Episode_17.13 魔術的補給作戦


 時間は十一月の十二日まで溯る。


 その日の午前、ユーリーとリリア、それにジェロ達「飛竜の尻尾団」四人は暁旅団と同乗した輸送船でインバフィル港に到着していた。


「ああ、やっぱり陸地が一番だ……母なる大地よ、偉大なる大地よ」

「揺れないという当たり前のことが、これほど貴重だとは」


 すっかり船酔い癖が付いてしまったリコットとタリルがそう言い合っている。一方ユーリーはブルガルトを呼び止めていた。


「ブルガルト!」

「ああ、なんだ?」

「あ、あの……」


 彼を呼び止めたユーリーは、礼の一言くらい言おうと思ったのだが、やはり口には出せなかった。しかし、その意図はブルガルトに伝わったようで、


「なに、別にタダ乗りさせた訳じゃない……そうだ、もしも俺達がリムルベートに捕虜にされた時は、口利きでもして貰おうかな」


 と冗談交じりの返事をしてきた。一方のユーリーは、相槌のようにその言葉を受けてから、更に問うような言葉を発する。


「……わかった……じゃぁやっぱり?」

「前も言った通りだ。これから傭兵局に出向いて正式に依頼を受ける。お前はコルサスに戻るんだよな?」

「あ、ああ……」


 ブルガルトの問いにユーリーは濁した言葉を返す。その返事にブルガルトは一瞬怪訝けげんな表情になるが、直ぐに元に戻るとサッときびすを返した。


「まぁ、どうするかはお前次第だ。元気でな」

「……あんたも、元気で」

「ハハハ、未だ死ぬもんか」


 そう言った傭兵団の首領は、彼の仲間達の元へ戻って行く。行く先には相変わらず機嫌の悪そうな副官ダリアと、こちらに手を振っている魔術師バロルの姿があった。


「さぁ、私達も行きましょう」

「……そうだね、行こう」


 二人の会話を少し離れたところで見ていたリリアは、ブルガルトの後ろ姿に視線を送り続けるユーリーに近付くと、そっと促す。そして、ユーリー達六人の旅人は暁旅団が向かった方向と逆へ歩き出すのだった。


****************************************


 その後ユーリー達一行は、インバフィルの街で手早く装備品の補給を行っていた。土地に不案内なユーリーだが、ジェロ達「飛竜の尻尾団」にとってはインバフィルの街は地元のようなものだった。それに、以前一週間だけこの街に滞在した経験があるリリアにとっても、見知った場所と言えた。


 そんな彼等は、特にこれらからの道のりを考えて携行食糧は多目に買い求めた。と言うのも、これからユーリー達が向かう先はコルサス王国ではなく、インバフィルの街の北東に広がる山岳地帯だからだ。インヴァル山系と呼ばれる広大な山岳地帯の入口に当たる場所だが、その地域にはジェロ達四人の生まれ故郷の村があった。


 これは全くの幸運な巡り合わせであった。アルヴァンの危急をジェロ達に話したユーリーは、意外な言葉を彼等から聞いていたのだ。


「イドシア砦なら、俺達の故郷メールーの近くだぞ」

「確か、山の中を一日進んだ先に天然の洞窟があって、それを抜けた先がイドシア砦の裏手の崖の上だ」

「ああ、懐かしいな。俺達が最初に冒険したのはその辺りだ」


 リコットの言葉にタリルとジェロがそう応じる。イデンも無言ながら頷いていた。彼等の言う最初の冒険とは、当時若かったジェロの思い付きによる「飛竜を探す」というものだった。インヴァル山系 ――特に奥地に広がる山脈―― には、各地に飛竜を見たという目撃情報や伝承が残っている。そんな地域だから、お伽話に出てくる「竜騎士」に憧れたジェロが、当時は可也かなり本気で飛竜を捕まえようとしたらしい。


 因みに、竜騎士というのは大陸の東の方には実在するらしいが、彼等が駆るのは飛竜ではなく「翼竜ワイバーン」である。ユーリーが所有する養父の著書「粗忽者の為の実践魔術書」(今はコルサス王国王子派領の何処かに他の荷物と共に保管されている)によれば、


 ――飛竜は一般的にドラゴンと呼ばれる幻獣の亜種である。強力な四肢の他に、大きく発達した翼肢を持ち、飛ぶことに特化した種族である。竜種は海竜と地竜を除き、一般に空を飛ぶことが出来るが、飛竜は特にこの能力に優れる。そのため「ウィングドラゴン」と呼ばれる事もある。成竜となれば人語を解するほどの知性を持つ点は他の竜種と同様である―― 


 と書かれている。一方で翼竜については、


 ――「翼竜ワイバーン」は厳密には偽竜ドレイク種に分類される魔獣だ。翼肢は持たず、替りに発達した前足に翼を持つ。強大な存在である竜とは比べるまでも無い存在だが、それでも空を飛ぶ術を持たない人間にしてみれば充分に脅威となる魔獣である。また、十数匹の群れで行動することが確認されている。場合によっては竜種よりも厄介な存在になり得る――


 と言う事だった。ユーリーの養父であるメオン老師から見ると、存在自体が希少な飛竜ウィングドラゴンよりも、より魔獣の性質が強い翼竜ワイバーンのほうが「危険度が高い」という記述であった。


