時は?」

「それは、簡単よ。あんな場面でユーリーが使う攻撃魔術って炎の術が多いでしょ。だからそう思ったのよ。でも、あの大爆発はビックリしたわ。前は大きな炎の槍みたいな『火爆矢』で、爆発はもっと小さかったのにね」


 という事だった。リリアの言葉はユーリーの戦い方や魔術の選択肢、それに対する特徴などを網羅したものだった。彼女はそれを理路整然と説明した訳だが、ユーリーが驚いた風になるのは無理も無かった。幼馴染で親友のヨシンでさえ、ユーリーが使う魔術の種類や特徴には余り頓着とんちゃくしていなかったからだ。そのため、ユーリーは軽い感動さえも・・・覚えていた。


「……よく、知ってるんだね」


 そんな言葉がユーリーの口から漏れた。すると、前を歩いていたリリアはフッと立ち止まった。丁度大きな岩を乗り越えて、周囲から一段低くなった場所だ。リリアはそこで「ここならいいか」と呟くと、回れ右をしてユーリーを正面から見据える。そして、


「当たり前でしょ、アナタの事だけを見て、どうするのが一番良いか考えて続けていたんだから……知っているのは、当たり前なのよ」

「えっ」


 正面から向き合うと、リリアは自然と上目使いにユーリーを見る格好になる。不意にそういう格好になった少女の動きと言葉に、ユーリーは返す言葉を無くした。ただ、彼女の発した言葉の意味だけが頭の中で木霊した。


「私、もっと頑張るからね。もう、私無しじゃいられない・・・・・、ってユーリーが思うまで……」


 胸の辺りで拳を握ってそう言う少女は、真っ直ぐな視線をユーリーにぶつけてきた。純粋な愛情がそこに在った。そう実感した瞬間、ユーリーは不意に湧きあがった激しい情動と共に、リリアの身体を掻き抱いていた。


「リリア……」

「……うん」

「僕も、もっとリリアの事を知りたい……もっと、教えてくれ!」


 後からリリアが話したところによると、実は洞窟の中は可也かなり先まで地の精霊の囁きが届くということだった。だから、入口にいた時点で、手前側およそ二キロ分は安全だという事が最初から分かっていたらしい。ならば、何故それを言わずに洞窟の奥まで二人でやってきたのか? その理由に、その時は気付かないまま、ユーリーは只々ただただ愛する少女リリアに夢中になるだけだった。そんな二人の立てる物音を、風の精霊が入口まで伝えることは無かった。


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 リコットの宣言通り、塩味が効いたコンフィのスープと種無しパンビスケットでその夜の食事を終えた一行は、交替で見張りを立てると、早々に眠りに就いた。全員が日中の移動と戦いで疲れ切っていたし、若い二人も心地良い疲労を得ていたのは同じだった。


 そして、翌朝一行は野営後を片付けると再び移動を開始した。昨日ユーリーとリリアが途中まで確認した洞窟の先を目指すのだ。この洞窟はジェロ達の説明によれば、


「丸一日以上掛かる長さだ。先で二股に別れているが、直進した先がイドシア砦の裏、岩山の崖の上って事になるな」


 という事だった。上手く行けば十七日の昼前にはイドシア砦の上に出られる、という情報にユーリーの気持ちははやる。だが、焦りは禁物だと、彼はそれをいましめた。リリアが言うには洞窟はしばらく先まで大きな生き物の気配は無い、という事だった。だが、全く何もないとも言い切れないのだ。


「注意して進もう、さぁ行こうか」


 ジェロの言葉で一行は行動を開始した。

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