Episode_17.15 懐かしの故郷


11月14日 メールー村


 インヴァル山系の西端の山から西へ伸びる尾根の先にはアドルムの街がある。そんな山の姿を左手に見ながら尾根伝いに進む一行は、半日かけてメールー村に辿り着いた。


 メールー村はジェロ達が言った通り「寂れた山間の寒村」といった雰囲気の場所であった。浅い谷と谷の間に挟まれた緩やかな尾根の途中に位置している。村の世帯数は千未満で、四千人前後の人々が、この尾根が崩れて平らに開けた場所を中心に、広範囲に分散して暮らしている。


 村の産業は狩猟と林業ということだった。しかし、狩猟はともかくとして、林業の方は伐採した木材を平地に運ぶための川が無い。そのため、メールー村では伐採した木材を加工し、木工製品や炭を作り、それを主にインバフィルへ出荷しているという事だった。交通の便が悪いため、住民の数はそれなり・・・・に居るのだが活気が無い。その雰囲気は何処かウェスタ侯爵領のヘドン村に似ているとユーリーは感じていた。


 尾根伝いの山道を進み村に入ったユーリー達一行は、ジェロの案内で村長の家へ案内された。村長の家という建物は集会場と木工作業場を兼ねたような造りだった。そして、その家の前には、三十代半ばの痩身の男が立っていた。その男は、始め見慣れない一行を不審そうに見ていたが、彼等が近付いたところで驚いたような声を掛けてきた。


「……ジェロ? ジェロなのか!」

「ああ……ただいま、兄貴・・

「な! なにが『ただいま』だ! リコットもタリルも、イデンまで……揃いも揃って突然いなくなったと思ったら……」


 メールー村の村長であるジェロの兄は、そこまで言うと感極まったように言葉に詰まってしまった。


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「そうか、おやじもお袋も死んじまったのか……」


 ジェロの生家でもある村長の村は小さく、六人もの来客を中に招き入れることは出来なかった。そのため、一行は隣接した木工作業場でジェロの兄でもあるメールー村の村長と話をしていた。


 会話の内容はジェロ達の「飛竜の尻尾団」各自の親類縁者の近況であった。リコットは元々猟師の家の次男だったが、両親は長男と共にインバフィルへ引っ越したと言う事でメールー村を随分前に引き払っていた。タリルはインバフィルのある豪商の囲い者(めかけであろう)の一人息子だったが、彼の母親はタリルがジェロ達と共に村を出て行く一年前に病死している。そのため、昔から変わらず縁者の類は居なかった。イデンは男ばかり五人兄弟の三男だったが、両親は彼が幼い頃に亡くなっている。そして、兄弟達は一人また一人と村を去り、今はどうしているか分からないという事だった。


 そして、ジェロの呟きが示す通り、彼の両親も三年前に相次いで病を得て他界していた。一方、それを伝えたジェロの兄は、少しけんのある声で言う。


「お前達は……今どうやって暮らしているんだ? そちらの若い二人は一体? そもそも何で戻ってきた?」


 ジェロの兄の疑問は、尤もなものである。そして、余所者であるユーリーとリリアへ向けて探るような視線を送るのだ。それに対してジェロは答える。


「冒険者ってことで楽しくやっているよ。リムルベートやコルサスのお偉いさんから直接仕事を受ける立場だ。今は近くまで来たから足を延ばしただけさ……明日にでも村から出るよ」


 ジェロの言葉は全てが本当ではない。冒険者という立場は本当のものだが、目的を明かすことは無かった。寒村といってもメールー村はインバフィル支配下の村だ。敵対するリムルベート側にくみする立場を明かせば、要らぬ迷惑を掛けるかもしれないし、厄介事を呼び込むことになるかもしれない。


 一方、村の生活しか知らないジェロの兄には、冒険者としての弟の立場などは関係なかった。彼からすると、冒険者など、野盗や破落戸ごろつきと大差ないのだろう。


「ふんっ、冒険者か……まぁ、食えているなら問題はない。今更村に帰って来られても、養うことなど出来ないからな」


 実の兄としては冷たい言いぐさに聞こえる。しかし、メールー村のような山間の村では厳しい生活環境から自分達を守るため、村という共同体は強固な絆で結ばれている。土地の生産性に限界がある環境では、共同体は無限に多くの人を収容することは出来ない。そのため、一度共同体の規律に反した者は積極的に排除されることになる。村という共同体の結束と秩序を守っていくためには、どうしても必要なことだった。