「まぁ、若気の至りだよな。ハハハハ……」

「ははは、じゃねぇよ! 冷静に考えたら、もしも飛竜なんかに出くわしていたら、俺達とっくに消し炭だぞ」

「たとえ翼竜ワイバーンだとしても、出会っていたらとんでもない目に遭っていたはずだ。全く無知ってのは恐ろしい」


 今やベテラン冒険者と言えるジェロの言葉に、そう言い募るリコットとタリルの言葉がそれらの魔獣の恐ろしさを端的に示していた。しかし、そんな彼等は今でも「飛竜の尻尾」と名乗っているのだ。口ではそう言っても、若い頃の憧れというのは強く心に残っているのだろう。


****************************************


 ジェロ達の最初の冒険譚はさて置くとしても、思いも掛けず「地元民の土地勘」を得たユーリーは、ジェロ達の話からある考え・・・・を思い付いていた。それは、彼が養父から受け取った「制御の魔石」を使った補給方法だった。


 以前、リムルベートの王城内の謁見の間で第二王子ルーカルトと黒衣の導師、そして近衛騎士達と対峙した際に、ユーリーの養父メオン老師は城郭外から突然謁見の間に姿を現したことがあった。後で聞けば、それはユーリーに渡した「制御の魔石」の痕跡を手繰って相移転を行った、という事だった。召喚系統の高位魔術である「相移転」には移転先の位相が認識できなくても、魔術具などの痕跡を頼りに術を実行できるという特色がある。尤もこれは可也かなり特殊で危険な方法ということで、


「頼まれても、二度とゴメンじゃ」


 と、実行した本人メオン老師が言うほどだった。しかし、


(人ではなくて、物、物資を転移させればいいじゃないか)


 というのがユーリーの案だった。この方法はユーリーが知らないだけで、実際はれっきとした「転送」という召喚系統の魔術である。


 とにかく、この案を思い付いたユーリーには克服するべき障害が二つあった。一つはどうやって「制御の魔石」をイドシア砦に送り込むか? である。そして、もう一つは、どうやってこの方法を養父メオンに報せるか? というものだった。


 一つ目の問題点の解決は単純明快だ。ジェロ達が言うようにイドシア砦の裏の山に出て、そこから「浮遊レビテーション」で崖を下りれば良いだけだ。魔石を持ったユーリーがそのまま砦のアルヴァン達と合流すれば良い話である。しかし、残った二つ目の問題を解決する方法にユーリーは頭を悩ませた。そして、意見を求めるためにリリアやジェロ達にもその考えを話した。丁度インバフィルの目抜き通りを一歩奥に入った「四都市連合冒険者ギルド」付近の軽食屋で、遅めの昼食をとっていた時の話である。


「イドシア砦の騎士達は粘っているようだな」

「ああ……どうも聞いた感じだと『四都市連合』はイドシア砦の残存兵を餌にしてリムルベート軍を釣り出そうとしているらしい」


 リコットが仕入れた情報にタリルが補足するような説明を加えた。傭兵ギルドとも称される「四都市連合傭兵局」の陰に隠れた形になるが、四都市連合の冒険者ギルドは時として冒険者に傭兵の働き口を斡旋する事がある。今は、インバフィルの東北側に存在するオーカスという街から大量の冒険者が働き口を求めて流入しているという事だった。そのため、最低限の情報は揃っていた。


「餌……くそっ、餌かよ」

「ユーリー……」


 思わず飛び出た「餌」という言葉に、ユーリーは呻くように言う。そして、純粋に彼を心配するだけのリリアはそんな様子のユーリーに心配そうな声を掛けるのだ。


「リムルベートかノーバラプールへ飛べる鳩さえあれば……」

「ごめんなさい、私の若鷹ヴェズルは……そこまで遠くに離れると言う事を聞いてくれないの……」


 ジェロがそう呟き、リリアも申し訳なさそうに言う。リリアと若鷹ヴェズルは不思議な絆で結ばれているが、決してヴェズルはリリアの支配下に在る訳ではない。だから遠く離れると繋がりが薄れてしまうということだ。一方、ジェロが言う伝書鳩はこんな場合には有効な通信手段だが、現在リムルベートと交戦中のインバフィルで、そのような伝書鳩が自由に手に入るはずはなかった。ジェロの呟きには、それに対する悔しさが籠められている。そして、彼は更に何かを言おうとするが、その瞬間をリコットに止められていた。近付いてくる店員の気配を察したのだ。


「はい、おまちどう……」


 無愛想な声と共に、頼んでいた軽食がテーブルの上に置かれる。厚切りのパンに塩蔵肉と野菜を挟んだだけの簡素な昼食だ。しかし、


「ん? なんだろう」


 ユーリーは自分の分のパンが盛られた木皿の端に張り付いている紙片を目に留める。そして、それをペリッと皿から剥がす。そこには何か短い文字が掛かれていた。


「っ!」


 その文字を読んだユーリーは、咄嗟に弾かれたように、皿を持って来た店員の後ろ姿を見た。黒髪を頭の後ろに撫でつけた店員は、軽食屋の店員に見えないような筋骨逞しい大男だった。その後ろ姿が丁度厨房の奥に入って行く。ユーリーは慌てたように席を立ち上がると一旦店の外にでて、それから裏手に回るのだった。そして、


「セガーロさん!」

「シッ……静かに……久し振りだな、ユーリー君」


 そこにはコック服を身に纏った大柄な男、アント商会の密偵セガーロの姿があった。

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