 若い頃のジェロ達は、その閉鎖性と停滞感が嫌で村を飛び出した。しかし、成長した今ならば、その必要性も理解できる。その上で、今更戻れるわけも無く、また戻りたいとも思わない場所が彼等の故郷なのだ。


「……今晩は、この場所を借りてもいいか?」


 長めの沈黙を破るようにジェロが声を発した。


「好きにしろ」


 ジェロの言葉に、彼の兄はそう答えると一行に背を向けて作業場を出て行ってしまった。


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 冬の山間の村は、日が落ちるのが早い。結局、その日はそのままジェロの生家に付属した作業場をねぐら・・・とした一行であった。


 作業場の中心にある暖炉で火を焚き熱い湯を作ると、その中に押し麦と砕いた米、それに乾燥させた根菜類やキノコを入れて煮立てていく。終始かき混ぜながらしばらく待つと、やがて煮立った汁がトロミを帯び、湯で戻ったキノコや芋等の香りが漂い始める。鍋の具合を見ているのはユーリーだった。


 一方、隣ではリリアがユーリーの背嚢から長方形の塊を取り出す。薄い麻布と油紙に包まれた塊は、雑多な端肉を豚や鳥の骨髄と脂で煮固めた保存食コンフィだ。強烈な塩味と獣臭い脂っこさは、普段使いで食べるには不向きである。しかし、秋から翌年春まで保存が効く便利性と、脂と髄と肉から成る栄養の高さは、一日中山道を進んだ彼等には丁度良い。両手で持って余るほどの大きさの塊はズシリと重いが、リリアは器用にその包みを剥がすと半分ほどを切り分けて鍋に投入した。


 真っ白に近かった煮汁に黄色い獣脂が広がると、上がっていた湯気は分厚い脂の層に遮られる。そして、湯気の代わりに何とも言えない、空腹を思い出させるような野趣やしゅ溢れる香りが漂い出す。


 リリアはユーリーから木匙を受け取ると、ひと掬いして味を確かめる。やや塩気が足りないように感じた彼女は、海塩を入れた素焼きの小壺から多目のひと摘み分を鍋に投入する。そして、乾燥した香草を両手で揉み込むように砕きながら鍋の中に振り掛けるのだ。


「さ、食べましょう」


 リリアはそう言うと、ごった煮のような脂粥を全員分取り分けていく。


「いただきます」


 口々にそう言うと、各自が盛られた粥を冷ましながら口に運ぶ。このころになって、ようやくジェロ達「飛竜の尻尾団」に会話が戻ってきた。実はそれまで、各自何か思う事があるのか、押し黙っていたのだ。


「ああ、やっぱり冬は温かいものがイイね」


 と言うのはリコット。


「リリアちゃんの味付けは丁度いいな、塩気がいい」


 とはジェロの言葉だ。そこに、


「リコットの味付けはいつも薄いんだよな、塩をケチるから」


 とタリルが言う。イデンはいつも通りニコニコと笑っている。食べれるならば何でもいいのだろう。


 一方、ようやく会話が戻ってきた四人の様子に、ユーリーとリリアは自然と顔を見合わせて笑い合っていた。


「まぁなんだか、お似合いだよなお前達。若いって良いよな」


 普段の調子を取り戻したジェロがからかう・・・・ような声を掛けてくる。しかし、ユーリーとリリアは特に照れる事も無く平然と言い返す。


「あら、ありがとう。でもジェロさんもコルサスに戻れば……あの、なんて言ったっけ?」

「エーヴィーでしょ」

「そうそう、エーヴィー。あの娘が待ってるんでしょ?」

「え? ああ、まぁ……」


 二人からの思わぬ反撃に、ジェロはニヤケた表情で後ろ頭を掻こうとする。しかし、続くリコットとタリル、そしてイデンの言葉でその手がピタリと止まった。


「ユーリーもリリアちゃんも……こいつの女運の無さは知ってるだろ?」

「きっと、帰ったらエーヴィーちゃんは他の男と……」

「ジェロ、可哀想だな」


 沈痛な面持ちとなった三人の幼馴染に、ジェロはギョッとする。そして、


「う、嘘……嘘だよな? なぁ! 嘘だと言ってくれよぉ!」


 結局その夜は、そのまま更けて行った。三人から不吉な予言をされたジェロはすっかり失恋気分になってしまい、皮製の水袋に詰めていた強い火酒を煽って不貞寝してしまった。


(まったく、リコットさん達は意地悪だな……)

(ちょっとジェロさん可哀想ね)


 そんな事をボソボソと言い合ったユーリーとリリアも、外套に身を包むようにすると体を寄せ合うと直ぐに眠りに落ちて行った。外では真夜中から雨が降り出したようだった。

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